25 それはきっと誰でもよかった
扉の前に待機させていた衛兵2人を付き従わせ、王城の廊下を走る。
この姿を見られないようにとあらかじめ予定していた経路を通り、メーラー侯爵の元へと向かう。
廊下に響き渡るのは、3人分の足音。
だけど俺は不意に騒がしいような気がして、走る速度を緩めた。
何故か騒がしいと感じる。しかし、足音は3人分だけ。
ざわりと嫌な胸騒ぎがした時、廊下の突き当たりに人影が見えた。
それに幾つかの気配を天井裏から感じる。
いや、幾つかじゃない。
30はある。
廊下の角に隠れていた人の長い髪が光を浴びて金色に輝いたのが見えた時、俺は手に持った資料なんか投げ捨てて、反射的に腰に帯いた剣を抜いて駆け出した。
天井裏にいるのはアンク達ではない。
アンク達がこんな事をするはずがない。
でも、なんで?
なんで、ここに。
なんで、1人でこの人がいるんだ?
「父上っ?!!」
その人は、弾かれたように此方へ向く。
俺と同じ色をした碧眼が離れてても俺の姿を捉えたのが分かった。
国王陛下は俺を見るなり目を見開き、手で制す。
「来るなっ!!」
この人の怒鳴り声なんて、初めて聞いた。
呆気にとられて思わず一瞬立ち止まってしまった俺に向けられた手は、ベッタリと濃い真紅に染まっていて、俺は瞬時に我に返って国王陛下の元へと向かう。
俺の護衛兵達は、数秒遅れて俺に続く。
でも、それは敵の行動を阻むのには遅すぎた。
天井裏から1人出てきて、陛下の胸へと短剣を振り下ろす。
陛下は上体を捻ったが、斬られたらしい腕からは大きく血飛沫が舞った。
その直後、やっと陛下の元に辿り着いた俺は、刺客を剣で斬り上げる。
それと同時に、わらわらと20人余りの黒ずくめの者達が天井裏から一斉に廊下へと姿を現した。
ザックリ数を減らす為に、俺は右手に魔力を込めて即座に放った。
「はあっ!」
声とともに俺の手から放たれた黄金色の閃光は、複雑な経路を描いて相手へ向かう。
それと同時に、耳に痛いくらいの轟音が辺りに響き渡った。
味方を巻き込まないようにする為に放ったそれは、いつもよりだいぶ小規模だった。
魔法障壁で防いだ者もいたが、それでも半数ちょっと屠ったのを確認して、俺は剣を両手で構える。
そんな俺に、近くにいた3人の敵が一斉に飛び掛ってきた。
纏めて斬ろうと剣を握る手に力を込めた時、突如3人の首筋から真っ赤な血飛沫が噴き出した。
「……アンクっ!?」
ゆっくり倒れていく刺客を一瞥し、音もなくそこに現れた部下の顔は、尋常じゃない程の血に染まっていた。
「全部返り血ですよ」
俺の心配を察してアンクが告げた次の瞬間には、敵が更に5人倒れる。
アンクが無造作に投げる短剣は的確に相手の急所である首筋に刺さっていき、数秒後には立っているのは護衛兵2人、俺とアンクだけになっていた。
「医者と近衛兵を呼んでこい!!急げ!」
護衛兵達は、突然現れて敵を一掃したアンクに呆気にとられて固まっていたが、俺の一喝で護衛兵の1人が慌ただしく去って行く。
「父上?!」
先程斬られていた陛下の元へと向かい、うつ伏せになっていた身体を仰向けへと向けると俺の服と手にベッタリと赤い血が付いた。
一々傷の確認をしなくても分かった。
床に滴っている刺客のものではない血の量と赤黒く染まった上半身を見て、俺は漠然と確信した。
多分、これは助からない。
それでも俺は着ていた上着を脱ぎ、懐に仕舞っていた短剣で躊躇なく切り裂く。
アンク達に習った方法で止血しようとした時、胸からも大量に血が流れているのが分かった。
「……ぅ、ぁ……」
「父上!」
薄っすらと目を開けた陛下は、暫しの間揺ら揺らと彷徨うように意識を朦朧とさせていたが、やがて俺の姿を捉えた。
それを確認した俺は再び止血に戻る。
ゆっくりと俺の方に手を伸ばした陛下は、俺の肩を掴んだ。
段々と最後の力を込められて、俺は痛さに顔を少し歪ませる。
それでも俺は作業を続けた。
「なん……で」
喘鳴と共に吐き出された言葉に、俺は改めて陛下の顔を視界に捉えた。
気弱な感じに見える陛下の秀麗な面差しは、いつもと違って険しくて、迫力があった。
今際の際にいるはずの人からの鋭い眼光に俺は思わず手を止める。
「なんで……っ、リーゼンバイスから、帰ってきた?」
「え……?」
呆気にとられて、目を見開く俺に陛下は振り絞るように小さく言った。
「……逃げろ、アルフレッド」
それと同時に糸が切れた操り人形のように、陛下の身体が傾いで俺にもたれかかるように倒れる。
「ち、父上……?それはどういう……」
問い掛けても、その人は返事をしないしピクリとも動かない。
「王子、天井裏に隠れていた刺客は全て処理しておきました」
「あ、ああ……」
俺に報告を入れたアンクが音もなく姿を消す。
それと同時に、慌ただしい足音が複数聞こえて近衛兵達と医者達がやってきた。
医者は即座に俺と陛下を囲み、俺と陛下の容態を確認する。
返り血が付いているだけだと医者の手をやんわりと返している所で、刺客の遺体を探っていた近衛兵の1人が声を上げた。
「これは……っ!」
俺もそちらの方へと目を向けて、息をのんだ。
刺客のうちの数人が、銀色の髪をしていた。
他は、どこにでもあるような色の髪。
「リーゼンバイスの奴らかよ……!」
誰かの言葉に同調するかのように、近衛兵と医者達の間に闘志が宿る。
それに対して、俺の頭はスッと冷静になっていく。
ーーああ、そうか。
襲われるのは、俺でも陛下でもどちらでもよかったんだ。
この風潮さえ、作れれば。
目の前で運ばれて行く国王を、俺は返り血に塗れたまま黙って見つめていた。
足腰がまるで自分の物じゃないみたいに力が入らなくて、第一妾妃様を捕らえる計画が失敗したと嫌でも悟った。
事態は更に悪化した。
きっと十数年にも渡って計画されたものだったんだろう。
俺達のささやかな抵抗なんか、想定済みだったに違いない。
まるで、絶対に超えられない、遥か天上の雲より高い山を一人ぼっちで見上げているみたいだった。
いつでも、俺を殺せると言われたみたいだった。
これから、どうすればいい?
どう動けば、魅了に掛からず、これ以上犠牲を増やさずにこの状態を切り抜けられる?
「殿下!殿下!」
肩を揺すられて、はじめて自分が呼ばれている事に気付いた。
目の前には心配そうな面持ちのマリオット辺境伯とメーラー侯爵、それに護衛兵もいる。
「……ああ、すまない。どうした?」
出した声は、思った以上に掠れていた。
あと一万字近くあったので分けました。
まだ更新してない分は修正出来てないので、こちら先にあげておきます。遅くなってすみません……!(><)




