24 偽物少女が言うには
「やあ、よく来たね」
馬車から降りた少女ーージェニー嬢に俺はニッコリと微笑み掛けた。
「アルフレッド。今日は晩餐会に招待してくれてありがとう。嬉しいっ」
ジェニー嬢はエスコートする為に差し出した俺の手を取り、頬を少し染めてはにかむ。
派手すぎず、上品に見えるような出で立ちをする彼女の所作は全て計算の上のものだろう。
「来てくれて私も嬉しいよ。非公式な身内だけのものだから、ちゃんと内緒にしててくれたかい?」
「ええ、勿論。アルフレッドに迷惑は掛けちゃ駄目だもの」
「ふふっ、いい子だね」
心にもないやり取りをしていると、不意にジェニー嬢が顔を曇らせた。
「でも……、お父様が親しい方々に話してしまうかもしれないわ」
「男爵がかい?」
「いえ、もう伯爵よ。アルフレッド忘れちゃったの?」
「……いや、そういえばそうだったね。伯爵に伝えておいてくれ。話すなと」
まあ、そういう機会は永遠にやって来ないだろうけど。
そう心の中で呟きながら、ジェニー嬢に優しく微笑む。
反対に、ジェニー嬢の顔色は晴れなかった。
「お父様、最近出世の事ばかりしか考えていないの。もっと穏やかな人だったのに、私が貴方と恋仲だって知った辺りからおかしくなってしまって……」
いつそんな仲になったと訂正したかったが、それは黙っておく。
俺は首を傾げてジェニー嬢に問いかけた。
「それは本当?」
「ええ、本当はすごく優しくて、穏やかな人なの」
ジェニー嬢が俯いた隙に、チラリと背後にいる護衛兵2人に目配せする。
ジェニー嬢が何故父親である伯爵の事をこんな風に言うのか不思議だったが、術者を捕らえる事が先決だ。
「夜風が身体に障る。そろそろ中に入ろう。少し執務室に寄っていいかい?」
「あ……、ごめんなさい。構わないわ」
「君が謝る事じゃないさ」
ジェニー嬢をエスコートしながら懐中時計で時間を確認する。
そろそろセイドリックが第一妾妃様の元へ辿り着いた頃合いだ。
セイドリックは第一妾妃様の自室がある後宮には入れないので、客室に呼び出されているらしい。
ジェニー嬢を捕らえた後マリオット辺境伯に任せ、メーラー侯爵と落ち合って自分の母親を捕らえに行くという算段だ。
かなり忙しいし、時間もない。
何かあれば、アンクを含める暗部の者達が連絡を回してくれるようになっている。
事前にマリオット辺境伯とメーラー侯爵には、アンクを紹介したので混乱はないだろう。
……アンク、鼻から下を黒い布で隠してたけど。
廊下に4人分の足音が響く。
俺とジェニー嬢、エリを逃す時立ち会った衛兵2人。
あまり使用人が通らない時間帯と道を選んだので、人に出くわす事はなかった。
他愛のない話で場を繋ぎながら、衛兵2人を見ると少し強張った顔をしていた。
その事をジェニー嬢に気付かれないように、慈善活動は孤児院に行ったりするといい等と、王太子妃の仕事について適当に説明しておいた。
ジェニー嬢の食い付きは良かったので、それでいい。
来賓用の執務室にジェニー嬢を案内し、マリオット辺境伯は隣の普段使いの執務室にマリオット辺境伯の私兵数人と共に隠れてもらっている。
護衛兵は、扉の前で待機させておいた。
執務室の中ではジェニー嬢と2人きり。
ーー行動を起こすなら、今だろう。
「ねえ、アルフレッド。見せてもらいたいものがあるの」
「何を見たいんだい?」
ジェニー嬢はスッと俺の左頬に手を添えて、ジッと目を覗き込んでくる。
俺はそれに、穏やかに微笑み返した。
俺の反応にジェニー嬢は安心したのか、核心を告げた。
「王城と、各地の要塞の図面が欲しいの」
「ああ、それなら本棚に入ってるよ」
俺は動揺する事なく、壁に沿うように置かれた本棚を指す。
気が急いているのか、ジェニー嬢は俺に背を向けて本棚の方へ向かう。
ーー隙だらけだ。
ジェニー嬢の背後にゆっくりと寄る。
ジェニー嬢が本棚の前で立ち止まった瞬間、俺は彼女の両手を後ろ手で拘束する。
そして体重を掛けて片膝を床につかせた。
「う……っ」
ジェニー嬢が呻いたと同時にマリオット辺境伯とその私兵が部屋に雪崩れ込む。
縄を持った私兵達にジェニー嬢を渡し、俺は素早く彼女の目に布を巻き付けた。
「上手くいきましたな」
ホッとしたような顔で、マリオット辺境伯は縛られたまま床に転がされているジェニー嬢を見下ろす。
それに頷こうとして、俺は強烈な違和感に襲われた。
何故。
何故ジェニー嬢は、抵抗しない?
無言のままの俺をマリオット辺境伯は訝しげに見る。
俺が眉をひそめた瞬間、ジェニー嬢は形の良い桃色の唇を震わせた。
「ご、ごめんなさいっ!分かっていたの!アルフレッドが私を捕まえるって。私、取り返しのつかない事をずっとしてたのっ!」
床に転がされたまま、ジェニー嬢は震えながらひくりとしゃくり上げた。
「わ、私、お父様の言う事に逆らえなかったのっ!私には特別な力があって、その力でアルフレッドと恋仲になれって言われてっ!」
ひくり、ひくりとジェニー嬢はしゃくり上げながら続けた。
「私っ、すごく悪いことしたって分かってる。だからっ、アルフレッドが魅了に掛かってない事っ、気付いてて見て見ぬ振りしたの!お父様を止めてほしくって!」
「……気付いてた?」
ジェニー嬢の言葉をゆっくりと反芻してから、俺は顔から血の気がザッと引いていくのを感じた。
「おいっ、気付いていたとはどういう事だ?!」
焦ったような俺の声に、マリオット辺境伯達がギョッとする。
ジェニー嬢は相変わらず震えながら、ゆっくりと答えた。
「私が魅了を使った時、アルフレッドが倒れたでしょう?そんな事、今までなかったもの」
ーー倒れた時は、あった。
薬が混ぜられた水を飲んでいた事が分かった、前の出来事だ。
あの時沢山の人がいた筈だった。
ーーその中に、第一妾妃様もいた。
ジェニー嬢が気付いていて、第一妾妃様が気付いていないなんて事はないだろう。
薄茶色の長い髪の毛を持つ、女誑しが脳裏を過ぎる。
セイドリックが危ない。
慌ててマリオット辺境伯にジェニー嬢を預け、俺は執務室を飛び出した。




