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22 罪人達の墓場

エリを見送った後、俺は手の者にリンクの死体を火葬場で骨にしてから、エリの代わりとしてシンリアの丘に埋葬してもらった。

一方、俺はマリオット辺境伯、その場にいた衛兵二人と口裏を合わせ、国王陛下に彼女の髪を処刑の証として献上した。






――そして、エリザベス・フィレイゼル公爵令嬢が処刑されて、1週間が経った。


俺は単身、シンリアの丘に登っていた。


王家管轄になっているシンリアの丘は、処刑された大罪人達が埋葬されている。

だから、丘自体は古いものから新しい墓石が乱立している状態だ。


王家直轄と言っても王城の近くにある訳でもないし、立ち入り禁止なわけでもない。初老の男性が1人管理するだけの寂しい所だ。


海に近いせいもあり、少し強い潮風が吹いていた。


管理人に挨拶すると、管理人は無愛想に一礼を返すだけだった。

俺を王子とは思わなかったらしい。供1人付けずに単身できたから当たり前か。


管理人に教えてもらった所まで行くと、新しい墓石が幾つか建っていた。

フィレイゼル公爵の名前もある。フィレイゼル家に仕えていたであろう人々の名前もある。


墓石に書かれた人名は、所々削られたものもあって、この下で眠っている者を憎む被害者か、身内から犯罪者を出した事を後世に残したくない家族の仕業が多いらしい。


その中に、エリの名前があった。


花を供える者は居なかったようだ。

エリの知り合いは多くて、皆エリに付き従ってきたのに一度転落するとこの有様。


貴族社会なんて華やかに見えて本当は、下らなくて、人間の闇が現れる場所だ。


俺は腰に付けた飾り用の剣を抜き放つ。

花束なんかより、きっとこっちの方がこの下で眠っている者の手向けになるだろうと思って。


剣先が削れたり、剣を痛めたりするなんて考えなかった。どうせ飾り用の、特に思い入れのないものだったから。


そのまま力任せに墓石に刻まれたエリの名を消していく。

強風で削った時に出た砂がどんどん吹き流されていっても、俺は気にせずに一心不乱で消し続けた。


この中にいるのはエリではない。

エリの名を騙る別人だ。そういう風に俺が仕向けたから。


でも、どうしてもエリの名が刻まれた墓がある事が耐えられなくて、リンクがここにいる事を誰かに知ってほしくて。


無意味な事だって、分かっているのに。




魔法と剣を使って綺麗に名前を消した頃には、空は少しだけ橙色に染まっていた。

頬を撫でた海風の中に冷たさが混じっているのを感じた俺は、手を止める。


顔を上げると、俺の影の護衛をしてくれているアンクが静かに正面に立って、俺を見下ろしていた。


「…………感情なんて、無くなればいいと今も思ってる」


頭の中で考えるより、言葉がボロリと零れ落ちた。

ずっと心の中で凝り固まっていた想いが、明確な言葉にならないまま剥がれ落ちていく。


「裏切られた、筈なのに、どうしても完全に憎めないんだ。今も何かの冗談なんじゃないかって思ってる。俺は馬鹿馬鹿しい悪夢をずっと見続けてるんじゃないかって」


身分はあっても、友達だった。一緒に悪ふざけし合った。

5年間も俺の側近として、彼らは俺の側にずっといてくれたんだ。


「上手くいっても、これから先、あいつらに会えなくなるのは分かってる。……こうなるまで気付けなかった俺を責めていいのか、敵に落ちたあいつらを責めていいのか分からないんだ。完全に嫌いになれないんだよ」


アンクがずっと黙っているのをいい事に、俺は無意味でどうしようもない言葉を吐き続けた。


「嫌いになれれば、楽だったのに」


完全に信頼していた訳ではなかったのだ。

中途半端に自分自身の内側に入れていた。


それでも彼らの事は、仲のいい友人に思っていた。

他の者よりも、大事に思っていたのだ。


「……その感情は、正直理解出来ませんが」


ずっと黙っていたアンクは少し迷う素振りを見せてから、おもむろに口を開く。


「私達暗部の者は、道具です。死んだらその身体は誰にも悲しまれる事なく打ち捨てられる。誰にも覚えてすら貰えないんです」


ぼんやりとアンクを見返すと、アンクはふっと少し笑ったように見えた。


「だから、王子に悲しまれる弟が、少し羨ましい、とは感じます」


アンクなりの慰めなんだろう。

ここで嘆いていても仕方がないと、俺も分かっている。


でも、誰かに聞いてもらう事で、重くて行き場のなかった想いがほんの少しだけ軽くなった気がした。


「……ありがとう」

「いえ」


目の前の墓石を視界に入れて、最後に見たリンクの青白くなった遺体を思い出して、俺は漸くリンクの死を受け入れた。


何度か深呼吸した後、俺は完全に思考を切り替えた。

そして、アンクに訊く。


「アンク、ベルンハルト王国とリーゼンバイス王国が争って何かリーゼンバイス側にメリットはあると思うか?」

「ありませんね。どちらかというと、リーゼンバイス王国側はデメリットしかないかと」


ベルンハルト王国は大国だ。反対にリーゼンバイス王国はそうでもない。弱小国とまではいかないが、人口はベルンハルトに遠く及ばない。

リーゼンバイス王国出身の王妃が蔑ろにされ、リーゼンバイス王国に戦争を仕掛ける口実が出来ても、戦争の勝率は無かったのである。


「俺も同意見だ。その他に視点を向ける。ベルンハルト王国とリーゼンバイス王国が争って得をする隣国だ。北は弱小国で農業が盛んだったな。兵糧として穀物等を売る手もあるが……、あそこは基本国内で自給自足だ」

「南は鉄鋼業が盛んでしたね。武器が売れるというのもありますが、まず戦争になれば生産が追いつかなくなりそうな生産量ですし、近年鉱山の枯渇が心配されていたかと」

「つまり、消去法で東のバイゼン皇国になるって訳だ。あそこは軍事力はベルンハルト王国の同程度か少し上。そして、肥沃な大地を欲していた筈だ」


それだけじゃない。


「ジェニー嬢の瞳の色が赤系統だった。それで俺は、今まで気付かなかった事に気付いたんだ」


大きく息を吸った。

声が震えないように気を付けて、アンクに告げる。


「ーー赤系統の瞳を持つ者は、もう1人いる」


今のままジェニー嬢だけを罰すれば、もう1人が出てきて俺達はあっという間に洗脳されてしまうに違いない。


これだけ大人数に魅了を掛けまくっているのだ。

自分自身の寿命と引き換えに。


恐ろしいくらいの自己犠牲と執念だ。

きっと何が何でも成し遂げたい事があるのだろう。


だから、俺達は、慎重に事を進めなければならない。

次の更新で一気に何話か投稿して完結させまーす。

それと短編1話も同時に投稿予定。

来週には完結できるといいな……。

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