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20 檻越しの手

前半第1話とちょっと被ってます。でも、地味に少し文章変えてたり、書き加えてたりする箇所も。

長過ぎたので2つに分けました。後編は後日。

石の階段を踏む足音が二人分辺りに響く。俺達は貴人を捕らえるための塔に登っていた。


ピチャンピチャンと、何処かで水が規則正しく落ちる音がする。上下水道のどちらかが駄目になっているのかもしれない。なんせ、ずっと使われていなかったのだから。


苔やカビの臭いがする中で、塔の上から男二人の焦った声が聞こえた。


「――おい、やばい誰か来たぞ」

「っち、間に合わなかったか。エリザベス様。早くお逃げ下さい。我々が時間稼ぎを致しますので」


見張り役をしていた衛兵か、と声で推測する。

公爵令嬢なのに武芸に秀でていたエリは、騎士団から慕われていた。ここまでとは思わなかったが。


俺が塔の最上部である鉄格子の前まで来ると、何事も無かったかのように衛兵達は俺に一礼したが、顔が少しだけ苦々しく歪められていた。

それに気付かないふりをして、鉄格子の向こうを覗く。


「エリザベス」


俺が呼び掛けた彼女は薄暗い錆びかけた鉄格子の向こうで、僅かに顔を上げた。


プラチナブロンドは、乱れてしまって見る影もない。断罪されてから1日も経ってないのに、彼女はすっかり疲れきっていた。


彼女の父親であるフィレイゼル公爵家も、彼女を見放した。全ての罪を彼女に押し付けて。

自分の実の子供だった、彼女に。


だから今の彼女は、ただのエリザベスだ。


それでも地下牢にではなく塔の上に入れられたのは、つい先程まで公爵令嬢であったからだろう。


俺は懐から1枚の羊皮紙を取り出し、広げて彼女に見せる。


「陛下が直々にお前の処分を決められた。――死刑だそうだ。立会人は私とこちらのマリオット辺境伯。刑の執行は本日。分かったな」


俺の後ろに付いてきた体格の良い、白髪混じりの壮年の男性を視線で紹介する。彼女が軽く頷いたのを見て、俺は羊皮紙を懐に仕舞った。


数時間前、陛下が決めた処分に俺は異議を申し立てた。

幾ら何でも公爵令嬢だった少女に対して死刑は重すぎるのではないか、と。


俺の言い分が通らない事は分かっていた。

だから、貴族議会さえ開ければよかったのだ。


完全に洗脳されてしまっている者を見極める為に。

まだ正気を保っている人の中で、大衆に流されていない人を探す為に。


それで俺が共犯者にしたのがマリオット辺境伯だった。


「ここに至る経緯で何があったか、ちゃんと理解しているな?」


重々しく告げた俺の問いに、彼女は頷く。


わたくしは、嵌められたのでしょう?」

「ああ」

「ならば、弁解も要りませんわね」

「そうだな」


自嘲気味に笑った彼女に、俺は皮肉っぽく笑い返した。

貴族社会で必要なものは、真実ではない。名誉と権力だ。


貴族社会の正義なんて、勝った者にしかない。


俺の隣に立っていたマリオット辺境伯、衛兵二人は、俺を咎めるように見つめてきたが、俺はまた気付いていないフリをした。


そして胸ポケットから、小瓶を出す。

中に入っている深紫の液体を揺らすようにしながら、彼女に見せる。


「毒……ですか」


さして驚きもせず、彼女はそれの正体を当てる。

俺は、丁寧にコルクの蓋を開けた。


「ああ。貴族の処刑方法は、服毒だ」

「え……でも」


自分はもうフィレイゼル公爵家から勘当された、と続けようとした困惑気味の彼女の言葉を遮って、俺は答えた。


「勘当されたとしても、ずっと貴族として生きてきたんだ。最期も貴族として死なせてやれと、国王陛下のお情けだ」


隣のマリオット辺境伯が悔しそうに拳を握り締めたのが、視界の隅に映った。衛兵二人も武器を持つ手に力が入る。


俺だって、俺だって悔しいよ。


俺のいない間、こんなに事態が悪化するなんて。


「それでも苦しんで死ぬだろうが」


俺は深紫の毒薬を見つめ、彼女に差し出す。

彼女は今にも消えてしまいそうな淡い微笑みを浮かべ、それに手を伸ばした。


色のなくなった、白くて細い手。

それが檻を越えて瓶に触れる前、俺は素早くコルクの栓をして懐にしまう。


「ーーまあ、毒薬であれば飲んだら苦しむという話だけどね」


代わりに逆の手で、ぎゅっと彼女の指先を掴んだ。

ヒンヤリと冷たくて、それを温めるように握り込む。


マリオット辺境伯と、魅了の影響があまり無さそうな新人衛兵2人がこちらに付いてくれるかどうか試したが、問題無さそうで安心する。

処刑で使う毒薬と同じ色をした、ただの水だけれど、あまり健康に良いとは言えないから飲ませたくはなかった。


「いい?エリザベス・フィレイゼルは死んだ。この場で毒薬をあおって死んだんだ。いいね?この事を口外したら、首は無いと思え」


マリオット辺境伯と衛兵2人は俺の豹変に唖然としていたが、念を押すようにもう一度言うと、首を縦に振った。

次いで、エリの方を向くと、恨めしそうな顔をされた。


「アル、どうして帰ってきたの」

「うん。ごめんね」


3ヶ月ぶりに彼女を見ただけで、ささくれ立っていた心が落ち着いた。

こんな状況でも、エリが近くにいるだけで癒される。


手を1回解き、牢獄の鍵を開けて中に入る。

俺を見上げた彼女のアメジストの瞳から、ポロポロと涙がこぼれた。


「帰ってきちゃ、駄目だって言ったのに……!」

「うん。でもさ、分かってただろ。俺が帰ってくるって」


リーゼンバイス王国からベルンハルトに帰る前、エリからの連絡をもらった。

『何も問題無いから帰ってくるな』と。


でも裏切り者が出たからには、全ての事態を把握しておかなければならない。

ベルンハルト王国内で活動している暗部を1回全員集めて情報収集に向かわせた。


裏はリンクに一任していたのがいけなかった。

勿論表立って王城と連絡は取り合っていたけど、こちらも特に問題なしと言われていた。


セイドリックを含める暗部を情報収集に向かわせて、リーゼンバイス王城とベルンハルト王城、それに王妃様へ連絡を取った。

そして、ベルンハルト王国との国境までリーゼンバイス王国の騎士団が俺の護衛を交代するという旨と帰国の日程の計画、リーゼンバイス王国の騎士団とベルンハルト王国の騎士団が連絡を取り合ったり等で半月も掛かってしまったのは痛かった。


自分がそれだけの身分にいるとは分かっていたが、単騎で帰るなら5日程度で済んだ。と考えると時間を無駄にしてしまった感じがある。

これでもだいぶ急がせたが。


エリの白い頬に手を添えて、零れ落ちる涙を親指でそっと拭う。

彼女が流した涙はとても温かくて、俺はずっと無意識に張っていた肩の力を抜いた。


「ごめん。来るのが遅くなって」

「来なくてよかったのに……。なんで、っ、わたしが何も問題ないって言ったの信じてくれなかったの……っ」

「うん。ごめんね」

「なん、で、謝るのよぉ……っ」


途中途中でしゃくり上げていたが、エリは貯水池が決壊するようにわぁっと勢いよく子供のように泣き出した。


ずっと近くに居たけれど、こんな風に泣いた彼女は初めて見た。

俺達は、子供らしくない子供だったから。


びっくりして一瞬固まってしまったけれど、俺は考えるより先に衝動的に彼女へと手を伸ばして抱きよせる。

俺の胸に大人しく収まった彼女は、俺の服をきゅっと小さく掴んだ。

これからダダッと過去編放出です。

完結が近づいてきた感じがします。


※バイゼン皇国がバルゼン皇国またはバルゼン帝国になっている箇所が幾つかありました……!修正しました。申し訳ないです( ; ; )

初期設定ではバルゼン帝国だったので、結構な回数書いてます。まだ見落としてる所があるかもしれません……。

追記:その他ルビ、誤字脱字等現在修正中です。

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[一言] 頼むから幸せにしてやってくれ…。この2人は苦しみすぎてる…
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