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19 砂漠の国の皇子様

「恋人の所へ行かなくていいのかい?寂しそうな目でアルフレッド君を見つめているじゃないか」


学園の昼下がり。

人が大勢集う賑やかな食堂でとても可笑しそうに、テーブルを挟んで向かいに座る人物は言った。

深緑色の髪にバイゼン皇国によくある赤系統のーー彼の場合は朱色の瞳が特徴の、意地悪そうな黒縁眼鏡を掛けた少年――バイゼン皇国第二皇子ハリス・バイゼン。


3日前、初めて顔を会わせた時、開口一番にこいつはとんでもない爆弾を投下した。


『やあ、初めまして。僕はバイゼン皇国第二皇子ハリス・バイゼン。君がアルフレッド君か。噂はバイゼン皇国にも伝わっているよ。素敵な恋人がいるようだね』


忘れもしない。

長年培った温厚な王太子の化けの皮が剥がれそうになったのは、初めてだった。


喧嘩売ってるの?と反射的に聞き返しそうになったが抑え、『なんの噂?』と、とぼけて見せたのは記憶に新しい。


チクチクと嫌味を言ってくるような、面倒くさい性格だ。

フリードとはまた別の、厄介さを感じる。


「恋人?誰のことを言っているのか、私にはさっぱりだよ」


俺が首を傾げてとぼけると、ハリスは笑みを消して顎に手を当てた。

そして、まるで本当に不思議がっている素振りを見せる。


「おや?君の周りの人間が教えてくれたんだけどね。アルフレッド君には婚約を前提に付き合っている、とても可愛らしくて誰もが癒されるような素晴らしい恋人がいると」


俺の周りの人間は、余計な事を言うものだ。

それにこのハリスも一筋縄ではいかない。



水に薬が混入していた件については、あれからアンクが調べてくれた。ほんの微量程度の精神薬が入っていたそうだが、よく気付いたというレベルのものだったらしい。


どんな策にも何処かに必ず小さな綻びはある。


帰って来てからずっと調べさせていた。

こんなに集団で魅了にかかるものなのか、と。


ジェニー嬢だけでなく、他にも魅了の使い手がいるという結論を出した俺達は、帰って来てから王宮に使える人々の一挙一動をよく見て生活していた。

誰を味方につけられるか、と。


それで、気付いた事がある。


王宮にほとんどいない人は、魅了の影響が少ない。

周囲の情勢、噂、そして、少量の薬によって若干の判断力は鈍っているが、まだ正常の範囲内で収まっている。


1年の半分を外国で過ごすメーラー侯爵に、辺境の地に住み、あまり王宮には訪れないマリオット辺境伯がそれに当てはまる。


逆に長い間王宮に仕えている古株ーーそれも、国王に直接謁見出来る身分の者達とその周りの世話をする使用人程、酷いようだった。

セイドリックは宰相の下で働く文官だったが、国王に直接謁見出来るような身分ではないらしい。


だから、周囲の人間は魅了の影響が少なかったそうだ。


突然ではなく、ゆっくりゆっくりと変わっていく上司に部下達は気付かなかったのだろう。

付き従ってきた上の者達に、今現在もそのまま付いて来てしまったに違いない。


それだけじゃない。

古株の人間だけでも何十人といるのだ。


その人達に対して何年間も魅了を掛け続けていたとしたら、一体どの位寿命を削っているのだろう?


ーージェニー嬢達に残された時間は、少ない筈だ。


今のバイゼン皇国にベルンハルト王国を相手取って戦争する事は出来ないだろう。国力の差が違う。


いくら軍事に特化していても、兵糧が無ければ意味がない。それに、ベルンハルト王国の軍勢も弱くはないので持久戦になるのは間違いないだろう。


肥沃な大地が多いベルンハルト王国はその点恵まれているが、バイゼン皇国は砂漠ばかり。

だから、何とかリーゼンバイス王国と争わせて疲弊させたいと策を巡らせているだろう。



チラリと隣を見ると、同じテーブルについていたフリードは険しい顔をしてハリスを睨み付けていた。


フリードはハリスに対して物凄く敵対心を持っている。初対面でネチネチ嫌味を言われたらしい。

だからと言って、睨み付けるのはどうかと思うが。

俺はハリスに穏やかに微笑み掛けた。


「それは違うよ」

「相思相愛なんだろう?なら、気にすることないじゃないか」

「残念だけど、ハリス君が言っている事は、全くの見当外れだよ」

「へぇ……。照れているのではなくて?」


ゆっくりと口角を持ち上げて笑う彼に、俺は再度否定しておいた。

鬱陶しいが、一国の皇子だ。邪険に扱うことは出来ない。


「おい、アルフレッドが嫌がってんだろ。止めてやれよ」

「関係のないフリードリヒ君は黙っててよ。君はアルフレッド君の忠犬かい?」

「なんだと、てめえ?!」

「ふん、すぐに頭に血がのぼる人とは会話したくないな」


そして此処、ベルンハルト王国立学園で俺とハリスと対等に接する事が出来るのは、現在フリードのみ。

そして、そのフリードとハリスの仲は最悪だ。


現に俺を助けようとしたフリードは、ハリスの挑発に乗り、今にも睨み合いの喧嘩が始まろうとしている。

俺達3人はこれでも大国の王子なので、護衛の大人もいる。しかし、お互いの護衛同士もいがみ合っている始末だ。


出会ってまだ間もないのに喧嘩が絶えない。


仲が良いほど喧嘩する等というが、これはきっと、すごく仲が悪いのだろう。

立場も何もかも丸々無視して、睨み合っているのをそのまま捉えれば分かることだ。


大国の王子という立場ではあるけれど、彼らも十代半ばの子供だ。感情豊かなのも当たり前だろう。


そこまで考えて、俺も同い年だったなと、自嘲した。

彼らは王子だったが、さぞかしそこそこ幸せな環境で育ったのだろう。

本人の性格に依る所もあるのだろうが、少なくともそれなりに感情を制御しなくて良い場所だったのは、間違いない。

リーゼンバイスとバルゼンの2か国で、ベルンハルトはどちらが侵略するかと、勝手に水面下で争っている。


それだけベルンハルトを舐めているのだろう。

やり易いに越したことは、ない。


大国の王子二人の言い争いに、食堂内にいた周りの生徒は静まり返って行く末を見守っている。

内心溜め息をついて、そろそろ止めるかと俺が口を開く直前、食堂に少女の声が響いた。


「あの……っ」


只でさえ静まり返っていた食堂内で、その声は一段と大きく聞こえた。

この場にいる全員の視線を一身に受けて、身体を震わせながら声の主はそれでも毅然と言い放った。


「此処は皆の場所なので……、喧嘩とか、しちゃ駄目ですよ……?」


怖いもの知らず、飛んで火に入る夏の虫等といった言葉が頭の中を飛び交う。

それでも声の主――ジェニー嬢の桃色の瞳は、その態度とは裏腹に理知的な光を湛えていた。


側近達は、一体何をしている、と視線を巡らせると、ジェニー嬢の暴挙に硬直していた。

俺が目配せすると、ドイルが慌ててジェニー嬢を回収して去っていく。


残されたハリスとフリードは言葉を失ったまま、立ち尽くしていた。


本当、ジェニー嬢は想像の斜め上を行く。

それも、全て計算尽くで。

側近達はジェニー嬢くらいちゃんと止めて欲しい。ろくに仕事してないんだから。


しかもこの場には、フリードがいる。


それだけじゃない。

魅了に全く掛かっていない、沢山の平民や貴族の子息令嬢がいる。


俺の評判を落とす為の行動だ。


暫しの間、動きを止めていた彼らは状況を把握していた様だったが、完全に毒気を抜かれたハリスは一つ溜め息をついた後、護衛達を引き連れて去っていった。


「優しいなあ……」

「何が?」


ポツリとつぶやいたフリードに俺は首を傾げた。

すると、フリードは何を言っているのか分からないというように眉を寄せる。


「ジェニーが止めたんだろ?喧嘩を。何当たり前の事言ってるんだ?どうした?」

「っ、……そ、う……だったね」


ゾッとした。

あまりにも自然に言って、その事に疑問すら持たないフリードに。


むしろ、それが常識で、それ以外認めない姿勢を見せるフリードと、もしもの自分を重ねてしまった。

あったかもしれない未来。一歩間違えたら、ジェニー嬢の傀儡と成り果ててしまった自分。


そんな状況になんか、絶対にさせない。


「アルフレッド……?お前、怒ってる?」


ああ、本当、フリードは人の機微に鋭くて、嫌になる。


左耳のアメジストに触れる。

ひんやりと冷たい石の温度が、俺の沸騰した心を沈めてくれるようだった。


「いいや、怒っていないよ」


“約束の証”が俺の“お守り”である限り、俺は自暴自棄にならない。


「え?でも……あ、あれ?怒ったと思ったんだけど俺の気のせいみてえだな。すまん」

「いいよ」


俺に謝ったものの、いまいち納得出来ないのか、首を捻りながら、フリードもジェニー嬢を追うと言って、食堂から逃げるように退散していった。

あれだけ大きな騒ぎを起こしたのだから、居づらいのだろう。


内心ホッと一息ついた俺に、申し訳なさそうなユーゴが寄ってくる。


「……すみません」

「ああ、うん」


頷いただけの俺の返しで、赦されたと思ったのだろう。ユーゴは一拍おいて、いきなり話題転換をした。


「……長いことリンクを見かけないが、どこに?」


それなのに、心が凪いだように全く苛立たない。

さっきの怒りが嘘みたいに。


それと同時に俺は分かったのだ。

ユーゴには、もう何も期待していないのだと。


ユーゴだけじゃなくて、謝りにすら来ないレンドルとエリア、そしてジェニー嬢を連れて行ったドイルにも。


ほんの少し、胸に冷たい風が吹いたような、大切なものの一部分が消えてしまったような、そんな気がした。


「……アルフレッド?」


黙り込んだ俺を怪訝そうに呼び掛けたユーゴに、ハッと我に返った。


「ああ、ごめん。えっと、リンクの事だったよね?」

「……うん」


誤魔化すように苦笑いしながら、左手が無意識にピアスに触れる。

平常心を保たなければ、何時、何処で、足元を掬われるか分かったもんじゃない。この貴族社会では、自分の感情が最も厄介だ。


本当、感情を切り捨てる事さえ出来ていたら、此処まで苦労はしなかったのに。


「リンクは暫く出掛けているよ」


リンクは元々仕事で、長い間国を留守にする事があった。

今回も長期任務だと思ったのだろう。ユーゴは特に疑問を持つことはなかったらしい。


そうだ。今度、リンクの居場所を教えてあげるから、会いに行ってあげなよ。

会いに行くのが俺だけじゃ彼も寂しいだろうしね。


君達は友達だったんだろう?

リンクもきっと、喜ぶんじゃないかな。

インテリ系ネチネチ男子ハリスくん。

ちょっと修正入れました。

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