18 禁術の代償とあかの瞳
昔、セイドリックに教えてもらった。
魅了の禁術について。
「魅了を扱える人はほーんの少ししか居ないんですよ。ベルンハルト王国中探して1人か2人とかそんな世界です。それに魅了の禁術使いは個人差あって、魅了を使っているか使っていないか分からない位の効果しか出ない人もいますね。つーか、そっちの方が多いです。自分の能力に気付かない位ですよ。俺も初対面の相手の警戒心を和らげる位しか使えないし。これでも俺っていう存在は超珍しいんですよ?」
フッと前髪をかき上げて、得意げに語るセイドリックを適当にあしらって先を促す。
手元のメモには重要な事だけを掻い摘んで書いておいた。
最初魅了の使える人は便利だと思ったが、それ位の人数にその程度の能力だと使い勝手がいいとは言えない。
これで優秀な能力だったら、先人達がとっくの昔に利用している筈である。
「まあ、魅了は異性にだけ効くようなイメージあるんですけど。同性にも効くんですよ。異性の方が効きやすいという特徴はありますけど」
「なるほど」
「あっ、王子もやられてみます?俺、男も大丈夫ですよ!」
「いらんわ!」
思わずメモに書いてしまった余計な情報を消していると、隣で同じ事を聞いていたエリが首を傾げた。
「ねぇ、その魅了が解けた時はどうなるの?」
「魅了が解けた時ですか?通常通りに戻るだけですよ」
「それは長い間魅了され続けていても?」
「あー……それは」
セイドリックはうーんと顎に手を当てて少し悩んだ末、言いづらそうに口を開いた。
「長い間、魅了の影響下に置かれた人の魅了を解いても魅了され続けたままでしょう。宗教に傾倒する狂信者と同じ精神状態です。術者を信じ込み、術者を疑う者は糾弾する」
ゾッと背筋を震わせた俺達に、セイドリックはヘラッと笑って軽い調子で付け加えた。
「まあ、でも魅了はその状態まで持っていくのに10年単位の時間が必要ですよ。昔頭のおかしい研究者が人体実験したらしいんですけど、その状態に行くのに14年掛かったそうです。その前に誰かに気付かれそうじゃないですか。まあ、変な新興宗教に魅了の術者とかがいたら信者増えそうですけどね。まあ、魅了使うまではしないでしょうね」
「何でだ?便利だろう?」
「魅了は禁術ですよ。禁術。それ相応の対価が必要になってくるんですって」
魔法は魔力を対価に発動する。禁術はそれ以外の対価を必要とするから、禁術なのだ。
「……その、対価は?」
「寿命ですよ」
黙り込んだ俺とエリ。場の空気が一気に重苦しくなる。
それを払拭するように手を叩いたセイドリックは、明るい声で言った。
「まあ、俺は老人になって女の子とイチャイチャ出来なくなるのは嫌なんで満足してますよ。あ、そういえば魅了の禁術使える人は、他の人から見たら普通の人より魅力的に見えるらしいんですよ。俺ってばイケメンだから仕方ないですよね!」
「自分で言うか?」
「俺、王子綺麗な顔してるからもしかしたら魅了使えるかもしれないと期待かけてたんですけど、全然駄目でしたね。やっぱり俺みたいに内側から魅力が溢れてないと。王子外面だけですもんね」
「馬鹿にしてるだろ?!」
ーーと、かなり締まらない内容だったが。
いつの間にか自室の寝台の上に横になっていた俺は、倒れる前の事を思い出して頭を抱えていた。
心の隙を上手く突かれた。
ジェニー嬢は馬鹿ではない。相当な手練れだ。
俺をよく観察して俺の弱点を探し当てたんだろう。
俺が逆らえない人を味方に付けて。
左耳に手を当てると、まだそこにはひんやりとした石が残っていた。
取られていない事に安堵しながら、周囲を見回す。
外は既に暗くなっていた。
「王子?目が覚めましたか?」
「……アンクか」
寝起き特有の掠れた声を出した俺に、アンクは寝台の側に置いてあったコップに水を注ぎ、俺に差し出す。
礼を言って受け取った俺は、一口口をつけてからおもむろに切り出した。
「何時間寝てた?」
「6時間程です」
意外と時間が経過していた事に俺は深々と溜め息をついた。
「あれから、何かあったか?」
「特にはなにもないです。マリオット辺境伯がかなり取り乱していた事位ですね」
「その隙を突かれて魅了されていないといいが……」
一口だけ水を飲んで、コップを返そうと渡したら、更に水を注がれた。
いや、水はもういい……って、いつもの侍女じゃないから分からないか。
「魅了されたんじゃないかと心配しました。心臓が止まるかと思いました」
「それはごめん」
「初めて死を実感しました」
「それ意味違うと思うが」
俺の手首を掴んで脈を測ったり、熱の有無を確認したりして医者のような事を一通りしたアンクは、小さく息を吐いた。
相変わらずの無表情だが、どことなく安堵が滲んだように見える。
「セイドリックが言うには、ある程度耐性があって、脳が魅了を拒絶する為に意識を飛ばしたのではないかと。推測ですけど」
「推測か……」
「魅了に関してはまだまだ未知の部分が多いんですよ。なんせ使い手が少ない。割合的にはこのベルンハルト王国に1人か2人いると言われていますが、術者が自分の能力に気付かない事が多いから、見つけるのはほぼ不可能です。セイドリックが見つかったのは奇跡みたいなものです」
「分かっている」
あんな軽薄なセイドリックだが、結構貴重な存在だったりするのだ。
俺が外で戦わせたくない位には。
「それで、セイドリックは?」
「ああ、第一妾妃様の所へ行きましたよ」
「は?!!」
「誘われたと」
自分の部下と実の母親の不倫に思わず頭を抱えて突っ伏したくなったが、アンクが懐から取り出した紙束をみて俺は動きを止めた。
「それは……?」
「ジェニー嬢について調べ上げた書類です。出生記録に不備はありませんでしたが、気になったので少し。出生記録自体は間違ってはいないようでしたが、あの令嬢はジェニー嬢ではないようです」
「どういう事だ?」
「ジェニー・ペティエットを名乗る別の人物という事になります」
ジェニー・ペティエットを名乗る別の人物。
「そんな馬鹿な……。学園に問題なく入学出来たんだぞ?」
「ええ。なので、あまり気に留めていなかったのが仇となったのでしょう。ペティエット男爵について不思議な噂を聞いたのが切っ掛けですね。昔のペティエット男爵は温厚で、勢力争い等には興味なかったそうです。病気の娘と田舎で穏やかに暮らせればそれでいいと」
「病気の娘?ペティエット男爵にはジェニー嬢しか娘はいない筈だが……」
「はい。正妻はジェニー嬢を産んですぐに他界しています。でも、田舎の男爵令嬢なんて、ゴロゴロいます。だから誰も気付かなかったのでしょう。本物のジェニー嬢は15歳まで生きられるかどうかの重病を患っていたそうです」
それが15歳を過ぎてもピンピンして、健康そうに毎日を過ごしている。
ジェニー嬢は既に他界していて、もういないと考えた方がいいだろう。
「……ジェニー嬢についての情報操作が行われていた可能性は?」
「ないとは言い切れません。それにペティエット男爵が結婚する直前、愛人と縁を切ったそうです。もしその時愛人が妊娠していたら、本物のジェニー嬢とは1歳違い。ペティエット男爵との繋がりを考えるとしたら、ペティエット男爵の妾の子供という可能性が高いです」
「なるほど……。ジェニー嬢……と呼ぶべきかは悩むが、ジェニー嬢がペティエット男爵を魅了していれば、男爵の豹変も頷ける」
アンクから書類を受け取り、1番上にあった紙に記された文章に目を通す。
「愛人がバイゼン皇国の人間……か。なるほど。辻褄が合うな」
「ベルンハルト王国とリーゼンバイス王国が下らない争いをして得をするのは、バイゼン皇国ですからね」
「それだけじゃない」
「他にも何か?」
「ジェニー嬢のあの桃色の瞳、ベルンハルト人にはかなり珍しい色だ。だが、バイゼン皇国ではそうでもない。バイゼン人の殆どが瞳は赤系統だからな」
「確かにそうでしたね」
頷いたアンクに、そういえばと俺は切り出した。
「魅了と精神薬を組み合わせたら、魅了に掛かりやすくなるのか?」
「精神薬ですか?精神が乱れると掛かりやすくなるという理屈でいくと、その説はあり得るかと」
俺は水が並々と注がれたコップをアンクに見せつけるように持ち上げた。
「味がいつもと違う」
「は?!」
目に見えてアンクの顔からザッと血の気が引くのが分かった。
いつもの無表情が崩れて軽く目を見開いている。
初めて見るその表情に俺が呆気にとられていると、アンクはコップを奪う。そして、水差しの中身も確認する。
「馬鹿な……。倒れた後だから何か混入しているかもしれないと思って入れ替えておいたのに、私が嵌められた……?」
あんまりにもアンクが取り乱したので、逆に冷静になった俺は1つの結論を示した。
「逆だよ逆。いつもの水に常に何か入れられていたんだ」
「魅了に掛かりやすくなるように……と」
「そうじゃないと説明がつかない。王城中にいる人間のほとんどが魅了に掛かっているんだ。少人数の術者でそれを成せるとは思えない」
「すぐに調べさせます」
そういえば、ジェニー嬢は側近達によく手作りのお菓子やお弁当を振舞っていた。
微量だったら気付かなかったかもしれない。それだけじゃなくて、側近達は常に闇を抱えていたから、付け入りやすかったのかもしれない。
そうして俺は、底知れない闇に身震いした。
だって、いつもの水は。
「物心ついた時は既に水の味はあれだった……」
何年間も何かが混入したものを飲んでいた。
そして、その味に慣らされていた。
完結するまで感想の返信止めるとか書いてましたが、ネタバレしないようにちょっとずつ返していきます(><)
今回会話が多かった……。




