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17 バイバイ

「アルフレッド……?」


あまり抑揚のない声が俺の名を訝しげに呼ぶ。

平均より少し低い身長の華奢な美少年は、首を傾げて天井裏から出てくる。


俺の様子がおかしいと悟ったアンクも、部屋の隅に姿を現した。


情を捨てなければならない。

例え、どれ程仲の良い友人であったとしても、俺は自分と大切な人達を守るために切り捨てなければならない。


俺の小さな失敗がみんなの命に繋がってしまう。


それが、俺の立っている場所だから。


懐から短剣二本を取り出し、無造作に投げる。

狙い通りにリンクの両太腿に刺さり、リンクは何が起きたか分からない顔をしたまま床に崩れ落ちた。


逃亡しないようにするには、まず足を潰す。

裏切った疑いのある裏稼業の者は、全て消せ。


アンクの教えを実践することになるとは思わなかったけど。


「リンク。正直に話してもらう」


リンクを見下ろしてそう言った俺の意図を瞬時に理解したアンクが、リンクの両腕を掴んで魔法封じの手錠を掛ける。


「アルフレッド……?兄さん……?」


痛みのせいか、僅かに顔を顰めながらリンクは俺とアンクを弱々しく呼んだ。

何の事だか分からないというように。


「さて、ここからは私に任せてもらいますよ、王子。拷問はこっちの専門ですから。適当に椅子に腰掛けてて下さい」


実の弟を兄に拘束させるという構図に俺は渋い顔をしながら、近くの椅子に腰掛ける。


「待って……どういう……事?」

「争い事が嫌いな王子がわざわざ手を下したんだ。お前が裏切った事は明白だろう」


ばっさりと血の繋がった弟の縋るような声にアンクは無慈悲に返す。

俺は先程の浮かんだ疑問を全て口に出した。


「後ろに誰がついている?お前単独の裏切りか?それとも他にもいるのか?国で何が起こっている?」

「分かりました。後は私が聞き出しておきましょう」

「頼んだ」


アンクがパッと見は全く似ていない弟を引き摺るようにして立たせる。

暗部内での肉親に対する感情は薄い。アンクも肉親に対する情はないらしい。

だから、任せられた。


もし、アンクが俺を裏切っているなら、致命的だ。全ての暗部の人間が裏切っているという事になるから。

そうなれば、王族としてはもうやっていけない。


「…………これまでか」


ポツリと無感情に言葉をこぼしたのは、俺ではなかった。

リンクの方を向くと、彼は憎しみに染まりきった瞳で俺を射抜く。


「お前らさえ、いなければ」


震えながら、低く地を這うような声をリンクは唸るようにして吐いた。


「お前らさえいなければ、おれはこんなことしなくて済んだのに」


“こんなこと”ーー、なんて、一々聞かなくても分かった。

リンクの顔は良かった。だから、情報収集の為に動いてもらう事が多かった。


暗殺も勿論あったけど、男娼の真似をしていた事が多かった。

セイドリックは喜んでやっているけれど、リンクは。


暗部に産まれた人間は一生暗部で過ごさなければならない。

一定数いるのだ。嫌がる子供は。心を壊す子供も。


そういう者たちは、小さい頃に処分される。


リンクにこの仕事が合わないと、何故誰も気付かなかったのだろう。


「ふふっ、おれを殺しても無駄だよ」


幼さの残る顔立ちなのに、艶っぽくリンクは微笑んだ。

言葉を無くして彼を見る俺達に更に言いつのる。


「だって、全部おれ達が生まれる前からはじまってたことだから」

「生まれる、前……?」


秀麗な面差しに憎悪を滲ませたリンクは目を閉じ、そのままぐったりと身体の力が抜けたように崩れる。


「しまった!口の中に毒を仕込んでたのか」


少し眉根を寄せたアンクがリンクの胸に耳を当てたが、即座に首を振る。

俺はどうしても信じられなくて、眠っているように見えるリンクに近寄り、その口元に手をかざす。


やっぱり息はしていなくて、アンクと同じ結論に至った。

でも、目の前であっさり消えてしまった命に、これが現実の出来事とは思えなかった。


「王子?」

「国に帰るぞ。リーゼンバイス王城とベルンハルト王城に使いをやる。アンクは信頼の置ける者をエリの元へ送れ。状況を把握したい」

「はっ」

「ああ、それと、リンクの死体も国に持ち帰る」

「え?本気ですか?」


無表情でアンクは俺を見る。でも、なんとなくびっくりしているように見えた。


「無理にとは言わないけど」

「分かりました」





ーーそれから半月程の時間を要してベルンハルト王城へと戻ってきた俺を待ち受けていたのは、予想以上に酷くなった状態だった。


エリから事前に粗方聞いていたけれど、迎えに出てきた父上、母上に側近達。

そこにエリの存在はなくて、代わりにジェニー嬢がいた。


王城への出入りが禁止されたエリに成り代わる様に。


ーー何故、誰もこの状態が異常だと思わない?


婚約者でもない下級貴族の女が何故こんなにも堂々と出迎えているのか。

誰も止めなかったのか。誰もエリの擁護はしなかったのか。


誰が情報を止めていたのか。

まさか、全員が束になって?


俺は馬から降りて、父親と母親に詰め寄る。


「父上、母上。これはどういう事ですか?エリザ……っ」

「アルフレッド!おかえりなさい!」


彼女の名前は最後まで呼ぶ事が出来なかった。

ジェニー嬢が俺の名前を呼んで、抱き付いてきたから。


呆気にとられて、固まる俺の瞳を覗き込んでジェニー嬢が薄っすらと純粋そうな顔には似合わない妖しい微笑みを浮かべた。


「寂しかったわ。“私”の所にちゃんと帰ってきてくれてすごく嬉しい」


世界に2人だけしかいないような感覚。周りの声がとても遠くなっていく。


この、感覚は知っている。

セイドリックが使っているから。小さい頃に何度も掛けられて、ある程度耐性をつけられたから。


それでも、完全に掛からないとは言えない。


瞬時に理解した俺は拳を握り締めて、手のひらに爪を立てた。

冷静にならなければならない。心の隙を見せたら掛かりやすくなってしまう。


この、人を魅了していく禁術は、掛かっている証拠を残さないから厄介なのだ。

人を魅了し、人を自分の意のままに動かせる傀儡と成り下がらせる事が出来るもの。


精神をじわじわと侵して、まともな思考を潰していくんだ。

長く掛かればかかる程、解けにくくなってしまう。

そして、術者の為だけに動き、生きる者になる。


術者が死んでしまっても。


使い手は全くと言っていいほどいないし、一度に掛けられる人数も限られている。


それを知っているからこそ、俺は自ら傀儡に成り下がった振りをした。


いつもの演技をして、喜ばせればバレない筈。

ニッコリとジェニー嬢へ向けて、俺は微笑んだ。


「ああ、ただいま。貴女の為に急いで帰ってきたよ」

「嬉しい……」


一度に禁術を掛けられる人数は限られているとセイドリックから聞いていた。

なのに、みんなジェニー嬢の虜となってしまっているかのように。


ベルンハルト王城内は、1つの異常な世界を作り出していた。

周囲に沢山の人がいるのに、隔絶されているかのような異様な感覚に侵食されながら、思考を巡らせる。


禁術使いは、ジェニー嬢だけじゃない。協力者がいる。


変わり果ててしまった王城内の人々の思想を1人で変えるのはほぼ不可能だと悟った俺は、ベルンハルト王家の終末を予期した。


上層部が侵略されたこの王国はこれから荒れる。

傀儡に成り果てた上層部が国民に支持される政治を行うとは、到底思えない。


味方につけたい国民には、色恋に堕落した王子だと伝わってしまっていた。上層部の人間はジェニー嬢達の人形だ。

八方塞がりすぎて、笑えない。


この禁術に掛かってしまえたらどんなに楽だろうと思った。

けど、俺に付き従ってくれる者がまだいるから。


ーー最後の最後まで足掻いてやる。


エリを遠くへ逃がさなければ。こいつらの追っ手に掛からない安全な場所へ。

最後まで、誰にも知られないように。


全身のあちこちを包帯で巻いた小さなエリが脳裏に浮かぶ。

あの頃も今も、俺は彼女を守れなかった。


だから、俺の全てを投げ打ってでも、次こそは。


護る。


例えこの先2度と会えなくなっても。

3分クッキング並みのお手軽魔法ではないです。

じわじわ忍び寄ってくる感じ。

主人公第1話から既に精神的にやられてたっていう……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 重いシリアス感謝。 おかげで寝込みそうです
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