14 宿と中身のない平和
日も暮れてきた頃、子供達に漸く解放されたフリードと共に急いで帰路についていた。
王都外れはとても静かで、日が完全に落ちると真っ暗になる。そうなると安全だとは言い切れなくなる。どこかの宿で一晩を過ごしたくなかった俺は、渋るフリードを無理矢理引きずって王城へと向かっていた。
俺が留学している間に国で起こった取り返しのつかない事が、自分が王城を留守にしている間に起こってしまうのではないかと不安で仕方ない。
「なあ、アルフレッド。もう今日どっかで1泊しようぜ」
「予定が狂うから、私は王城に帰りたいんだけど」
フリードは頑固だ。俺も頑固だけれど、甘やかされて育った王子というのもあるだろう。
周りを振り回している所は、留学している時にもあった。
わざとゆっくり馬を走らせるフリードに俺は苛立つ。
「私は早く帰りたいんだ。ここら辺で宿は取ったことないしね」
「ええ?遠いじゃんか」
王都外れだったら、多少無理してでも王城へ帰っていた方がいい。
暗部の奴らがいたからそんな芸当が出来る訳で。一応、暗部の人間は影で付き従っている今もやろうと思えば出来る。
だけど、表向きは騎士が7名しか居ない事になっている。
橙色の空を見て、フリードの馬の足の速さとここから王城までの距離と掛かる時間を計算し、俺は深々と溜め息をついた。
どう考えても王城へ着く頃には深夜帯になってしまう。
俺が諦めて宿を取った方が良いだろう。
たった6時間程度の予定が丸一日に伸びるとは……。フリードと会ってしまった俺の運のなさにもう一度溜め息をつきたくなった。
「……分かった。宿をとろう。誰か1泊すると王城まで連絡を頼むよ」
よっしゃ!と喜ぶフリードとほっとしたような様子を見せる騎士団の面々。
それを見て、俺は今更ながらに悟った。
そういえば、この王国って平和だったな。
ーー表向きは。
今も侵略されてるだなんて一部を除いて気付いていない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
騎士を1人王城へと向かわせて、その護衛として1人暗部の人間を付けた。
途中で襲われる訳にはいかない。フリードがベルンハルト王国に滞在している間に何かあったら、国交に亀裂がはいっているリーゼンバイスと完全に戦争状態になってしまう。
それで得をするのは、バイゼン皇国。
「やっぱりさ、外泊ってワクワクするよなあ」
「そう?慣れないところって眠れないよ」
「お、完全無欠の王子様の弱点か。今日は寝ないで語り尽くそうぜ!」
「……え、何を話すのさ?」
王子が泊まるにしては安いが、相場よりも随分高い宿をとり、フリードは目をキラキラさせる。勿論、宿の人間にはバレないようにフードを被せたり、夕食は騎士に毒味させたりはした。これが面倒だから、外泊は嫌なのだ。
何故か俺の部屋についている風呂をフリードが使用している間に、ここに残った暗部の人間には、俺よりフリードの命を優先しろと命令しておく。
彼らが了承した所で、俺は無意識に左耳のピアスに触れた。
婚約してから2年が経った時、エリが誕生日のお祝いにねだったものだ。
亡くなった産みの母親が、エリに残した絵本。
古いお話だったけれど、有名ではなくて、リーゼンバイスの考古学者位しか知らないものだったらしい。
エリの母親が何故そんなものを持っているのかは不明だし、この先も分からないだろうが、絵本の中身はよくある男女の恋物語だった。
出てくるのが精霊のお姫様とその護衛騎士で、恋仲だけれど結ばれない2人が、お互いを想って流した涙が瞳の色をした宝石になるらしい。そして、それを装飾品にして相手にプレゼントして言葉を交わすのだ。
『これを付けている限り、私は貴女の夫です』
『これがある限り、私は貴方のものです』
ーーと。身分違いの悲恋を題材にしたもの。
これを聞かされた時、悲恋の真似するって縁起悪くないか?とか思ったけど、それを言ったら剣を突きつけられそうだったから黙っていたのはよく覚えてる。
誕生日にプレゼントして、すごく喜んでいたからまあ良いかとも思った。
このピアスがある限り、俺はエリのもの……らしい。
今になって、このピアスの存在に俺は救われている。
あれくらいの頃が、まだ、女の子らしさがあったよなあ……。
「やっほ!殿下!何悟りを開いたような顔してるんですか?老けました?」
「……セイドリックか」
目の前に音もなく現れた文官紛いをしている男の名を呼んでから、ハッと我に返った。
「なんで、セイドリックがここにいる?」
王城にいるはずのセイドリックがここに来たとなると、向こうで何か起こっているのかと不安になる。
だが、そんな心配に反してセイドリックはヒラヒラと手を振った。
「ちゃんと、連絡係の騎士団員は王城に到着しましたよ。暗部の奴も。途中襲撃に遭ったそうですけど、騎士団員に気付かれずに全滅させたそうです。襲撃者はプロだったそうですよ。俺が来たのはこっちの人手が足りないかなーっと思ったからです。今暗部の仕事が多すぎて動けるの俺しかいなかったんで来ちゃいました。今晩は荒れそうですねー」
つまり、付けられていて、どこからか監視されているということか。
「なるほど……、だけど、お前の専門じゃないだろ?」
暗部の人間には、大まかに分けて3つの専門分野がある。
暗殺を専門にする者、情報を集める者、護衛をする者。
アンクは暗殺専門で、セイドリックは情報収集が主な役割だ。セバスチャン辺りは護衛。
一応全員一通りは出来るらしいが、得意不得意が出てしまう。
セイドリックはよく姿を変えて、時には男娼紛いな事をして情報収集を行っている。本人曰く、天職らしい。
要するに、荒事にはあまり向いていないのだ。
「大丈夫ですよ。一応それなりには出来ますって。……っと、それじゃあ」
フリードが風呂から上がった音を聞いたセイドリックは、音もなく窓から抜け出す。
それと同時にフリードが姿を見せた。
「さあ、アルフレッド。今日こそは、俺の恋愛相談に付き合ってもらうからな!」
「……うん」
「何でそんなに興味無さげなの?!!」
「はいはい」
今日はフリードが寝ても、眠れそうに無いなとほんの少し気が遠くなった。
没になったエピソード、Twitterに載せようか迷ったけどここに置いときます。本編にはあまり関係ないです。今回の過去編に関するエピソード。
「来月って、エリの誕生日だったよね?何が欲しい?」
出会って2年が経った頃、定期的に開いている2人のお茶会で俺は何気なしに聞いた。
「あら、今年はサプライズじゃないの?」
首を少し傾げてクスクス楽しそうに笑う彼女を見て、俺は渋い顔をした。
「去年失敗して懲りたんだよ……」
「私は嬉しかったんだけどなあ」
暫しの間、彼女は悩んでいたが、ふと思いついたように顔を明るくした。
「じゃあ、今年のプレゼントはアルが欲しい!」
俺は思わずビシッと固まった。
近くの草むらから、アンクが「えっ、それは物理的に?成人までそんなことしちゃ……」とかほざいているのは無視だ無視。同じ結論に至ったという事なんて認めたくない。というか、アンク居たのか。
「えっと……それは、どういう意味?」
彼女に聞きながら、目が泳いでしまったのは仕方ないだろう。彼女は満面の笑みを俺にプレゼントしてから、次来た時に話すと言ってさっさと帰ってしまった。
見送りとか完全に頭から抜け落ちていた俺の隣で、アンクが額に手を当て
「暗部という大人の汚さの集合体と関わらせてしまった事が悔やまれますね」
等と全く悔しそうに見えない、相変わらずの無表情でぼやいていた。




