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13 孤児の少女の指さす先は

この国で彼女との思い出を探すなと言う方が、難しいだろう。

それ位、彼女と長い時間を過ごし、俺の生活の一部に彼女の存在が色濃く残っている。


この教会も、彼女との思い出がいっぱい詰まっていた。


貴族の令嬢や夫人が孤児院の慰問に訪れるのはよくある話だ。そして、彼女も行っていた。

俺は彼女に誘われて、此処に来ていた。


孤児院の前で馬から降り、手綱を引いているとフリードが自身の馬を引きながら、俺の方へやって来る。


「お前……本当白馬似合うな……」


若干呆れの混じった様子で俺の乗っていた馬を見る。

汚れ1つない純白の馬。

これも彼女との思い出の1つ……でもなんでもなく、生みの母親の趣味だ。

絵本に出てくる王子様は白馬に乗って、お姫様を迎えに行くからって、いい年した大人が何を言っているのやら。


「私は普通のが良かったんだけどね……。目立って仕方がない」

「マジで絵本に出てきそうな王子様だった」


馬を近衛騎士の一人に預け、教会の裏口に回り扉を叩く。

おっとりした声が応じ、数秒後ゆっくりと扉が開いた。

黒いシスター服に身を包んだ、中年の少しふくよかなで優しげな女性が顔を覗かせる。


「はい。……どなた?あら、殿下。いらっしゃったのですか」

「シスター、急にすまないね」


俺の顔を見るなり、ニコニコと穏やかな表情を見せるシスターに僕も微笑み返した。


何時もと違う顔触れであるフリード達の事は深く聞かず、シスターは僕達を中へと促す。僕達は裏から中に上がり、シスターに案内されながら、教会の2階へ向かった。


この教会の1階は聖堂になっていて、周辺住民がよく訪れる場所。孤児院は2階だ。


階段を登る度に無垢な子供達のはしゃぎ声が大きくなってくる。

それとは反対に僕の心は沈んだ。


「皆、王子様がいらっしゃいましたよ」


シスターの穏やかな声に、ピタリと子供達の声が止む。僕の姿を見た子供達は、皆一斉に表情を固くした。


「なんか、引かれてるな……」


子供達の様子を見たフリードは怪訝そうな顔をする。

僕はシスターの方を向いた。


「知っているようだね」

「ええ、行商人の方に聞いたようで」


仕方ない。あの断罪からもう、2ヶ月近く経っているのだから。


「お兄ちゃんが、お姉ちゃんを殺したの?」


ポツリと誰かが言葉を溢した。まだ幼い、高い男の子の声。

なのに、憎しみで染まっていた。


純粋だから、何も知らないから、子供は身近な大人の色に染まる。

幼い子供をこんな風にしたのは、俺か。

分かっていたけど、胸が痛かった。


「こら、そんな事言ってはいけません」


幼子を厳しくたしなめるシスターの声が、何処か遠くで聞こえる。

不敬罪を恐れているのだろうか。でも、俺はそれを使うつもりなんかない。

それを免罪符にして、俺が起こした事から目を背けるなんて事はしない。


「そうだね」


幼子の問いに、俺はゆっくりと頷いた。

俺に傷付く資格なんてない。







◇◆◇◆◇◆







晴れ渡る晴天の下、きゃっきゃっと子供達が楽しそうな声を上げる。

その中心にいるフリードに、彼等の様子を微笑ましく見ている近衛騎士達。


俺はそこから離れた場所でそれを見ていた。

隣に騎士団長がいる状況で。


子供達が一向に寄ってこないのは分かっていたが、何となく悲しい気持ちになった。

何もすることがないので、仕方なしに近くにあったベンチに腰を下ろして、穏やかに流れる時間を楽しむ。

王都の喧騒から外れたここは、とても長閑だった。


近衛騎士団長は、無言で俺を監視するように守っている。

きっと俺の護衛をしているのだろう。必要ないけど仕方ない。


俺と長剣技の模擬試合は騎士団長と互角だが、経験は騎士団長の方が上。

その上をいく暗部の護衛が俺にはついている。


それを気にせずにこの時間を楽しめる俺の精神は、以前と比べて随分と図太くなったのだろう。


見上げた空はカラッと晴れていたけれど、吐いた息は真っ白で、煙のように消えていった。

身を縮め、手袋をした手をコートのポケットの中に突っ込む。


寒い。


ああ、少し、寂しい。


「お兄ちゃん」


ボーッとしていると、小さな女の子が皆の輪から外れて、俺の方へやって来る。

俺は目を瞬かせて、女の子に問うた。


「なんだい?」

「お兄ちゃんの嘘付き」


心臓が、不自然に音をたてた。


「え……」


目の前には茶金の癖毛を揺らし、藍色の瞳を怒ったように吊り上げる少女。

エリにとてもなついていた子だった覚えがある。


「お兄ちゃんは嘘付いてる」


隣の騎士団長が訝しげに少女を見る。

俺は暫し硬直した後、言葉の意味を理解し、慌てて笑顔を作った。


「どういう、事かな?」


俺の問いに少女は、俺の顔のほんの少し左側を指さした。

そうして、少女は俺の耳元でコッソリと囁く。


「そのピアスは、お姉ちゃんと“約束の証”なんでしょ?それを付けてるうちは、お姉ちゃんとお兄ちゃんは仲良しなんでしょ?ずっと」



――アル、約束ね。破っちゃ駄目よ。


脳裏に淡い記憶が蘇る。彼女と過ごした嘗ての日。

そして、彼女の幼い声。


ーーこれは、すごく古い恋物語なの。知ってる人は殆どいないけれど、私は大好きなのよ。死んじゃったお母様が教えてくれたから。


このピアスは俺達が俺達自身で、二人の関係を結び直した日からずっと付けている。


ーー絶対に外さないでね。無くしちゃ駄目よ。


俺と彼女の関係の証。俺と彼女を繋ぐもの。


ーーこれがある限り、アルはずっと私のものね!


今でも彼女が俺の左耳に触れて、ニッコリと嬉しそうに微笑んだのを覚えている。

普通の愛情をあまり知らない俺達は、自分達なりにお互いを愛した。

彼女の左耳で揺れる自分の瞳の色のピアスを見る時、俺はいつも仄暗い独占欲と優越感が満たされる。


全ては二人きりでやった事だ。このピアスの本当の意味は俺と彼女以外誰も知らない、筈。


「なんで、それを、知ってるの」


声が、震えた。

小さな女の子の肩を掴む。ただならぬ俺の様子に、ビクリと少女は怯えたように一歩後退りをした。


「お姉ちゃんが、こっそり教えてくれたの」


思わず力が抜けた。

そうか、彼女が言ったのか。

このピアスの本当の意味は、伝えていないのか。


「……殿下?」


事情を知らない騎士団長が怪訝そうな声を俺に掛けた。


「あ、いや……、何でもない」


細く、長い息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、俺は少女に向き直った。


「いいかい?それは内緒だよ」

「内緒?」

「そう。秘密だ。私とお姉ちゃんと君の」


人差し指を立てて、口元に当てる。少女は俺の真似をした後、ニカッと笑った。


「分かった!」

「いい子だね。フリードに遊んでもらっておいで」


背中を軽く押すと、少女は弾かれたように駆け出して、皆の輪へと戻っていく。

同世代の子供達大人数と遊んだことがないから、どんな感じなのかな?なんて思った。


「殿下」

「ん?なんだい?」


重々しい声で騎士団長が俺を呼ぶ。振り返った先には、難しい顔をした赤髪に琥珀色の瞳の騎士団長が俺を真っ直ぐに見据えていた。

ユーゴとよく似ている。雰囲気も、姿も。


「殿下はもしかして、エリザベス嬢の事が好きだったのではないでしょうか?」


何を、今更。

好きだったとして、死んだ者を想っていたと自覚させるつもりか?


「どうしてそんな事を聞く?」

「いえ、殿下とエリザベス嬢は政略的な婚約でしたので」


政略的な婚約。

はじめは、そうだった。


「そうだね。でも、私達の仲は、悪くなかったと思うけど」


俺の言葉に騎士団長はハッと息をのむ。

エリが王城に来た時、俺達は常に一緒にいた。騎士団に出入りしてる彼女と一緒に俺も出入りしていた。

だから、騎士団の面々は特に知っていた筈だ。


俺と彼女の仲の良さを。


皆、まだ気付かない。いや、気付けないんだ。


俺が恋愛に狂ってるとでも思っているんだろう。


それでいい。

まだ、気付かれる訳にはいかない。


――守らなければならない、約束がある。


ふと、そう思って俺は自嘲した。

恋愛に狂ってるのは、間違いじゃないなと。

過去回想を現在と織り混ぜるのって難しい。

ちなみに前話の小ネタですが、アンクには沢山兄弟います。アンクは一応長男。

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