Prog-Roid
■Prog-Roid-1
深夜0時を回ったフェイスマッシュのチャットルーム。俺はデイヴィスに一連の出来事を報告していた。山岸玲子の事。オフで会った、学校のクラスメイト。そしてクラスの人間関係。ネットでしか会ったことはないが、俺はこの男(だと思う)を心から信用していた。
【@Yardbirds へぇ、その山岸さんて子、面白いね。私も一度会ってみたいよ】
【@DAVIES 面白いというか、俺は振り回されてばかりだよ】
【@Yardbirds だけど、勉強しろとか、言ってることは凄くまともだよね】
【@DAVIES だけど、やることなすことすべてが無茶苦茶だよ。こんな暮らしだったら昔みたいにタイムライン上の面白いネタを集めていたころの事を思い出すよ】
【@Yardbirds そうかな。話を聞いている限りだと、とてもうまくいっているように思えるんだけど。そういえば、ネット上のネタで思い出したけど、今日、東京でニルヴァーナの元信者がまた事件を起こしたらしいよ】
デイヴィスが教えてくれたURLをタップすると、ニュースサイトの記事が現れる。ニュースサイトによると、「ニルヴァーナ」の元信者が、コンビニに強盗に入ったという内容だった。ニルヴァーナというのは、今から9年前に解散させられた新興宗教だか、自己啓発セミナーだかエコロジー集団だとか言われているけれど、事件は昔のことなのであまり良くわからない。ただ、大人にこの話をするとひどく不機嫌な顔をされるので、あまりしないようにはしている。団体自体はもう解散してしまっているが、残された元信者は今でもたまにテレビのニュースをにぎわしている。
【@DAVIES ニルヴァーナって良くわからないけれど、ホント怖い人たちだよ】
【@Yardbirds 元々の彼らの教えは、全ての科学技術を否定したんだって。もちろんフェイスマッシュも。団体がなくなっても、その教え自体は生きていて、元信者たちはうまく社会に適応できない人も多いみたい】
【@DAVIES フェイスマッシュがなくてどうやって生活するんだろ?】
【@Yardbirdsそれが、彼らは昔、フェイスマッシュどころか、ネットも電気もない環境で共同生活していたんだって。凄いだろ。エコロジー系の人たちには今でも影響を与えているわけだし、凄い集団だよ】
【@DAVIES確かにな】
【@Yardbirds ところで、山岸さんって上場しているんだろ?学校に転校してくるまで一体何をしていたんだ?そんな天才だったら、何か騒ぎになっていてもおかしくないけど】
【@DAVIES ニルヴァーナにいたりして】
【@Yardbirds まさか、な】
我々の深夜のチャットは、いまだに終わる気配を見せない。
「そろそろ、次の段階に進もう」と山岸は言った。山岸に岐阜駅前のロータリーに呼び出された俺は、いつもの通り、走って岐阜駅まで向かった。岐阜駅は学校よりもさらに10キロほど先にあるから、それなりに良いトレーニングになる。
ロータリーで待っていると、山岸がいない。そしてやたらとガラの悪そうな男がうろちょろしている。嫌な予感がしてブックを開く。やはり。
【Yardbirds が岐阜駅前から無事生還できるか?】
というトレードがすでに成立していた。ご丁寧に【「ヤードバーズ」とプリントされたブルーのTシャツを着た男をボコボコにした写真をアップしてくれた人には10,000ギルプレゼント】というコメント付きで。どうりで、と納得する間もなく、俺はロータリーから走りだした。同時に、あたり一面のチンピラ達が襲いかかってくる。
一人目のハイキックをかわすと横からは角材を持ったヤンキーが殴りかかってくる。武器はやめてくれよ武器は。殴りかかってきた腕を掴むと上体を投げ飛ばした。すぐに、次の男が足払いを仕掛けてきた。足払いを食らって転倒しかける。すんでのところで踏ん張って走り出す。襲いかかってくるチンピラ連中をかわす、投げる。バス亭を越え、ドンキホーテのある通りに向かう。ドンキホーテ前で一人の男と出会う。丸坊主にぎらついた瞳。明らかに他のチンピラとは雰囲気が違う。
「ブルーのプリントTシャツってお前だな」
いきなり殴りかかってくる。平和裏に解決しましょうよ、と言いたくなる。中段突き。片手でいなすと間合いが詰まったところで蹴りを入れてくる。早い。防戦一方になる。
「なかなかやるじゃねぇか。でもこれはどうかな」
ハイキック。これをかわした瞬間にカウンターを狙う。フェイント。強烈な中段蹴りを見舞われる。吐きそうになる。うずくまったところを容赦なく蹴りを見舞われる。何発蹴られたか、覚えてはいない。気がつくと、「カシャ」という間の抜けた携帯カメラの起動音がした。
「いやー見ごたえあったわ」
パチパチパチと拍手をしながらお花畑女もとい、悪魔こと山岸玲子が現れた。
「二人ともなかなかやるじゃない」
「あんたか、このトレードを企画したのは」
「ええ。まぁ色々あってね。じゃあ、これ50,000ギルチャージしておくわ」
「サンキュー」
「ところであなた、アカウント名なんていうの?」
「Graham」
「あら、このあたりじゃ有名な不良グループの一員なのね」
ブックを操作しながら、山岸が言う。
「不良じゃねぇ。「クラッシュ」は単なるツレの集まりだ」
「それはどうでもいいんだけど、もしよかったら、わりのいいバイトしない?あなたと同じぐらいケンカの強い人間を何人か連れてきてもらって、こいつに勝てればまたチャージするわ。どうしても、この男を鍛えないといけなくてね」
そういって、倒れこんでいる俺を足で小突く山岸。
「こいつをボコボコにするだけでいいのか。どんな事情だか知らないが、10人ぐらいなら集められるぜ」
「決まりね。10人のうち一人でもこいつに勝てれば全員に1万ギル。来週からでもやらせてくれないかしら」
「わかった。じゃあな」
そう言って、男は消えた。
「さ、いくわよ。バスを「申請」しておいたから。っていうかここのバス、すごいわね」
路線バスが止まる。岐阜市内のバスは特別製でフェイスマッシュとネットワーク上で直結され、「申請」を受け付けた場所から位置情報を割り出し、最寄りのバス停で止まる仕組みになっている。しかも、基本的に終電はない。市内、岐阜駅中心部から半径5キロ圏内を自動運転で巡回する仕組みになっている。道路内にバス専用レーンを作り、そこに自動運転用のガイドを作ることで実現した、最新鋭の設備だ。
「あ、大友君。それに山岸さん」
坂口さん。
「二人で一体、何やってるの。大丈夫?体中、傷だらけよ」
「ちょっと、特訓ってところかしら」
「例の、仁科君との?私もトレードに参加したけど、けっこう盛り上がってるわね」
「あなたはどちらに賭けたの?」
「仁科君。だって、仁科君は剣道部の主将でしょ」
「普通はそう思うよね。だけど、私はそこでこいつを勝たせるためにやっているの」
「私も大友君には頑張ってほしいと思ってるわ」
「なら是非応援して。こいつもやる気を出すと思うし」
そう言って、俺を小突く山岸。傷口が痛む。
「わかった。そうするわ。ところで、あなたはなぜうちの学校に?だって卒業してるわけでしょ」
「大学卒業していても再入学できないわけじゃない。しかるべき形で「申請」を行えば再入学なんてわけないわ。実は勤めている会社で今度高校生向けのサービスを立ち上げることになってね。そのリサーチにきてるの」
「へぇ。どんなサービスなのかしら」
すっかり暗くなった街並みを背に長良川を渡る大きな橋の一つを通る。長良川を渡った先にはもう何もない。
「それは秘密よ。公式サービスになったら紹介する。坂口さんみたいなアーリーアダプターには是非使ってほしいサービスなの」
上手くごまかしている。
「そうね。H.S.E.Cでも紹介するわね。ああそうだ。よかったら、あなたもH.S.E.Cに入らない?」
「いいわよ」
「ありがとう。クラスの中でも何かと話題の2人だから。山岸さんのアセットならH.S.E.Cの株だってすぐ買えるから。是非お願い」
そういって、坂口さんはバスを降りていった。
■Prog-Roid-2
【問1:日本の鎌倉幕府・室町幕府が置いた武家の職制で、国単位で設置された軍事指揮官・行政官のことをなんと呼ぶか】
夏休み前、最終授業は日本史だった。ブック上には見たことのある問題が並んでいる。藤巻さんの準備してくれたアプリのおかげで、答えはほとんどわかる。回答の内容の問題ではなく、スピードの問題だ。隣にはだれもいない。ただ、目の前の集中して、問題を解く。集中。無限にも思える時間が過ぎた後、30問のテストが終わった。結果発表。83万人中100位。クラス順位が発表され、その一番上に自分の名前があった。俺は、小さく、誰にもわからないようにガッツポーズをした。本来であれば絶対にクラス内で認識されるはずのない「空気」がクラス内に認識された瞬間。少しだけ、クラスの中がざわついているような気がした。いの一番に「やるじゃん」とだけ書かれたメールが送られてきた。送り主は俺の隣に座る人間。広田と後藤は何を考えているのだろう。うかがい知ることはできない。少しだけ、広田のメガネの奥の瞳と目があった気がした。
授業が終わる。隣に座る女子は、バン、と大きく俺の肩をたたいた。
「大友君、やったわね!」
広田は真っ先に話しかけてきた。友達の朝倉は遠巻きにそれを眺めている。
「まさか本当に1位取っちゃうとはね。驚いたわ」
「たまたまだよ」
「いや、私も後藤君も手を抜いてたわけじゃないだろうし。今回に関しては完敗ね」
そう言われて、後藤の方を見る。見ると後藤賢治は怒りに震えていた。
「私はもちろん、1位を渡すつもりもなかったから「売り」にベットしてたんだけど、この損、どうしてくれるのよ?」
笑顔で問い詰めてくる広田。
「俺は「買い」だったからなんかおごろうか。といってもベットした金額が大したことないからそれほど儲かっていないだろうけど」
なけなしの1万ギルをベットした結果、それは10万ギルほどになっていた。
「ホント?」
「ちょっと、玲於奈!それぐらいにしないとまた目つけられるわよ」
ヒソヒソ声で言う朝倉の声は思いっきり聞こえていた。
「ねぇ、大友君、しおりも一緒に行っていいでしょ?」
「もちろん」
あからさまに迷惑そうな朝倉。
「いや、もちろん行きたくなければいいんだけど」
「行かないわけないじゃない。ねぇ?」
そう言って広田は朝倉に同意を求める。
「ねぇ、大友君。この近くに新店ができたんだけど。行くわよね?」
普段は大友君なんて絶対に言わないくせに、山岸が言う。
「ラーメンね。はいはい」
「いいじゃん。私たちも一緒にね」
「玲於奈……」
困惑している朝倉。授業が終わった解放感もあって騒ぐ4人。
「うるさいな!」
後藤だ。
「1回1位取ったぐらいでギャーギャー騒いでうるさいんだよ。「空気」は黙ってろ!」
「ちょっと、後藤君。それはないんじゃない?」
広田が言う。明らかに気の弱そうな朝倉は泣きそうな顔をしている。
「何があったのかは知らないけれど、これは彼の努力の結果なんだから。私たちは彼よりも努力が足りなかったのよ」
「広田さん、君は黙っててくれ」
「いいえ。だって、騒いでいたのは私達全員なんだから。大友君のせいにして八つ当たりしないで、私にいいなさいよ」
「広田さん、きっと大友は何か不正をしてるんだよ。そうでなきゃこんな奴がクラス1位なんておかしいんだから。大体なんなんだよ、「空気」のくせに女子と楽しそうにしゃべりやがって」
俺の胸ぐらをつかんで凄んでくる後藤。だけど、残念なことに、凄む後藤賢治に迫力はまったくなかった。
「ねぇ、後藤君」
山岸だ。
「トレードに負けたぐらいでそんなこと言うのはみっともないわよ。トレードは自己責任。この国じゃ幼稚園児だって知ってる常識よ。それを他人のせいにするなんて最低ね」
あわててトレードの画面を確認する。確かに後藤賢治はトレードの「売り」ポジションに1,000万ギルほど投資していた。山岸の一言に、クラス内の「空気」は一変した。「学級委員が言うんだからもしかして……」という空気から「いいわけばっかで、後藤、なんかキモくない?」へ。
「あ、いや、僕もさ、そんなに疑っているわけじゃなくて、単にあんまり見事だからおかしいんじゃないかって思っただけなんだよ」
「みんな頑張って勉強してるのに、ひどい!」
坂口さんだ。その声によって、スイッチが入ったかのように、みな口々に「ひどい」「かわいそすぎる」といった声をあげている。おいおい、皆さん方も散々同じように俺を扱ってきたじゃないですか、という声を出しそうになるのを懸命に我慢していた。
「あ、俺な「フォロー」はずしといたから。前から思ってたんだけど、お前、生意気なんだよ」
仁科だ。「俺も」「俺も」という声がこだまする。我らが学級委員長は泣きそうな顔をしている。賢治の弟の隆二もここは黙ってクラスの「空気」に従っている。俺はこれ以上、聞きたくなかった。だけど、「空気」が変わることはなかった。




