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How To Go

■How To Go-1


 山道を走っている。ひたすら、腕を上下させ、足を動かし続ける。山縣市の自宅から、学校までだからざっと6キロほどの距離がある。いつもは自転車で20分ほどの距離だが、今は走っている。ひんやりとした空気の中、風景が移り変わっていくのが気持がいい。山と畑だけの場所からだんだんと民家や店が増えていく。自転車に乗っていたころには気がつかなかった景色だ。最後、1キロほど続く、緩やかな上り坂を登ると学校が見える。校門を通り過ぎ、学校が立つ高台の頂上を目指して足を動かす。

 高台の頂上には大きな木が一本あって、木の根元には山岸玲子がいる。

「遅いな。1時間かかってるぞ」

「勘弁してください」

 そういって、俺と山岸は木の枝の大きな枝の一つにぶら下がって懸垂しはじめる。1回2回と無言で続ける。5回、10回と回数を重ねるたびに汗が噴き出る。俺の腕は悲鳴を上げるが、山岸は平気そうだ。15回目でとうとうギブアップする。いったん降りて、休憩後、規程の回数まで懸垂を続ける。50回、100回と続いたところで、腕がつりそうになる。

「情けないな」

 規程の回数が終わると、そういって、山岸は枝から飛び降り、近くにあった枝を取る。山岸が枝を取るや否や、俺は一足早く枝をとり、山岸に思い切り斬りかかる。2度、3度木の枝を使った剣の応酬。一瞬距離が離れたところで俺は思いっきり枝を投げつける。山岸が払いのける。その瞬間、俺はとび蹴りをする。すんでのところで山岸はとび蹴りをよけ、反撃する。一度、二度拳が交わる。瞬間、俺の腕は山岸に掴まれる。暗転。

「まだまだだな」

 気がつくと、水と簡単な食事が用意してあった。といっても家で作ってきたのは俺だが。ハムとかいわれ、チーズを食パンで挟んだサンドイッチ。もちろん、マヨネーズとマスタードは塗ってある。

「あんたの料理の腕だけは認めてやるよ」

 そう言って、山岸はサンドイッチを食べ始める。正直、食欲はないが、俺もサンドイッチをもそもそと食べ始める。全く同じメニューをこなしていても、山岸とは天と地ほどの開きがある。

「だけど、ラーメンじゃないのがダメだな。明日からラーメンにしてくれ。だけどカップめんはダメだぞ。カップめんと生ラーメンには味に絶対的な差があるからな」

「お願いですから、勘弁してください」

 この女には、常識という概念が存在しないのか。

「ところで、食べないのか?」

「食べられないんだ」

「じゃあ、あたしがもらうよ」

「あれだけ動いてよくそんなに食べられるな」

「なんか言った?」

 俺の分のサンドイッチをほうばりながら山岸が言う。

「いや、なんでもない」

 高台の頂上からみる朝の光景がこんなに綺麗なものだとは知らなかった。

「そろそろ行こうか。学校が始まりそうよ」

 この生活を始めて1週間になる。朝5時に起床してランニングと山岸との模擬戦闘の後登校する。投降後は授業だ。山岸に言われて授業中の「わかりません」は禁止になった。それどころか、すべての授業後のテストでは山岸と競争することになった。山岸よりも学校内での順位が悪ければ(良かったことはないのだが)その分、罰ゲームとして翌朝の懸垂の回数が増やされることになった。今日も離された順位分、100回近く回数が増やされることになった。

「ねぇ、大友君、ここのところってどうやればいいの?」

 広田玲於奈が言う。いや、あんたが知らない問題を知ってるわけないだろ、という言葉を飲み込んで問題に向かう。山岸のせいで俺まで広田たちに付きまとわれることになった。

「あ、広田さん、この問題はここにX=2を代入すればすぐに解けるわよ。ほら、大友君も一緒にやってみて」

 何が大友君だ。

「あ、ホントだ。それにしても山岸さんってすごいわね。さすが上場組ね」

「それほどでもあるわよ」

 無言。

「だけど、山岸さんはなんでまた高校に来てるの?」

「仕事で、ちょっとね」

 山岸は、俺のせいだとは言わない。

「ちょっとって、何があるの?」

「実はね、私は国家情報局の人間なの。この学校の中にフェイスマッシュに対する破壊工作を計画してる人間がいて、その内偵に来てるの」

「またまたぁ」

 広田は本気にしていない。

「じゃあ、大友君といつも一緒にいるのは?」

「こいつが第一容疑者だからよ。広田さんも気をつけて。国家転覆をたくらむ危険人物だから」

「へーへー。そんな危険人物をいじめてるこのクラスの人たちは相当すごいよな。復讐されても文句は言えない」

「ははは、そうよねぇ!私も気をつけないと」

 広田は声をあげて笑っている。笑いすぎてうっすら涙が浮かんでいる。こうして3人で笑っていると、自分がこれまで受けてきたことすべてがが大したことではないような気がしてくる。

「良かったら、2人とも私のフォロワーになってくれない?お互いに「フォロー」しましょうよ」

「広田さん、やめといたほうがいいわよ。「フォロー」してもこいつのツイートなんてどうせつまらないに決まってるから」

「そうかしら?私は大友君のツイート、見てみたいわ」

「俺はいいけど、広田さんの迷惑じゃない?」

「危険人物だから?」

「ちがうよ」

「たかがフォロワーでしょ。フレンドじゃあるまいし、いつでも解除できるんだから」

「じゃ、決まりね」と言って広田は俺たち2人に「フォロー」申請を送った。山岸からは俺に「フォロー」申請が来た。フォロワーはこれで5人になった。

「広田さん」

「ん?」

「実際話してみるとずいぶん印象と違うね」と言いかけて、やめた。


■How To Go-2


 山岸は俺のお気に入りのベンチでカップラーメンを食べている。今日は塩ラーメン。このお花畑女は栄養バランスという概念がないのだろうか。

「なぁ」

「ん?」

「なんでいつもラーメンなんだ。ラーメンばっかり食べてたら栄養が偏るだろ」

「だからよ。食生活がダメだとなると他の所でアセット稼ごうと思うでしょ。それに、ラーメンほど毎日食べても飽きない料理ってないし」

「なんだその理屈」

「だまされたと思って一度やってみればいいじゃない。それにあんたの毎日コロッケパンも大概だと思うけれど」

「ところで、広田さんて」

「どうかしたの」

「本当に俺たちを邪魔するために一緒にいるのかな」

「多分違うわね。だからフレンド申請OKしたの」

「よかった」

「だけど、気をつけるのに越したことはないわ。広田さんに限らず、気をつけることね。これはこのクラスの中だけじゃない。フェイスマッシュ内では自分の発言内容に気をつけすぎることはないわ」

「わかった」

「それと。さっき上司から承認が下りたわ。夏休み前までにどこか授業のテストでクラス1位取れたら「チャージ」する。私のブックから200万ギル「チャージ」する。その原資はトレードで稼ぐことにするわ」

 そういって、山岸はトレードの画面を指し示した。みると【OtomoSyuheiが2022年7月1日から夏休み前までにクラス1位を取る】というお題が設定されていた。すでに何人か「ベット」している人がいる。

「だけど、1位って無理だろ」

「大丈夫。私はしばらくの間、1位は取らない。必ずわざと1問間違えるようにするわ。だけど広田さんと後藤君、あの二人は相当強力よ」

「そうだろうね」

「200万ギルあれば、とりあえず債務超過状態からは脱出できるわ。だけど、むやみに「チャージ」するわけにもいかないから」

「せっかくだからトレードのシステムも復習しておこうかしら」

 山岸はまた「いつもの」コスプレをした。わざわざ「ちょっと待っててね」と言って着替えてきてまで。学校の中でそんな恰好をして、恥ずかしくはないのだろうか。案の定、他の生徒たちはクスクス笑っている。

「トレードのシステムはわかってる?」

「トレードは、フェイスマッシュ上で行われる一種の株式市場なんだろ。そしてそこではあらゆる事象が売買されている。上場した個人のアセットやこの間のような公共機関や組織。それだけに限らず、「明日の天気」や「プロ野球の勝敗」から「来週の内閣支持率」まで」

「そうね。トレードは株式取引の一種なの。例えば、「明日の天気が晴れ」というトレードのお題があったとしたら、実際晴れると思った人は「買い」、雨になる人は「売り」でポジションを作る。これで、実際に晴れればこのトレードの株価は上昇し「買い」の人が儲かり、雨になれば逆になる、といった具合ね。昔あった競馬や競艇といったギャンブルと違うのは、フェイスマッシュにアカウントを持つ人全員がトレードにおけるお題を設定できる事ね。お題を設定した人は胴元となってベットされた総額のうち5パーセントがキャッシュバックされる。今回のようなスクールモード時に作成されたトレードは同じ学校の人間しかベットできないからそれほど規模が大きなものではないだろうけど、それでも恐らく数100万ギルの金が動くはずよ」

「だけど、今回みたいにトレードの対象になってる人がトレードの内容を知ってしまったら取引が成立しないんじゃないのか?」

「確かにそう考えても不思議じゃない。だけど、例えば今回みたいにあんたが自分のトレードの内容を知っていて、わざと手を抜いたりしたら、「1位を取る」を「買い」でベットしていた人はどう思うかしら?」

「それは、怒るだろ」

「そうよね。でも、逆にもしあなたがクラス1位を取れなかったら今度は「売り」にベットしていた人が怒るわよね?」

「そりゃ、そうだろ」

「どうしたらいいかしら?」

「手を抜かずに普通にテストを受ける?」

「それが一番いいわね。でも、わざと手を抜いていたかどうかなんてわからないわよね?」

「ってことは、ベットしてる人が多い方にするよ。どちらかには必ず恨まれるとしたら、人数が少ない方がいいから」

「そう。つまり、トレードはトレードの「お題が達成されるか」を予想するゲームではなく、「多数派はどっちに投票するか」を予想するゲームなの。ここで、もう少し話を進めてみるわ。今回のトレード、あなたが自分でベットするとしたらどっちにベットする?」

「それは、自信があれば「買い」にベットするし、なければ「売り」にベットするよな」

「普通そうよね。そこで重要なのがトレードにおいては誰がどちらにベットしたかはすべて公開されているの。つまり「当事者がどちらにベットしたか?」という事実自体がこのゲームを決めるための非常に重要な要素なの。だから、通常トレードの当事者は直前までベットしない。そして、当事者の戦略としては多数派のどうこうをみながら、あえてその逆の結果を出すのが一番もうかるってこと」

 そこまで山岸が話したところで授業開始を告げるチャイムが鳴った。授業から授業へ。俺の「お勉強」は続く。

「なるほど。そういうことか。我々、映画研究会としても助けないわけにはいかないな」

 放課後。目の前の仲田さんと藤巻先輩にこれまでの経緯を話した。保健室での映画研究会の活動はまだ続いていた。藤巻先輩は3年の学年一位、今度の期末テストでも進級間違いなしといわれている。特に国語と英語が得意だそうで、理科系の仲田さんとの相性も良い。毎朝早朝のランニングと模擬戦闘が終わって登校、授業が終わった後は図書館で勉強するか保健室で映画研究会というのが最近のお決まりの行動パターンだ。図書館では山岸=お花畑女様が、映画研究会では藤巻先輩と仲田さんが先生役を買って出てくれている。

「確かに、あの二人は実質、学年の1位2位なわけだから、相当難しいだろうな。でも、この間の大友君の話だと、今度の期末テストで進級しなきゃいけないわけだから、いつかは2人の上にいかないといけないってことだろ」

「そういうことですね」

「わかった。この件、僕に任せてくれないか。まずは、授業の日程を調べよう」

 そういって、藤巻先輩はブックを操作し始めた。

「多分、今の段階で全ての教科を勉強しても1位になることは難しいだろう。だったら、一番可能性のありそうな教科に絞るべきだ」

「なるほど。これから一番授業数が多いのは日本史ですね。日本史だったら結構得意です」

「よし、じゃあ日本史でいこう。ちょっと待ってて」

 しばらくすると、藤巻先輩からメールでアプリのダウンロードURLが送られてきた。URLをタッチする。

「これは……アプリですか?」

「このアプリ、僕がフォロワーたちと作ったんだ。起動すると10問連続で問題が出る。これまでのテストの過去問から出題傾向などを勘案したうえでランダムに10問出題されるから、予行練習にはうってつけだよ。授業後のテストで満点を取ることは、それほど難しくはない。ただ、そこでいかに早く回答するかが大切になるんだ。順位は回答スピードが速い順だからね」

「ありがとうございます。でも、テストの過去問って相当な数ですよね」

「そこがこのアプリのミソなんだよ。確か、1教科、15万問ぐらいあったかな。文部科学省のサイトには過去問が載ってるんだけどそれを全てダウンロードしたうえで解析するからかなり大変なんだよ。実は、このアプリ、日本史と古典、それから数学しかできてなくてね。その意味でもラッキーだったよ」

「先輩、本当にありがとうございます」

「いやだなぁ。同じ映画研究会のメンバーなんだから、メンバー同士助け合うのは当然だよ」

「なんて美しい、先輩後輩関係なんだ」

「先生、茶化すのはやめてもらえますか?」

「いや、すまんすまん。じゃあ、今日は景気づけにおごるよ。いつもの中華屋集合な!俺、職員室寄ってから行くから現地集合な」

 保健室から外に出ようとするとき、八巻遥に会った。じっと俺を見つめる八巻。今回は何もしていないはずだ。

「八巻さん……どうしたの?」

「75パーセント」

「は?」

「あなたがトレードに失敗する確率」

 余計なお世話だ。俺は八巻を無視して中華屋に向かう事にした。中華屋で仲田先生を待つ間、アプリを起動する。問題の内容自体は大して難しくはないが、テンポよく回答しないとすぐにタイムオーバーになる。

「ここの、「日付」ボタンを押すと授業の進捗に合わせた内容にしてくれるんだ。時間割が違うだけでカリキュラムは全国で1つしかないからね」

「すごい。これだったらテスト対策として最高です。」

「ただ一つだけ問題があって、このアプリ、スクールモード上では起動できないんだ。スクールモードは外部と通信が制限されていてね。その制限にひっかかってしまうんだ」

「なるほど。わかりました」

 仲田さんもやってきて、3人での食事。いつものもやし入りの1.5倍チャーハン。だけど、こんなにおいしいチャーハンを食べたのは初めてだった。

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