絡まる、言葉
■絡まる、言葉-1
【こんばんわ。まだ参加したばかりですが、よろしくお願いします】
俺のH.S.E.C初めてのサークル内ツイートだった。我ながら笑ってしまうぐらい平凡なツイート。この1文を考えるまでに1時間以上の苦闘があった。でも、そんな平凡なツイートにH.S.E.Cの人たちは律義に返信してくれたり「good」ボタンを押してくれた。
【@Yardbirds 俺、KaiserChiefって言うんだ。よろしく。】
【@KaiserChief ありがとうございます。友達に株をもらったんで参加したんですが、H.S.E.Cってどんな活動をしているんですか?】
【@Yardbirds うーん、色々かな。H.S.E.Cはフェイスマッシュを使って高校生が交流することが目的だから。たまにオフを開いたり、サークル主催のセミナーに出たりしてる】
【@Yardbirds 君もこのサークルに入ったのかい?】
【@DAVIES そう。友達に株をもらって】
【@DAVIES @Yardbirds 君たちフォロワーなの?】
【@KaiserChief @Yardbirds フォロワーではないけれど、少し前からの知り合いなんだ。近くに住んでて、音楽とかネットの話をたまにやり取りしてる】
【@Yardbirds じゃあ、君も岐阜近辺に住んでるってことか。来週の土曜日、名古屋でオフがあるんだけど良かったら来ない? @DAVIES】
【@DAVIES @Yardbirds 私はちょっとその日用事があっていけないけれど、良かったら参加してみたら?】
俺抜きで話がどんどん進んでいく。デイヴィスはここでも人気者みたいだ。
【@DAVIES @KaiserChief じゃあ、俺も参加するよ】
翌週の土曜日。俺は名古屋駅から歩いて3分ほどのカトウコーヒーにいた。「なんか面白そう」という理由でついてきた山岸も一緒に。
「あ、大友君。こっちよ」
坂口さんだ。
「あ……山岸さんも一緒なの?」
「サークルメンバーじゃない人間は参加できないのかしら?」
「本当はちょっとまずいんだけど……いいわ。私が連れてきたって事にしておく」
「ありがとう」
珍しく殊勝な山岸。扉をくぐると、店内にはざっと50人以上はいた。
「これが全員H.S.E.Cのメンバーなのか?」
「そうよ。これでも今回はちょっと少ない方ね。大友君もメンバーの一員なんだから入って」
「へぇ、なかなかのもんじゃないの。ところで、この店ってラーメンはないの?」
不服そうな山岸。店全体が見渡せる席に座り、メニュー表をしばらく眺めながら悪態をつく。「喫茶店にラーメンはない」そのあまりに当たり前な事実にこの女が納得するまで、数十秒の時間が必要だった。観念した山岸はメロンソーダを注文する。俺もつられて隣の席に座り、コーラを注文する。向かいの席には男子2人組。向こうの方が早くこちらに気がついたようで、早くも目をそらしている。
「よう」
2人組のうち1人が声をかけてきた。この顔には毎日会っている。後藤隆二。後藤兄弟の弟でクラス内の不良グループのリーダーだ。学級委員の後藤賢治は目を合わせようともしない。
「2人ともどうしたんだ。こんなところに。デートか?」
冷やかす後藤隆二。
「いや、最近サークルに入ったばかりなんだけど、カイザーチーフさんっていうサークルメンバーに誘われて参加したんだ」
「へぇ。俺は特に興味もないんだが、兄貴が行くって言うからついてきたんだ」
その名前を聞いて、後藤賢治は立ち上がり、店から出て行った。
「兄貴!一体どうしたんだ!」
隆二と一緒に賢治を追う。
「大友、お前がヤードバーズだったのか」
「ってことはお前がカイザーチーフなのか」
「そうだよ。お前のアカウントがわかってれば今日のオフ、絶対誘わなかったよ。デイヴィスの知り合いっていうからどんな奴かと思ったけど、お前だったとはな。悪いけど、リアルでも、ネットでも2度と話しかけないでくれ」
「兄貴、いくらなんでもひどいんじゃないのか」
「何がだ。隆二、こいつらと話してても1ギルだってアセットは増えない。仲よくしてたら仁科たちに目をつけられるぞ」
「仁科たちなんてどうだっていいだろ」
「少なくともこいつらよりは有用だよ。それに、隆二、お前がそう言えるのはお前が強いからだ」
「もしも、兄貴に何かしてきたら、俺が代わりに殴ってやるよ。俺が強くなったのは、兄貴を守るためなんだから」
「それが嫌なんだよ!兄なのになんで俺がお前に助けられないといけないんだ!」
そう言って、賢治は駅へ一人で向かっていった。
「兄貴も、昔はああじゃなかった」
行きがかり上、3人で入ったラーメン屋で後藤隆二はぽつぽつとしゃべり始めた。
「昔は正義感があって、曲がったことが大嫌いだった。子供のころに親が離婚してね。同級生にも色々言われたけど、その度に怒って殴りかかってたのは兄貴だった。それが変わったのがフェイスマッシュを本格的にやり始めてからだ。フェイスマッシュをやり始めてから、他のフォロワーの目を気にしだして……」
「それであんな嫌な人間になっちゃったってわけね」
山岸がラーメンをすすりながら言う。スープはもう半分ほどしか残っていない。山岸の失礼な言葉にも隆二は怒るそぶりも見せない。
「俺はフェイスマッシュとかよくわからないけれど「セブンス」に入って余計に他のフォロワーからの評価ばかり気にするようになった気がする。「空気」ばかり読んで、それで本当に兄貴はいいのかな」
「フェイスマッシュをやっている以上、他人からの評価は気にしないわけにはいかないわ。だってそうしないとアセットが増えないんだから」
「それはわかってる。だけど、俺は昔の兄貴の方が好きだった。俺たちには夢があってね。上場したら2人で会社を作ろうって。2人で起業して、俺たちの事をバカにした奴らを見返そうって2人で決めたんだ。だけど最近、それでいいのかなって思うようになったよ。あんな状態の兄貴にこのままついて行っていいのかってね」
「バカね。あんたたち2人でゲームのクリア条件を決めたんでしょ。だったらそれをやり遂げなきゃ。きっとあんたのお兄さんだってそう思ってるわよ」
俺のどんぶりから奪ったチャーシューをほおばりながらでなければ、とても感動するセリフを吐く山岸。
「ま、そのうちなんとかなるわよ」
そう言って席を立つ山岸。彼女において行かれないように必死でついて行くしかなかった。
■絡まる、言葉-2
最近、「お勤め」の雰囲気が明らかに変わった。悪いほうに。トイレで汚泥をかけられたりするような露骨なものはなくなった代わりに、よく殴られるようになった。そして、教室内でも露骨に仲間はずれにされることが増えた。「空気」ではなく、仲間はずれ。つまり、クラス内の「異物」として認識されているということだ。クラスの内外で無茶苦茶な事をしでかし続ける山岸のおかげで、俺も一緒にクラスの「異物」として認識されるようになってしまっていたのだ。
「修平ちゃんよう、アセット。持ってるんだろ?」
「お勤め」中、俺を地面に這いつくばらせた状態で仁科は言う。
「俺さ、今月いろいろ使っちゃってアセットが足りないんだよ。友達だったらわかるだろ?お前、いくら持ってる?」
「260万ギル」
「全部よこせよ」
「タカ、それやっちゃうとアカウント消去になっちゃうよ」
逸見が言う。フェイスマッシュのルール上、決算時に債務超過になったアカウントは消去される。そして、消去されたアカウントは一生強制労働なのだという。
「別にかまわないだろ」
「それに、こないだの「セブンス」のチャットではアセットまではとらないって話だった」
珍しく口答えする逸見に、仁科はいらだっているようだった。
「うるせぇな、だったらお前が代わりに260万ギル払うか。山田や朝倉には、このアセットでなんかおごってやれば詮索しないって。幸二、お前はどう思う?」
「俺はタカがやりたいならいいと思う」
「だけど」
「もういい、聡、お前はあっち行ってろ。またあの女が来ないか見張っててくれ」
引き起こされて、腹を思いっきり殴られる。
「なぁ、修平ちゃんー。友達が困ってるんだよ。いいじゃん」
殴られる。ニヤニヤニヤニヤ。
「誰が……やるか……」
殴られる。
「俺に口答えするなっつーの!」
殴られる。
「なぁー俺たちトモダチだろ?」
殴られる。
「友達でも……なんでも……ない……」
「おい、幸二!」
平野は掃除道具入れからデッキブラシを取り出した。
「これから、部活だ。練習するぞ」
剣道部主将の方がデッキブラシを構える。
「わかった。チャージする。260万ギル」
「修平ちゃーん。やっとわかってくれたか。俺たち友達だよな」
【申請を受け付けました あなたに「見えざる手」のご加護がありますように!-260万ギル】
その表示が出た途端、脳天に鈍い痛みが走った。暗転。
「それであんたはなけなしの260万ギルを奪われたってわけ?」
チャーシューメンをすすりながら山岸が言う。普通の乾麺に俺の特製チャーシューを乗せた一品だ。自慢じゃないが、このチャーシューには自信がある。
「ああ」
「あんた何やってんのよ。4万ギルじゃ何にもできないわよ。それにあと2か月もすれば決算だし」
返す言葉もない。今回仁科に260万ギル譲渡したことで、俺の資産は4万ギルになった。資産164万8,000ギルに対して負債が240万ギル。完全な債務超過だ。
「これどうするのよ。それにしても、あのクラスの人間って相当陰湿よね」
「わからないけれど」
「ま、あまりスマートなやり方ではないけどやるしかないわ」
「はぁ?」
「いいの、大丈夫。それより、チャーシューメンおかわり」
私に任せときなさい、と微笑みながらチャーシューメンをほおばる山岸。またしても、嫌な予感がする。
翌日、俺は自分の危機察知能力に舌を巻く事になる。悪夢は早朝からやってきた。
「おい、有象無象!」
教室で山岸は仁科に声をかける。
「お前、こいつとケンカしろ」
「は?」
「ケンカして勝ったらこないだの画像は削除してやる。もし負けたらフェイスマッシュ上でこれまでしてきた事を全て告白して大友修平に謝罪する事」
いきなり、何を言い出すんだこの女は。
「ほんとにいいのか」
「ああ、いいさ。フェイスマッシュ上にトレードの場ももうつくってある」
山岸が仁科に見せたブック上には【申請を受付けました あなたに「見えざる手」の御加護がありすように!-5,000ギル】という表示が映っている。フェイスマッシュ上をみると【NisinaTakashi対OtomoSyuhei、ケンカで勝つのはどっち!?】というお題がすでにフェイスマッシュ上で設定されていた。すでに、何人かが賭け金を賭けている。もちろん、仁科が勝つ方に。
「本当にいいのか」
「うっさいなぁ。私がいいって言ってるんだから。それとも、もう一発食らいたい?」
「いや、遠慮しておくよ。いつやる?」
「ちょうどもうすぐ夏休みだから、夏休み明け授業初日、9月1日はどうかしら。フェイスマッシュ上に公開する動画の撮影環境はこっちで準備しておくわ」
「ちょっと、俺は何も聞いてないよ」
山岸が睨む。あの顔だ。
「ちょうどいい機会だからあんたに言っておくわ。あんたの今後のミッションはこの有象無象をぶっ飛ばすことと、「期末テスト」で進級する事。」
期末テストというのは、9月末にある全国統一テストだ。飛び級が認められているこの国では、進級するためには年2回の期末テストで上位に入る事が必要となる。教室中がざわつく。ホームルームをしていたはずの教師はあっけにとられて、注意する事すらわすれている。
「あははは!やれるもんならやってみろよ!」
仁科が笑う。それにつられて周りも笑う。
「おい、有象無象。もうひとつ言っておく。もしお前が勝てたら、こいつの事はいじめようが、女子トイレに閉じ込めようが、裸で理科室に放置しようが、好きにしていい。ただし、9月1日までの間に、こいつに手を出してみろ。次は確実に「当てる」からな。」
山岸が吠える。クラス内での公然の秘密が公になり、場は凍りついた。
「おい、あんなこと言ってどうするんだよ!」
家に帰って、俺は山岸に詰め寄った。
「どうするって、やればいいじゃん」
「いやいやいや……そういう問題じゃないんだけど」
「そういう問題じゃないって、あんたのその、クソな人生を何とかするための方法が他にあるの?」
「それは……そのうち頑張れば何とかなる……と思う」
「そのうち、っていつ?」
「それは、機会がきたらだよ」
「あのさ、そういうのイライラするからもうやめてくれない?もう一回言っとくけど期末テストとあの有象無象を倒すこと。そうすれば、あんたの人生は変わるのよ」
「人生を変える、ってなんかどっかの怪しい自己啓発セミナーみたいだな」
山岸がふと、ひどく物憂げな顔を見せた。
「自己啓発セミナーか。そうか、そうだったか」
ははは、と自嘲的に笑いだした。
「いや、悪かった、確かにやりたくもないのにやらせてもしょうがないわよね。」
「いや、それは」
「わかった。童貞にふさわしい、冒険の理由を作ってあげるわ」
だんだん、この女のお花畑発言にも慣れてきている自分がいた。
「ミッションクリアしたら、つきあってやる」
前言撤回。
「なんでいきなりそんな話になるんだよ」
「あんたみたいな人間の共通点を教えてあげる。それは、物語がないってこと。いい?この世界は一つの巨大なゲームみたいなものなの。でも、どんなRPGだって冒険に出る為にはその理由がある。理由もないのに平和な街を出てわざわざ危険な冒険の旅に出たりしない」
「それはそうだろう」
「あんたらはそれをいいことに、ずっと街の中をうろちょろして「ここはアリアハンの城下町。北に行くとレーベの村があります。」なんていうことを言っているだけの人生を送っているの」
「いや、その何が悪いんだよ」
「悪いとは言ってない。ただ、クソだと言っているだけよ。その証拠にあんたには4万ギルの価値しかない。そのことの本当の意味を知っている?この国の人達はいつか上場するわよね。だけど、オープンなトレードの場に上場するってことは、誰かに買収されるリスクを負う。そこで4万ギルの価値しかないということは、4万ギルで買収できるってことなの。あんたの価値は4万ギルってわけ。上場するのは全アセットの51パーセントまでだけど、4万ギルあれば、あんたのアセットの過半数を押さえられる。あんたは上場した途端に一生誰かに搾取され続けるのよ。買われたら、「親会社」の言う事には絶対服従。それがたとえ人を殺すことであっても。私だったら、あんたが上場してる株式を全部買い占めることぐらい簡単よ。」
そういって、山岸は彼女のスマートフォンを見せた。ディスプレイの彼女のアセットには200億、という見た事もない数字が踊っていた。
「あんたはまだ、自分は非上場だから関係ない、と思ったんでしょ。だけど、いつか「その時」は必ずやってくるのよ。それなのにあんたたちときたらずっと街の中をうろちょろして街の名前を勇者に言うだけの簡単なお仕事に従事してる。挙句の果てにフェイスマッシュのタイムライン上でクソみたいなコメントや記事に「good」ボタン押して満足している。それで社会に反撃したつもりになっているんだから実におめでたいわよ」
何も言い返せない。
「だったら、私があんたに冒険に出る理由を用意してやる。だけど、あんたが街の外に出るかどうかは自分で決めろ」
「だけど……あんたはそれでいいのか」
「いいのかって?」
「もし、俺と付き合う事になってしまっても」
「クリアしてからそういう事は言いなさいよ」




