浮かび上がる
■浮かび上がる-1
昔プレイしていたRPG。最初の頃はクラスの男子全員がやっていたこのゲームも、発売から3年も経つと、クラスの人間はもう誰もやっていない。何十時間、何百時間とプレイして、イベントや敵キャラのセリフはおろか、街を歩く町人Aのセリフでさえ覚えてしまっている。それでも、俺は繰り返しこのゲームをプレイしている。それはゲーム史上最強を誇るラスボスを倒すためだ。周回プレイ後に解禁されるこの敵は、なんせこちらのヒットポイントは最大999までしか上がらないのに、敵の攻撃では1,000を優に超えるダメージを受ける。まるでゲーム製作者のあざ笑う顔がみえるかのようなその攻撃。一つ一つの選択によって、戦局は何度も変わっていく。極限の緊張感。何度全滅させられてもそのたびに俺はコンテニューボタンを押し続ける。「ゲームは現実とは違う」のは「現実ではリセットボタンが押せない」からではなく、ここで攻撃するべきか防御すべきか回復すべきか。攻撃するならどんな攻撃を繰り出すべきか。ゲームにおいてはあまりにも重大なこれら一つ一つの決断が現実ではあまりに軽くあつかわれていることだ。
山岸が学校にやってきて、1か月が経った。学校ではいつも通りだ。相変わらず俺は「空気」なまま。でも、変わったこともある。数日前、同じクラスの山本に呼び止められた。「一緒に授業うけよ」だって。ちょっと笑えた。あんた、空気に話しかけてどうする?山岸も、表面上何事もなかったかのように振る舞っている。このお花畑女、上場済みと聞いて、半信半疑だったが、最初の数学のテストで驚いた。学内最高得点はおろか、全国1位なのだ。本人いわく「本調子まではまだまだ」とのことだが、以来ずっと全国1位を取り続けている。転校早々、更衣室事件で大騒動を起こしても、彼女の圧倒的な能力を見せつけられては、表立って反抗する人間はいなくなったどころか、周りに妙な取り巻きさえ現れだした。
保健室に向かう最中、「セブンス」の皆様とすれ違った。仁科、逸見、平野のグループに山田さくら、後藤兄弟に朝倉しおり、そして「H.S.E.C」の坂口さん。皆様、まさに貴族のいでたちでございます。そう、坂口さんは俺とは多分、住む世界が違うのだ。平民は保健室に向かう。仲田さんの補習を受けるためだ。仲田さんは東都大卒らしく聞いた事を何でも答えてくれる。だが、この日は少し事情が違っていた。
「おっ。いじめられっ子が来たぞ」
「仲田さん、それやめてくださいよ」
「今日はいじめられっ子にお客さんだ。こちら、藤巻健輔」
「3年の藤巻です」
そう言って手を差し出す藤巻。藤巻という名前に少しだけ聞き覚えがある。
「大友、前に、映画が好きだって言ってただろ。藤巻も映画が好きで映画同好会の部長なんだ」
「部員は僕だけだけどね」
「俺、実は映画研究会の顧問をやっていてね。藤巻にお前の話をしたら是非映画研究会にスカウトしたいって」
「いや、でも、俺なんかが入ったら迷惑なんじゃ」
「迷惑ってどういう意味?」
「いや、どういうって」
「まぁまぁ。ちなみに藤巻は3年でも成績、学年トップだから、勉強だってみてやれる。映画研究会って言っても大したことはしてない。週に2回ぐらい集まって映画について駄話しているだけだから。一緒にお前の補習もできるよ」
「ちなみに、大友君は好きな映画って何かあるのかな」
「『24アワー・パーティ・ピープル』って映画が好きですが、ご存知ですか?」
「ファクトリーとジョイディビジョンを描いた映画だよね。同じマンチェスターシーンを描いた映画でも、『コントロール』や『ジョイ・ディビジョン』よりも抜群にいい。もうずいぶん前の映画だけど、サントラがすごくいいよね」
「ええ。そうなんです」
「同じ監督なら、『Code46』も面白いよ」
「あのSFっぽいラブストーリーですよね。俺はイマイチのりきれませんでしたが」
「そんなもんかな、でも僕は、あの近未来的でありながら、現在の延長線 上にあるような街の描写が好きなんだよ」
「な、藤巻、逸材だろ」
「ですよね。是非!映画研究会に」
「成績アップ間違いなし!」
確かに、断わる理由はない。だが。
「わかりました。ただ、もし俺の事が迷惑なったら遠慮なく切ってください」
「迷惑なわけないだろ。藤巻、こいつの気が変わらないうちにフォロー申請しておけよ」
フォロワーはこれで3人になった。
■浮かび上がる-2
【ねぇ、大友君。よかったらライブ行かない?明日なんだけど、ミスター・ディスコってバンドなんだけど、昔のギターバンドみたいな音を出してて結構いいの。私の周りの友達は音楽の趣味なんてないし】
坂口さんからこんなメールが送られてきたのは、昨日のことだ。断る理由なく即決。坂口さんは金色の大きな時計の前にいた。集合時間10分前。名古屋駅桜通口側の大きなコンコースのエスカレーター前の人気の待ち合わせスポットだ。薄い色のワンピースとバックを下げた坂口さん。
「ごめん、待った?」
「私も今来たの。早く行きましょ」
坂口さんはそういうと、俺の腕を掴んで走り出した。坂口さんの柔らかな肌の感触。彼女は俺の手を取って駆け出していた。ライブ会場は地下鉄栄駅から直結のビル内にあった。若者に人気のテナントが多数入る。人気のビルだ。未成年の俺たちは、ソフトドリンクを飲みながら、開演を待っていた。二人とも、黙っている。永遠にも思える時間が過ぎ、ライブ会場の照明が落ちる。
歓声。どこからか、馬のいななきが聞こえた。
最初はほんの少しだった、そのいなななきは、次第に大きくなり、やがて、電子音に溶けていった。今までより、ひときわ大きないななきがした次の瞬間、四つ打ちのビッグ・ビートがあたりにこだまする。
まだ暗転している会場。一斉に楽器を演奏音。
ツインギターに続いて、ドラムとベースが。そしてキーボード。ビッグビートはさらに大きくなる。いななきが聞こえた。
静寂。
次の瞬間、照明が付き、メンバー全員の姿が初めて見えた。
リズム隊に合わせて、会場中がモッシュピットになる。エレクトロ、ミーツ、ギターロック。山岸は、俺の手を引いて、どんどん前に進んでいった。バンドのメンバーがすぐそこに見えるところに。ミスター・ディスコのバンドはまさにそんな感じだった。それよりも何よりも、ツインギターの片割れの女性。研ぎ澄まされていて、それでいて繊細な、唯一無二のギタープレイ。他のリズム隊との掛け合いも見事としか言いようがない。まさにライブの醍醐味を体験できた。ひたすらに飛び跳ねる。前に行く。ジャンプ。ダイブ。だけど、握った手は離さなかった。
「あのギターの人、私達よりも2つしか歳が違わないんだって」
ライブ後、帰り道で熱っぽく語る坂口さん。
「坂口さんにこんな趣味があったなんて意外だよ」
「私、本当はバンドがやりたかったの。今も、時間がある時はギター触ってるんだけど、もっと本格的にやりたい。こんな話、あまり学校やサークルの友達とはできないから」
まだ、全然下手なんだけどね、と坂口さんは苦笑する。
「本当は、H.S.E.Cの活動ってそんなにやりたかったわけじゃないの。だけど、気まぐれで始めた活動の規模がどんどん大きくなっていった。取材も何件か受けたりして、ずっと活動をしているとそのうちおさまりがつかなくなって。だんだん続けること自体が目的になってしまうの。今じゃあれが私の未来そのものよ。今じゃH.S.E.Cなしの私なんて考えられない」
そういって、フェイスマッシュのH.S.E.Cのサークルページをタッチする坂口さん。サークルページ上には、様々なツイートが飛び交っていて、今まさにこの瞬間にアカウント同士の交流が行われている。
「H.S.E.Cの「時価総額」っていくらぐらいになってるの?」
「そうね、1株5,000ギルだから、ざっと5,000万ギルぐらいかしら」
「凄いね。それだけの人数の人たちが参加してるってことだろ。サークルに参加してるだけでも一種のステータスだよ」
「だけど、たまに思うの。私がいないとあのサークルは何もできないんじゃないかって。私も含めてあのサークルが生きる目的になっている人がたくさんいるだけど、それを守るためにどれだけ頑張っている人がいるかっていうとわからない。参加できることがステータスっていわれるけど、本当に参加するだけで満足する人たちが多すぎる。でも、そういう人たちのためにもH.S.E.Cをやめるわけにはいかないの。ねぇ、大友君。だから一緒にH.S.E.Cを頑張って盛り上げていってほしいの。私が持ってるH.S.E.Cの株を一つあげるから、良かったら参加してくれない?」
坂口さんはいつになく真剣な顔をしている。
「大友君は、何か夢とかないの?その夢をH.S.E.Cでかなえてほしい。それだけの力がこのサークルにはあるはずよ」
長い沈黙。
「そうだ。もう一度、一緒にライブに行きたいな」
さらに長い沈黙。突然、山岸は大声で笑い始めた。目には笑いすぎて涙を貯めている。
「そうね。じゃあ、今度また一緒に行きましょう。じゃ、「フォロー」申請してもいい?」
フォロワーは4人になった。




