未来の根を切っても構わない
■未来の根を切っても構わない-1
「じゃあ、今日はタイムラインについて説明しようかしら」
お決まりのコスプレに身を包んだ山岸玲子がいた。今日も山岸先生によるフェイスマッシュの授業だ。
「まずは、基本システムから。タイムラインは、フォロワーに活動ログや自分の考えをツイートするのが基本ね。タイムライン上には自分のフォロワーの発言や行動ログが順に表示されていて、それを見れば、フォロワーが今何をしているのかわかるっていう寸法ね。ツイートの左下にある「good」ボタンを押すと、そのツイートをした人に1ギル支払うことができる」
そういって、山岸はフェイスマッシュ上のタイムラインの画面をタッチした。画面上にはフォロワー達の活動ログが並んでいる。アニメの感想から電車での移動履歴、他のフォロワーとのやり取りまで表示されている。もっとも、数人しかフォロワーがいない状態ではその画面も寂しい限りだが。
「フェイスマッシュ上のフォロワーには「フォロワー」「フレンド」「メイト」と3種類あるわ。これは名称が変わっていく度に「より親密な人間関係」という事になるの。フォロワー一人につきもらえるアセットもフォロワーが1,000ギル、フレンドが2,500ギル、メイトが5,000ギルといった具合に親密になればなるほど増えていく」
「じゃあ、どんどんメイトを増やしていけばいいってことか」
「ところが、そういうわけでもないの。フォロワーに対しては非公開ツイートができるんだけど、フレンド以上には非公開ツイートはできないの」
「非公開ツイートって?」
「例えば、あんたに彼女がいるとするじゃない」
「はあ」
「2人は恋人同士なんだから、あんたが隠れて他の女の子と会ったら怒られるわよね」
「そりゃそうだよな」
「仮に2人がフォロワーだったら、あんたは他の女の子と会うために電車に乗ったりご飯代を出したりしても、ツイートを非公開にさえしておけばそれが彼女にバレることはない」
「だけど、フレンド以上になったら隠れて他の人と会う事はできないってことか」
「そうね。さらにメイトになるとアセットの行動ログやリアルの位置情報も全公開になるから、よほど信用できる人間じゃないとできないってことになるわね」
「ところで、フォロワーを見せてくれない?」
そういって俺のブックを取り上げ操作する山岸。
「フォロワーは4人って、コンシェルジュ以外の他の3人ってあんたをいじめてたやつじゃないか。」
そういって、山岸は自分のブックからコンシェルジュに申請を送った。始めてみる他サーバーのコンシェルジュは黒髪に緑の瞳が印象的だった。
【@Thalia逸見聡、平野幸二、仁科貴史のアカウント名】
【申請を受付けました あなたに「見えざる手」のご加護がありますように! -100,000ギル】
「やっぱりそうだ。あんた、いじめられてるくせに、なに「フォロー」してんだよ」
「いや、いじめられてるわけじゃなくて、あれはふざけ合ってるだけなんだよ。だからあんな風に更衣室にでかでかと垂れ幕をたらされても困るんだよ」
山岸の眼光がひときわ鋭くなる。
「あんた、その言葉の意味、わかって言ってるの?本当にふざけ合ってるなら、もうこの事には触れないけれど」
沈黙。
「いや、本当に……」
絞り出すように俺はつぶやいた。
「私がおせっかいをやくのは多分、今、この瞬間が最後」
さらに沈黙。考えがグルグル回っている。何時間も経ったように思えた。
「ごめんなさい。」
時計の秒針はまだ、一周していなかった。
「わかった。なら、「フォロー」外しなさい。」
「でも、それをやってしまうと……。」
「フォロワーがいなくなってしまうのがそんなに不安なのか。いいから、外しなさい、話はそれからよ」
有無を言わせない、山岸の迫力に、俺はブックを開き、そっとフォロワー3人を外した。俺のフォロワーはコンシェルジュだけだ。本当の意味で「オリコンさん」になってしまった。
「おめでとう」
「めでたいのか?」
「めでたいわよ。あんたの人生は今、始まった。明日学校に行ってみなさい、きっと少しだけ、世界は変わっているわ。」
そう言って、お花畑女、改め山岸玲子は隣に借りた、自分の部屋へと帰って行った。
■未来の根を切っても構わない-2
予言は的中した。悪い方に。
「お勤め」の時間中、殴られる回数が増えた。そして、トイレの空から降ってくるのもいつもに増してたくさんのゴミと残飯、タバコやツバ、動物の死骸も混ざっている。いつも通り、意識を集中して、人形と化す。「お勤め」奴らがいなくなったのを確認してトイレから出る。その瞬間、鈍い痛みが脳天に走った。
「生意気やってんじゃねぇよ」
仁科の声と共に、周りが真っ暗になる。永遠とも思える時間が流れた。
目が覚めると保健室のベッドの上にいた。
「今日はまた派手にやられたなぁ」
確か、仲田とかいう保健教諭だったはずだ。
「お前、素っ裸で理科室前に吊るされてたよ。たまたま前を通りかかったのが俺だったから良かったけど。あ、着替え、準備してあるから」
黙ってベットのカーテンを閉めて、準備してあった服を着替える。
着替え終わると、仲田先生はコーラを手に持っていた。
「ほら、ジュースでも飲めよ」
学校の自販機にはお茶と水、スポーツドリンクしかない。肥満の原因になる清涼飲料水、ましてやコーラなんてものは本当に貴重な商品だ。
「ソーシャルキャピタル的にはダメかもしれないけど、今日ぐらいいいだろう」
コーラの炭酸が痛い。油断すると噴き出してしまいそうだ。
「ありがとうございます」
「俺、仲田忠志。よろしくな」
そう言って、手を差し出す仲田先生。
「なぁ、大友君、もし俺の勘違いだったらいいんだけど、お前、大丈夫なのか」
「何が、です?」
「いや、俺の勘違いか。だったらいいんだ」
昨日の山岸との会話がフラッシュバックする。
「あ、先生」
「なに?」
沈黙。
「あの……俺、フォロワーがいないんです。どうしたら増やせるんでしょうか」
「そんなの俺だっていないよ。俺、多分100人もいないよ」
「俺、エラトしかいないんです。たった一人しか」
「フェイスマッシュのホストだろ、エラトは。いわゆるオリコンさんってやつか」
そこまで言って、仲田先生は考え込んだ。
「だったらさ、俺とフォロワーにならない?」
「え?」
「いや、普通だろ。フォロワー少ない同士さ」
「でも、俺とフォロワーになると迷惑がかかりますよ」
「うるせぇ」
問答無用に「フォロー」申請を送る仲田先生。
「とにかく、これで俺たちはフォロワーだ。拒否したら承知しないからな。そうときまれば、腹、減ってないか。」
有無を言わせず、仲田さんはスマートフォンを起動し、「申請」をする。店を予約したようだ。
【nakata2051さん が中華料理「金龍」を予約しました。 -10ギル】
俺のブックに新規追加されたばかりのフォロワーが早速「申請」をしていた。同時に、俺のスマートフォンにも店の位置と情報が表示された。
「メール送っておいた。俺、一旦職員室寄ってから行くから現地集合な」
そう言って、仲田さんは教室を出て行った。こころなしか、顔は嬉しそうだ。
「はいよ、チャーハン2つとから揚げね」
小太りのおばさんが、慣れた手つきで食事を運んできてくれた。店のオヤジは常連客とボーリングの話をしている。
「美味いんだよ、ここのチャーハン」
そう言って、同時に箸をつける。具材はハムと卵とネギ。そしてもやしが大量に入っっているチャーハンはオーソドックスだが飽きの来ない味だ。塩加減が絶妙で、普通の1.5倍の量のチャーハンでも軽々食べれそうだ。
「この店、俺が高校の時からあってな。恩師に連れられて、よく食べに来てた。当時からチャーハンはこの味だったし、オヤジはボーリングの話ばっかりしてた。実はさ、俺もこうやって教え子を連れてここに来るのが夢だったんだ」
「恩師の方はどんな方だったんですか?」
「学校の社会科教師だった人。俺もな、お前ぐらいの頃にバカな事ばかりしててな。本当に色々怒られたよ。だけどあのデフォルト騒ぎがあって、母校に戻ってきた時には、恩師も嫌味な先生もいなくなっていた。その時思ったよ、あー俺たちはこの数年で、引き返せないところに来てしまった、と。その頃にはこいつの元になるシステムが運用されていたしね」
そう言って、仲田さんはブックを指差した。フェイスマッシュ。この国営SNSは俺たちの生活を根本から変えてしまった。
「実は、お前を見たのは初めてじゃないんだ」
口一杯に含んだチャーハンが喉につまる。
「梅雨のじめじめした日だったか。お前は制服を洗ってたよ。途中から雨が降り出してきて、すごくみじめそうだったよ。」
あの日の事は鮮明に覚えている。俺はいつものように「お勤め」後に自分の制服を洗っていた。途中で雨が降ってきて、ただでさえみじめな気持なのに、もっとみじめな気持になって、死にたい気分になっていた。雨の中で制服を洗う俺を見て、教師や他の生徒は、俺をみても見て見ぬふりをしていた。ニヤニヤ、わらっている奴もいた。まぁ、そんなもんだ、と思うけど、それでもやっぱりみじめだった。
「仁科たちだろう?」
無言。
「お前らガキどもはどう思ってるかしらないが、俺たち教師だってバカじゃないんだ。お前らがどういう関係なのかは見てたらわかる。だから、もし何か話せる事があったら話してほしいんだ。フォロワーなんだしな」
「仮にそうだとして、どうして解決してくれないんですか?」
「逆に聞くが、お前らが高校を卒業して、会社に勤めてもいじめはなくならないのか?いじめや人間関係の問題を誰かが解決してくれるのか?」
「わかりません」
「今ここでそんな話をしてもピンとこないのは仕方がないよ。俺だってお前と同じぐらいの時にはそんなこと思いもよなかった。だけど、いつかそうなるんだ。俺たちにできるのは無理矢理問題を解決することじゃなくて、お前が自分の力で問題を解決する手助けをすることなんだ。逃げてると思うかもしれないけれど、俺はそう思っている。でも、俺は見て見ぬふりはしないよ」
そう言うと、仲田さんは席を立った。
「おばちゃーん、お会計。あ、ギルでいいかな」
「あいよ、全部で2,500ギルね」
店のおばさんに、そう言われて、仲田さんはブックをおばちゃんが手に持つ携帯端末にかざした。
「ありあとやしたー」
店の暖簾をくぐりながら、仲田さんは誇らしげだった。
「一度やってみたかったんだよ、生徒におごるの」
「それで、フォロワーが増えたってわけ?」
今日の出来事をひと通り聞きながら、山岸はカップラーメンを食べていた。今日はキムチラーメンだ。まるで自分の家のようなくつろぎ方だ。
「今日はあんたのせいでひどい目にあったよ。」
「うーん、仲田さんだっけか、彼がフォロワーになったのも余計な人間の「フォロー」を外したおかげだと思うけれど」
「いや、それはこじつけだろ」
「こじつけなもんか。形だけの人間関係だからナメられるし、いじめられる。でも、他人から見たら、あんたにとって奴らは間違いなく友人関係なのよ。だいたい、リンチを受けたのだって、それだけ奴らにとって「フォローはずし」が嫌なことってことでしょ?」
「そうかもしれないけどさ」
「彼らにとっては、どんな形であれ、友人関係がつながっていればそれだけでメリットがあるのよ。毎月定期収入になるわけだしね。でもこれがフェイスマッシュのこわいところよ。形だけの友達とかさ、実際には友達ですらなくて、むしろ敵なのにフォロワーとして資産として計上しているわけだから。」
「なあ、仮になんだけど仁科達のことをフェイスマッシュ上で知らせたらどうなる?」
「あまりいい手とはいえないな。」
「なぜ?」
「確かに、その時はいじめもおさまるだろうし、彼らのアセットにダメージをあたえることもできる。だけど、人間関係の構造自体は変わっていないんだから、しばらくしたらまたいじめは復活すると思うわ。つまり、ほとぼりがさめたらまたいじめられるってこと」
「つまり、いじめられる構造自体を変えないとまたいじめられるってわけか」
「そうね。さて、ここでクイズです。あなたは4万ギルのアセットを持っています。あなたをいじめる敵はすでに4,000万ギルのアセットを持っていて、あとさらに敵の「お友達」が1,000万ギルの余裕を持っています。さて、あなたがこの敵と戦って勝つか、せめてみっともない負け方をしないようにするにはどのようにすればいいのでしょうか?」
イライラする語り口で山岸は言う。
「転校するとか、いろいろ方法はあるけれど……」
「さぁ、どうすればいいのでしょうか!?」
人の話を聞け。
「あれだ、要するに人間関係の構造自体を変えるってことだろ。だったら、その構造自体を壊してしまうような何かを起こしてしまえばいいんじゃないかな」
「正解!」
「本当かよ」
「本当よ。あとは、どう流れを持っていくかだな」
山岸は一人でぶつぶつつぶやきながら、カップめんを食べながら出て行った。




