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フラッシュバック・トリップ・シンドローム

■フラッシュバック・トリップ・シンドローム-1


 下宿先のアパートの階段を登ると、知らない女性がいた。若い、女。俺とそれほど歳は変わらないだろう。金髪のロングヘアが揺れていた。

「大友修平だな?」

「そうだけど、誰?」

 俺がそう言うと、彼女はいきなりクラッカーをとりだした。ポンッと間抜けな音がする。

「おめでとう!」

「は?」

「アセット、毎日確認してる?」

「いや、それより、あんた誰だよ?」

「確認してる?」

 何なんだ、こいつは。頭がイカれちまってるのか。俺はお花畑女を無視して部屋に入ろうとした。

 一閃。彼女の細長い脚から繰り出される蹴りは、あとすんでの所でドアノブを取ろうとした、俺の手の正確に打ちぬこうとしていた。正確に。

「確認してる?」

 お花畑女は微笑みながら、繰り返す。

「確認……してます」

「アセット、いくらかわかる?」

「えーと、264万2980ギル」

 あはははは!とお花畑女は笑いだした。

「264万って!今時、気の利いた小学生だってもうちょい多いわよ」

「いや、だけど、そんなこと言われたって仕方ないでしょう!大体、あなた一体誰なんですか!」

 お花畑女にそんな事を言われて、なんだか腹が立ってくる。思わず、声を荒げてしまった。

「あーあ、まーたそんなこと言って。あんた、264万ってどんな金額かわかってるの?まぁ、いいや、続きは中で話しましょ」

 勝手に上がりこもうとする、お花畑女。

「改めて、自己紹介。私、国家情報局の山岸玲子よ。よろしく」

 国家情報局。役所の中の役所といわれ、フェイスマッシュのシステムの維持管理をしている役所だ。

「はぁ。国家情報局の方がどうしてまた」

「やーじつはねぇ。あんた、今日の時点で日本国中の同じ16歳の中でアセットの額が一番少ないのよ」

「はぁ?」

「はぁはぁはぁうるさいわね」

 そう言いながら、山岸玲子(と名乗ったお花畑女)は顔を近づけてくる。今は、俺のすぐ近くにその顔はある。多分、今まで出会った女の子の中で、もっとも美しい顔がそこにあった。

「本来、フェイスマッシュのシステムは公平中立がモットーであって全ては自己責任の名の下で行われる。学校の政経の授業でもイヤっていうほど叩きこまれるからそれぐらいは知ってるでしょ?でも、システムの性質上、最初から有利にゲームを進められる人間と、そうでない人間がいる。ちょっと考えればわかる事だけど、親が裕福だったり、社会的地位が高い人は、それだけで人的資本の構築には有利なの。だけど、国営である以上、そうした不公平はある程度、是正されなければならない。要は、ゲームのバランスを崩さない程度にセーフティネットが必要なの。それが私達、国家情報安全局ってわけ。15歳から20歳まで各年齢の下位10パーセントから無作為抽出した人間を私達がアセットを増やすサポートしようってシステム上の救済策なの」

「それに俺が選ばれたってこと?」

「そ。ラッキーだったわね。なかなか選ばれる人なんていないんだから。まぁ、世の中、ダメすぎると何かの形でフォローが入るものよ。とりあえず、しばらくの間、一緒にいさせてもらうから。」

 俺はまだ、事態が飲み込めずにいた。とりあえず、俺は、一人になりたかった。何なんだ、こいつは。俺は、ドア口でギャーギャーわめくお花畑女を(山岸とか言ったか)を追いだし、俺は布団にもぐりこんだ。しばらく、ドアをたたく音がしたが、気にしない。とにかく、今は泥のように眠りたい。


■フラッシュバック・トリップ・シンドローム-2


 翌朝。教室のドアを開ける。一瞬の静寂。だが、すぐに教室の中は喧騒を取り戻す。いつも通り学校では俺を「空気」として扱っていた。自分の机に座る。気のせいか、周りからこれまでよりも、より距離を取られている気がする。

 仁科が、ニヤニヤしながら俺に近づいてくる。

「よう、修平ちゃん、学校来るの待ってたぜ。今日もよろしくな」

 そう仁科が言った瞬間、教師が入ってくる。仁科は舌打ちして席に座った。

「はいみんなーちゃくせきー。ホームルーム始めるぞー。今日は転校生がくるぞー」

 俺の存在など、まったくないかのように色めきたつ教室。

「女の子だー。ほらー仁科ーにやにやしないー」

 教室のドアが開く。もし俺が、その時コーラを飲んでいたら、間違いなく噴き出していただろう。

「山岸玲子です。よろしくお願いします」

 あの金髪は、学校ではひときわ目立つ。

「じゃあ、山岸さんの席は……」

「あ、先生。私の席は大友君の隣がいいんで。もう申請もしときました。よろしく」

 フェイスマッシュの【申請を受付けました あなたに「見えざる手」のご加護がありますように!-2,000ギル】の画面を見せる山岸。直後、担任教師宛てにブックのアラームが鳴る。

「そういう事だから。はい、どいてね」

 隣に座っていた、仁科に言い放つ山岸。教室中は静まり返っているが、山岸はそんなこと一切気にしていないようだ。

「あんた、昨日はひどいじゃない。いたいけな少女を一人でほっぽいて。そんな事だからいつまで経ってもアセットが増えないのよ」

 空気に話しかける山岸。

「あんた、何してんだよ」

「なにって。学校」

「はぁ?」

「ほらほら、授業始まるから。人的資本獲得のためにはまずは勉強よ。勉強、勉強」

 そういって山岸は俺の隣に座った。教室中が俺たち二人のやり取りを注目している。注目を集める俺の事を、仁科が睨みつけていた。

 2時限目の休み時間に俺をトイレに閉じ込めた仁科の顔はいつもにもまして、醜く歪んでいた。今日の「お勤め」はいつもにもまして酷いものが予想されている。さぁ、今日も残飯がいらっしゃるところだ。いらっしゃーい。今回の「お勤め」は俺の想像を超えていた。残飯はおろか、得体の知らない黒い液体が混ざっていた。どうやら、彼らはわざわざ学校近くのどぶ掃除をしてきてくれたららしい。これぞ社会貢献活動。俺はヘドロと残飯の混ざった液体を思いっきり被った。ドアが開いたかと思うと、俺は外に引きずり出され、無理矢理口を開けさせられると、得体のしれない黒い物体を食べさせられた。大きさと形からすると、ネズミか何かのようだ。動いている彼らのいたいけな姿を想像すると急に吐き気がして、俺は汚泥まみれのトイレ一面に黄金の液体をまき散らした。遠くで笑い声が聞こえる。その瞬間。

「なんだ、ここにいたのか。休みの時間はどこに行ってるのかと思ったわ」

 山岸玲子だ。

「昨日は逃げられたからね。色々フェイスマッシュのシステムを説明しないといけない。今は一分一秒でも惜しいのよ。昨日、私なりにあんたの活動ログを確認してみたんだが、どうも、あんたはゲームのシステムを積極的に活用していないような気がするわ。もっと積極的にソーシャルキャピタルを運用すれば、こんなことにはならないはずよ。まぁ、私に任せてくれれば、運用の仕方を教えてあげる。なに、知ってしまえば、簡単な仕組みだから……」

 一方的にまくしたてる山岸に、俺は「お勤め中」だという事も全く忘れて茫然と立ち尽くしていた。というか、この女、今の状況がわかっているのか?

「なーなー転校生さんよー。俺らのこと無視してなに話すすめちゃってんの」

 仁科だ。現実に引き戻される。

「修平ちゃんよぉ、色男は違うよなぁ。お前はそんなこと言われる人間じゃないって事はお前が一番よく知ってるのにな」

 その言葉を聞いて、山岸の顔色が変わった。一閃。山岸のハイキックは仁科の顔1センチのところで寸止めされた。早すぎて、なにがおこったのか全く分からなかった。

「2度と視界に入るな。次は殺すぞ」

 仁科はへたり込み、股間から透明なジュースを流していた。そして、その様子をカメラに収める山岸。仁科の仲間たちは我先に逃げ出した。

「次に私に話しかけてみろ、これをフェイスマッシュのそこら中にばらまくからな。世界中で「女の蹴りにビビッておもらしした男」として認知されてもそれはそれで面白いかもね。わかったら、消えろ」

「はぃぃ!」

 仁科は情けない声を上げて、消えた。周りには、俺と山岸しかいない。

「何してるの?」

「みたらわかるだろ」

「そういえば、なんか臭いわね。あんたが原因か」

 そう言って鼻をしかめる山岸。

「今頃気が付いたのか。とりあえず、助けてくれてありがとう。でも、俺なんかに構ってるとろくなことないよ」

「私もそう思うの。でも、仕事だからね、そうも言ってられないの」

 そう言ってブックを取りだす山岸。

「とりあえず、プールの更衣室を押さえておいたから、シャワー浴びてきて。」

「だけど、今ごろプールで使ってるだろ」

 確か、3時間目、わがクラスは体育のはずだ。

「わかんない人ね。この学校の更衣室の利用権を押さえたの。20万ギルで。これで今日一日は私の持ち物なんだから、誰が使おうが勝手」

 そう言って、自分のブックを見せつける山岸。ディスプレイには

【申請を受付けました あなたに「見えざる手」のご加護がありますように! -20万ギル】

 という表示と、笑顔のコンシェルジュがいた。

年内の更新はこれで終わりです。続きは1月4日ごろに更新する予定。

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