構わないよ、むしろ、望むよ
■構わないよ、むしろ、望むよ
「よう」
「どうも」
10月の日曜日。岐阜市の郊外にある大学病院。病室には玲子がいた。手術は何十時間にも及んだが、なんとか無事終わっていた。点滴の必要がなくなった時点で玲子は京都の病院からここに移送されてきた。
「とりあえず、礼を言っておくわ。橘さんから全部聞いた。だけど良かったのか。ストックオプションを行使するってことは、今後、自分の収益はアセットのモノになるってことなのよ」
東京に行ったあの日、俺は橘に計画を話し、ストックオプション権利を行使したいと伝えた。上場ができるのなら、上場前に新株発行権を予約するストックオプションも可能なはずだと気がついたのは、玲子の過去ログを読んでいた時だ。玲子はニルヴァーナから移送された時、そのことに気がつき、橘達、「日本国」の投資を受け入れた。小学校でそんな事に気がつくなんて、多分玲子は天才なんだと思う。
「売った株はいつか、買い戻せばいいよ。そういや、橘さん言っていたよ、君は性格には問題があるけど極めて優秀なエージェントだって」
「あの人も人のこと言えないわよ。」
結局、橘さんはストックオプションの権利を買い取る代わりに俺に2,000万ギルを投資した。
「私もね、そう思ってた。だけど、一回売った株を買い戻すのってすごく大変よ。なんせ、買い戻す株は時価なんだから、アセットを増やせば増やすほど買い戻すのがむずかしくなっていく。現に、この私でさえ、いまだに売った株式を買い戻せていないし」
玲子は少し自嘲気味に笑っていた。
「まぁでも、まさかあんたがあそこまでかんがえてたとはな」
取引後、残った3,000万ギルのうち、坂口に100万ギルほど譲渡した。このことに何の意味があるのかは分からないが、そのアセットによって、坂口は破産を免れたことだけは確かだ。今回のTOBのおかげで、全員それなりにメリットがあったのも確かだ。八巻や後藤賢治は目ざとく今回のトレードで儲けているようだった。おかげで、後藤賢治のアセットは債務超過を免れていた。
「自分が助かるために誰かを傷つけていたら、同じ事だから」
「へーへー、御立派なこって」
「偽善者みたい、か?」
「でも、悪人を演じるよりも、ずっと難しいと思う」
「俺にはこれが精いっぱいだったよ」
「私でも、同じようにするのが精いっぱいだよ。2億アセットがあっても自分のためには1万ギルだって使えないんだから」
病院に、秋の風が吹いてきた。
「来週から、高校3年なのかしら?」
「おかげさまで」
期末テストはなんとかクリアしていた。飛び級組の最下位だったが。藤巻さんも無事大学進学。広田と朝倉、後藤も進級。そして八巻遥も。「言っただろ、お前らがどうなるか見てみたいって」というのが彼女のコメントだった。
「私も早く体を治さないとな」
「ちょうどいい休養の機会だと思って、しばらく休んでいろよ」
「お前に、私の体の心配なんかされたくない。心配しなくても、すぐに復活するから。しかし、坂口さんが、まさかあんな風に考えていたなんてな。彼女の悪意を見抜けなかったなんて私もまだまだね」
山岸は言葉を続けることを躊躇しているようだった。
「私のこと、驚いたか?」
「驚いたけれど、どうでもいいよ」
驚いた顔をする山岸。彼女のこんな顔をしているのをはじめてみた。
「そうか、どうでもいいのか」
「ああ。少なくとも今のおれにとってはね」
「どうでもいいのか、そうか。そんなことにずっとこだわっていた私はもっとどうでもいい人間だってことだな」
以前より、ずっと晴れやかな山岸の顔。
「ところで、私と付き合ってくれるのか?」
「いや、今はやめておくよ。デートで何か、ヘマしたらまた蹴られそうだし」
「当たり前じゃないか」
「じゃあ、ストックオプションってことにしてくれないか」
「みんなストックオプションが好きなんだな」
「とりあえず、退院したら、ラーメンでも食べに行こうか。凄く美味い店を見つけてあるんだ」
「つきあってもいないのに、デートはできないわ」
「ずいぶんお堅いんだな」
山岸は笑っている。
「なら、私の友達になってくれない?今まで生きてきて、友達ってできたことがなかったんだ。フェイスマッシュ上のフォロワー達も、友達って感じでもないし。本を読んでも、友達ってどんな意味なのか、わからなくてね。なんなら、メイトにしてやってもいいわ。「申請」しようか?」
「そんなの、使わなくたって、友達にはなれるよ」
「じゃあ、わたしの友達になってくれる?」
「構わないよ、むしろ、望むよ」
これで完結です。最後まで読んでくれてありがとうございました。




