light prayer
■light prayer-1
この世界は自分が主人公の巨大なRPG、いわば「ゲーム・俺」をプレイしているようなものだ。昔プレイしたRPGは、会話のたびに、色々な選択肢が画面のウィンドウ上に現れた。この人を助けるかどうかとか、世界支配をたくらむ魔王の部下になって世界の半分をもらうのかどうか、とか。A or B。そこでもし、Aを選んだとしても、もうひとつの選択肢が気になる。別の選択肢を選んだらどうなるだろうと思って、直前でセーブしたデータをもう一度ロードして、「もうひとつの可能性」を選ぶ。だけど、自分が生きる「ゲーム・俺」ではありとあらゆる選択肢があった。A or B どころか、無限の選択肢。その事実を、「俺」は見ないようにしてきた。だけど、「ゲーム・俺」で俺が選ぶことができる選択肢は一つしかない。
始まりは、フェイスマッシュ上の書き込みだった。
【そういえば、うちの学校の転校生って「ニルヴァーナ」の信者らしいわよ】
【@hiroko_spring ニルヴァーナってなに?】
【@goto_makiko 昔流行っていた自己啓発サークル。13年前に警察の強制捜査が入った】
【@hiroko_spring ええー気持ち悪い。誰が信者なんだろう】
【@takayo_ririan それって2年にいる子らしいよ】
だれが言い出したのかはわからない。だが、その「転校生」が山岸玲子だと特定されるのに時間はかからなかった。彼女は、ニルヴァーナの信者として布教活動としてこの学校にやってきたものだとまことしやかにささやかれた。そして、彼女にかかわっている人々は信者の疑いがあるのだという。
「ねぇ、大友君、山岸さんのこと。本当なの?」
教室に入ってくるなり広田さんに呼びとめられる。
「わからない」
「今、フェイスマッシュではこの話題でもちきりよ」
「彼女がここに来る前の事って本当に何も知らないんだ」
「大友君、答えて。私も玲於奈もニルヴァーナの信者ってことにされてるのよ」
「朝倉さん、ごめん。本当に俺も何も知らないんだ」
教室内に山岸玲子が入ってくる。教室内の空気が固まる。表面的には無言。誰も、何も話さない。だが、教室内の空気は確実に山岸玲子を追い詰めていた。休み時間なのに無言の教室。
チャリーン
静寂を破るようにメール着信の音がした。俺だけではない、クラス中、全員に向けてメールが配信された。差出人はわからない。題名も書いていないメールにはURLだけが書かれていた。恐る恐るリンク先をタップすると、フェイスマッシュ上の画面キャプチャがあらわれた。JUDYとあるのは山岸玲子のアカウントだろう。
【2012/2/1 0:00 愛知県東小牧市の「ニルヴァーナ」施設より関東医療院に入院】
画面キャプチャを見たクラスメイトたちから驚きの声が上がる。山岸は無言。どこからともなく「帰れ」という声が聞こえた。そしてその声は次第に大きくなる。
「帰れ」
「帰れ」
「帰れ」
「帰れ」
無言の圧力。彼女のフェイスマッシュ上のアカウントを確認すると、そこにはありとあらゆる罵詈雑言が並んでいた。
【@JUDY 今すぐ死ね!】
【@JUDY 死ね!】
【@JUDY お前の住所はもうわかってるんだぞ!今すぐ謝罪しろ】
山岸は席を立ち、教室から出て行った。うつろな瞳。俺はすぐに山岸を追いかけた。
「おい、ちょっと待てよ」
「私は大丈夫よ。一人で帰れるから」
「いや、ちょっとおかしいよ。いつもならあんなこと言われたってすぐに言い返してたのに」
「事実なんだから仕方ないわ。もちろん、私は信者じゃない。でも自分の親はニルヴァーナの熱心な信者だったわ。施設で一緒に暮らしていた。これが真実。でも信者じゃない事なんて証明できないわフェイスマッシュ上の評判なんてたった一つの行動や発言でなんとでも変わる。これは事実。だけど、一度貼られたレッテルが張りかえられることがないというのも事実なの。ニルヴァーナの施設から出て10年近く、誰にも頼らずに、自分ひとりで生きてきた。だけど、どれだけ一生懸命生きてきても、どれだけ逃げても、元ニルヴァーナだという事実は、私にずっとついて回る」
「とにかく、一度家に帰ろう。学校をサボったり、早退するのは俺のほうが得意なんだから」
自虐的なこのセリフにも、山岸は全く反応しない。
俺が、山岸を無理矢理家に連れて行こうと、手を引いたその瞬間。
「おー、修平ちゃんじゃないのー。どしたのどしたの、そんなかわいらしい女の子つれちゃってさ」
この嫌らしい声。仁科だ。その目は暗く沈んで、焦点が全く定まっていなかった。俺は奴を無視して通り過ぎようとする。
「なんだよ、なんだよー。友達だろー?「いつも」みたいに楽しくやろうよ、楽しく」
仁科が俺の肩に手を置く。俺は、やつの手を思いっきり振りほどいた。
「お前、一回ケンカに勝ったぐらいで調子に乗ってんじゃねぇよ。」
そう言って、再び俺の手を取る仁科。近づいてくる。その目は暗く沈んだままだ。
「お前さえいなくなればいいんだよ!お前さえいなくなればまた元に戻るんだよ!」
そう言うと、仁科は隠し持ったナイフを取り出した。至近距離。もう避けられない。そう思った瞬間、温かな感触が手を伝わってくる。気がつくと山岸の体が仁科と俺の間にあった。山岸の体からは生温かい感触が伝わってくる。
「ははははははははははは!」
叫び声とも、笑い声とも取れない声をあげる仁科。二度三度と山岸を刺した後、ナイフを捨てて逃げ出していった。
「おい、しっかりしろ!」
すぐにブックを起動して救急車を呼ぶ。
「大丈夫。これぐらいで騒がないで……それより、期末テストなんだから……戻って……勉強し……」
力なくつぶやく山岸。周りは、絨毯を敷き詰めたみたいに真っ赤に染まっていた。
■light prayer-2
病院の待合室。もう何十時間も点灯し続けてきた「手術中」のランプがようやく消えたのがついさっきだった。ドアが開き、医者が出てきた。
「現状、かろうじて生命活動は維持されています。ですが、臓器の損傷と出血が激しく、危険な状態です。」
「先生、どうすれば彼女は助かるんですか?」
「彼女に移植できる臓器があれば、あるいは」
どうしたらいいんだ。
「移植できる臓器って、例えば、家族とか?」
「それもあります。もし適合しなければ臓器バンクから適合する臓器を見つけるしかありません。ですが、ご存知の通り、日本の臓器バンクは慢性的な臓器不足でして……」
「じゃあ、どうしろっていうんですか」
「とにかく、今のままでは1週間もちません。なんとか、適合する臓器を見つけるなり、何か方策をとらないと」
頭が高速で回転をし始める。形にならない「何か」を形にしようと俺の脳味噌はもがき始めた。
「キミ、大友修平君だね?」
呆然としながら病院の廊下を歩いていると、初老の男性から声をかけられた。男は名刺を出しながら、自己紹介する。
「国家情報安全局の橘だ」
「あの……山岸さんの」
「一応、彼女の上司をやっている。今回は災難だったね」
「俺のせいで……すいません。お願いします。彼女の事を助けてあげてください」
「わかってる。だけど。移植用の臓器と腕利きの医者、輸血用の血液を揃えるとしたら、どれぐらいかかるか見当もつかないだろう」
「彼女のアカウントから使うわけにはいかないんですか」
「そうしたい。そうしたいんだが、彼女の金は彼女のものではないんだ」
「どういうことですか」
「彼女は上場しているんだが、ちょっとこみいった事情があってね。その株式の80パーセントは国が持っているんだ。だから、彼女のアセットはほとんどが日本国の持ちモノなんだ。任務外の事には例え彼女自身であっても使用はできない。性格には問題あるが、彼女ほど優秀なエージェントはちょっといなくてね。こちらとしても何とかして助けたいんだ。だけど、ウエはすでに、アセットを回収する事を決めた」
タバコに火をつけた橘。話には聞いていたが、実際にみるのは始めてだ。まさか、今、この国でタバコを吸う人間がいるとは。
「タバコ。珍しいだろ。肺がんの原因になるんだからソーシャルキャピタルのゲームのルール的には真っ先に吸わなくなるよな。だから、探すのにいつも苦労するんだよ。昔はそこらじゅうでタバコが売ってたんだけどな。よかったら、キミも吸うかい?」
「いや、俺はまだ未成年だから」
「ああ、そうかそうか。国が決めたルールは守らないといけないなぁ」
ボケてるのか、この男は。
「ところで、回収ってどういうことですか」
「死んだり、破産してアカウントを抹消された人間のアセットは国のものになるんだ。それは知っているだろう?破産してアカウントを抹消された人間のアセットはマイナスだから国庫はそのカタとして、彼ら自身をいただくわけ。つまり、人生の残りの期間、国のために勤労奉仕していただくわけだ。日本の公共事業のほとんどはその人達によって担われているのは知っているだろう?だが、彼女のように多額のアセットを持った状態でアカウントが抹消されるとその分は国庫に入る。ボロい商売だよ。だから彼女のアカウントはすでにロックされている」
驚くほど冷淡な顔で話す橘。
「あ、そうそう。山岸を刺したキミの同級生な、捕まえといたから。最初はナメた事言ってたけど、こちらが色々とゲームのシステムを説明してあげたら最後にはわかってくれたよ。」
「彼は、どうなるんですか」
「同じだよ。アカウントを抹消されたわけだから。ただ、普通の人と違って犯罪者のアカウントは海外に行ってもらう。昔からこの国は色々と言われていてね。海外の国に金を出してやってるのにやれ無駄使いだ、汗をかかないとかね。金がなければ何だってできないわけだから。だから我が国では「人的資源の提供」に切り替えたんだ。日本国から無償の労働力として提供する。彼が世界のどこで活躍するのかは知らないけれど、まぁキミにとってはどっちでもいい話だし、それを、キミが気に病む必要はないよ。同級生もそうだし、山岸のことだってこうなったのも運命なんだから。運命が決まっているとしたら、俺は、俺のやれる事をするまでだ」
「やれることって?」
「もう一度 ウエを動かしてみる」
「あの、俺も、自分で何とかしてみます」
「ああ、その意気だ。もし何かあったら、俺のアカウント宛てに連絡してくれ」
そう言って、橘は俺にフォロー申請した。
山岸玲子が集中治療室に入っている間、もうひとつの「リアル」では別の事態が進行していた。映画研究会の面々からは安否を心配するメールが来ていた。俺は事情を説明して、落ち着くようにメールした。玲子のアカウントを確認する。相変わらずありとあらゆる罵倒語が並んでいた。俺はすぐに橘に連絡した。
「はい、橘。山岸のアカウントの事か」
「ええ。もう、目ざといアカウントがコメントつけてるみたいで」
「とりあえず、アカウントを非公開にするように処理しておいたよ」
「ありがとうございます。」
「さすがアセット2億越えだよ。非公開にするだけで1,000万ギルほど使った」
「ありがとうございます」
「山岸には貸しだと言ってやってくれ。これで何としてでも奴を集中治療室から引っ張り出すしかないな」
そういって、橘は乾いた笑い声をあげていた。
【マスター、何かご用はありますか?】
いつものように、コンシェルジュはつぶやく。俺は、自分のフォロワー一覧の中から、山岸玲子の名前をタップした。JUDYと名付けられたアカウントのアセットは2億を超えていた。だが、彼女にはほんの数人のフォロワーがいるだけ。彼女の明細を見るとさらに驚いた。あらゆる最年少記録や博士号が並んでいる。よく見れば、たった数人のフォロワーも世界的に有名な大学教授や、超VIPの名前が並ぶ。これがあのお花畑女か。
俺はネットで彼女についてのあらゆる情報を集めようとして、坂口美樹からメッセージが届いているのに気がついた。非公開ツイートで話始める。
【@Yardbirds 今回は大変な事になってしまったわね。最近、学校に来てないけれど、このことが原因なの?】
【@sakaguchi_miki ああ、山岸さんはまだ、集中治療室だから。ところで、何か用?】
【@Yardbirds 前に話したんだけど、ねぇ、大友君さえ良ければ「セブンス」に入らない?やっぱり、あのクラスの中で色々相談できる人って大友君だけなのよ】
【@sakaguchi_miki その話はごめん、やっぱり俺みたいな人間にはふさわしくないよ】
【@Yardbirds 大友君ならできるわ】
【@sakaguchi_miki ごめん、山岸さん、手術しないと助からないみたいなんだけど、手術代で最低でも5,000万ギルは必要なんだ。今からなんとかそれを集めないといけない】
【@Yardbirds ねぇ……大友君は山岸さんと付き合ってたの?赤の他人がそんなことまでする必要ないと思う】
【@sakaguchi_miki そんなんじゃないよ】
【@Yardbirds だったら。それに山岸さんはニルヴァーナの一員だったんでしょ。そんな人、刺されて当然な部分もあると思うけど】
【@sakaguchi_miki ごめん。だけど、彼女がみんなにとってどんなにひどい人だったとしても、俺にとっては助けないといけない人なんだ。だから、ごめん】
それきり、坂口美樹からの返信は来なかった。少し時間が経って、自分のアカウントを確認したらフォロワーが一人、減っていた。




