you may crawl
■you may crawl-1
山道を走っている。ひたすら、腕を上下させ、足を動かし続ける。山縣市の自宅から、学校までだからざっと6キロほどの距離がある。いつものルーチンワーク。いつもの光景だけど、その光景も少しずつ変化している。畑が潰されてコンビニができていたり、個人経営の居酒屋だったところが、チェーンのレストランになっていたり。そうした変化を確かめながら歩くのが楽しい。今では、その光景を楽しむ余裕さえ生まれている。最後の1キロの上り坂を超えて、高台の頂上に向かう。いつも通り、木の根元に山岸玲子がいた。
「私も今ついたばかり。なかなか早くなってるじゃん」
「そうかな?」
そう言って、俺と山岸は軽く屈伸運動をした後、大きな木の枝の一つにぶら下がって懸垂を始める。
5回、10回。
「なぁ、今日って何回だっけ?」
「まぁ、200回ぐらいでいいんじゃないの」
そう言いながら、回数は重ねられていく。50回、100回。懸垂が200回を超えたところで、枝から飛び降り、山岸はいきなり殴りかかってきた。俺はそれを片手でいなして、カウンターを放つ。それは読まれていたようで、横飛びしてかわされる。そして、蹴りの応酬。山岸の蹴りはスピードが速く、そう簡単にはかわせないが、よけることが不可能ではない。だから、必死でスピードについていく。少しでも集中力を切らせば、すぐに蹴りを喰らう羽目になる。俺は、蹴りをよけながら、必死で間合いを取る。そして、あたりにあった木の枝を投げつける。別に、当たらなくてもいい。一瞬でも注意をそらすことができれば。投げつけたのと同時に、俺は山岸に突進していた。一気に間合いを詰める。そして、間合いをつめたところで、必殺の拳を振るう。その瞬間、俺の体は宙を舞っていた。
「まだまだね」
暗転。
「さっきのは、なかなかよかったわよ」
そういって、水筒を放り投げる山岸。朝の練習は、夏休み中も欠かしたことはなかった。そして、今日、始業式のこの日がこの朝練の最終日にもなる。
「この何ヶ月間かで、やれることは全部やってきたわ。あんただって、少しは手ごたえをかんじてるでしょ?」
それは言うとおりだ。手ごたえがないかといえば嘘になる。だが。
「だけど、本当に上手くいくのか、心配だよ。相手は剣道部の主将だし」
「大丈夫。あんたならできる」
「そんなに褒めてくれるなんて、珍しい」
「ずっと一緒にいるからね。それぐらいはわかるわよ。修平は努力してる。だから、きっと大丈夫」
「初めて、俺のこと名前で呼んだな」
「うるさいわね!有象無象のくせに調子乗るんじゃないわよ!」
珍しく照れている山岸。話題を変えようとして、食事の準備を始める。
「ラーメンじゃないのね」
「それ、何回目だよ」
ブーブー文句を垂れながら朝食のサンドイッチを食べる。いつもと変わらない光景。
「なんで、そんなにラーメンが好きなんだ?」
「え、だっておいしいじゃん」
「そうなんだ」
「うん。あとね、初めてラーメンを食べた時の感じが忘れられないの。私、7歳になるまでラーメンって食べたことなくて。初めてのラーメンは、インスタントの中華そばだったんだけど、衝撃だった。世の中にこんなにおいしい食べ物があるんだって。今まで、自分にとって食事は、おいしいとか、まずいとかそういうものじゃなくて、ただ出されたものを食べるものだった。だけど、あのラーメンを食べて、初めておいしいものを食べるって事を知ったのよ」
「なんか、いい話じゃないか」
「だけど、同じインスタントの中華そばを食べても、どんな有名店のラーメンを食べても、あの味にはいまだにお目にかかれてないけど。だから、あの味にであうまで、ラーメンを食べようと思ってるの」
「なぁ」
「なに?」
「今回のトレードが上手くいって、期末テストにも合格したら、付き合ってくれるんだよな」
「ええ」
「もし、付き合ってくれるなら、一緒にラーメン、食べに行こうか」
「何言ってんのよ。そういうのは上手くいってからにしなさい」
そう言いながら、まんざらでもない様子の山岸。
「それにしても、これで夏休みも終わりなのね」
「ああ」
「生まれて初めて、普通の学生みたいな夏休みを過ごしたわ。今までは夏休みといってもずっと勉強していたから。多分、生まれて初めての夏休み」
「俺も似たようなもんだ」
「一緒にしないで。あんたはただ、「オリコンさん」だったからでしょ」
痛いところを突いてくる。
「だけどまぁ、あんたには感謝してるわ」
立ち上がって、大きく背伸びをすると、照れ隠しなのか、一人で歩いて行った。俺は、サンドイッチを飲み込むと、あわてて後をついていった。
■you may crawl-2
9月1日。始業式が終わった放課後。早々に学内にセットされた即席のリングサイドが作られた。学校中の人間が集まっている。学校の人気者、仁科さんのオンステージということで学校中の人間が注目しているらしい。現時点のオッズは7対3で仁科有利。相手は剣道部主将だし、それぐらいは当然だろう。山岸が準備しておいたフェイスマッシュへの中継クルーもスタンバイしている一瞬水を差されたが、周りには依然、鈴なりの人々が集まっている。
「どうやら、逃げずに来たらしいな」
仁科がいう。
「ところで、こないだトレードを企画した時には、「素手で」とは言ってなかったよな?」
あたりがざわつく。
「おい!」
そう仁科が言うと、平野が竹刀を差し出した。
「修平ちゃんも色々頑張ってたらしいじゃないか。剣道部だからな、俺はこれでいきたい。いいよな?」
「もちろん」
なぜか山岸が答える。
「「素手で」とは言っていなかったわけだから全く問題ない」
これを見て、オッズは急速に一方に傾く。圧倒的に俺は不利だ。
「おい。」
山岸だ。
「あんた、ここまできてビビってんじゃないだろうな。これぐらい克服できなくて、どうする。こんなこと、人生の他のことに比べればクソみたいなもんだ。そもそも、あんたは自分の人生をこれから変えていこうと思っているのに、こんなところでウジウジしてたら何もできないぞ」
「わかってる」
「なら大丈夫だな。そうだ、トレードで忘れずに「買い」にポジションをとっておけよ」
ブックを起動して全財産、200万ギルを「買い」でポジションを取る。そう言って、山岸はリングの中央に向かう。双方ルール確認。握手はしない。
「よし、それじゃあ、開始!」
立ち会う山岸が言う。
叫び声をあげ、仁科が竹刀を振りかざす。リーチはあるが、その分拳よりはスピードがない。2・3回仁科が竹刀を振り回すと、大体の剣先を読めるようになった。かわす。なかなか当たらない攻撃にイライラしたであろう仁科が踏み込んで一気に間合いを詰めてきた瞬間を狙う。仁科の死角に回り込んでひじ打ちを脇腹に突き刺す。うずくまる仁科。勝手が違う事がわかり、ギャラリーにも動揺が走る。
「ギブアップ、するか?」
「まさか」
仁科はさらに踏み込んで突きを放つ。だが、速度はさらに遅くなっていた。冷静にかわし、手でいなす。その反動を利用して回り込み、渾身の蹴りをさっきと同じ脇腹めがけて放つ。
仁科は数メートル吹っ飛んで、動かなくなった。
「勝負あり、だな」
静寂。一瞬のちにそれは歓声に変わった。
「やればできるじゃん」
山岸の声は歓声によってかき消されていた。
今日のトレード、もちろん俺は「買い」でポジションを取っていた。もちろん、株価は大幅上昇。今回、200万の投資でリターンは2,000万ほどになっていた。
「はい。稼がせてもらったから。」
コーラを放り投げる山岸。今の日本で清涼飲料水、とりわけコーラは貴重だ。
「いくらになったんだ」
「んー。5,000万ぐらいかな」
俺は、飲んでいたジュースを噴き出しそうになった。
「5,000万ギル!?本当に?」
「だけど、今回、この学校にくるために1,000万ほど使ってるし、なんだかんだであんたのために細かい「申請」してるし、言うほど儲けてはいないよ」
頭がくらくらしてくる。
「だけどまあ、いいじゃない。勝てたんだから。随分楽勝だったわね。みんなきっと喜んでるはずよ」
「本当かな」
「ま、明日学校に行ってみればわかるはずよ」




