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スクールフード・イズ・グッドフード

ミニコミ『bnkr』に投稿した同名原稿を元に某ライトノベル新人賞に応募した作品。これが実質始めて書いた長編作品です。

■スクールフード・イズ・グッドフード-1


この世界は自分が主人公の巨大なRPG、いわば「ゲーム・俺」をプレイしているようなものだ。だが、その中で「勇者」や「ヒロインの姫」といった役割を演じられる人間は数少ない。主人公なのに俺は「町人A」や「道具屋」といった役割を演じることになる。そして、「俺にどんな役割が割り振られるか」は最初から決まっている。だとしたら、俺は「ゲーム・俺」をどのように攻略すればいいのだろう?


 トイレのドアがゆっくりと閉まっていった。

 いつもの「お勤め」が始まる。もちろん、俺の意思ではない。2時間目の授業が終わると俺は「フォロワー」達に連れられて3Fの女子トイレにやってきた。このトイレは理科室の隣にあって、隣で授業をやっていない限りめったに人は来ない。そして、もちろんこの時間、隣で授業はやっていない。フォロワーの一人である逸見聡に拳で殴られる。腹に鈍い痛みがして、朝食に食べたパンを戻しそうになる。次は掃除用具入れに入っているモップだ。ご丁寧にモップの先の木でできた部分で殴りつけてくる。モップで殴りつけてくるのは平野幸二。ご丁寧な対応、痛み入ります。部下に俺を殴らせながら、首謀者である仁科貴史はニヤニヤしながらタバコを吸っている。ニヤニヤニヤニヤ。彼らの喫煙タイム兼、ニヤニヤタイムが終わると、俺は女子トイレに無理矢理閉じ込められた。今から何があるかというと、しばらくの間、降ってくるのは残飯である。今日は他人の排泄物というおまけもついていたが、これもいつも通り。そして、しばらく待っていると、水がかけられる。ここで声に出してはいけない。声を出せば、彼らはもっと面白がるからだ。「ギャハハハ!」と笑い声がこだまする。

 一切声を上げず、全ての感覚を遮断し、自分の意識を集中させて、自分の意識をどこか別の所に置く。そうすれば、トイレにいる自分は別の、何かの人形だと認識する事ができる。人形が何をされようと、それは俺の人生には何の影響ももたらさない。

 そうして、今日の「お勤め」が終わる時を待つ。これもいつも通りだ。「お勤め」が終わるのをじっと待っていると、遠くで授業開始を告げるチャイムが鳴った。毎回、このチャイムが「お勤め」の終了を告げる合図となる。笑い声が遠くに行ってから、扉を開ける。廊下に人影がないかどうか確認した後で、隣の男子トイレに駆け込む。扉を空けて、掃除道具入れの蛇口をひねる。まずは体中についた汚物を洗う。髪の毛から、制服、靴に至るまで隅々を水で流す。水で汚れを落とした後で、その後、俺は密かに体育館裏手の用具置き場に向かう。誰かに見られるとまずいので、ひっそりと、だが可及的速やかに。用具置き場のロッカーの左から二番目。ここには、毎日の登校時に密かに隠した着替えとタオル、予備の靴がある。洗った服や靴は放課後に回収するため、一旦ロッカーの中に入れておく。この一連のルーチンワークも随分素早くこなせるようになった。

 俺は、事前に隠しもっていた「ブック」を取りだした。これだけは、何があっても破壊されるわけにはいかない。対衝撃用のカバーを装着して、そのうえ、ビニールで防水対策を施す。そうしておいたブックを起動して、スクールモードの「フェイスマッシュ」にログインする。この瞬間、フェイスマッシュ上の俺のアカウントは@Yardbirdsから@OtomoSyuheiにかわる。スクールモードでは実名で活動しなければならないからだ。ブックは電子教科書兼スマートフォン兼電子マネーの多機能携帯端末だ。大きさは縦30cmに横20cm。そんな大きさの端末に文字通り、生活するために必要なすべての情報が詰まっている、昔の人達は勉強するのにたくさんの教科書やノート、筆記具を持って登校していたらしいが、今や、このブックさえあればいつでも、どこでも勉強はできる。そして、フェイスマッシュは日本の人口の99パーセントがアカウントを登録する国営の超巨大SNSだ。今や、ありとあらゆる申請手続きはフェイスマッシュを介して行われている。フェイスマッシュで行われるのは公共料金の支払いなんかだけではない。

【マスター、何かご用ですか?】

 エラトはいつものように俺に語りかけている。

【いつものクリーニングの準備をしてほしいんだけど。それと今日の授業の講義ログ】

【毎日きれい好きなんですね。かしこまいりました】

【申請を受付けました あなたに「見えざる手」のご加護がありますように! -2,000ギル】

 エラトとは、「独唱歌」を司るギリシア神話の文芸の女神たちの一人だ。「コンシェルジュ」とはフェイスマッシュの管理サーバーの事だ。俺たちはコンシェルジュに「申請」する事で、日常生活の様々な問題を解決している。ものの数分で今日の授業の講義ログがメールで送られてきた。昼休みには、教室に俺の新しい着替えがクリーニング屋から送り届けられているはずだ。今日の放課後にはそれをまたここに持ってきて、汚れた服を回収するというミッションが待ち受けている。それを読みながら、フェイスマッシュ上の「タイムライン」には授業の補足情報と質問が洪水のように流れている。


HighSchool_classicB【鴨長明『方丈記』は建暦2年(1212年)に成立した三大随筆。和漢混淆文による文芸の祖】 2030年6月8日 - 11:10

HighSchool_classicB【三大随筆は『枕草子』、『方丈記』、『徒然草』】 2030年6月8日 - 11:15

HighSchool_classicB【和漢混淆文は万葉仮名を崩して生まれた平仮名による和文と、漢文の書き下しである漢文訓読体とが合流して生まれた。】 2030年6月8日 - 11:18


 今、日本中の高校2年生が同じ古典の授業を受けている。授業の内容は全て同じで、内容を聞き逃してもタイムラインさえ眺めていれば復習はできる。そして、俺のように、後から講義ログだけを読む人間もたくさんいる。そんな中で教師はきまりきった台本通りの内容を話すロボットでしかない。なら、学校自体なくして授業は全部動画にしろよとも思うが、そうもいかないらしい。時計が45分を指した。ここからはテストの時間だ。今日の授業の復習テスト。このテストさえ受けていればどこにいようと出席したとみなされる、俺にとっては魔法のテストだ。


【問1:「行く河かはの流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮うかぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例ためしなし。」を現代語訳せよ】

【問5:「聞こゆ」の原義にいちばん近い「自然に耳に入る」の意味で使われている文例はどれか。また、同じ意義・機能で使われているのはどれとどれか。

① さて、このほどの事ども細やかに聞こえたまふに、夜深き鳥も鳴きぬ(徒然草)

② 御文も聞こえたまはず(源氏物語)

③ 海少女あまをとめ棚無し小舟漕ぎ出らし旅のやどりにかぢの音聞こゆ(万葉集)

④物を思ひしみながら、言にいでても、聞こえやらず(源氏物語)】

【問7:次の文中の「しか」について、文法的に説明せよ。

① ほととぎす無かる国にも行きてしかその鳴く声を聞けば苦しくも (万葉集)

② 昨日こそ早苗とりしかいつのまに稲葉そよぎて秋風ぞ吹く (古今和歌集)】


 次から次へと問題が出題される。怒涛のような15分間が終わり、結果が即、表示される。30問中28問正解。83万人中10,000位。順位に応じたポイントが「アセット」に振り込まれる。500ギル。テストの結果は毎回フェイスマッシュ上に全てが公開される。ご丁寧に日本国中の高校生の中での順位も含めて。そして、順位に応じたポイントがその度に振り込まれた。昼休みを告げる、チャイムが鳴る。


■スクールフード・イズ・グッドフード-2


 昼休み。購買前には列ができる。この時間、購買に列を作るのは、誰とも一緒に食事をする相手がいない人間だ。我々は3時間目の授業が終わると、他の奴らが机を移動させたり、クラスメイトとしゃべったりぐずぐずしている間に速やかに補給物資を受け取るのだ。

「おっちゃん、いつもの」

「あい、いつもの」

 そういって、購買のおっちゃんは、コロッケパンを一つ手に取り、パンの後ろのシール部分についたバーコードをバーコードリーダーでスキャンする。レジのディスプレイには、180ギル/円と表示される。俺は、自分のブックをレジ脇のリーダーに読みとらせる。

「まいどあり」

 俺のフェイスマッシュ上には、【岐阜県立機山高校 購買でコロッケパンを購入 -180ギル】と行動ログ表示された。摂取カロリー196キロカロリー、塩分25グラム、脂質10グラムといった詳細情報付きだ。苦学生にとって、学校の授業で獲得するポイントは貴重な収入源だ。現に、俺はさっきの報酬の250ギルを使ってこの昼食を食べている。昼食のコロッケパンを校庭にある噴水そばのベンチで一人で食べながら、俺はフェイスマッシュの自分のアカウントをぼんやりと眺めていた。緑を基調にしたフェイスマッシュのサイト上上には俺のアカウントとそのフォロワーたちが並んでいる。そして右上のひときわ目立つ位置には自分のアセット264万ギルと「平均株価」5,000万ギルという二つ数字が並んでいる。アセットとは自分の人的資本、つまり友人の数や資格の価値、勤めている会社やグループの価値の総合計だ。平均株価とは日本人全体のアセットの平均額になる。このアセットは俺の価値の合計というだけではなく、電子マネーとしても利用できる。さっきのようにコロッケパンを買ったり、コンシェルジュに依頼をしたりもできるのだ。

「今日も暑いけれど、そちらも元気にやっている?」

 今日もデイヴィスからメールが来ていた。デイヴィスというのは、巨大SNSフェイスマッシュ上のアカウント名だ。デイヴィスとは、実際に会ったこともなければ、男か女かすらしらないフェイスマッシュ上のみで完結する人間関係。彼(彼女?)はフェイスマッシュ上のカリスマアカウントの一つとして、現在、名を馳せている。そんなカリスマアカウントと、俺は偶然フェイスマッシュ上で知り合い、同年代ということで仲良くやっている。

「そこそこ上手くやっているよ。今日はネットの面白いネタはないのか」

「これ見てみろ」

 光の速さで帰ってきた返信。貼られたリンク先をたどると、ネット上で人気の某アイドルが実はニューハフだったというゴシップが踊っていた。それに対する様々な阿鼻叫喚の嵐。一番傑作だったのは、アイドルにハマって私財をつぎ込み、会社も辞め、嫁にも見放された男の「俺の人生を返せ!」というツイートだった。これには俺も思わず「Good」ボタンを押していた。

 周りには、数人俺のように一人で昼食を食べている人間がいる。みんながもそもそもそもそ、惣菜パンを食べながらブックを眺めている。目には見えない絆。その中に、同じクラスの八巻遥がいる。ボサボサの長い髪に黒のフレームのメガネをしている。高校2年生になって3カ月ほど経つが彼女を見かけたのは3回目だ。八巻遥は学校にほとんど出てこない。同じクラスの連中でさえ、彼女を見かけたことがないため、八巻遥はRPGのレアモンスターのような扱いを受けている。八巻と目があった。

「あのさ……八巻さん。俺、同じクラスの大友だけど」

 良かったら、一緒にご飯食べない?というセリフの前に八巻は俺を睨みつけてきた

「100パーセント」

「は?」

「私があなたを嫌う確率」

 そう言って、八巻は自分の世界に没入していった。やっぱり彼女は強い。たまに通りがかる、カップルや友達グループが「あいつら、「オリコンさん」じゃね?」といっているのが聞こえてくるのが煩わしい。「オリコンさん」とは賢い人たちという意味ではない。「オリコン」とはオンリーコンシェルジュの略。つまり、ネット上で友達であるフォロワーがまったくいないことを意味する。この学校で、いやこの世で、オリコンさん認定されることは死を意味する。なぜなら、その人間には全く価値がないと言われているに等しいからだ。

 だが、残念ながら俺にはフォロワーがちゃんといる。ヤードバーズと名付けた俺のアカウントはアメリカのアニメ風のフリー素材で作った陽気な画像が映っている。ヤードバーズにはフォロワーつまりフェイスマッシュ上の友達が4人。フェイスマッシュのシステム管理者である(つまり、誰でもフォロワーになれる)コンシェルジュを除いたフォロワーは仁科、逸見、平野。この3人だ。つい先程、トイレにて俺と「お勤め」を果たしたかけがえのない友人だ。彼らは俺の「ともだち」だと本当に言えるのだろうか。それはわからない。だが、クラスの他の人間に「フォロなし」に認定されるよりはずっとマシだ。彼ら、かけがえのない友達を除けば、俺のフォロワーはコンシェルジュであるエラトただ一人だ。

いかがだったでしょうか?作品はまだまだ続きます。

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