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第一話的なもの

「死ぬ時は人は本当に簡単に死ぬ」


 どこか達観したような声音で、静かに呟いた。

 月明かりに反射する神秘的な銀の髪。細く、それでいて長いそれを鬱陶しそうに掻き分けながら、真夜中に浮かぶ月を少年は見上げ続けている。

 まだ夏には遠い春の夜空。それなりに暖かくなってきたとはいえ、夜の風は随分と冷たい。


「世の中故に無常なのか、無常故に世の中なのか」


 少年のまだ声変わりを終えていない凛と通る声に答える人間はいない。あるのは地面に横たわる肉塊ばかりであり、そこに命は感じられなかった。

 数々の屍。それらを足元に見ながらも、それを気に止めることもなく、ただただ無意味な問いを空へと投げかける。


「でも嫌いじゃない」


 理不尽な世の中も、無情な世の中も、うまくいかない方が面白い。少年はそうしてどこまでも不敵に、届くはずのない月に手を伸ばす。


「嗚呼―――楽しいな」





「天気が良い……こういう日は何もせずに寝るに限る」


 とある一室の窓を開けながら、差し込む光に目を細めながら男は呟いた。


「こんなに外は穏やかなのにこの部屋はこんな状態なのか」

「アンタが面倒くさがってばっかで書類を一切片付けないからでしょ!?」


 竹簡と様々な報告書で足の踏み場もなくなった部屋に、男とは違う少女の声が響いた。

 特徴的な猫耳の帽子を被っている少女がその発信源だ。


「だってなぁ、どうせ書いても見てくれないだろ?」


 やるだけ無駄、と普通に聞けば怒るような言葉に、少女は溜息を吐いた。

 確かにそのとおりである。どうせいくらこちらが改善案などを出そうとも、それが実現したことは一度もない。

 それでも、報告書と改善案を書き出し続けているのは"次"に仕える主のもとに行く前の予行練習とでも言ったところであり、実際には自分たちの案が採用されるなど露程にも思っていない。

 ただ、ここでの経験、情報が次に繋がる可能性があるのだから、一応は全てやっておきたい。


「納得したなら放置が安定だ。天気が良いからな……外で寝るものいいかもなぁ」

「だから……ひゃぁ!?」

「まぁ、いいじゃんか。寝不足なんだからさ」


 少女が上げた素っ頓狂な声など気に止めることなく、背後から服の中に突っ込んだ手をワキワキと動かす男。


「ちょ……んん……」

「その寝不足の理由も目の前にいるわけだしなぁ?」

「わ、私のせ……んぅ……いじゃないでしょ……!」


 少女の成長しきっていない肉体を這うようにして動く両手。歳相応……よりも小さめなその双房を揉み、その天辺にある突起をくりくりと弄んぶ。


「発情した……獣みたい……んんん!!」

「昨夜発情した獣みたいになってた猫娘は誰だったかなぁ」


 喋らせないように、身元で囁きながら、より強く突起をひねり上げた。

 湿り気を帯びる少女の吐息。こすり合わせるようにもじもじとスカートの中でこすり合わせるその姿は男の色情を煽った。


「まぁいいや。じゃあ後は任せたぞ」

「え……あ……」


 咄嗟の出来事と、先ほどまでの行為によって半ば呆けていた少女を確認すると、そのまま服から手を引き抜き、障子を開けてそそくさと部屋を出ていく。

 呆然としたのは少女だ。


(―――生殺し……しかも逃げた……!)


 そうして少女は悶々としたまま仕方なく書類を整理しようとして―――結局半刻経たずにその部屋からは嬌声が響いたという。





「で、なんで田豊の爺さんがいつの間にか俺の隣で団子食ってるわけ?」

「ほっほっほ。まぁええじゃないか」


 俺の金なんだけど、言おうとして口を噤んだ。今の時間は休憩ではなく職務の時間であるのだから余計なことを言えば、この爺の性格上グチグチと追求されるに決まっている。

 それに、何度か奢ってももらっているため、そこまで口うるさく言うつもりもなかった。


「いい天気じゃのう」

「だな」


 お茶を啜りながら空を見上げる。雲ひとつない快晴。僅かに日差しは強くはあるがけして暑くはないいい天気、と称するにはまさにうってつけの天気であった。


「ところで仲達、少々訊きたいことがあるんじゃがいいかのう?」

「アンタの仕事の話以外だったらな」

「残念じゃが、その話なんじゃよ」


 せっかくのいい気分が台無しだ、そんな愚痴を心中で呟きながら乱暴に団子を食らう。

 あの世間知らずのお嬢様の無理難題は考えるだけ無駄なことが多い。


「相談、だけだぞ。あんまり関わる気はないからな」

「わかっとるよ。いつも通りちょっとだけ助言をくれるだけで良い」


 だが、この田豊という存在に限っては違う。あの我儘お嬢様からある程度の信頼を勝ち取っており、相手に理解させることさえ出来ればそれを全て無下にすることはあまりない。確実ではない、という辺りがあのお嬢様故なのだが。


「で、今回はどんな無理を言われたんだ?」


 日頃世話になっているから、というわけではなく今のように仕事を見逃してもらっている立場もあり、出来うる限りはその相談に答えるようにはしていた。


(猫娘を撒くよりも簡単だからな)


 いつもしつこく追い掛け回してくる少女の姿を思い出してお茶を啜る。男嫌いのはずなのに何故自分にアレほどしつこくくっついてくるのか、さっぱりわからなかった。


「それがのう……」


 そうして田豊は話を始めた。





(少し、ってのは何処までが少しだったんだ……)


 すっかり日が暮れてしまった道を歩きながら、要件が済み次第そそくさと去っていった爺の背中を思い出して溜息をつく。

 結局いくつかの問を一緒に考えさせられ、案を出してやったと思えばもっと良い案はないかと迫られ、また案を出せば更にと、日が暮れるまで延々と質問攻めにされてしまった。


「折角の休憩が……」


 だが、帰り際に置いていった金銭だけは助かった。そこだけは感謝してもいい。店長にも長居してしまった分だけ余計に渡しておいたので次回嫌な顔をされることもないだろう。


「あら司馬懿さん」


 ぎぎぎっとゆっくり顔を声のした後方へと向ける。

 この鼻につく声は間違いなく―――


「これは袁紹様」


 ―――あの我儘お嬢様の声だった。趣味が良いとはけして言えないような純金の鎧を身に着けて司馬懿、と呼んだ男へと高笑いをしながら近づいていた。

 それに気付かれないように、深い溜息を漏らす。出来ることならば司馬懿にとって関わり合いになりたくない人物ではブッチギリで一位であった。


「こんなところでそんな見窄らしい顔をしてどうされたのかしら?」


 会って早々にこの物言いであり、話しても疲れるというのが男の中で好かない主な理由であった。

 話したくない、以前に目も合わせたくもないのが本音であった。関われば厄介事に巻き込まれるのは火を見るより明らかだ。


「いえ、なんでもございませんよ。ではこれにて」


 そういう相手からはさっさと逃げるに限る。ただでさえ時間を使わされてしまったのだ。これ以上無意味に消費するような時間は持ち合わせていない。

 くるりと首を元の方向へと戻し、歩き出そうと歩を進め―――


「御待ちなさい」

「ぐっ」


 ―――ようとした所で襟を思い切り真後ろへ引かれ、首が絞まり蛙の潰れるような声が漏れた。


「田豊さんを見なくて?数刻前に用事があると出ていって以来、まだ帰ってきていないのですけれど」


 まずは謝れ、そういうつもりで睨みつけようとして、結局やめた。その顔に罪悪感など微塵も浮かべていないので、言っても何故と返されるのが関の山だ。


「先程城へと戻ったようですよ」

「あら?一緒でしたの?」

「はい、たまたまですが」


 それだけ言って口を噤めば、興味無さそうに男を一瞥し、


「……行きますわよ、斗詩さん、猪々子さん!」


 連れの二人を携えて、男の隣をずんずんと振り向くこともなく押し通って行った。


「……面倒臭いお嬢様だこと」


 すっかり暗くなってしまった空を見上げると誰に言うともなく、静かに呟いき明かりを灯し始めた道をゆっくりと歩き出した。

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