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継家族  作者: fumia
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第二話:雅と達彦

 リビングから廊下に出た雅彬は、階段を登って2階に上がって子供部屋の前に立つと、桜の部屋のドアを、コン、コンとノックすると、

「桃香、お父さんだ。入るぞ。」

と声を掛け、普段と違い娘が何の反応を返さないのを敢えて無視して、ドアを開けて娘の部屋の中に入った。


 ピンクを基調にした女の子らしいその部屋は、もう夜の8時をとっくに回っているのにも関わらず電気もつけていないために真っ暗だったので、雅彬が手探りでスイッチを捜して蛍光灯を点けると、部屋の窓際に置かれた勉強机の前で机に肘を付き、両腕で頭を抱かえながら無言で座っているのが目に入った。

 部屋に入った雅彬は、部屋のドアのすぐ正面にある桃香のベッドの縁に腰を下ろし、開いた太股の腕に両腕を載せて前かがみになると、彼女の方に顔を向け、

「もう、夕飯ができたぞ。食べに来なさい。」

と、努めてとはいえ優しく穏やかな口調で娘に語りかけた。

 だが、桃香の方は雅彬の方を見るどころか微動だにせず、

「……いらない。」

と、抑揚のない蚊の鳴くような声で答えた。

「いらない訳はないだろう。お腹が空いているんじゃないのか?」

「……お腹空いてない。」

「食べなきゃ体に毒だぞ。」

「……食べたくない。」


 雅彬は暫く黙りこむと、太股に肘をついたまま両腕を上げて手のひらを組み、その手の甲の上に顎を乗せると、再び桃香へ語り掛けた。

「さっき、母さんから聞いたよ。お前がお父さんとお母さんの本当の子供じゃないと云う事を知ってしまったんだって?」

「…………。」

「大人の勝手な事情のためとはいえ、お前には僕らこそ本当の両親だと言い続けて育ててきたんだ。お前がすごいショックを受けても仕方が無いと思う。」

「……なんで、何で本当の事を話してくれなかったの?」

「そうだな……。こうなるのだったらもっと早く話した方が善かったかも知れないな……。お前の本当の両親が死んだ時、お前は未だ赤ん坊だった。だからお前に記憶にすら残っていない実の両親の話を下手に聞かせるより、僕達の子供として育てた方がいいと思ったんだ……。だけど、どうやらお父さんとお母さんのエゴだったようだな……。」

「…………。」

「桃香……。取り敢えず階下に降りて一緒に夕飯を食べないか?夕飯の後にお父さん、お前の本当のお父さんとお母さんについて話さなければならないことがあるから。……な?」

 桃香はやはり黙って話を聞くだけだったが、初めて雅彬の方へ振り返り、背中合わせで座る父親の後ろ姿をまともに凝視した。そして、その視線を感じた彼も、自ずと彼女の方へ顔を向け、父娘はしっかりと向かい合った。

「じゃあ、お父さん待っているから。落ち着いてご飯が食べたくなったら何時でも降りて来なさい。」

 そう口にすると、雅彬は静かにベッドから立ち上がり、階下へ戻って行った。


 桃香が夕飯を食べに階下に降りてリビングに入ると、雅彬と紫苑は食べ終わったのか、テーブルの上には桜の分の夕食がラップに包まれて置いてあるだけであり、二人の食器はキッチンのシンクの方に片付けられていた。

 桃香がリビングに入ってきたのに気がつくと、紫苑は桜に話しかけた。

「桃香、ご飯を食べに来たのね……。ちょっと待ってね。今温め直すから。」

「いいよ、お母さん。このままでいい。」

 そう答えると桃香は、父親がテレビを見ながらその上で釈迦の涅槃図のような体勢で寝転がっているソファーの前で正座をし、食器に巻かれたサランラップを外してその上に盛り付けられた食事を食べ始めた。


 娘が自分の前に座って食事を摂り始めたのに気が付くと、雅彬はソファーから起き上がり、リビングから続く自分の書斎に向かった。


 書斎の蛍光灯を点けて中へ入ると、最初に雅彬はPCデスクに付いているコロ付きのドロワーの、三段あるうちの鍵がついた一番上の引き出しを開け、中から十センチ四方の紙製の蓋付きの小さな白い箱を手に取った。

 次に彼は、専門書や専門誌、辞書や科学雑誌、ライトノベルや漫画や文庫本やCDやフィギュアなどが並べられた本棚の前に立ち、その中で一番目立たない所に仕舞われている、表紙が濃い青色をしている1冊の古いアルバムを取り出すと、その二つを持って書斎を出、桃香の隣、いつも雅彬が夕食を食べている位置に腰を下ろして胡座を掻いた。


 雅彬は桃香に、まず何から話すべきか逡巡しながら暫く沈黙した後、やっとの思いで話し始めた。

「さて、何から話したらいいかわからんが……。お前の本当のお父さんとお母さんの話を話す前に……。桃香、お前。昔、『日航1130便ハイジャックテロ墜落事件』という事件、というか事故があった事を知っているか?今丁度ニュースで取り上げられているが……。」

 丁度その時、夜のワイドショーで流していた事故の概要を説明するCGを指差しながら雅彬は訊ねた。

「うん、何となくなら……。昔あったって云う飛行機事故でしょう?」

「ああ、15年前の今時分に起こった、ドイツから日本の成田空港へ向かって飛んでいたJALのジェット機が、日本上空で突然テロリストにハイジャックされて、テロリストのC4爆薬が使われた手榴弾が誤爆して、その所為で飛行機が空中分解して静岡県の山中に墜落した忌々しい事故だ。」

「その事故がどうしたの?」

「うむ……。実は、その飛行機にお前の本当のお父さんとお母さんが乗っていたんだ……。」

 そう言って雅彬は傍らに置いていた先程の白い紙箱を取り出してテーブルの上に置き、桃香の目の前で蓋を開け、中の物を取り出した。


 それは、何かものすごい熱にさらされたのだろうか……、グニャッて溶けてひしゃげた男物の金色の腕時計らしい物とチェーンが溶けてグシャグシャになった綺麗な薄紫のアメジストのシルバーのネックレスらしき物だった。

「お父さん、これ……?」

「この時計とネックレスはな、お前のお父さんとお母さんが死ぬ瞬間まで……、いや、遺体になってからも身につけていたもので唯一残っていたものだよ。これがなければ僕は、達彦と雅……、お前の本当のお父さんとお母さんの事だけどね……、を見つけてやることが出来なかった。」

「…………。」


 食事の手を止め、桃香は沈黙したまま、魅入るように二つの遺品を見つめていた。その様子を、彼女なりに思うところがあるのだろう、と考えながら雅彬は静かに娘を見守っていた。


 しばらくそうしていた時、ポツリと桃香が呟いた。

「ねえ、お父さん。……わたしの本当のお父さんとお母さんって、どんな人だったの?」

 さて、どこから話していこうか……と、また暫く雅彬は逡巡した。


 雅彬が初めて雅と出会ったのは、桐谷ではなくまだ旧姓の藤原だった頃、初めて交際していた紫苑の実家……、桐谷本家本邸を訪れた時だった。


 そもそも紫苑と付き合うようになったのも、たまたま当時24歳の彼が勤めていた会社に26歳の紫苑が見学に来た時、彼女の借りたレンタカーが故障して立ち往生している所に、当時乗っていた白い中古のJZX81マークⅡで通りかかり、そのまま広島駅まで送った時に互いの携帯の番号とメールアドレスを交換した事がきっかけだったから、彼自身彼女の苗字が桐谷だし、桐谷グループ系列の企業から何らかの関係があるとは薄々思ってはいたものの、まさか彼女が桐谷グループの総帥で桐谷本家の当主である権三郎の長女だとは夢にも思っていなかった。だから彼女からこの事を聞かされた時、彼女の前では努めて平静を装ったものの、心の中で彼は仰天し、あまりの不釣り合わなさから一時とはいえ彼女と別れる事も真剣に考えていた。


 それでも、今日まで紫苑と別れるどころか結婚してまで一緒に暮らしているのは、彼が心底彼女に惚れていたからである。

 紫苑は、雅彬のフィルター補正もかなり掛かっていたものの、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるスタイルが良い体型で、しかも巨乳の長い黒髪がよく似合う美人であった上に、自分より年上だった所為か、姉さん女房的な、良い意味でも悪い意味でも世話好きでしっかり者だが、立てるところではきっちりと男を立ててくれる、当時でも珍しい、彼が理想とした古風な大和撫子だったので、彼女以上の女性などあり得ないと考えていた彼は、彼女と別れる事がどうしても出来なかったのである。多分逆に彼女の実家がド貧乏であったとしても一緒になっていただろう、という自信が彼にはある。それだけ彼女は魅力的だったし、何より一緒にいると幸せで落ち着いた。多分これは彼女の方も同じだろうと彼は考えている。


 兎に角、例え絶望的に不釣合いだとしても紫苑と一緒になる決意をした25歳の雅彬は、その当時一着だけ持っていた一張羅の少し型が古くなっていたニコルのスーツを着て、彼女に案内されるがまま、自分の81マークⅡで桐谷本家にやって来たのである。


 日本有数の財閥で旧華族の家の本家のお嬢様と、地方の中小企業にやっとの事で就職できた一浪どころか1年留年までしたダメ人間の底辺層サラリーマン、しかも年下。どう考えても門前払いを食らいそうな彼が、ギリギリとはいえ権三郎と淑子夫妻に認められたのは、元々彼自身が、父親が医者、母親は大学の教授、母方の祖父は山陰地方の名士でその県の国立大学の学長を務めたことがあり、他の親戚の殆どが教員や公務員等、そこそこハイクラスな職種に就いているという、かなり上流の家庭の出であった事と、礼儀・礼節・マナーと尊敬表現の使い方をはじめ、一通りの教養は身につけていた上に、常日頃から自分はダメな人間だという意識があった所為か異常なくらい腰が低く、善良で誠実だったからである。ひょっとしたら権三郎は、無気力と指示待ちと優柔不断な性格がダメ人間に落ちぶれた元凶であって、雅彬自体は決して馬鹿ではなく、使い方次第で化けることを長年の経験から見抜いていたのかも知れない。


 兎も角、雅彬は権三郎と淑子から、入婿として桐谷家に入り、紫苑の会社に就職して従業員として彼女を支え続ける事を条件に一緒になることを許された。そしてこの瞬間から、彼に対する康一郎夫妻と司、そしてこの時はまだ桐谷姓だった小依から嘲笑とバッシングが早速始まったのである。


 その中で、権三郎と淑子を除けば、桐谷家で唯一好意的に接してくれたのが当時まだ20歳の大学生だった雅だった。これは後で知った事だが、雅は昔から姉である紫苑を慕って敬愛しており、雅彬に初対面から好意的だったのも、彼が自分の敬愛する姉が愛している人だったからという、至極単純な理由だったかららしい。

 だが、それでも雅彬と紫苑にとって、小依を除けば他の兄妹と歳が離れた末っ子故に他の兄妹から可愛がられていた雅を味方に着けられたのは、非常に大きかった。淑子は非力であまり充てにならなかったし、仕事では厳しい権三郎も家庭では何だかんだと言いながら自分の子供達には甘かったからである。

 そういう訳で雅の側に居れば、一時的とはいえ義兄達の誹謗中傷からエスケープ出来たので、彼女は新婚時代の彼ら夫婦の大きな拠り所になっていた。


 結婚して2年経ち、洗剤用に開発した酵素や新しく売り出した発酵乳飲料が市場に出回り、漸く自分達の会社が安定してきた頃の事である。

 この頃、権三郎はしょっちゅう政財界のパーティーへ雅を連れて回り、権三郎が仕事の都合でどうしても出席できないパーティーがある時は、紫苑と雅彬に彼女をそこへ連れて行かせ、兎に角片っ端から彼女と年が近い、パーティーに出席していた政界財界の若い御曹司と末娘を引き合わせて、見合いというか婚活パーティーのような事をやっていた。

 というのも、その前の年に次女の小依が、彼女より3歳年上で雅彬と同い年だった皆川 大毅というホスト崩れで評判の芳しくない男と、ほぼ駆け落ち同然に結婚してしまったからである。

 雅彬は、当時から夜遊の酷かった小依がこのチャラいホストに熱を上げ、大毅の方も彼女が桐谷家の娘だと知って金目当てに近付いたのだろう、と容易に想像できたが、権三郎は末娘の次に彼女の事を可愛がっていたので、愛娘がこんな屑男を結婚相手として連れてきた事に相当なショックを受けたのだろう。雅だけは親としてきちんとした男の元へ嫁がせてやりたいと、権三郎の元に届けられる大量の案内状の中で、彼の目に叶いそうな末娘と年の近い若者が出席する予定があるパーティーや会合があると聞けば、殆ど全てに菫を連れて出席していたのである。


 今から思えば、いや、当時の雅彬から見てもこれは権三郎の雅に対する自分勝手な親のエゴイズムだとしか思えず、あまり快く感じなかった。だが、結果的にこの権三郎の取り計らいが雅と達彦を結びつける切っ掛けとなったのだから、一概に義父を非難する事は彼には出来なかった。


 雅彬が最初に達彦が出会ったのは、こうしたパーティーに、義父の代わりに妻と共に雅を連れて出席した時だった。

 当時、まだ存命だった達彦の父親の紹介で、彼と雅を引き合わせたのだ。


 今から考えるとすごく可笑しい事なのだが、雅彬の達彦に対する第一印象は、背が高いとか好青年だとかと云った感覚的な物ではなく、舐められたらどうしようという危機意識だった。

 その当時、というか今もだが、雅彬は身長が160cmと、妻と同じくらいの高さしかなかった。それに今でこそ歳相応以上に老けた感じがあるが、若い頃は現在以上に色白で、丸顔の童顔とほっそりとした痩せ体型の所為で、実年齢よりも5歳は若く見られる外観をしていた上に極度の近視だったので、180cmも身長があり体つきもガッツリとした、ともすれば5つも年上であるはずの自分より貫禄がある、健康的に日焼けした細マッチョの爽やかな、しかも男から見てもかなりイケ面な好青年に年甲斐もなく相当のコンプレックスを抱いてしまったのである。

 ところが、実際に会って話してみると、開成中学高等学校から東大理Ⅲを首席で卒業した雅彬など足元にも及ばないトップエリートなのにも関わらず、達彦は明らかに学歴敗者である彼にも色眼鏡で見る事は無く、礼節を持って接する事ができる、見たまんま通りの好青年であった。

 しかも彼の筋肉質な肉体がそれを証明する通り、達彦は様々なスポーツを嗜んでいるようだった。雅もまたテニスが得意で、休みになると紫苑とよくテニス場に行っていたから、そういう点でも気があったのだろう。初対面の時から彼ら二人が惹かれ合ったのも別に不思議な事ではなかったと雅彬は今でも思っている。


 兎に角、初対面から惹かれ合った二人の男女が深い仲になって行くまで、そう時間は掛からなかった。

 休日になると、達彦は桐谷家本邸まで雅を彼の愛車のダークグリーンのアストンマーティンで迎に来て、そのまま二人でテニスや、ゴルフをしたり、遊園地へ遊びに行ったりする事から始まり、段々と彼女の帰宅時間が遅くなっていき、そのうち彼女が朝帰りをしたり、二人だけで泊まりの旅行へ行ったりするようになった。


 普通の男女の仲ならある程度のブレーキとなる周囲から受けるプレッシャーも、この二人の場合、その周囲が画策して取り繕った上で誕生したカップルだったものだから、周囲は負荷を掛けるどころか二人を煽っていたので、そのスピードは益々早まっていった。


 そして交際から一年経ち、雅彬と紫苑が結婚3年目を迎えたある日、雅彬と紫苑は雅から、義父と義母には絶対内緒という前置きで秘密の相談を受けた。

「実は……、その……もう3ヶ月も生理がきていないの……。」

 思いもよらぬ雅の衝撃発言を聞いて、雅彬は思わず飲んでいたお茶を噴き出して咽てしまい、紫苑は同じように顔を赤らめながら、二人揃って呆然と菫の顔を見つめた。


 産婦人科で一応検査して確認してみると、やはり雅の腹の中には、達彦との間に出来た小さな命が宿っていた。

 雅彬は、それを紫苑経由で聞いて、雅と達彦のヤンチャぶりに半ば呆れながらも、元々二人の仲を応援していたので心の底から二人を祝福した。

 結局、雅の懐妊が発覚したことで結婚式の予定が早まり、慌ただしい中で準備が執り行なわれたが、二人は両家の親族もとより二人の多くの友人達から盛大な祝福を受け、豪華な結婚式と披露宴を上げた。その時の二人が幸せそうに見つめ合う横顔を、雅彬は昨日の事のようによく覚えている。ちなみに、雅彬が達彦の紹介によって孝彦に初めて出会ったのは二人の結婚式の時だった。


 この時、既に雅のお腹は大分大きくなって目立ってきていたので、母体と胎児の健康を考慮して、この時は新婚旅行へ行くことは見送られてしまった。


 そして結婚式から4ヵ月後、雅は元気な女の子を出産し、女の子は『桃香』と命名された。


 桃香が生まれると、雅の両親と達彦の父親は、孫である彼女の事を、それこそ溺愛という言葉がきっぱり当てはまるくらい競って可愛がっていた。達彦の父親の方は、桜が初孫だったので分からないでもなかったが、権三郎と淑子は、桜が初孫じゃないにも関わらず他の孫を差し置いて桃香を可愛がっていた。

 第三者から見れば、それってお祖父ちゃんお祖母ちゃんとしてどうよ?という感じの態度だったが、その頃未だ本家に間借りして当主夫婦と同居していた雅彬から見ると、権三郎と淑子の態度も仕方がないと思われた。


 権三郎と淑子の孫は、当時生まれたばかりの桜の他に、義兄の康一郎と綾音の子供達、当時小学5年生だった康史と小学2年生だった綾香がいたが、二人共親の育て方の所為か躾というものがまるでなって無く、傍若無人でプライドが無駄に高い上に、祖父母には事あるごとに結構な額の小遣いを要求し、恐らく康一郎と綾音から吹き込まれたのだろうが、雅彬と顔を会わす度に、彼らの父親や母親と同じように人を小馬鹿にした態度を取って失礼な暴言を吐いて行く、子供好きな雅彬から見ても子供らしい可愛らしさが見出せない程の糞餓鬼だったので、権三郎と淑子の愛情が康史と綾香ではなく、桃香一人に集中して向かったのも無理もないと彼には思われた。


 その後、突然石蕗コンチェルンの社長だった達彦と孝彦の父親が心臓発作で急逝した事によって、その後を長男であった達彦が取締役社長に、次男の孝彦が同じく専務として石蕗コンチェルンを継いだ後、半年から一年弱の期間が一番大変だった。

 何せ当時、達彦は若干24歳、孝彦に至っては春に大学を卒業したばかりの22歳のヒヨッ子である。ヒラ社員として父親の元で修行するならいざ知らず、一大コンチェルンのナンバー1とナンバー2として、会社を牽引していくには圧倒的に経験が少な過ぎた。

 そういう意味で、取締役員の中でも、彼らを支援しようと精一杯バックアップをしようとする古株も居れば、経験の少なさを理由に彼らをトップとして認めない造反派も居て、一時的な事とは云え、石蕗コンチェルンの業績は急降下で低迷し、最も逼迫した時は本当に会社が分裂する数歩手前の時点まで陥りかけていた位だった。


 ここからは、雅彬も仕事で達彦や孝彦に会った時と、紫苑が雅から聞いてきた事を耳にして総合的に推察した事だが、達彦と孝彦は、それこそ命がけで働いていたらしい。その功労によって、造反派の役員や社員の中にも、段々と彼ら兄弟をトップとして認める者が少しずつだが増えてきて、どうにか空中分解の危機を脱して、会社の業績も元の通り上向きに修正し、どうにかこうにか落ち着いた。


 そして、さあ、これからだというときに例の事故が起こった。

 前回から一年も経っていない急な社長の交代に、またしても石蕗コンチェルンに激震が走ったが、前回の反省と、孝彦もこの一年兄の右腕として死ぬ気で若年ながらも経験を積んできたので、役員会議でも全会一致で孝彦を次期社長にし、他の古株の社員が専務として彼をアシストする事で、特に混乱もなく石蕗コンチェルンはトップを達彦から孝彦へ交代した。そして今現在も孝彦は社長として石蕗コンチェルンを引っ張っている。


 よく考えたら雅彬は雅とは5年、達彦とは3年弱の付き合いしかなかったが、雅彬にとっては、それまでの人生でトップ5以内に入る位、濃い5年間だったのだ。

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