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夢現 

 *


 世界中の水がつながる瞬間。 

 太陽系の惑星が全て一列に並ぶ瞬間。 

 

 それは奇跡の一瞬かもしれないけれど、

 長い目で見ればただ必然が滅多にない整合性をもったというだけの話だ。 


 ぼくが望むことは、確率で観測できるような必然じゃない。 

 世界中が手を取り合って作り出さなきゃいけない奇麗事。 


 世界中が笑顔になる瞬間。 


『すごいな君は。 18年もこの世界で生きててまだそんなことが言えるのか』

 今からおよそ一年半前、大学を3年で卒業しプロジェクトで半年、ここの仕組みにようやく慣れた頃。 

 今はもうプロジェクトを脱退した化学科の同級生に、そんなことを言われた。 

『きっと先代の学者達の言うことばかり読んであとは机にかじりついて、そんな生活ばかりしてきたんだろう? でもオレは知ってる。 オレは何回も世界を巡ってきた。 ひどいもんさ。 世界は穢れてる。 奇麗事なんて存在しやしない。 こんな世界に誰が希望を持てるんだ……まあ君くらいだろうな。 いやいいよ、夢を見るのは未成年の特権だ』

 その同級生は、ぼくよりも年上だった。 勿論ぼくが軍隊経験を持っているなんてことは露ほども知らない。 幾人もの命を奪ってきた殺人者が目の前にいるだなんて思いもせずにそんなことを言ったのだろう。 ただの嫉妬だったのかもしれない。 もしかしたら本当に世界に疲れていたのかもしれない。 ぼくは彼にこう返した。 


――そうかな? ぼくは硝煙と血だまりの中でも綺麗なものをたくさん見てきたけどね……


 * Dialogue

 

「…………だからこの少量の核融合で国の半分くらい半永久的に支えられるようなエネルギーを生み出し、そして制御することが出来るのです。 ただしこれはまだ仮説の段階です。 実証するならこの物質を上手く操っている具体例を研究することが必要です」

「といいますと」

「コンゴの兵器です。 彼らはこの物質の特性を活かして戦場の規模によっておよそ13段階の破壊力を持った兵器を開発しています」

「あの国の特産品ですもんね、あれ……」

「というかあそこからしか採れませんしね、今のところ。 軍事機密になってますし……あそこに支部とかあればよかったですね! もう募集を研究所に限定してないんですから」

「無理でしょう。 肩書きは求めませんが頭は求めますよ。 あの国で今そんな教育が出来るとでも……」

「面倒だなあ……いつか世界を掌握したいものですね」

「で、その物質をどうやって手に入れるんですか? 爆発した後の滓ですか?」

「あの国は今国境越えるだけで命がけでしょう。 周辺の国が結構爆撃に巻き込まれているくらいですから。 よく国連から制裁受けないでいられますよね」

「核戦争になったら地球が滅びますから。 皮肉なパラドックスです。 国連も下手にあの国を牽制できない……ところで対爆薬仕様陸上艇(クルマ)使えないんですか」

「あれも溶かされるらしいですよ。 何使ってんでしょうね、あの国の火薬が生み出すのは大体普通の火じゃないみたいです。 それも研究したいんですがね」

「まああの国が兵器なんて研究用に譲ってくれるわけが無いでしょう」

「もしかしたらあの3人ならうまくやってくれるかもしれませんけどね」

「あの3人って……使節を送ったんですか!? あの国に?まさか丸腰で!?」

「歩きの方が安全なんです。 勿論ピストルは持たせました。 それにその3人は元軍人ですよ……あ、心理科の人は聞いてないんですね」

「その話は専門外ですからね……ていうか大丈夫なんですか? キラウエア火山の件でも相当叩かれたのに、また死人出したらもう国際裁判にかけられますよ」

「今の国連はプロジェクトを潰すなんてできませんよ。 それに真実を知るには実験が必要です。 実験には実験体が必要で、場合によっては犠牲者だって出てくる。 当たり前じゃないですか。 誰かがやらなきゃいけないことだった。 そして彼らにはそれを引き受けるだけのスキルがあった。 そして彼ら以外にはそれを引き受けられるようなスキルが無かった。 それだけです」

「哲学科の人道主義が聞いたら憤死しますね……ところで誰を送ったんですか」

「妃野稜くんと妃野琉くんと唯城彌宥さん」

「あ……あの3人ですか」

「知ってるんですか?」

「ええ……私の大学の卒業生ですよ。 私が倫理を教えていました……面倒だからと高校の復習課程を省略した生徒達です。 確かに最初の2年は自衛隊にも所属して訓練を受けていましたね……丁度EA戦争の頃。 しかし彼らは19歳じゃないですか……軍隊経験って言っても訓練を一通り受けただけでしょう」

「いえ、琉くんは訓練生でしたが稜くんと彌宥さんは実戦経験があるそうです。 そのEA戦争で」

「しかし彼らは当時14歳だか15歳だかでしたよ。 法的な実戦年齢に達していなかったはずです」

「自衛隊の一部隊で隊の指導者が年齢を問わず戦地に送り出し、法で定められた実戦年齢に達していない訓練生を戦場に送り出していた問題。 その一部は最前線に回されて命を落としたとか……2人もその隊にいて、銃を持たされて最前線に回されたそうです。 未成年者の数少ない生き残りですよ」

「その隊長は終身刑でしたよね」

「あなた新聞読んだことありますか? その隊長は戦死しました。 隊長の死を見届けたって言ってましたよ。 2人が」

「……彼らはどうして自衛隊を志願したんでしょうね」

「わかりません。 机に向かうのも飽きたから運動がてら自衛隊に入ってみたら偶然にもEA戦争が勃発しまさかの出陣、って感じじゃないですか? それこそあなたの専門ですよ」

「それもそうですね。 というかここだけの話、……本当にエネルギーの採取だけが目的なんですか? なにやら不穏な噂が飛び交ってますよ。 ほんとうは……聞き分けの無い国を攻撃しようとしてるんじゃないか、とかその放射性物質の性質を被検体を使って調べるとか」

「聞いたことがあるでしょう。 有害な工業廃棄物を聞き分けなく排出し続けてる国もある、プロジェクト本部にミサイルを向けている国もある、って。 事態は世界の大方の皆さんが思っているより危ない方向へ進んでいるんです。 あと少しでも地球が壊れたら人類滅亡は目と鼻の先なんです。 なんだかんだ言ってそちらに対する軍事的措置は必要なんですよ。 それにその物質の性質や安全制御を人体実験によって証明しないとこのご時世実用化も難しいところがあるんです。 実験の犠牲者が出ないように最善は尽くしますが」

「なんか納得できませんね。 仕方ないことなのでしょうが……今まではそんな犠牲なんて伴わずに科学は進歩してきたんじゃないんですか?」

「だからこそここまで技術が遅れたんです。 そのつけを今私達は払わされている」

「そんなものですかね。 ……あ、コーヒーでもどうですか?」

「ああ申し訳ない、自分で取りに行きます」

「いえいえ、心理棟にいる以上お客さんですから。 持ってきますよ」

「じゃあお願いします」


 *


 希望を否定し奇麗事を諦めたぼくの同級生が、去り際にこんな言葉を残していったのを思い出す。 

『オレはこの世界が大嫌いだ。 良識なんて通じない、この世界が――でもここに入れば何かを変えられると思ったんだ。 君が言ってた“世界中が笑顔になる瞬間”をこのプロジェクトなら作り出せるかもしれない――今でもそう信じてる』

 じゃあなんでやめるんだよ。 

 社交辞令でもなんでもなく、そう訊いてしまった――


 ぼくはその同級生とはそこまで仲がいいわけじゃなかった。 正直彼のことはあまり好きじゃなかったと言ってもいい。 だから彼がプロジェクトを去ると聞いたときも、研究員が1人減るくらいにしか思っていなかったのだ。 

 でも、彼がプロジェクトを去る前日。 

 みひろちゃんは風邪で宿舎に引きこもり、琉は研究室に用事があって残っていた――夕焼けの中の、ひとりきりの帰路。 

『稜。 ……隣歩いていいだろ?』

 彼はもごもごとそんなことを言って、遠慮がちにぼくの隣に並び、歩を進め始めた。 


『なんでやめるか? ……そうだな、確かにここは唯一オレが希望を持った頭脳の集積だ。 

 でもやっぱり道理と理屈は違うのさ。 

 忘れんな――命は屍の上に成り立ってるかもしれない。 でも笑顔は命の上に成り立ってる。 それを忘れた理屈だけの“良識”は、堂々巡りの机上の空論で終わる』

 ぼくが今まで見た中で、一番きらきらした微笑と共に、彼は言った。 

『オレは道理とエゴの境界を見つけるんだ。 救うべき命は研究室の外にいる。 今まで何度も世界を巡ってきたのにな……それだけのことに、オレはプロジェクトに入るまで気付かなかったんだ。 

 

 いつか戻ってくるからさ。 このプロジェクトがオレを変えたようにオレはこのプロジェクトを変える』


 何故彼が大して仲良くも無かったぼくにそんな話をしたのかはわからない。 子供みたいな奇麗事を語ってたぼくなら理解してくれると思ったのかもしれない。 ただ茜色の柔らかい空の下、しみじみと交わした言葉は、ぼくの哲学に信じる心を刻んだ。 


 そして――彼がプロジェクトに戻って来ることは無かった。 

 多忙を極める化学科に、彼が中東での宗教戦争に巻き込まれて命を落としたという情報が入ったのは、ぼくらがアフリカに発つ3日前のことだった。 


 彼はぼくに、ひとつの道標を示してくれたんだと思う。 

 今この瞬間にも大きくゆがみそうな、ぼくなりの正解。 

 彼の言葉は、それをしっかりと支えてくれているんだ――


 それでもこうして夜空を眺めていると、揺らぐはずの無い決意が揺らいでいくように思える。 

 ぼくの理想は正しかったのか。 

 それとも世界を救おうと思うなら人道なんて捨てないといけないのだろうか。 

 今のぼくにはまっすぐな座標軸が見えない。 



 両隣ではみひろちゃんと琉が穏やかに寝息を立てている。 


 またどこか遠くのほうで、空爆だろうか――ばらばらと物騒な音が絶え間なく響いている。 



 ……



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