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ひとかけらの代償


 ドアを開けて外に飛び出そうとした女の子を、みひろちゃんが腕をつかんで押さえた。 

「まだ君の友だちを殺した奴がいるかもしれない……今外に出たら殺される」

 ぼくらだって撃たれたときのためにある程度の措置器具は持っている。 ただ、戦争でも戦争以外でも銃の発砲音はいろいろと聞いてきたが、この類の音はアフリカ北部や中東、ロシアあたりでよく使われている特別な発火装置を伴った銃の特徴的な音だ。 一際大きい銃声に隠れるようにしてこの種の発火装置特有の、ジギギ、というような形容しがたいかすかな音、ほぼ同時くらいに聞こえた時差を伴う衝撃音。おそらく今女の子の友達を襲ったのは散弾銃、またはそれに近いもの……子どもだったら即死だろう。 ぼくらには何もできない――そのことをわかっていて、みひろちゃんは彼女を止めたのだろうと思う。 でもそんなのは傍観者しかできないこと――信じられないような力でみひろちゃんを振り切った女の子は、玄関のドアに突進するようにして外に飛び出してしまった。

「……あ! おい、待てって」

 開け放たれたドアから女の子を追って外に飛び出そうとしたぼくらは、外の様子が視界に入ってしまった時点で足を止めざるを得なかった――

 いや、止めざるを得なかったというのは言い訳だろう。

 ひんやりした土壁の屋内に順応してしまったせいか余計に暑く感じるドアの外、蜃気楼のように揺れる乾いた建物、瓦礫に混じる粉砕された硝子が照り返す眩しい陽光、殺伐と沈んだ路地――

 

 まだきらきらと紅い鮮血が四方に飛び散る路地の一角。

 女の子は立っていた。

 ひとりじゃない、武骨な銃を構えた迷彩服と対峙して。

 足元には点々と深紅の滲むひしゃげた布が、地面に叩きつけられたようにうずくまっている。

 よく見れば麻色のシャツだった。

 もっとよく見れば、つい一刹那前まで生きた男の子だった、物体だった。

 ……立ってる女の子だって死んでる男の子だってぼくらより小さい子どもだもんな。

 あんなえげつない銃の一発でも食らったらそりゃ、ああなるよ。

 ぼくらには何も出来ないだろう? まあこの服だってそれなりの防弾装備はしてるけどさ。 そんなの気休めだよ。 頭を撃ちぬかれたら御終いだ。 殺される。 殺される。 てゆうか何のルートなんだか政府が開発してんだかしてないんだかこの辺に出回ってるって噂の化け物銃弾、あのプロジェクトの材料工が苦心して開発してるこの防弾装備も突き抜けるらしいよ? 

 戦場でいくらでも見てきたじゃないか。

 一晩中悩んで悩んで、遺書みたいなものを書いては破り書いては破り、それでも翌朝には泣き腫らした目で銃を掴んで硝煙の中に突っ込んでいって。 後ろ守っとけよ、なんて指示しながら銃を構える手がぶるぶる震えてて、でも次の瞬間には呆気ない銃声と一緒にただの物体に成り下がる。 穏やかに微笑んで死んだ奴もいた、おびえながら死んでいった奴もいた。 奇襲に遭ってなにがなんだかわからないまま殺された奴もいた。 命が散ることの残酷さを一番感じたのはその時だ。 そんな一日を生き延びて硬い床に就いて、そんな日々を重ねていくうちにそんな悲しみも麻痺してきて、麻痺してきたと錯覚できるくらいに慣れてきて。 

 だけどさ、人一人が死ぬなんて大変なことだろ? だから、……慣れたなんていって未だに忘れられないんじゃないか。 あの一瞬一瞬が。

 もう一回あの銃が火を吹いたら、あの子も血染めの雑巾になるんだよ。

 あの熱い血の滾る細い足が、芯まで冷たく硬くなって。

 ぼくの目の前で。

 隊長みたいに、雛田みたいに、  みたいに、  みたいに



「    ――っ!!」



 張り詰めた一瞬に、誰かの叫び声が響いた。

 ぼくが叫んだのかそれとも別の誰かが叫んだのかはよくわからない。 少なくともフランス語ではなかった気はしたが。 

 ただ、左肩に露骨な衝撃が走ったのを感じた。 誰かにつきとばされたと理解したのは、ドアの内側の土がむき出しの床に尻餅をついた時だった。 疼痛をこらえて起き上がり、平衡感覚を失ってよろける身体をドアに縋って立て直し、路地のほうへ焦点を合わせるのももどかしく駆け出そうとした。

「……   」

 みひろちゃんが何かを呟いて、ぼくの両肩を掴んで抑えた。

 振り返ってみると、みひろちゃんはぼくの肩を離さないまま、無表情で首を小さく横に振っていた。

「  、――」

 唇をかすかに動かして、声にならない声で何かをまた呟いて、みひろちゃんはぼくのうなじのあたりに顔を突っ伏した。

 肩を掴んだ両手が震えていた。

 ようやく路地の片隅に焦点を合わせたぼくは、一瞬現実逃避のように目をしばたいた。


 まだきらきらと赤い鮮血が四方に飛び散る路地の一角。

 女の子はいなかった。

 男の子もいなかった。 

 対峙していた迷彩服も消えていた。

 ただ、路地の瓦礫に深紅を散らす物体(、、)はあった。

 ぼくらには何も出来ないだろう? まあこの服だってそれなりの防弾装備はしてるけどさ。 そんなの気休めだよ。 頭を撃ちぬかれたら御終いだ。 殺される。 殺される。 てゆうか何のルートなんだか政府が開発してんだかしてないんだかこの辺に出回ってるって噂の化け物銃弾、あのプロジェクトの材料工が苦心して開発してるこの防弾装備も突き抜けるらしいよ? 

 へぇ、じゃああれ、噂の化け物銃弾だったんだ。

 戦場でいくらでも見てきたじゃないか。

 こんな一場面。

 一晩中悩んで悩んで、遺書みたいなものを書いては破り書いては破り、それでも翌朝には泣き腫らした目で銃を掴んで硝煙の中に突っ込んでいって。 ぼくもそんな感じだったな。 後ろ守っとけよ、なんて指示しながら銃を構える手がぶるぶる震えてて、でも次の瞬間には呆気ない銃声と一緒にただの物体に成り下がる。 穏やかに微笑んで死んだ奴もいた、おびえながら死んでいった奴もいた。 奇襲に遭ってなにがなんだかわからないまま殺された奴もいた。 命が散ることの残酷さを一番感じたのはその時だ。 そんな一日を生き延びて硬い床に就いて、そんな日々を重ねていくうちにそんな悲しみも麻痺してきて、麻痺してきたと錯覚できるくらいに慣れてきて。

 でもさ、それとこれとは話が違うよ。

 だってお前こんなことにはならないはずだったじゃないか。

 もう一回あの銃が火を吹いたら、あの子も血染めの雑巾になるんだよ。

 そこにひとつだけあった血染めの雑巾は、黒いベストを着ていた。 ポケットがいっぱいある多機能ベストだ。 そういえば今日は黒と灰色のチェックのズボンだった。 今は赤くなってるけど。 いつもどおり膝のところまで裾をまくってる。 ベルトが切れたのか横に転がってる鞄、今日の朝食欲がないとか言って残した携帯食のパンが入ってたよな? 銃弾浴びてんじゃねぇのか、それ。

 だから何でこうなってんだよ。

 なぁ、()



「――――――――ぅわああ゛あ゛ああああぁぁぁっ!!!」












 琉は――ぴくりとも動かなかった。


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