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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

銀色の花冠〜守り神に愛されて幸せを誓う〜

作者: ろあ
掲載日:2026/04/29

 

 今日も銀色の長い髪を揺らしながら逃げる。


 気になっていた水色のワンピースをやっと着ることができたが、全力で走っているせいで汚れがついてしまった。


「ユキミさん、握手して」


 後ろにいる十人の老若男女が手を伸ばして何度もそう言ってくる。


「一回だけでいいからお願い」


「嫌です!」


 何回断っても、しつこく追い掛けられる。


 私は美人でもない、偉業を達成したわけでもない、ただの平民だ。


 二十歳になるまで誰かに追われることもなかった。


 寧ろ、近所の人たちから冷たい目を向けられて、避けられていた。



 子供の頃は黒かった髪が、歳を取っていくと共に銀色になっていく。


 その謎の病気に罹ったせいで誰も私に近づこうとしなかった。


 変な病気が伝染るとか、触ったら老化するとか嫌味を言われて……。


 医者に診てもらっても病名が分からないと言われた。


 何の治療もできないまま時間だけが過ぎて、全ての髪の毛が銀色になってしまった。


 どうしてこんな病気に罹ってしまったんだろう。


 一刻も早く治したい。



「そこのきみたち。

 僕のユキミを追い回すのはやめてくれないか」


 やや高めの男性の声が聞こえてきた。


 私を追っていた老若男女が一斉に足を止める。



「ニック様……!」


「ユキミに触れていいのは婚約者の僕だけだと前に言っただろ。何度説明すれば分かるんだ」



 助けてくれたのは、領主の息子であるニック。私の婚約者だ。


 短い金髪で、切れ長い目をしていて鼻筋が高い。


 いつも自信に満ちた表情をしていて、立ち姿や振る舞いに品がある人だ。



「生活をしていくために、どうしてもアレが必要なんですよ。

 今は殆ど採れなくなってしまったじゃないですか」


「アレでワシの妻の病を治す薬を買いたいんじゃ」


「ぼくは母ちゃんと父ちゃんが楽になるようにアレが欲しいんだ」


 私を追っていた人たちが願望を口にする。


「それはこの場所、ヘリング領を守るためにあるものだ」


 血眼になって追い掛けてくる人たちが狙っているものは私ではない。“アレ”とは、銀のことだ。



「きみたちの意見は理解したけど、まずはうちの領地の心配をしたほうがいい。

 国内で一番価値が低いから、隣の領地と合併したほうがいいと言われているからな。

 今は食料の支援を受けることができているが、ヘリング領がなくなったらもっと貧しくなるだろう」


 ヘリング領は五年前まで銀山の街と言われていた。


 領地の半分をぐるりと囲むくらい大きな銀山があるからだ。


 銀の採掘量は世界一で、国外からも取引の依頼がひっきりなしにやってくる。


 おかげで豪華な食べ物や素敵な服を買えるくらいに生活が豊かになった。


 しかし、五年前から銀の採掘量が大幅に減っていき、住民たちの暮らしは一気に貧しくなった。


 ヘリング領に住む人たちは毎日不安を抱えながら生きている。



「ユキミさんに触れるだけで、銀が出てくるんだから一回くらい許してくれてもいいでしょ!」


 私を追い掛けてきた中年の女性がニックの前に行って怒鳴る。


「いいわけないだろ。そうだよな、ハクヤ?」



「うん。ユキミが嫌がってるからやめて欲しい」


 ニックの後ろにいた男性のハクヤが冷静な口調で言った。


 整った顔立ちをしていて、二重瞼で群青色の瞳。


 襟足まで伸びた髪は白いが、ニックと同じ二十三歳だ。


 ハクヤはニックの世話人で、いつも一緒に行動している。


「うるせえな! 少しくらいもらってもいいだろ!」


 中年の男性がニックを避けて、勢いよく私に近づいてくる。


 逃げてもついてくるし、力では敵わないだろう。


 全身に鳥肌立つほど恐怖で怯えた私はぎゅっと目を閉じた。



「ユキミに手を出したら俺が許さない」


 目を開けると、私の盾になってくれていたのはハクヤだった。


 黒い手袋をつけた手で力強く中年の男性を止めている。


 細身の体型をしているのに私を守る背中が大きく見えた。


「くそっ。今度はニック様たちがいない時にくるからな」


 老若男女の住民たちは諦めて帰っていく。


 今になって気づいたが、街から離れたところに来てしまった。ああ……、今日も沢山走った。


 住民たちの姿が見えなくなったあと、ニックは不機嫌な顔を私に向ける。



「まったく、面倒な平民たちだ。……ユキミ、おまえもだぞ。

 常にヴェールを被り、長袖長ズボンを着て、手袋をしろと言っただろ」


「ごめんなさい。ドレスを着てみたかったんです」


「似合ってないし、もう二度と着るな。

 あと、ユキミに触っていいのは僕だけだから、他のやつに絶対に触られないようにしろよ」


「はい……」



「世の中、金がすべてだ。

 他の住民に金の力を持たせないようにしないといけない。ヘリング家を守っていくためにな」


「…………」


 黙っているとニックは大きな溜息を吐いた。



「銀色の花冠がなくなってから最悪だ。

 銀山の祭壇に置いていた時は、毎日、銀がたくさん採れたというのに。

 今は小箱一個採れるか、採れないかだ。

 次はどんな機械を使って掘り進めるか考えないといけないな」


「禿げ山になってきているのに、まだ掘り続けるんですか。

 あの山には神様がいるんですよ」


「神なんているわけないだろ。

 肌が痛いから触らないで欲しいと言ったやつはいるけどな」


「私のことですか……」



「おまえが役に立たないから掘り続けるしかない。

 山がなくなれば隣街への道が作れるから住民たちも賛成するだろ。

 銀の花冠さえあれば、こんなことにはならなかったんだけどな。

 ヘリング家が代々大切にしてきたのに、どうしてなくしてしまったんだろうな」



 銀の花冠がなくなった時、大騒ぎになったことを覚えている。


 ニックの家族とヘリング領に住む人たちが、この世の終わりかというくらい絶望していた。


 銀色の花冠がなくなったと聞いてから、生活が一気に貧しくなったから、不思議な力があるのは確かだろう。



「そういえば、ユキミは鉱山に行ったことがあるんだよな。

 おまえが銀の花冠を盗んだんだろ」


「違います。私が鉱山に行ったのは五年よりもっと前ですから」


「うちの両親はユキミが嘘をついてると言ってるぞ」


「嘘はついてません!」



「さっきの住民たちみたいにやかましい声を出すな。

 ……他人に肌を触られると無から銀を生み出すことができる。

 おまえにはそれくらいしか価値がないってことを自覚したほうがいいぞ」



 すべての髪の毛が銀色になってしまった時から、誰かに肌に触れられると銀が出てくるようになった。


 一回触れられると、片手で持てるくらいの量がぽろぽろと出てくる。


 専門家のところに持っていって見てもらったが、その銀は本物だった。



「いい暮らしができて、守ってもらえるのは僕と僕の家族のおかげなんだからな」


 ニックは冷たい瞳で私を見下ろしてから背を向けて歩いていく。


 一気に静かになり、草木を揺らす風の音が聞こえてきて、銀色の髪をふわりと揺れる。


 違う未来を選んでいたら爽やかな風だと思うだろう。


 今は髪を揺らされるだけで何も感じない。



「大丈夫? 逃げている時に怪我をしなかった?」


 ハクヤが心配そうな顔をして声を掛けてくる。


「今日は転ばなかったので大丈夫です」


「よかった」


 包み込んでくれるような優しい笑みを向けられて、早くなっていた鼓動が落ち着いていく。


 銀を求める人たちに追い掛けられる毎日を過ごしているけど、ハクヤがいてくれるおかげで挫けずに生きていられる。



 ハクヤと出会ったのは十年前。


 どこからきたのか分からないが、うちの近所のおばさんの家にハクヤが住むことになった。


 それから同じ学校に通って、外で一緒に遊ぶようになって、たくさん話をした。


 他にもお気に入りの本を貸し借りしたり、晴れた日に草原で昼寝をしたり、ふたりでお弁当を食べたり……。


 共に過ごすうちに、ハクヤは私の唯一の友達になった。


 銀色に変わっていく髪のせいで皆に嫌われていたけど、ハクヤだけは恐れず傍にいてくれた。


 今でもその関係は続いている。……っと、私は思っている。



「そのドレス、ユキミに似合っているね」


 私が着ている水色のドレスは、誕生日にハクヤがプレゼントしてくれたものだ。


 一緒に買い物に行った時に私が着てみたいと言ったから選んでくれたらしい。


 高価なものだからプレゼントされた時は驚いた。


「ありがとうございます。

 ニックには、似合っていないと言われてしまいましたけどね」



「ユキミはもっと自信を持っていいと思うよ」


 ハクヤはかっこいいから自信が持てるのだろう。


 街を歩けば女性の視線を集めるし、白髪の美男子と言われている。


「謎の病にさえ罹らなければ、自信を持てていたかもしれません」


「そうだよね……」


 悲しそうに呟いたハクヤは呟いて斜め下を向く。


「あと、ニックと婚約することもなかったと思います。

 彼が欲しがっているものは私じゃなくてお金ですから」


「気づいていたんだね。

 ニックがユキミを利用しているってことを……」


「はい。私と婚約したのは金のためだと話しているところを何度か見たことがあります。

 守ってもらえることには感謝していますけど。

 ……お互いに好きだという気持ちはないんですよね」



 私は二十歳になってからすぐにニックと婚約した。


 あれは炎天下の日。街を歩いていると、余所見をしていたニックがぶつかってきた。


 その時に互いの腕が当たって、足元に銀が落ちていた。


 銀に手を伸ばしたタイミングが合い、今度は指が触れてまた銀が落ちた。


 ニックはこれで私に触れると銀が出てくると確信したのだろう。


 次の日にはニックにヘリング家に招待され、出会ったばかりだというのに婚約しようと言われた。「守るから」という言葉とともに。


 でも断った。好きでもない人と結婚したくないから。


 腹を立てたニックは、街の人たちに私と婚約したと噂を広めた。


 謎の病によって人々に避けられて生きてきた私は家畜小屋の掃除しかできる仕事がなかった。


「本当は婚約をしていない」なんて言ったら仕事と住む場所を失うかもしれない。


 それが怖くて、嘘の噂を受け止めることしかできなかった。



「俺はユキミがニックのことを好きなのかと思っていたよ」


「私の中では婚約したことになっていませんから。

 こんなこと、ハクヤにしか話せませんけど。

 謎の病気に罹っていなかったら他の道も選べたのに……」


「じゃあ、そうしよう」


「えっ?」


「その病気を治すことはできないけど、ニックとの婚約は破棄できるよ」


「冗談ですよね。ハクヤはいつもニックの味方をしているじゃないですか。

 親友みたいな存在なんでしょう?」


「今はニックとの婚約をどうするか聞いているんだけど」


「できることなら破棄したいです。

 でも、私には力がないですから……」


 視線を下ろして汚れたドレスを見ていると、ハクヤが近づいてくる。


 顔を上げると真剣な眼差しで私を見ていた。


「ついてきて」



 今日のハクヤはどうしてしまったんだろう。


 いつも「ニックのところに行こう」と言うのに、逆らうようなことをしている。


 よくないと分かっているけど、僅かな希望があるのではないかと期待してしまう。


 私はハクヤについていくことにした。



 向かった場所は銀山の坑道。


 ここに入ったのは何年ぶりだろう。


 幼かったし、背負っているリュックにお母さんが作ってくれたお弁当と水筒、ハンカチを入れていた気がする。


 削られた岩があちこちに散らばっているから、転んで怪我をしたこともあった。


「銀をたくさん掘ってニックに見せつけるんですか?」


 ハクヤは私に目を合わせてから「違うよ」っと言って前に進む。


 その表情は私とニックの婚約破棄を望んでいたかのように活き活きとしている。



 迷路のような坑道を進む。


 ハクヤが銀山に行ったという話は一度も聞いたことがなかったから、なぜ迷わないのか不思議だ。



 小さな光を放つランタンを持って、暗くて砂っぽい道を歩く。


 狭い道をしばらく歩いて辿り着いたところは、大きな空洞だった。


 小さな穴が空いた天井から一筋の光が差し込んでいて、白い花が咲いている。


 ハクヤはその近くに置いてあった古い木箱から何かを取り出す。


「ユキミに見せたかったのはこれだよ」


 そう言って、両手にのせたものを見せてくる。


 花飾りだろうか。


 銀でできているように見えるが、本物の花みたいだ。


 人の手で作ったものとは思えないほど繊細に作り込まれている。



「美しいですね。秘宝みたいです」


「大昔に自然の力で作られたんだ。

 雨風にさらされた銀が少しずつ削れていって、この形になったと言われている」


「ハクヤは貴重な物を見つけていたんですね」


「これがなにかユキミは知っているよね?」


「いいえ。初めて見たので。

 その宝には名前があるんですか?」


「銀の花冠だよ」


 ハクヤは真面目な顔で私を真っ直ぐに見て答えた。


 五年前になくなり、住民総出で探しても見つからなかった銀の花冠。それがここにある。


 信じられなくて目を見開き、数秒の間だけ口が開きっぱなしになった。


「どうしてここに!?

 まさか、ハクヤが……」


「五年前に銀の花冠が消えた理由は、俺がここに隠していたからなんだ」



 ハクヤが世話人になったのは五年前。


 ヘリング家に住んで学校に通い、授業が終わったらニックの世話をしていた。


 銀の花冠は銀山で採掘していない時は祭壇ではなく、ヘリング家の屋敷で厳重に保管されているっと聞いたことがある。だから、いくらでも奪うチャンスがあったんだろう。



 今までハクヤを一度も疑ったことはなかった。


 希望が絶望に代わり、身体中に冷たいものが流れて小刻みに手が震える。


「ハクヤがそんなことをするなんて思っていませんでした……」


「信じてもらえるか分からないけど、返してもらっただけだよ」


「どういうことですか」


「銀色の花冠は、ヘリング家のものじゃないんだ。

 本当は銀山を守る神である銀龍のもの。

 盗んだのはヘリング家の方だ」


「確かに銀山から拾ってきたと聞いたことがあります」



「この地に人が住んでいなかった頃から銀龍は銀色の花冠を大切にしてきた。

 銀を生み出す不思議な力が秘められているからね。

 ヘリング領は、銀のおかげで国からいい待遇を受けている。

 銀の花冠をユキミのものにして、ヘリング家よりも上の立場になる。

 そうすれば、ニックとの婚約も簡単に破棄できると思う。

 ユキミを傷つけてきた人たちも頭を下げるようになるんじゃないかな」



「今よりも自由になれるってことですよね。

 でも、どうしてハクヤが銀の花冠を取り返さないといけなかったんですか?」


「まだ誰にも話していないんだけど、俺は銀龍の眷属なんだ。

 他の銀龍はいなくなってしまったから最後のひとりになる。

 人と暮らしているうちに龍になることはできなくなってしまったけど」


「つまり、ハクヤは銀山の守り神だったんですね」


 見た目は私たち人間とまったく同じ。


 きっと、他の人が聞いたら冗談だと思うだろう。


 私はハクヤが嘘をついているようには思えなかった。



「十年前にユキミは俺を助けてくれたよね」


「何のことですか?」


「大怪我をして坑道で倒れていた俺の手当をしてくれて、水筒を置いていってくれた」


「あの時の銀の龍がハクヤだったんですか!?」


 十年前、私は銀山の近くで友達とかくれんぼをしていた。


 隠れる所を見つけるために坑道に入ったけど、道が枝分かれしているから迷ってしまって。


 途方に暮れながら歩いていると、私よりも小さい銀の龍を見つけた。しかも、大きな傷を負って倒れている。


 その銀の龍に近づいた時に転んで、手にかすり傷ができた。


 でも、銀の龍の傷の方が大きかったから、水筒の水で血を洗い流し、ハンカチで拭いて手当をした。


 喉が乾いていそうだったから、水筒を置いて銀の龍と別れた。


 そのあと、なぜなのか道に迷わず坑道から出ることができた。


 神様が助けてくれたと思ったからしっかりと覚えている。



「謎の病は、俺の手当をしてくれた時に影響を受けたんだと思う。

 花冠ほどの力はないけど、銀龍も銀を生み出すことができるから。

 俺のせいで今まで苦しませてしまってごめん」


 ハクヤは悲しそうな顔をして深く頭を下げた。


 きっと、いつ話すか悩んでいたんだろう。


 この病を憎んでいたけど、原因を知って心に引っ掛かっていたものがスッと消える。


 安堵すると共に涙が浮かんできた。


「病気ではなく、神様からもらった力だったんですね。

 使い方によって未来を変えることができる。

 悪いものだと勘違いしていた私の方こそごめんなさい」



「謝らなくていいよ。

 ユキミが俺を助けてくれたから、俺もユキミを助けたいと思った。

 そのために街に行って、人として暮らすことに決めたんだ」


「じゃあ、ハクヤは私のために……」


「最初は罪悪感があったけど、一緒に過ごすうちにユキミを愛しいと思うようになったんだ。

 つまり……、好きってこと。

 だから、ずっと傍で見守ってきたんだよ」


 ハクヤはそう言って、天使のような微笑みを私に向けた。


 どんなものよりも優しくて温かい。


 自分勝手な婚約者と追い掛けてくる人たちに疲れ果てていた心が癒えていく。


 誰に否定されようともハクヤなら味方でいてくれる。


 それを信じて、私は前に進もうと思う。



「ありがとうございます。

 私は銀の花冠の力を借りて、ヘリング領を変えたいです。

 皆の暮らしを豊かにするために……。

 銀色の花冠はハクヤのものですから、見ていてくださいね」


「もちろんだよ。傍で見ているから。

 これから幸せになろう」


「はい。婚約を破棄したら、私もハクヤに想いを告げますね」


 口角を上げて微笑むと、ハクヤが銀色の花冠を差し出してくる。


 それを受け取った時、小石が転がる音が聞こえた。



「銀の花冠と他人の婚約者を奪って幸せになる?

 頭の中がお花畑だな。この盗っ人が!」


「ニック!?」


 先に気づいたのはハクヤだった。


 同じ方を向くと、眉間にシワを寄せて強く噛み締めているニックが空洞の出入り口に立っていた。



「おまえらに気づかれないようについてきたんだ。    

 話は全部聞いている。ハクヤが龍だってこともな。

 人じゃないなら、どうしたっていいよな」


 怒鳴り声が響き、怖くて力が入らない。


 腰から護身用のナイフを取り出したニックは刃を私たちに向ける。


「ユキミ、逃げよう。絶対に俺の手を離さないで」


 私とハクヤは手を繋いで、全力で走って街に逃げた。


 振り向くと、数メートル先にニックの姿が見える。



「銀の花冠を盗んだのはハクヤだ!

 今すぐ捕らえろ!」


 ニックは街の人たちに聞こえるように大声を出す。


 近くにいた二人の大人の男性にハクヤが捕まり、繋いでいた手が離れる。


 ずっと傍にいてくれたハクヤを助けたい。


 今は怖いというより守りたい気持ちのほうが強かった。


「皆、聞け!

 ハクヤは銀山に住む伝説の銀龍らしい。

 今から人間に歯向かった罰を受けてもらう」


 そう言って、ニックは再びハクヤに刃を向けた。


 ナイフを振り下ろされる前に私は動く。


 大切な人を失いたくないから……――


「ニック……!

 今まで黙っていましたけど、もう許しません!」


 勢いよくニックの右腕を掴んだ。手に持っているナイフが落ちるように強く、強く……。



「なんだこれは……!?

 腕が……固まっていく……!?」



 ニックの指先から肩まで銀に変わっていく。


 しかし、美しいというよりも岩のようにごつごつとしていて不格好だった。



「ざまぁみろ! 銀を独り占めしていた罰だ!」


「銀が持てなくなるくらいやっちまえ!」


 近くで見ていた街の住民たちが私たちのところに集まってきて応援してくる。


 彼らは私を追い掛けていた人たちだ。


 ヘリング家を憎んでいたんだろう。あちこちからニックを責める言葉が聞こえてくる。


 ハクヤを捕らえていた男性たちも住民側の味方になった。


 住民たちはニックの周りをぐるりと囲み始める。



「土地を奪われず、ここまでやってこれたのはヘリング家のおかげだろ!

 皆、それを忘れたのか!?」


 ニックは今まで見たことがないくらいに焦っている。


 私はその隙にハクヤの側に行った。



「ハクヤ! 大丈夫ですか!?」


「なんともないよ。

 助けてくれてありがとう」


「無事でよかったです。

 ニックの腕が銀に変わってしまったのは、どういうことなんでしょうか?

 私の病は、誰かに触れられると銀が出てくるだけだったのに……」


「それはユキミが銀色の花冠を持っていたからだと思う。

 力が強化されて、ユキミの想いが具現化するようになったのかもしれないね」


 私はニックを止めて、ハクヤを助けたいと思った。


 恐らく、その想いがニックの腕を銀にしてしまったんだろう。



「神様の力に救われましたね」


「他人の腕を銀に変えておいて何が神の力だ!

 ユキミ、今すぐ元に戻せ!

 じゃないと、領地から追い出すぞ!」


 住民たちから冷たい視線が向けられている。私ではなくニックの方に……。


 目を閉じて、深呼吸をしてから大事なことを告げることにした。



「聞いてください、ニック」


「なんだ? この腕を治す方法を早く言え!」


 眉間にシワを寄せて怒鳴るニックを見た私は首を横に振った。


 どうやって治すか分からないのもある。


 でも、今話したいことはそれじゃないから。



「ニック、今までありがとうございました。

 婚約は破棄ということでお願いします。

 ……私は好きな人と幸せになりますので」


「ユキミ……」


「この裏切り者め。

 今すぐ捕まえて牢屋に入れてやるっ!」


「それなら今すぐやってみてください」


「くそっ、腕が重くて動けないっ……!

 こんなことをするおまえとの婚約は白紙だ!

 一生苦労するがいい!」


 指の先から肩の下まで銀に変わったニックが地面に倒れ込む。


 銀の花冠の力は恐ろしい。


 使い方を間違えてはいけないと強く思った。


 今のニックに反撃する力は残っていない。放っておいても大丈夫だろう。



 私はハクヤのことを見て微笑む。


「これで私は自由になりました。

 ずっと心の中で好きだと思っていた人に好きだって言えますね」


「俺もこれから遠慮なく好きな人に自分の気持ちを伝えていこうと思うよ」


 ハクヤは目を細めてから広角を上げてそう言った。


 優しい表情で私の顔を見つめながら両手を握ってくる。


 大きな手で、私よりハクヤの体温のほうが高い。


 こんなにも温かい存在が傍にいたなんて……。謎の病のことばかり考えていて気づかなかった。今になって大きな幸せを感じる。


 手を握り返すと、ハクヤの全身が光り始める。



「えっ……!? ハクヤ……!?」



 その光は太陽よりも眩しくて、目を開けていられなかった。



 どうしてしまったの……? ハクヤ……。



 光が落ち着いたあと、目を開けてハクヤを探す。


 すると、すぐ傍にキラキラと煌く銀色の大きな鱗があることに気づいた。


 顔を上げると、街の見張り台よりも大きな銀龍が見える。



「銀龍様が現れたぞ!

 銀山には守り神の銀龍がいると聞いていたが、その昔の言い伝えは本当だった。皆、頭を下げろ」


 街の高齢の男性がそう言うと、住民たちは地面に座り、銀龍に向かって深く頭を下げた。



 銀龍は私を碧色の瞳で見てから、住民たちの方を向いて大きな口を開ける。


「銀色の花冠は、我の先祖が代々守ってきたものだった。

 それを奪い、我らの住処である銀山を荒したことを罪を許さぬ」


 威厳のある声が街中に響き渡る。


「お許しください! 銀龍様!」


 住民たちは手を合わせて怯えながら声を上げた。



「銀山を崩したことによって我は怪我をした。

 動けぬ我を助けてくれたのはひとりの少女だった。……その人はお主たちが散々虐めてきたユキミだ」


「ハクヤ……」


「我はユキミに銀の花冠を授ける。

 彼女ならヘリング領を繁栄に導いてくれるだろう」


「あのユキミが……?」


「銀を作り出す謎の病を持っているというのに……?」


「ニックを懲らしめてくれたからユキミは英雄だ!」


 周囲から不満と肯定の言葉が聞こえてくる。



「ユキミに害を及ぼす人間を我は許さぬ。

 もし、そのようなことがあれば我がヘリング領を誰も住めぬ土地へと変えてやろう」


 いつもハクヤは穏やかで優しい。だから、その言葉を聞いて少し驚いた。


 銀の花冠を奪われた憎しみは、私が想像していたものよりずっと深かった。



 銀龍になったハクヤにそっと触れてから、真剣な表情をして住民たちの方を向く。



「信じられないと思いますけど、私の謎の病は銀龍からいただいた力です。

 この力と銀の花冠を使って皆の暮らしを豊かにしたい……。銀山の再生と共に……。

 皆さん、私に協力してくれませんか」


 手が小さく震えるほど怖いけど、自分の想いを住民たちに伝える。


 変わえるためには勇気が必要だから。



 私を心配しているのか銀龍が顔を近づけてくる。


 龍の姿になっても変わらない。ハクヤは私を守ろうとしてくれる。



「それが銀龍様のお願いだというなら」


「これからはユキミではなくユキミ様って呼ばないとな!」


 多数の人が賛成してくれたけど、不満な顔をしている人もいた。


 銀龍からもらった謎の病しか特徴がない私を、すぐにリーダーとして認められないだろう。


 何かを変えるためには長い時間が掛かる。


 きっと、困難も待ち構えているだろう。


 でも私の傍には、銀龍……ハクヤがいる。


 お互いに支え合っていける存在が……――



 話を終えて住民たちが去っていったあと、ハクヤが銀龍から人間の姿に戻る。


「驚かせてごめんね」


「いいえ。銀龍の姿になれるようになったですね」



「ユキミの両手に触れたら、温かい力が体の中に流れ込んできたんだ。

 銀龍の姿になる力を取り戻せた気がするよ」


「私の力がハクヤの役に立ってよかったです。

 その温かい力ってなんでしょう?」


「ユキミが俺を大切に思ってくれる力といった感じかな」


 ハクヤは顔を赤くして答えている。その時に気づいた。

 伝えようと思っていたことを……――


「あの……、ハクヤ……」


「どうした、ユキミ?」



「私も……ハクヤのことが好きです。……愛しています」




 一年後の夏。禿げ山だといわれていた銀山に緑が増えた。


 土を運ぶのは大変だけど、少しずつ山が大きくなってきている。


 私は銀龍と共にヘリング領を豊かにすると誓ってからすぐに動き出した。


 最初は協力してくれる人たちが少なかったけど、日に日に増えていって、今は街の半分の人が手伝ってくれている。


 ニックの行方は分からない。


 噂で聞いた話だと、ヘリング家は貧しくなり、他の領地に引っ越したとか……。

 街の住民たちは喜んでいたみたいだけど。


 ヘリング領は前よりも豊かな場所へと変わってきている。




「今日はすごくいい天気。

 銀龍のご先祖様たちは、この青い空を飛んでいたりするんでしょうか」


 今日は仕事が休みだから、銀山の近くにある祭壇に来ていた。


 石の階段に座って、大きくなってきたお腹を擦る。 



「おまたせ。やっぱり銀色の花冠の力はすごいね。

 洞窟内で銀が増えていっている」


 銀色の花冠を両手に持ったハクヤがやってきた。


 すぐ隣に腰を下ろして、優しい微笑みを向けてくる。私もハクヤと同じように笑った。



「いつか銀色の花冠を祭壇に飾っておける日がくるといいですよね。

 私はヘリング領をそれくらい平和な街にしたいです」


「祭壇に戻さなくてもいいんだよ。

 これはユキミにあげたものだから」


「そうだとしてもハクヤと一緒に守っていきます」



 ハクヤは私の頭の上にキラキラと輝く銀色の花冠をそっと置いた。



「俺は愛しいお姫様であるユキミのことをずっと傍で見守っていくよ」



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