不可逆
おかしい。絶対におかしい。わたしは、Qシステムにかかっていない。なのに、なぜあの死刑囚になった夢を見たんだ? ただ、ベッドに入って眠っただけなのに、なぜこんな夢をみるんだ?
今日は、研究所で仕事をしていても、なんだか調子が悪かった。「Qシステム」は自分の趣味のようなものであって、わたしの生業は公安の仕事だ。Qシステムにはもう関わらないと決めたとはいえ、こんなことではいけない。明日も仕事だ。今夜はもう寝よう。今晩こそは、おかしな夢を見ませんように…。何だか神様にお祈りしてるみたいだ。この齢になるまで合理主義者として生きて来たのに。今のわたしはよほど調子がくるっているらしい。
どういうことなんだ? おれはあの女に言われて、あの機械にかかった。あの機械にかかったと同時に、あの女になった夢を見た。だけど、夢とはおもえないほどはっきりしていた。あれはほんとうに、「夢」なのか? ぼやけたところが全然なくて、現実と何も変わらない。もしかしたら、おれがあの女になった夢を見たんじゃなくて、あの女がおれになった夢を見ているんじゃないか? ということは、「おれ」は夢の中にだけいる人間で、本当は「いない」のか? だけど確かにいまおれは「いる」としか思えないんだが。おれが物心ついてから、どんな罪を犯して、どんな経緯で公安のモルモットになったのか、すべてを思い出すことができる。だけど、あの女になっているとき、はっきりとものが見えるし、耳が聞こえるし、味もするし、触った感じもする。だけど今も同じくらいに見えるし聞こえる。ならばどっちが夢でどっちが現実なんだ? おれはバカだからよくわからない。別にわからなくてもいいことなのかもしれない。今日の日課を終えればそれでいい。考えることはやめよう。
またあの男になった夢を見た。どういうことなんだ? わたしはQシステムから離れると決心してから、それに一切近づいていない。しかし、毎回あの男になった夢ばかり見るのはなぜなんだ? しかもあの男の半生を思い出してしまったし、あの死刑囚の一日の日課を、現実そのままのリアルさで体験させられてしまった。もしかしたら、わたしがあの男になった夢を見ているんじゃなくて、あの男がわたしになった夢を見てるんじゃないか? 馬鹿な。わたしはいま、フェルマーの最終定理をそらんじることもできるし、アインシュタインの法則の説明をすることもできる。あんな男にそんなことができるはずがない。
あの死刑囚は「一か月経ったら解放される」と公安から教えられているものの、実は一か月経つごとに記憶を操作されて、改めて「これから一か月経ったら解放される」と思わされている。司法取引をした死刑囚は一か月ごとにこれを延々繰り返している。といったことを「わたし」は知っている。もしこんなことを死刑囚が知っていたら、とうてい公安の命令など彼らがきくはずがない。この秘密を知っていること自体が、わたしがRであって死刑囚などではないという証拠ではないか。いま、死刑囚のわたしがRになっている夢を見ているなどということはありえない。
わたしは疲れているんだ。今日は休暇を取ろう。前から行きたかった美術館に行こう。時間があったら映画も見よう。




