ヒアリング
元職員
男性
46歳
匿名
体格は小さい。容貌は平凡。顔に特徴のあるパーツが無い。やせ型ではあるが血色は良く、栄養状態も健康状態もいいと思われる。
無地のTシャツの上にファスナーのついたパーカーを羽織り、下はブルージーンズといった質素な服装ではあるが、きちんと洗濯されたものを着ている。
元職員の話。
そうですか。「R報告書」の内容ですね。構いませんよ。別に秘密にしておきたい内容ではないですから。
ただ、「見る」「見た」という言い方は正確ではないですね。「読んだ」でもおかしいです。いちばん近い言い方は「感じた」でしょうか。
「報告書を感じた」っていうのは変でしょうね。もう少しくわしく言いましょう。
報告書と呼ばれていますが、紙媒体の書類ではありません。光ディスクに映像と音声が入っているんです。それを視聴するわけですけれど、登場人物が見ているものが見えて、聞いているものが聞こえるだけじゃなくて、登場人物の気持ちが直接伝わってくるんです。小説の心理描写みたいに言葉で表現されているわけじゃありません。彼らの「こころ」がダイレクトに脳にぶちこまれるんです。
そう言われても実感できないかと思いますが、わたしが体験したことを、わたしの「言葉」でお知らせしましょう。
まず、パソコンで報告書を「再生」しました。すると見たこともない機械の中だと思います。何やらボタンとか抓みとか液晶モニターとか、そんなものが写りました。その後、こんな声、いやこんな気持ちが言葉になって聞こえて来たんです。
20××年(ヒアリング文書には正確な西暦年が記されている)
11月7日AM11:00。
性的少数者救済マシン「Qシステム」の初稼働実験を行う。
今まで「性的少数者」といえば、ほとんどLGBTのこととされてきた。
しかし「性的少数者」を言葉どおりに捉えれば、同性愛者とトランスジェンダーのことのみを指すのではないことは自明である。
にもかかわらず、LGBTのみを「性的少数者」としたのは、フェミニズムと衝突しないからという事情がある。例えば、異性愛者のサディズムは、女性に対して加害の恐れがある。そこでそういった性癖を持つ者は「性的少数者」としては認められてこなかった。つまりそういった性癖を持つ者はそれを公言することもできず、パートナーを得ることも難しく、パートナーを得られなかった者は性犯罪者になるおそれがあった。
性癖を持つ者にとっても持たない者にとっても不幸なことだ。
しかしそれも過去のことになろうとしている。
この「Qシステム」は個人の潜在意識が求めている欲望を捜し出し、その欲望を解消している場面を被験者の脳に具現化する。
それも夢や妄想のようなぼやけたところが、一切ない。現実の中にいるのと全く同じ臨場感で外界を五感すべてで感じることができる。
リアルの世界ではどのような欲望であれ、完全な形でそれを満足させることはできない。しかしこの「Qシステム」にかかれば、その個人の完璧な好みの対象に対して、したいこと、されたいことを完全な形で現すことができるのだ。
これが普及すれば、現実世界で欲望を果たそうとする者などいなくなる。リアルな世界にあるものは、何であれ、どこか不完全なものだからだ。すべての人が「Qシステム」によって、その欲望を完全に脳内完結するようになる。性犯罪が減少する。根絶することさえできるかもしれない。
その第一の試験体に自分がなる。今まで何度も予備実験を繰り返してきた。理論的には必ず成功するはずだ。
陽光。しめった土のにおい。風の暖かさ。一面の菜の花。黄色、緑。黄色、緑。黄色、緑。まぶしい。頬に当たる空気が心地よい。子どもの声。幼い声。真っ白い肌。真っ白いお腹。真っ白い尻。これから大きくなるだろう尻。新鮮そのもののわかめのような翳り。真っ白い脚。脚よりも白いソックス。細い足首を締め付けている小さなソックス。対照的なチョコレート色の革靴。ソックスと靴だけを身に着けた、丸みを帯びた小さな体。首にかかる紐の重み。左手にかかるカメラ本体の重み。右手にかかるシャッターの手応え。オートフォーカスの唸り。ファインダーの枠。枠の中の肢体。長い脚が折りたたまれる。おれを見る笑顔。おれをバカにする笑顔。あかんべえ。真っ赤な舌。濡れた赤い舌。しゅるるるる…。金色の筋。人差し指の手応え。連続のシャッター音…。
…これがわたしの潜在意識なのか? 正直に言って大変なショックだ。「Qシステム」で感得した世界は、現実と何も変わらなかった。その意味では成功だったと言える。しかし女の身でもあり、今までいい歳になるまで生きてきて、自分に「性欲」なんてものがあるなんて思いもしなかった。潜在的な欲望があらわになったとしても、スイーツ食べ放題の夢でも見るのではないかと思っていた。しかし実際に見たものは、小児性愛者の男になって、裸の幼い女の子に軽蔑されながら写真を撮るという場面だった。あれが本当に自分の求めていたものなのか? いくらなんでもすぐには首肯しがたい。それを解決するためにも、実験を繰り返す必要があるだろう。また、気持ちの悪いものを見せられるかもしれないが、仕方がない。
おれは右手をポケットに入れてジャックナイフを握りしめた。
「お姉さま!」
おれが大声で呼ぶと、「お姉さま」はこちらに振り返った。
「だから! そんな呼び方やめてよ気持ちわる…」
ポケットから取り出す。身長差があるため、必然的にずいぶん下に振り下ろすことになる。
最後まで言えなかったお姉さまは、自分に何が起きたのかわかっていないようだ。
きめ細かい真っ白な肌に、大きな目の下から高くはない鼻の上を通って、真っ赤な直線が斜めに浮き出した。
うつくしい…。
直線から緞帳のように真っ赤な液体が一気に降りてくる。生臭い、鉄のにおいがする。
「ひっ…」
泣き出すかと思ったが、ショックのあまりそれさえもできないようだ。
それでも、逃げようとはしたらしい。回れ右をして走り出そうとした。おれはお姉さまが体を反転させる前に、そのなめらかなお腹にナイフを突き立てた。靴とソックス以外衣服を身に着けていない体には、鋭いナイフをバターに入れるかのようにやすやすと入っていく。腹部に刃物を沈めるとそのまま横に移動させていく。その肌に出来た巨大な傷から、よく濡れたピンク色の、新鮮そうな、生き生きとした小腸が、躍動するかのように飛び出した。
お姉さまはその場にしゃがみ込んだ。おれは無理やり仰向けに寝させると、馬乗りになった。顔に何度も何度もナイフを突き立てる。あの整っていたお顔が、グチャグチャの肉片になっていく。いつのまにか鉄のにおいにアンモニアのにおいがまじり、さらに糞便のにおいまで嗅ぎながら、おれは射精していた。
不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。このエピソード以後はこういう場面は出てきません。あとは、たいして怖くもないホラー小説をお楽しみください。




