ハロウィンマーチ
近頃の日本のハロウィンなんてのは、若者が仮装してドンチャン騒ぐものと相場が決まっている。家族もいない四十にもなったオッサンには関係のないイベントだ。
今まで家族がいなかった訳じゃない。結婚もしたし離婚もした。恋愛もそれなりに数を熟してきたつもりだ。しかし生来のコミュニケーション下手のせいで、それも長続きしなかった。俺の言動は、どうにも恋人や奥さんだけでなく、周囲の人間も傷付けるらしい。
そのせいでか、周囲ではハロウィンにかこつけて若者たちが騒いでいる中、俺は恋人に別れ話を切り出されていた。
向こうも三十を超えていたので、結婚を焦っている節はこちらも何となく察していたが、前に離婚していた事もあり、こちらは結婚には慎重だった。そのせいか、気持ちのすれ違いが発生し、それは日に日に修復出来ない程の溝となっていき、遂には別れる事となったのだ。それがハロウィン当日と言うのは、周囲の馬鹿騒ぎと相俟って、俺の心を孤独にさせた。
「チッ、俺って奴は」
別れ話も終わり、路上が若者で賑わう中、思わず舌打ちしながら、独り白髪が混じってきた髪を掻き上げる。
「あの! すみません!」
するといきなり声を掛けられた。びっくりして声の方を振り向くと、大学生くらいだろうか? 魔女と黒猫の仮装をした女性二人が立っていた。
「あの、写真良いですか?」
ああ、折角ハロウィンで仮装をしているのだから、写真の一枚も残しておきたいのだろう。
「構わねえよ」
少し突き放すようなニュアンスが声に含まれている事に気付き、そんな自分が今日だけは少し嫌になりながら、俺が二人からスマホを受け取ろうとした時の事だ。
『きゃあああ!!』
いきなり悲鳴を上げられ、ビクッとなり周囲を警戒する。こんな声を出されたら、俺がハロウィンにかこつけて大学生をナンパしたイタいオッサンだと勘違いされかねない。
案の定、周囲へ視線を這わせると、他の若者たちが、何やらこちらを見ながらコソコソと仲間内で話をしている。どうする? 取り敢えず、何もしていないとアピールする為に、両手を挙げておくか? などと考えているうちに、女性二人組から声を掛けられた。
「すみません。斑鳩さんそっくりだったもので」
「お、おう」
イカルガさん? 誰かと間違えたのか? それであんな悲鳴を上げるか? 俺は取り敢えず自分の服装を見直す。普段と変わらない黒いスーツ姿だ。背広は広げ、ネクタイはせず、ワイシャツのボタンを二つ開けている。どこにでもいるオッサン姿だ。まあ、どこにでもいるのだから、誰かと間違えるのもあるか。
「写真だったな。ほら、寄越せよ」
『きゃあああ!!』
五月蝿えな。何で声掛けただけで悲鳴を上げられなくちゃならんのだ。そのイカルガさんってのは、そんなに怖がられているのか。だとしたら同情するぜ。まあ、俺も同じようなもんだが。
「あ、写真。お願いします」
我に返ったらしい女性二人組は、俺を挟み、くっつくように立つ。は? ちょっと待て。これだと俺も写真に写る事になるんだが? などと俺が困惑している間に、二人組はスマホで写真をパシャリ。
『ありがとうございました!』
「お、おう」
いや、何が「お、おう」だよ。何で女性二人組と写真を撮る事になったんだ?
「あの!」
そんな疑問が頭を埋め尽くす中、またも声を掛けられ、振り返るとそこには、男女関係なく行列が出来ていた。何の行列だよ。いや、分かっている。多分これは俺と写真を撮る為の行列なのだろう。いや、違うか。
「ああ、俺はそのイカルガさん? ってのじゃあねえんだが?」
髪を掻き上げながらそう応えると、
『おおおお!!』
と並んでいる若者たちから歓声が上がる。何で?
「いや、オッサン、コスプレのレベル高いッスね!」
並んでいる男性の一人、何か全身黄色いピチピチスーツを着ている者がそんな事を口にした。今時ブルース・リーかよ? しかし、コスプレ? 何の話だ? いや、落ち着け。ここまでの流れを整理すれば分かる事だ。どうやら俺は、この若者たちから、そのイカルガさんとやらのコスプレをしていると思われているらしい。
「いやいや、オジサンはそのイカルガさんのコスプレしている訳じゃなく、これが私服だから」
「え? そうなんですか!?」
俺のすぐ前で、俺と写真を撮ろうとしていたらしい、もこもこの羊みたいな格好をした女性が驚いている。他の面々もそうだ。
「ああ、そう言う訳だから、俺と写真撮るとか、やめてくれるか?」
髪を掻き上げながらそう言うと、また歓声が上がった。何なんだ?
「いやいや、それもう斑鳩さんそのものだから!」
先程の黄色いスーツを着た男性が声を上げると、他の行列を作っている面々が一斉に頷く。どうやらこの髪を掻き上げる俺の癖が、イカルガと言う人物を彷彿させるらしい。知らねえよ。
「悪いが、オジサンもう家に帰るから。じゃあな」
素っ気なく行列を作っている面々を突き放しながら、俺は一人寂しく家路に着く。
「…………」
…………いやいや。何でこいつら俺の後を付いてくるんだよ。カルガモの親子の引っ越しじゃあねえんだぞ。いや、そんな生易しいものじゃねえな。行列を見掛けた若者たちが、後から後から列に加わり付いてくる。何だこれ?
「だからよう、俺は家に帰るだけだって言ってんだろ?」
『おおおおおお!!』
振り返って少し語気を強めて若者たちに散るように促すも、若者たちからは歓声が上がるだけだ。どうやら俺はそのイカルガさんと声も似ているらしい。そう言えば、最初の二人組も、俺が話し掛けただけで悲鳴みたいな声を上げていたな。
どうすりゃ良いんだ、これ? このままじゃハーメルンの笛吹き男の如く行列作って、駅まで行く事になるのだが、それだと駅員さんの迷惑になってしまう。
「一枚だけで良いんです! 写真! お願い出来ませんか!?」
最前列の羊っこが、懇願するように両手を合わせて頼み込んでくる。君、まだ付いてきていたのね。
「………はあ。仕方ねえな。一枚だけだぞ」
『よっしゃあ!!』
何かそこかしこから歓声が上がっているのだが、そんなにこんなどこにでもいるオッサンと写真が撮りたかったのか?
「宜しくお願いします!」
早速とばかりに、羊っこが友達らしきものたちと俺を囲むと、次の順番の者たちが、彼女たちからスマホを受け取り、写真を撮る。
「ありがとうございました!」
そう言ってうきうきで帰っていく羊っこたち。そしてそんな写真撮影がその夜延々と続き、俺が家に着いたのは、時計の針が零時を越えてからだった。疲れた。人生で一番写真を撮った夜だった。
◯◯◯◯.✕✕.△△
「ああ、それは『SIN・ゴク道』ってアニメに出てくる若頭の斑鳩九頭夜ですね」
翌日、流行に敏感だろう女性社員たちに尋ねると、その中の一人、アニメが大好きだと公言していた者が、ちょっと興奮気味に教えてくれた。アニメのキャラクターだったのか。アニメのキャラクターだった、のか? 俺はアニメのキャラクターに間違われたのか? 何だか複雑な気分だ。
「『SIN・ゴク道』は元々漫画自体が人気があって、満を持してアニメ化された今期の覇権ですからねえ。その人気キャラ、斑鳩九頭夜が現れたら、そりゃあ誰だってざわめき立ちますよ」
「そんなに俺はそのイカルガクズヤとやらと似ているのか?」
「滅茶苦茶似ています!」
この子だけでなく他にも頷いている子がいる事から、どうやら相当似ているらしい。髪を掻き上げる仕草とか声も似ているので、一定の女性社員の中では、噂になっていたとか。そうか。似ているのか。…………イカルガクズヤねえ。イカルガはともかく、クズヤとは何とも残念な名前だ。いや、俺にはお似合いか?
その日、仕事終わりに家に帰るなり、俺は『SIN・ゴク道』とやらをサブスクで観てみる事とした。まず、絵が綺麗な事に驚きながら、流し見しているうちに、俺はまだ四話までしかサブスクに追加されていない『SIN・ゴク道』の続きが気になり過ぎて、俺はその夜、夜通し原作の漫画をタブレットで読み漁るのだった。
九頭夜、切ねえよ。似ていると指摘されたからか、年齢が近かったからか、九頭夜に感情移入してしまい、朝には九頭夜を目にするだけで、その名を耳にするだけで、数々のシーンがフラッシュバックして、泣きそうになる身体にされてしまった。恐るべし、覇権!




