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『真実の愛』を貫いて王位継承権を剝奪された元王子の十年後の選択

作者: ふくまる

* 本編『男爵令嬢に夢中な第一王子が婚約解消を申し出たので、王位継承権ごと第二王子に譲ってもらいました』のスピンオフ作品です。本編を読まなくても楽しめますが、併せて読むとより深く味わえます。

▼まだ読んでない方は、是非こちらもどうぞ▼

https://ncode.syosetu.com/n5932ld/


★登場人物紹介★

タカト:元王子。十年前の婚約破棄騒動の責任をとって臣籍降下する

ミサキ:タカトの妻。元男爵令嬢。

リキヤ:王太子。タカトの弟

サーヤ:王太子妃。タカトの元婚約者


俺は夜毎、夢を見る。


「王家の信用を失墜させた責任を負うことになったとしても、『真実の愛』を貫くことを選ぶ」


「ならば、致し方ない。タカト、そなたの王位継承権を剝奪する」


ハッと目が覚め、慌てて飛び起きる。

これは、いつもの夢。いや、十年前に起こった本当にあった出来事。


ふう、と息を吐き、サイドテーブルの水差しから直接水を口に含み、喉を潤す。


まだ外は夜明け前で薄暗い。隣でスヤスヤと眠るミサキを起こさないよう、そっとベッドを降りると、俺は手早く身支度を整えた。


食堂で簡単に朝食を済ませ、出勤の支度を整えて玄関に向かうと、ちょうど起き出してきたミサキが見送りに出ていた。


「おはよう、タカト。今日もお仕事頑張ってね」


「おはよう、ミサキ。今日も夕食までには戻る予定だ。留守を頼むな」


いつものように見送られ、愛馬に跨り王都にある騎士団の詰所に向かう。

この十年、繰り返されてきた穏やかな日常。

愛する妻と慎ましやかだが暖かい暮らし。


俺は、今、幸せだと思う。

俺の選択は、間違っていなかった。


---


東門から王都に入り、目抜通りから少し外れにある王立警備隊の詰所へと入る。

入口で侍従に馬の手綱を渡すと執務室へと脚を運ぶ。


「おはようございます、部隊長。先ほど王宮より招集の連絡がありました。至急、向かってください」


「王宮? えらく急な招集だな。わかった、行ってくる」


訝しく思いながらも、慌てて王宮に向かうと、王の執務室へと案内された。

その重厚な扉を前にすると、十年前のあの日のことが蘇る。


毎夜夢に見るあの日、あの瞬間。

否応なく、俺の意識は十年前へと引き戻された。



◇◇◇



「どうして? どうして? タカト様は王族じゃなくなっちゃうの? 私のせい? 私が、タカト様を好きになっちゃったからいけないの? あの人の言うとおり、愛妾なら良かったの?」


泣き叫び、取り乱すミサキを宥めながら、自分自身もまだ飲み込めていない現状を理解しようと、俺は必死に言われた内容を咀嚼していた。


「王家の信用を失墜させた責任」「公益ではなく私欲を優先させた」


俺たちの『真実の愛』の代償。


「サーヤは、多忙な妃教育の傍ら、孤児院の支援活動を続け、貧しい子供たちのために学校を建設する計画を進め、隣国との外交文書を翻訳し、毎日毎日、将来の国母としての務めを果たしてきた。あなたが、その女と遊び呆けている間も、ずっとだ。その努力を、兄上は知っているのか!?」


リキヤの糾弾する声。


俺は、サーヤの努力を、その責務の重さを知らなかった。いや、知ろうとしなかった。

頭ではわかっていた。幼い頃から未来の国母たらんと努力をするサーヤを敬愛もしていた。

共にこの国を支えていくのだと、理解はしていた。そう、理解わかってはいたんだ。


「ねえ、タカト様。今から謝ったら許してもらえないのかな? 私、こんなつもりじゃなかったんだもの。一生懸命謝れば、分かってもらえるよね?」


潤んだ瞳から涙をポロポロ零し、窺うように見上げるミサキ。頼りなげで、儚げな彼女の小さな体を、きつく抱きしめる。


「今更無理だ。もう、王命は下された」


そこからは、まさに針の筵のような毎日だった。

幼い頃から将来の側近にと付けられていた友人達は、その任を解かれ、俺から離れていった。

今まで便宜を図ってもらおうと媚び諂ってきた奴らは、皆、遠巻きに俺たちを眺めるばかり。


ミサキの方はもっと酷かった。


俺を誑かし、王位継承権を剝奪された全ての元凶であると陰口を叩かれ、親しくしていたはずの友人もいなくなり、教室の片隅で身を縮めるようにして一日を過ごした。


日に日に食は細くなり、どんどんと痩せていった。


「ねえ、タカト。みんなが、私のことを『悪女』だって言うの。あなたを誑かしたって」


「違うよ、ミサキ。お前は『悪女』なんかじゃない、心優しい素敵な女性だ」


「でも、誰も私の言うことに耳を傾けてくれないの。みんなが私のせいだって」


「そんなやつらの言うこと、耳を貸さなくていい。ミサキのことは俺が守るから!」


卒業後、俺は伯爵位を賜り、郊外にある小さな屋敷に移り住んだ。

ミサキを人々の悪意から守らなくては。俺が、一生守ると誓ったのだから。


王立警備隊に配属も決まり、第二部隊の隊長として着任した。

臣籍降下した元王子など、平民出身がほとんどを占める隊員達もやりづらかっただろう。

だが、知った顔が多くいる近衛騎士団ではなかったのがせめてもの救いか。


王立警備隊は良くも悪くも実力主義だ。趣味の筋トレと剣術に磨きをかけ、いくつもの事件を共に解決していくうちに、いつしか部下達に認められるようになり、部隊長にも昇進した。


社交界からは距離を置き、仕事が終わればまっすぐにミサキの元へと帰る。


誕生日には王都で人気のケーキを買って帰り、休みの日には二人で小さな庭を散歩したり、一緒にお茶を楽しんだりといった日々を過ごした。


そうしているうちに、ミサキにもやっと笑顔が戻るようになり、「いつか赤ちゃんができたら、三人でお散歩したいわね」などと、穏やかに語るようになっていた。



◇◇◇



我に返って執務室の扉をノックする。中に入ると、そこには父である王、そして王太子夫妻であるリキヤとサーヤがいた。


仕事上時々顔を合わせる機会のある父とリキヤはともかく、サーヤに会うのはあの日以来だ。

互いに少し緊張した様子で挨拶を交わし、勧められるままにソファに座った。


「こうして皆で顔を合わせるのは久しぶりだな、タカト。元気にしていたか?」


「ご無沙汰しております。万事変わりなく過ごしております。ところで、本日はどのようなご用件で」


「……素っ気ないな。まあ、良い。実は、来年の春、リキヤに王位を譲ることにした」


「……左様でございますか。お祝い申し上げます」


「そこで、だ。タカト、そなたに騎士団長に就任してもらいたい」


「は?」


「騎士団長に就任してほしい、と言った」


「なぜ? とお聞きしても?」


「適任だからだ。それに、リキヤに王位を譲った後、王太子には長男のハヤトが就く。最早そなたを表舞台に出したとて、王位継承に問題は起きまい。頃合いだろう」


「しかし、私は十年前、王家の威信に泥を塗った責を負い、臣籍降下された身。相応しくありません」


「相応しいかどうかは我らが決めること。そなたが固辞する理由にはならぬ」


「兄上、これは現騎士団長でもあるマクニール卿の推薦でもあるんです」


「……マクニール団長が?」


「マクニール卿は騎士として、指揮官としての兄上を買っておいでです。元より、あなたは文武に優れた優秀な方だ。その能力を遊ばせておくのはもったいない」


「しかし!」


言い募ろうとする俺を右手を挙げて制し、落ち着いた凛とした声でサーヤが発言した。


「タカト様。貴方様は子供の頃から『民のため国のために尽くしたい』とおっしゃっていたではありませんか。そのために、ご自分を鍛え、まあ、今ではそれがご趣味のようになっているようではありますが、強くなられた。違いますか?」


「違いはしない。だが……」


「タカト様の騎士道精神は、ミサキ嬢ただ一人に対してしか発揮できないとでもおっしゃいますの?」


「そういう訳ではない。だが、ミサキはまだ不安定だ。そのような大任を請け負っては、ミサキを一番に考えて動けなくなる」


「ならば、一度お二人で相談されてはいかがですか? あれから、もう十年も経ちました。彼女も色々な経験をし、悩み、苦しんできたことでしょう。そんな彼女が、今度はどういう選択をするのか、私は見てみたいと思いますわ」


そうサーヤに押し切られ、後日返答すると約束させられた俺は執務室を後にした。

詰所に戻り、執務室で書類の山に向かうも、先ほどのやりとりで頭の中はいっぱいだった。


集中できずにミスを繰り返す俺を見かねて、補佐官に練兵場へと送り出された。


訓練する兵に混じり、汗を流す。すると、悩んでても仕方がないというような諦めの気持ちが湧いて出て、とりあえず家に帰ってミサキに相談することにした。


---



ミサキはいつも通りの笑顔で出迎えてくれた。


夕食の席で、彼女の他愛もない話に相槌を打ち、食後のお茶を楽しむべくサロンへと移動したところで、俺は意を決して今日の話を打ち明けることにした。


「ミサキ、実は今日、王から騎士団長就任の打診があった」


「え?」


「来春、リキヤが王位を継承する。それに合わせた人事異動の一環だそうだ」


「あ、そうなんだ。ついにリキヤ様が王位を継承されるのね。それで、タカトはどうしたいの?」


「俺は……正直、迷ってる。騎士団長になれば今までのように毎日夕食までに家に帰ってくることも難しくなるし、遠征や急な呼び出しにも対応しなければならない。……その、ミサキを一人にさせることも増えるだろう」


「……そう、なのね」


「ミサキはどう思う? 俺にどうして欲しい?」


「私? 私は……タカトが側にいないのは寂しい」


「やっぱりそうだよな」


「……でも、少し考えさせてもらってもいいかな?」


「そうだな、突然のことだったし、正直俺も考えがまだまとまってるとは言い難い」


この日の話はここまでにして、翌日はいつも通り出勤した。


詰所の執務室で昨日できなかった書類仕事を片付けていると、扉をノックする音が響いた。


「よお! 元気にやってるか?」


「団長! ご連絡いただければこちらからお伺いしましたのに、どうされました?」


人好きのする笑みを湛えてひょっこりと顔を出したマクニール団長にソファを勧め、補佐官にお茶の用意を頼んで、自分もその向かいに座る。


「タカト、騎士団長就任の話、渋ってるんだって?」


「……その話でしたか。渋っているというか、困惑してるんです。俺なんかでいいのか、俺に務まるのかって。それに、ミサキも寂しがってるし」


「そうか。なあ、タカト、お前、自分が結構人望があるの、知ってるか?」


「え? 急に何の話ですか?」


「お前、昨年の近衛と警備隊の合同練習の際、自分の部隊を率いて近衛をコテンパンにしたろ。でもって、その後文句たらたら述べ出した若い奴らを全員引き連れて、筋トレした後飲みに行ったな」


「ああ、そんなこともありましたね。でも、そんなのいつもやってることですよ」


「そういうところだ。近衛でも、警備隊でも、特に若手を中心にお前を推す声が高まっている」


初めて耳にする話に、俺が目を白黒とさせていると、畳み掛けるように団長は言った。


「お前は元々上に立つ器を持ってんだよ。リキヤ殿下とサーヤ妃のためにも、そろそろ、それを活用しろ。いい加減、小さくまとまるのをやめて、お二人に恩返しをしてもいいんじゃないか」


衝撃だった。


器云々の話はともかくとして、二人に恩返しが必要という意見には頷くしかなかった。

サーヤには十年前本当に辛い思いをさせた。弟にも、重責を押し付けた負目がある。


俺は確かに「ミサキを一番に考える」と誓った。だが、それは「ミサキ以外のことを考えなくていい」ということではないはずだ。


俺はグラグラする頭を抱え、再びミサキの元へと帰った。


俺は十年前、何を見落としていたのか。今度は、何を選ぶのが正しいのか。考えれば考えるほど、迷いは深まり、筋トレの時間だけが増えていった。


---


家に帰ると、少し疲れた顔のミサキが出迎えてくれた。


今日は朝から体調がすぐれず、どうやら寝込んでいたらしい。


無理はしないでいい、とそのまま寝室に送り届けた。本当は、二人で話し合いたかったけれど、ミサキに無理はさせられない。父上達をお待たせすることにはなるが、もう少し時間をもらえるように頼んでみよう。


そこから、一週間。ミサキの体調は回復が見られない。とうとう医者を呼ぶことにし、俺も仕事を休んでミサキの側に付き添った。


「ご懐妊です」


医師の言葉に俺は言葉を失った。


結婚して八年、弟夫婦にはもう三人も子どもがいたが、ミサキは一時期食が細くなっていたことも影響し、妊娠は難しいと言われていた。


驚きに目を丸くするミサキと視線が合う。途端に喜びの涙が頬を伝った。


「赤ちゃん、私たちの赤ちゃん。やっと、来てくれたのね!」


俺たちは抱き合って喜んだ。嬉しくて、嬉しくて、ただただミサキを労ってやりたかった。


---


その夜、少し気分が良くなったと起き出してきたミサキと二人で、サロンでお茶をしながら久しぶりに明るい気持ちで向かい合った。


生まれてくるのは男の子か、それとも女の子か。名前は何にしよう。どっちに似るか。どんな子に育って欲しいか。とめどない話は続いた。


ミサキの嬉しそうな、幸せそうな満ち足りた顔を見て、これからも俺はこの笑顔を守っていきたいと改めて思った。


(騎士団長の話は辞退しよう。俺は、ずっとミサキと子供の側にいよう)


そう心に決め、ミサキに告げようとした瞬間、今までにない力強い視線を感じて顔を上げた。

真っ直ぐ俺を見つめるミサキと、視線がぶつかる。


「タカト、騎士団長お引き受けしましょう」


「え?」


意表を突かれ、俺はしばし呆然とした。

今まさに、真逆の結論を出したばかりだったのに。


混乱する気持ちを落ち着かせつつ、なるべく穏やかに聞こえるよう、ゆっくりと話しかけた。


「どうした? ミサキ。この前は寂しいって言ってくれてたじゃないか」


少し非難めいた口調になってしまった。

だが、許してほしい。今の俺にはこれしか言えなかった。


「うん。タカトがいつも側にいないなんて、考えただけで寂しいよ。それは変わらない」


「それなら、なぜ?」


「でも、これからは赤ちゃんがいてくれる。だから、寂しいけど、寂しくないもの」


「……ミサキ、赤ちゃんがいれば、俺は用無しなのか?」


「拗ねないで。そんなわけないでしょ」


眉尻を下げる俺に向かって、明るい声でミサキは続けた。


「あのね、私、思い出したの。十年前、最初に会った日のこと。タカト、『将来は国のため、民のために力を尽くすのが俺の役目だ。そのために強くありたい』って、昼休みに裏庭で筋トレしてた」


「ああ、あの頃は筋肉は裏切らないってマクニール団長の話を真に受けて、筋トレに嵌ってたんだよな」


「私、なんて愚直で可愛い人なんだろうって思った」


「なんだ? 告白か?」


「ふふ、そう、告白。私ね、『国のため、民のため』って頑張るあなたを素敵だって思ってたの。……それなのに、あなたからその機会を奪ってしまった。私はこの十年ずっと考えてた。私の愛は間違いだったのかって。あなたを愛してしまったことで、あなたを不幸にしてしまったんじゃないかって」


「そんなことない!」


つい大きな声を出してしまった。


ミサキがそういった心無い言葉に傷つき、思い悩んでいたのは知っていたのに。そんな言葉と視線から守りたくて、この十年、ミサキをこの小さな家で守ってきたのに。守りきれていなかったのかと、後悔が滲んだ。


「でもね、タカト」


ミサキが真っ直ぐに俺を見つめる。


「私、幸せだったよ。タカトが側にいてくれて、守ろうとしてくれて。何より、王位や家族より私を選んでくれて、嬉しかった」


「ミサキ! 俺だって、幸せだった。そして、これからだって幸せにする!」


「ありがとう。でもね、タカト。だからこそ、私、今度は間違えたくないの」


「間違え?」


「私とタカト、二人だけが幸せならそれでいいって選択はもう選ばない」


「ミサキ……」


「私も、タカト自身も、これから生まれてくる子供も、その子供が幸せに生きる未来も。全部全部守れるだけの力がタカトにはあるよ。だから、その力を使って、今度は国も、民も、全部まとめて幸せにして」


「ミサキ……」


「十年前のあの頃、私は自分のことしか考えてなかった。こんなにタカトが好きで、タカトも私を好きになってくれて、なのにそれを邪魔する周りの方が悪いんだって。初めての恋に浮かれて、あなたの立場も、背負っているものの重さにも気づけなかった。あなたに守ってもらえることに甘えて、居心地の良いこの場所にあなたを縛り付けてしまっていた。それに、やっと気付けたの」


十年もかかっちゃったけどね、と屈託なく笑う彼女の笑顔が眩しくて、俺は思わずミサキを抱きしめた。


可愛いだけじゃない、俺の『最愛』は実は『かっこいい』女だったのだと、誇らしさと愛しさが込み上げてきた。


「どうしよう、俺のミサキがカッコいい」


「ふふふ。実は私、カッコ可愛い女なの。気付いてくれた?」


「ああ。ものすごくカッコ可愛い! どうしよう、ますます惚れてしまったじゃないか」


「じゃあ、お仕事が忙しくなっても、できるだけ早く帰ってきてね。これからもずっと側にいて」


「ああ、もちろんだとも!」


我ながら単純だと思う。

けれど、ミサキの言葉に、ミサキの笑顔に、俺は『応えたい』と強く思った。


---


数ヶ月後。

俺は騎士団長として、リキヤの王位継承式の護衛を務めていた。


喜びに沸く民達を前に、堂々と手を振って応えるリキヤとサーヤを見て、俺も誇らしい気持ちで満たされていた。

これからは二人を支え、この国の未来を守る。

その使命感が胸に溢れ、うっかり涙ぐみそうになった。




式典が無事終わり、屋敷に戻ると、ミサキが庭で散歩をしていた。

春の陽気の中、花が咲き誇る小さな庭で、彼女はまるで春の女神のように微笑んでいた。


「お帰りなさい、タカト」


「ただいま、ミサキ」


俺は彼女に歩み寄った。


「素晴らしい式典だったよ。民達も喜んでいた」


「それは良かったわ。お二人の治世なら、きっと素晴らしいものになりそうね」


ミサキは自分のお腹を優しく撫でた。


「さあ、お茶にしましょう。今日は特別に、マリアが美味しいケーキを焼いてくれたの」


ミサキの笑顔は、十年前のあの輝きを取り戻していた。

いや、それ以上に強く、深く輝いていた。


母となるミサキは、ただ守られるだけの少女ではなく、家族を支える女性へと変わろうとしていた。

まだ大勢の人がいる場所に出るのは難しく、二人の門出に駆けつけることはできなかったが、最近ではサーヤを含め色々な人と少しずつ手紙で交流を始めたらしい。元々、思いやりがあり、聞き上手な彼女のことだ。皆の前でその笑顔を見せてくれる日も近いだろう。


「ミサキ、愛している」


「私も愛してるわ、タカト」


十年前、俺は「真実の愛」以外のすべてを失ったと思っていた。

だが今、俺の手の中には、失ったもの以上の宝がある。


ミサキの笑顔を見つめながら、俺は思う。

俺は十年かけて、やっと『正解』に辿り着けたんだ、と。




あれからもう、夢は見ていない。

夜毎苛まれてきた十年前のあの日の夢は、不思議と見ることはなくなっていた。



【完】


お読みいただきありがとうございました!


本編『男爵令嬢に夢中な第一王子が婚約解消を申し出たので、王位継承権ごと第二王子に譲ってもらいました』のスピンオフとして、タカト視点から十年後を描いてみました。


本編では「ざまあ」される側だった二人が、十年の時を経て成長し、相手や周囲のことも考えられるようになって、幸せを掴むために一歩踏み出す——そんな未来を描いた物語です。

作者的には、「タカト流されすぎじゃない?」とか、「ミサキは悪女というより小悪魔だなあ」などと思いながら楽しく書かせていただきました。


本編同様『立場に見合った器』というテーマで「誰もが自分に合った場所で幸せになれる」というお話に仕上げたつもりですが、こうして描いてみると、やはりタカトは『王様』より、家族思いで愛妻家、部下にも慕われる騎士団長の方が似合っているんじゃないかなと思います。

適材適所というやつですね!


皆さんにも楽しんでいただけたら幸いです♪( ´▽`)

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― 新着の感想 ―
人は良くも悪くも変わるものですわね。 2人がきちんと己に向き合いつつ、愛と信頼は確固たるものにしている姿は眩しくも尊いものですわねえ。
こんにちは。本編と合わせて読ませていただきました。所謂「ざまあ」された側のお話は悲劇として描かれる事がほとんどですが、こちらはほのぼのとしたお話で元王太子とミサキの成長が描かれていて、素敵なお話だった…
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