誰にする? 【桜木視点】
最近桜木が傲慢になってきた様な気がします……。
Fカード。
これには三つの使い道がある。
一つは食料および下着等の衛生物の購入するための役割。
二つ目は中央広場に行くための通行手形の役割。
三つ目はゲームの勝者に与えられる“プログラム”を受け取るための役割。
特に重要なのは最後で、Fカードがなければゲームに勝ったとしても、ここから出ることはままならない。
道具屋。11日目。1時30分。
チャッチャッチャラー。
「いらっしゃいませ……おや、桜木様と岸本様ではありませんか」
足を踏み入れた直後、やけに安っぽい音楽が店内に流れ、顔にマーカーを走らせたスピカが嬉しそうに顔を出した。
モスグリーンの落ち着いた内装に、西洋風の高価そうなシャンデリア。前方の壁には道化師の格好をしたスピカが、青白く光るディスプレイごしに映っていた。
高貴な雰囲気漂う道具屋。俺と岸本はその中央で突っ立っていた。
「……今更ここに何か用でもあるの?」
制服の裾を引っ張りながら、岸本が訝しげに言った。
今頃道具屋に言って何になるのか?
確かにその通りだった。俺は無言で岸本の腕を掴み、岸本を安心させる意味で「大丈夫だから」とそっと岸本の手を握った。
しぶしぶ制服の裾から手を離す。しかし、不安からか俺の手は握られたままだ。
手のひらの柔らかい感触。その事実を脳内で冷却させる。
店内には俺と岸本以外誰もいない。強いて言うなら人工知能のスピカがいるだけだった。
「すでにゲームは始まってますよ。ここにいる暇などないのでは?」
「ああ、始まってるな」
さもどうでもいい事のように振舞う俺。窓から蝶が入り込んだくらいの無関心さだ。
「ゲーム会場に向かわれた方が良いのではないでしょうか?」
スピカがこの状況における最善策を提案する。
ただ――――それは嘘だ。
それこそ狡猾な罠。この状況における真の最善策ではない。
「違うね。だてに酔興でここに来たわけじゃない。“変則神経衰弱”に勝つためにここに来た」
スピカは目を細めた。磊落な表情が一瞬にして、絶対零度の如く凍り付く。
「あるんだろ? このゲームに勝つためのピースが」
やがて、老獪な笑みを浮かべたスピカは静かに頷いた。
「ええ、ありますよ。さすがは快刀乱麻の桜木様。本日は何をお買い上げに?」
「契約書を何枚か――――とりあえず五枚ほど買おうかな」
「かしこまりました。では、カード口にFカードを挿入してください」
スピカに促されカード口に自前のFカードを入れる。すると、五千円分の料金が差し引かれたFカードが手元に返ってきた。
「ご注文の通り、これが契約書です。大切に扱ってくださいね」
同じくカード口から五枚の契約書が出てきた。それらを掴み回収する。
「では、私はこれで」
同時に画面から消えるスピカ。
「……契約書で何をするの?」
隣にいる岸本はか細い声で訊いた。手を握られたままでだ。
俺は努めて冷静に言った。
「今から説明するから、ちょっと待って」
Cブロック。11日目。1時39分。
「まず、なんで契約書を買ったのかについて説明する」
俺と岸本は再びCブロックへと帰還した。理由は勿論、話が漏洩するのを防ぐため。
俺達は隣り合って空いているリクライニングシートに座った。
閑散とするCブロック。皆例外なくリクライニングシートで、覚めない夢を見続けている。かといって、悪夢から目を覚ます王子様のキスなんてものはない。全ては闇の中。
「この契約書の真価は何も、物質流通の仲介だけというわけじゃない。この契約書にはFカード同様、特殊な使い道がある」
「……特殊な使い道ねぇ」
岸本がセリフを往復する。
「ああ、極端な話、これさえあればゲームの支配権すら握ることができる」
薄っぺらい契約書をひらひらさせて、岸本に微笑む。
「……なら、早く聞かせてほしいかな。その攻略法ってやつ」
「分かった。これを見てくれ」
俺はリクライニングシートのひじ掛けに腕を乗せ、契約書の上部をさした。
そこには三つの枠があって、誰が誰と契約するかを特定するためにあるものだ。例えばNO.1番とNО.2番の人が何らかの契約をするときに、各空欄にNО.1とNО.2という数字が表示されるというわけだ。これによって、誰が契約に参加しているのかを瞬時に分かる。
「知っていると思いけど、一枚の契約書で最高三人まで契約することが出来るんだ」
「それくらい分かってる……続けて」
「OK。それでその使い道っていうのは、ゲームにおける勝者を三人に増やすことだ」
岸本は不可解そうに首を傾げた。
「簡単な話さ。この契約書を使って、勝利を共有する事を契約する。つまり、俺と岸本とあと1人の誰かが契約し、そのうちの誰かがゲームに勝てば俺と岸本両方ともここから脱出することができる」
「……そんなことできるの?」
すかさず断言。
「できるさ。契約書三人の情報の共有、親決めの意見統率、勝利の共有、それらを他者に漏洩させないことをことと裏切らないことを前提条件にすれば、なんでもできる! そのためにこれがあるんだからな」
そう、そのための契約書なのである。
一見誰とも共闘関係になることは不可能に近い状況に思えても、実は契約書さえ使えば、一切の裏切りや情報漏洩の危機に晒されることはない。契約書にあらゆる裏切り行為を禁止させた上で、協力すれば良いだけである。また、何らかの裏切り行為を働いた場合、待っているのはFカード剥奪という罰である。勿論Fカードがなければ“プログラム”を受け取ることができないので、元も子もなくなる。よって、裏切りは絶対に行われない。
これによって強固な協力関係が生まれ、ゲームをより有利に進めることができる。なんたって、裏切りが起こりえない。よって、情報提示も親決めでも確実に誤認なく行うことができるのだから。
まさに、ルール無視の禁じ手。勝率が圧倒的に上昇する恐るべき策である。
「もう一度言う」
コンマ数秒の間を置いて俺は言い放った。
それは勝利宣言と遜色ない声明で、岸本と運命共同体になることを意味していた。
「このゲーム間違いなく勝てる。俺と岸本両方とも勝てる!」
「――――ただ、問題なのは三人目の契約者を誰にするかだよね」
不敵な表情をした岸本が言った。
「ああ、それが問題だ」
うーんと唸る。
続けて岸本もうーんと唸る。
すっかり自分を取り戻した岸本。長い静寂。かすかな呼吸音。どことなく弛緩した空気。
「さて、誰にしようか?」
岸本が俺に問うた。
反則ですね。なんかつまらない風になりました。
勿論、それ以外にも攻略法があります。桜木には後々、恐ろしいトラップを仕掛けようと思います。