自分を見失う 【桜木視点】
更新遅くなりました。
すいません。
Cブロック。11日目。1時15分。
俺と岸本はゲーム会場からCブロックへと場所を移った。これからの話が他に漏洩することを懸念したからだ。ここなら、みんな眠っているので盗聴されることはない。
薄暗い部屋。死んだ様に寝るクラスメイト。
俺がリクライニングシートに座ったその直後、岸本は声を張り上げた。
「それって本当?」
俺は仰々しく首肯した。首を動かしたついでに肩の骨も鳴らす。最近監禁生活が続いていたから運動不足だ。明らかに体が鈍っている。とはいえこんな閉鎖的な空間で運動をしたいとは思わないが。
岸本は体を前のめりにして、顔を近ずけた。まるで、餌を求める雛のようだった。
せっかくの綺麗な黒髪が乱れ、焦燥感が露になる。
俺は岸本を落ち着かせる気持ちで言った。
「本当だから冷静になれ」
「冷静になれるわけないでしょう!」
怒声。
温厚で思慮深い岸本にしては、激しい口調。岸本とは十年近く幼馴染をしているだけに新鮮だった。
「このゲームに勝てばここから脱出できる。それが分からない貴方じゃないでしょう!」
「……だから冷静になれって……」
俺は抑えつけるように岸本の前で両手をかざすが、あまり意味はなかった。
「貴方こそどうしてそんなに冷静になれるの?!」
ヒステリックに叫びながら、岸本はカッと俺を睨みつけた。それが早く言えと催促しているようだった。
俺は普段とは全く違う様子の岸本に、戸惑いを隠せなかった。
自分を見失ってまでここから出たいのだろう。
ここから脱出するために、なりふりかまっていられない。それこそ、他人を蹴り落としそうな勢いだ。
しかし、それはある意味当然の帰結だった。考えてみればあまり前のことだった。
人間の醜い部分が露呈したような気がした。
自分だけ助かればそれでいい。
端的な言葉だが、俺達の感情を定義するならばこれほど適切な言葉はないだろう。
生存本能からくる自然淘汰。馬鹿な奴は賢い奴に潰されていく。
それがこの世界の唯一の法則だとしたら、あまりにも過酷だ。
いっこうに静かにならない岸本。冷静になれと口だけで言っても収まる気配はない。
だから、話の切り口を変えてみることにした。
「岸本が落ち着いたら話してやるよ」
絹糸と包み込むような声を心掛ける。岸本に足りないのは冷静さだ。それを一旦取り戻そう。同時に、岸本にはカルシウムが足りていないのだろうとも思った。
うって変わってなりを潜める岸本。一瞬ご都合主義者という言葉が頭をかすめたが、気にしないことにした。
すっかり大人しくなった岸本を尻目に、俺は語りかけるように話した。
このゲームの必勝法を。
「いきなり聞くけど、岸本はこのゲームをどう捉えてる?」
岸本は怪訝そうな目付きをした。やがて、不可解そうに首をかしげながらも言った。
「どうって、ただの個人戦でしょ。なんだって、このゲームは他者との協力が困難な非ゼロサムゲームなんだから」
俺はゆっくりとした動きで首を振った。
「……違うんだよ、岸本。そもそも前提条件から間違ってる」
「違うって何が。どう考えても別プレイヤーとの協力は難しいでしょ」
確かに岸本の言う通りだった。
主人なる存在が開催したこのゲーム。ルールが複雑な上に、プレイヤー同士を繋げるものがないという点が、このゲームの難易度を大幅に上げている。
別にこのゲームはチキンレース式のゲームではない。
テーブルにあるトランプの絵柄と配置、そしてジョーカーを引き当てる可能性を最小限に収めるために他者と協力する流れになるのは必然だ。何ら不自然ではない。
しかし、ここで厄介なネックが登場する。
アケルナルが言っていたように、このゲームの勝利者はあくまで一人。別のプレイヤーとうまく共闘したところで裏切られるのが関の山だ。仮にそのプレイヤーを出し抜きポイントを獲得しようにも、両者の間に決定的な軋轢が生まれるのは明白。次回からの共闘は難しくなる。
また、不用意に連合を作った場合、自分の持っている情報が流出する危険性もある。それでは、敵に塩を送るのと同意義。
だからといって、他のプレイヤーと協力しないというのも自殺行為に等しい。
どう考えてもこのゲーム、絶対に他のプレイヤーの情報が必要になってくる。それに、協力すればうまい塩梅で親決めで親を取ることができる。この際に他のプレイヤーと比べ一歩リードすることができるのだ。
ただ、この親決めにも恐るべき罠が張られているのだ。
例えば、仲間の間で親決めの票を統率しようにも、そのピリオドでポイントを得ることのできるのはたったの一人。
つまり、利益は一人にしか生まれない。
親決めにおいてもまた、到底攻略不可能な状況が出来上がっているのだ。
そんな中で、俺と岸本が両方とも勝てる必勝法を提示したのだから、岸本が面食らうのも無理はない。
俺にはこれらの問題を一蹴するほどの奇策が生まれつつあった。
このゲームの根本を揺るがしかねないアウトローな攻略法が。
「それが協力できなくもないんだよ。岸本だって分かってるだろ。このゲームに置いて協力することは勝利への絶対条件だ」
「……それはもっともだけど、かといって双方にリスクや不都合がない協力方法なんてあるのかな?」
口を窄めて咎めるように呟く岸本。
俺はこの時を待っていたといわんばかりに(実際待っていた)高らかに言い放った。
「それがあるんだよ。それも一切のデメリットを度外視できる上に、勝つ確率はほぼ百パーセントに跳ね上がる、あまりにもルール違反な協力法―――いや、必勝法がな」
俺はにやりと笑った。そして、
「安心しろ。これを使えば絶対に勝てる。このゲームの勝者になることができる」
と言った。
「……そんな虫のいいことなんてできるの?」
すかさず言った。
「できるさ。どうしても信じられないっていうならついてこいよ」
俺はリクライニングシートから起き上がり、踵を返した。慌てて岸本が追う。
「……って、どこに行くの?」
「道具屋さ」
俺はそれだけ言うと、トイレのファンを外しにかかった。