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脅威 【小田切視点】  

 桜木と岸本がゲーム会場を去った後、暫時して一人の少女がゲーム会場へと足を運んだ。

 小田切雫(おだきりしずく)である。



 ゲーム会場。11日目。2時30分。


「……小田切さん。小田切さん。って聞いてるのかなぁ……小田切さん! ちょっと話があるんだけど!」

 椅子に座りながらもんもんと唸っていると、耳元でつんざくようなボリュームで、誰かが私に話しかけてきた。

 私の体を覆い隠す様な影が飛来。空中にうすぼんやりした光と影の境界線ができる。

 何となく聞き覚えのある声。誰だろうかと確認するために顔を上げる。

 声の主は永瀬杏(ながせあんず)だった。

 彼女はさっきまでここにはいなかった。にも拘らずなぜか私のすぐ傍に来て立っていた。両手を後ろに組み、体を前屈みにした状態。何だろうなと思いながらも私がその姿を認めると、少し困ったような表情が喜色に満ちた笑みへと変化した。まるで、ひまわりの花が咲き誇った相様を呈していた。

「……良かったぁ~っ」

 彼女は薄くない胸に手を添え、安堵した。その言動を不思議に思った私はそれについて彼女に詰問した。

 彼女はハムスターの様に頬を膨らませ「さっきから何回も呼び掛けたんだけど、一向に気付いてくれないから、思わず大きい声を出しちゃったんですよ~」と間延びした声で訴えかけた。

 なるほど、そういうことか。

 私は彼女の真意を理解し、先ほどの行為に潜む裏付けとその妥当性について考察した。十分に妥当。それが私の出した結論だった。と同時に彼女に悪い事をしたという背徳感が芽生えた。

「そうだったのか。それは悪い事をした」私は謝罪の意を込めて言った。いくら作為的な悪意が私になかったとはいえ、ちゃんと謝るべきだと思ったからだ。

 分かってくれれば良いですよ。

 しかし、彼女は私の謝罪を快く受け入れてくれた。「ありがとう」今度は謝罪を受け入れたことへの感謝を込めて言った。

「こちらこそ」

 私は小さく頷いた後、彼女がふったが一時中断した話の内容を掘り下げた。

「それで、話があるらしいな」

「うん。ちょっとね……」

「言いずらいことなのか?」

 嫌なら言う必要はない。

 そう言った示唆を含む言葉。

 ううん、違うよ。

 彼女は切りそろえた茶髪を左右に揺らし、かぶりを振った。その時の表情が何とも不安げで、彼女が何を言いたいのかなんとなく分かった。

「怖いのか、ゲームに負けるのが」

「まぁね」彼女は底の見える薄ら笑いを浮かべた。まるで苦虫を潰した後に出るような、皮肉に満ちた微笑。

「そうか……」

「小田切さんは怖くないの? 勝てなかったら一生檻の中だよ?」

 彼女の言うことは至極もっともなことだった。「そうかもしれないな」私は笑い飛ばすように言った。できればこれで彼女の不安を払拭したい。そういう思いからの喚起だった。

「……無責任」

「悪い、おふざけが過ぎた」睨みつけてくる彼女に謝った。

 相変わらず小田切さんは義理堅いな~。

 そんな小言を漏らし、一度は失った希望を取り戻すかの様に彼女は言った。

「例えばの話だけど、カードって毎回テーブルの下から出てくるよね。それを利用するってのはどうかな?」

 それは私も考えたことだった。しかし物の数秒でその作戦が瓦解したことを覚えている。なにせこの策には決定的な穴があるからだ。

「前もって言うが、横から覗き見るのはかなり難しいと思う」

「………だよね……」

 彼女は肩を落とした。再び起きあがった。気を取り直した風だった。

「なら、こっそりみんなの携帯を覗くとかはどう?」

「そんなこと十中八九想定範囲内だと思うし、みんながそう簡単に見せてくれるか疑問だな」

 だよねぇ~。

 彼女ははぁーとため息を吐いた。青息吐息の状態だった。

 私が返答に困っている間、その状態が続いた。

 私は何らかの慰めの言葉を掛けたほうがいいと判断した。そして、考え抜いた末、大丈夫どうにかなるという言葉に決定した。その言葉を言おうとしたその直後、がばっと悪夢から覚めたくらいの勢いで顔を上げた。

「……親決め。親決めで親を取ればいいんだ!」

「……確かに自分の分かっているアルファベットを言えば、勝率は跳ね上がる」

「だよねぇ! 私と小田切さんで親を取れば、ポイントが取りやすくなる!」

 彼女は麻薬常用者のようなハイテンションで言い放った。すると、何事かと驚いた風に杉下和馬(すぎしたかずま)がドアの近くでこちらの方に目を向けていた。どうやら、私と同じく根を詰めるため、プレイヤーとの情報収集を目的にきた口だろう。そして、聞き捨てならぬ彼女のひと言に過敏に反応した。

「……それってどういうことだよ」

 私の近くに歩み寄った彼は開口一番にそう言った。桜木鼓太郎(さくらこたろう)の刀のように研磨された眼光とはまた違った、弓矢のごとく射抜く様な輝きを放つ瞳。その両眼が彼女を見据えていた。

「……」

 切れ者の杉下を警戒した上の行動からか、彼女は打って変わって口を閉ざしたままだった。そして何もしゃべらない。

 しばらくの間睨みあう二人。普段温厚な彼からは考えられないほど凶暴な目付きだ。

 ……やがてこのままでは拉致が明かないと考えたのか、彼の瞳は私に移行した。

 まず流れ込んできたのは深い苦しみだった。

 彼を注意深く見てみれば、唇は荒れクマができ焦点も定まっていなかった。疲弊と徒労が重なっていることがすぐに伺えた。そしてそれ程まで疲弊した理由も。

「……佐久間百合(さくまゆり)は大丈夫か?」

 豹変したみたいに彼の表情ががらりと変わった。先ほどまでの猛禽類の如く咆哮はなりを顰め、小動物を思わせる繊細そうな挙動が見て取れた。ブロックの塔を壊す様にあっさりと彼の興奮は収り、代わりに病人を労る様な優しい優しい表情を浮かんだ。

「……佐久間のことが心配か」

「……」

 だんまりをかますのは彼の方だった。

「佐久間のことを慮ることも、その反動で私達に檄を飛ばすのも無理もない。しかしそうしたところで好機が訪れる訳でもない」

「……」

「辛いかもしれない。悲しいかもしれない。けれど理性だけは見失うな。ここで理性を失ったものの末路は死だ。それを回避するために理性だけは払底するな。平常心を取り戻せば、精神的には安定するはず」

「……」

「それに私には確信していることがある」

「……なんだ?」

 


「このゲームには必ず、何らかの手立てがあるということだ」



「……本当なの……小田切さん?」

 信じられないといった口ぶりで彼女は私に質問した。

「もっとも、その手段はいまだ検討中だが……」

 しかし。

 私はそう付け加えた。


「大丈夫。どうにかなるだろう」


 私は二人に微笑んだ。

 毒気を抜かれた様子の杉下は、はははと面白いように笑って、

「そうだな。自分を追い詰めても何にもならないよな」

 と愉快そうに言った。

 しかし、打って変わって神妙な顔つきで私達を見た。まるで何かを窺うような猜疑心に満ちた目付。

 私と彼女はただならぬ彼の様子を見て、何か重大な事を言うのだろうと思った。

 彼は一瞬蛇のごとく辺りを見渡し、

「ただ桜木には気を付けておけ。これは俺の予感だが、奴がこのゲームのカギを握っていると思う」

 私は同級生であり同じプレイヤーでもある桜木鼓太郎(さくらぎこたろう)のことを思い出した。

 百七十五cmほどの身長。切りそろえた黒髪。帰宅部なのに不思議と引き締まった痩躯。背中は針金をはめ込んだようにピンとしていた。

 記憶に新しいのは、六月ごろの小テスト廃止事件のことだ。なんでも私と同じ吹奏楽部の岸本睡蓮(きしもとすいれん)と一緒に、数学の小テストを完全に取っ払ったらしい、我が学園でセンセーショナルを巻き起こした恐るべき事件だった。

 それによって前々から頭の回転の速かった桜木と、小テスト廃止に貢献した睡蓮は生徒達から一目置かれる存在となったのは言うまでもない。

 それ故に、主犯の桜木にはマークが必要だろう。

 それは彼も一緒の様だった。


「とにかく奴には注意しておいた方がいい。同じクラスだから言えることだけど、味方につけると頼もしい限りだが、一転敵に回るとこれほど厄介な奴はいないからな」

「そうだよね。なんたって、一番初めにここに来たし」

「ああ。おそらくこのゲーム、難易度の高さだけが問題じゃない。桜木の存在も十分脅威だ。奴の動向には気を配っておいた方がいい」

 そう言って彼はゲーム会場を去って行った。


 

 “桜木鼓太郎”


 不穏な影がちらつき始めた。

 

小田切がものすごく格好よく見えたのは気のせいでしょうか。

それによって、桜木の狡猾さが露呈したと思います。

桜木がライアーゲームで言うヨコヤのようなキャラになったのではと心の中でひやひやしています。


後、彼女は女性です。男性ではありません。

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