間奏 sign1
珍しいことに、三人称です。
塔の最上階。11日目。1時30分。
モニターには七人のプレイヤーが映っていた。人工的な青白い画面。その光が、未知なるゲームのディーラーでもあり傍観者である道化師の瞳に反射する。
この男の正体は、仲間の間でアケルナルと呼ばれている道化師だ。
アケルナルは時折にやにやとした笑みを浮かべて、指の骨を鳴らした。顔にサイケデリックなお面をつけダークブルーのスーツを着こなす姿は、まさに滑稽そのものでサーカスのピエロがそのまま抜け出したような錯覚を覚える――――いや、事実この男は限定された領域でのみ道化師を演じていた。故に、このような解釈、比喩は決して間違いであるとは言い難い。よって、この男の不可解さは現実性を欠いており、一世一代の悪夢を発現したと言っても過言ではない。
不意に男の目が細くなった。画面には“道具屋”の前で‘スピカ”と何かを交渉している男が見えたのは同時だった。
『クククククク。フハハハハハ…』
アケルナルは唐突に笑った。本来客に諧謔を振り撒けることをなあばりにしているピエロが、逆に狂気を滲ませ哄笑する。役割の逆転。薄暗い電灯がアケルナルを照らした。
――――いきなりだが、ここでゲームのルールを説明しよう。
今宵七人の選ばれしプレイヤーが挑戦するのは、“変則神経衰弱”なるゲーム。ちなみに名前の由来は使用する遊具がトランプを模しており、操作方法も神経衰弱と類似しているからである。
次いで、ゲーム内容に移行する。
勝利条件は極めてシンプルかつ単純。それは、プレイヤーの中で最も多くポイントを取ること。それに尽きるだろう。だが、そこに行きつくまでのプロセスが何かと面倒であり、難儀である。
――――なら、そのプロセスとは如何様なものなのか?
――――よろしい、答えよう。
まず、七人のプレイヤーは公平なくじ引きによって席順を決定する。この席順は誰から始めるのか、次は誰からなのかと言った順番を意味している。
そして、テーブルの上には縦に並んだ八枚のカードが並べられている。中味はそれぞれA~Gまでのアルファベットが表記されたカードと一枚ジョーカーである。このゲームはこの八枚のカードを枢軸に潤滑するするのだ。また、テーブルに着いたプレイヤーの携帯電話(以後携帯と略称)には各々あるアルファベットが送信される。それには、テーブル同様A~Gまでのアルファベットが一個ずつ表記されている。
次のステップ。
七人のプレイヤーは親決めを行わなければならない。
親とは、A~Gまでのアルファベットを声明する役割を持つ。その親を決めるのが親決めだ。親決めは七人のプレイヤーが親になって欲しいプレイヤーを選び、最終的に票を多く取った者が親となる。そして、親になったプレイヤーは適当なアルファベットを口外し、ゲームスタート。くじ引きによって決められ場席順ごとに、テーブルのカードを指定していき、親が声明したアルファベットを当てる。声明されたカードでなければ、次のプレイヤーに指定権利が移りゲームは続行される。見事当てた場合には、その時のピリオドは終了し当てたプレイヤーに一ポイントが加算される。毎回親決めを行い合計七回のピリオドを費やしゲーム終了。通算ポイントが高いプレイヤーが勝利する。
また、携帯においては七人のプレイヤーに七つあるアルファベットが振り分けられる。さらに、携帯に送信されたアルファベットの絵柄と配置は、テーブル上のカード配置は完全に一致している。ただ、ジョーカーの位置を知る者は初期段階では存在しえないことを報告しよう。
これらの、情報をうまく扱えるかによって勝敗が決するといっても過言ではない。このゲームにおいてかなりのウエイトを占める手札である。
しかし、このゲームに置いて自己の情報しか把握しきれていなければ――――それは敗北に直結する。そういうゲームなのだ。
だが、安心したまえ。このゲームには抜け穴がある。それを使えばいいのだけの話。
その方法とは、敵であるプレイヤーと協定を結ぶことである。それによって、齎されるものはメリットばかりである。例えば、自分のとは別のカード情報を知ることができる。これは指定されたカードを選択できる確率が増え、ジョーカーを引く確率を減らすことができる。あと紹介が遅れたが、ジョーカーを選んだプレイヤーは即ゲーム失格。舞台退場である。せいぜい気を付けたまえ。
――――このゲームの死角は、一見自分の絵柄一つしか情報がないように見えることである。しかし、抜け道を通れば、いとも簡単に他者の情報を入手することが可能である――――もっとも、そう簡単に情報を提供するとは限らないという制約があるがね。
“変則神経衰弱”について大体理解できたかな?
粗雑でおおざっぱな説明だが、現段階でできる情報公開はそこまでだ。これ以上の詮索はご了承願いたい。
異次元のような空間。壁に取り付けられ場モニター等の機械。椅子に座りモニター画面を凝視する男。それをどうでもいいように見るもう一人の男。いつのまにかこの部屋に入場していたらしい。この男も同様に奇怪な格好をしていた。極彩色のペイントが施されたお面を装着し、気味が悪いくらいにびしっとスーツを着こなしている。
この二人の相違点を上げるとすれば、アケルナルと呼ばれる男の方があとから入った男よりもやや身長が高いことくらいで、顔を走るマーカーがが微妙に違う程度である。
『よぉ、“カペラ”じゃねぇか。ここに来るなんて珍しいな』
どうやら、男の名前はカペラというらしい。
カペラの存在に気付いたアケルナルは、大層な声色でカペラを迎えた。
対するカペラは心底どうでもいいと言った目つき(仮面をしているのでよく分からないが)で見た。 それが会話に対する返答だと悟ったのか、
『たくっ、つれねぇなぁ。‘スピカ”みたいにニコニコしたらどうなんだ。いや、微笑を溢すカペラ――――逆に変だな。悪い、前言撤回だ。にやけるお前なんて気持ち悪いからな。まったく想像させんなよ』
と、理不尽なことを言い放った。
しかし、カペラはアケルナルの暴言まがいを気にした様子は微塵もなく、冷めた目付き(俄然仮面で分からないのだが)で虚空を見た。
アケルナルは口を噤んだ。カペラは相変わらず黙ったままなので必然的に静かになる。
やがて、カペラは開口した。カペラの真意は分からないが、少なくとも沈黙が気まずかったからというセンチメンタルから来る感情でないことは明白だった。
『スピカが統率する道具屋に“契約書”を買う人間がいた。それも、プレイヤーの中からだ』
一瞬アケルナルは呆けたような様子を見せた。
『……それがどうした。何かおかしいか?』
カペラはテーブルに肘をつき、アケルナルを睨んだ。目線の位置は同じなのに人を簡単に射殺す眼力によって、見下された様な錯覚を覚えた。
人を嘲笑うためだけに生を受けてきた男。
この男に定義を付けるのならば、非常に的を射た意見である。
カペラはいつも通り嘲りを込めた口調で言った。
『これだからお前は低俗なのだよ。試しにオキシドールで脳を洗浄し、ピンセットで脳の皺を伸ばしてみたらどうだ。たくさん楽しい夢が見られるぞ』
『……永遠に冷めない夢がな』
アケルナルは呆れた笑みを浮かべた。
もう慣れた。そういう心情が窺えるようであった。
しかし、カペラはそんなことを気にする素振りすら見せずに会話を続けた。
『不可解だとは思わないか? 今プレイヤーはゲーム中だ。にも拘らず全くゲームに無関係な契約書を購入した。明らかに不自然ではないか?』
すると、ふざけた様な態度から一転、アケルナルは人が変わったように神妙な目付きを作った。
その様子に満足したかのような口振りで、
『……どうやら、いくら愚鈍で無知なお前でもこの不可解な行動の目的を理解したらしいな』
と、頬を湾曲させて言った。
頭上に蛍火のような儚げな光を齎す電灯は、二人とその周辺空間を浮き彫りにしていた。
絵画の様に妖艶で、得体の知れない様な空気が二人の間で漂った。
それは、ある種の興奮だった。
まさか、こんな早い段階であのゲームの本質を理解する者が現れるとは。
これは、一人の男に対する打算無き純粋な賞賛でもあり――――驚愕でもあった。
これだからやめられないのだ。カペラがくくと呟く。
『当然だ。間違いなく奴はこのゲームの攻略法に気付いている』
アケルナルは狡猾な狐を呈した笑みを溢した。
暗がりの部屋の中に二人の男が向かい合うように座っていた。一人の男の後ろには大きいディスプレイがあり、人らしきものが映っていた。
出来の悪い映画の様な世界だった。
故に、ディスプレイの中にいる七人のプレイヤーは異質な世界から脱出するためにゲームに挑んだのだ。
元いた世界に帰還するため。
果たせなかった目的を果たすため。
愛する者と邂逅するため。
それぞれの思いを胸に、プレイヤー達は扉の再果てにあるものを手に入れるためにゲームに臨む。
二人の男の内、アケルナルと呼ばれる男は言った。
『せいぜい、ない知恵絞って扉を抜けてこいよ。いつでも俺達は待ってるぜ――――扉の奥でな。そこで会いまみえよう。人工知能ではない、人間としての俺達とな』
それに同調するように、カペラと呼ばれる男も言った。
『くくく、これは単なるお遊びゲームではないということだよ。その先にあるものにこそ意味がある。それを貴様らが手に入れた時、それがこの世界の回答を知ることにつながるのだ』