第二ピリオド 【桜木視点】
ゲーム会場。11日目。12時。
岸本と杉下が軟禁されて、約五時間が経過した。
初めは俺も反対の意を表明していたが、多数決の原理により敗北。下手に動こうものなら、俺のことまで詮索される恐れがあった。いくら仕方がないとは言い訳してもやりきれない。二人の軟禁を許したことに変わりはないのだから。
軟禁の方法は、まず岸本をAブロックの扉がある小さな小部屋に置き、それを永瀬、小田切、萩原が一時間のローテーションで一人ずつ監視。同様に杉下を俺と奥村をGブロック監視するといったスタイルを取った。
また監視をしない者は、その小部屋で仮眠を取るということになった。下手に中央広場や他のブロックに出入りされて接触を許してしまったら、それこそ本末転倒。やむ負えず岸本を監視するグループは男女混合にも拘らず、同室での仮眠を許容したのだ。さすがにあの萩原が暴挙を犯すとは思えないし、何らかの暴力行為を行えば、主人側から何らかのペナルティを与えられる可能性は高い。よってそういうことにはならないと思う。というより、そうなって欲しくないってところが本音だ。
身勝手なものだ。プレイヤーの大半を騙し、欺いた身分なのに他者の心配をするとは。しかしそうすることでしか、贖罪することができない。たたの罪滅ぼしなのだ。自分の罪悪感を軽くするための自己欺瞞。そうでしかない。
とはいえ、そうでもしなければここから脱出することは困難を極める。他者を切り捨てることが前提条件のゲームなのだ。この“変則神経衰弱”というゲームは。
テーブルには皆に軟禁された岸本と杉下を含む、プレイヤー全員が集合していた。皆思い思いの表情をしてゲームに臨もうとしている。しかしゲームは半場終結している。このままの調子では、必ず俺と岸本に軍配が上がるだろう。あまりにも簡単な方程式だ。すでに解は決まっている。
ただ、演算にはイレギュラーが付きものだ。
もしかしたら俺以外の誰かが、恐るべき罠を仕掛けてくるかもしれない。それこそ俺の契約書作戦をはるかに上回るような、権謀術数の計略が。
なにより俺には解せないことがある。それは奥村が提案した岸本と杉下を軟禁するという計画だ。一見すると、二人の連絡を絶つことのできる巧手に見える。しかし親決めに限っては、あらかじめ意見を統率しておけば何ら問題はない。それでは少なくとも親決めに関して手出しすることができない。それでは二人を軟禁することに、なんの意味もない。それくらい奥村にも承知のことだろう。
にもかかわらず、奥村はそれを提案した。
これには何か裏があるのでは? そう勘繰っても不自然ではない。
まさかとは思いながらも、なんとなく気になって奥村の方を見る。
そこには、いつぞの時とは打って変わって、冷静な面持ちの奥村の姿。まるで獲物を目前にした猛禽類のような、鬼哭啾啾の雰囲気が漂っていた。
「では、第二ピリオドを始める」
アケルナルが空中に浮遊しながら言った。ただのホログラムの集合体だと分かっていながらも、出来の悪いB級映画のように不気味だ。
「前ピリオド同様、まずは親決めからだ。せいぜい前みたいな無様な結果にならないよう祈ってるぜ」
前みたいな結果か。
俺はこっそりと岸本を盗み見た。
俺の視線に気付いたのか、岸本は周りを警戒しながらも、小さくウインクをした。
その何気ない行為に勇気のようなものが湧いてくる。自分を肯定されたような安心感が胸裏に広がった。
そして親決めが始まった。
緊張の面持ち。ピッと言う軟弱な効果音。各プレイヤーは親決めを決める機械を一往復する。
俺の番。目の前には例の機械。勿論俺が押す名前は決まっている。
契約当時に決めた盟約に従い、俺は岸本睡蓮の名前を押した。
俺が親決め投票を終了したことで、次は結果発表の流れになる。
「親は……ククク、やっぱり岸本か」
「………」
ゲーム会場は一瞬にして、静寂に包まれる。そして皆の視線は杉下に集中した。
「…徹底抗戦ってわけか…」
「やっぱり裏切るのか」
阿鼻叫喚の罵声が杉下に飛び交った。しかし当の本人の杉下はいたって涼しい顔だった。それがどうした。そんな感じだった。
「いやいや、ちょっと待て。そんなに杉下を責めないほうがいいぜ」
アケルナルはにやりと笑って、親決め投票の結果を表示した。
1番 岸本睡蓮 2票
2番 奥村守 1票
3番 永瀬杏 1票
4番 小田切雫 1票
5番 杉下和馬 1票
6番 萩原結城 1票
7番 桜木鼓太郎 0票
それは皆には予想すらできなかった結果。誰が被害者で誰が敵かが、浮き彫りになった瞬間だった。
「…なっ、なんで桜木が零票なんだ!?」
「見て! 杉下君の票! ちゃんと一票入ってる!」
「訳わかんねーよ! どうなってんだ!?」
疑心暗偽に満ちた叫び。その矛先は今俺に向けられようとした。
しかしそれを遮るように、杉下が言った。
「だから言っただろ? 警戒すべきは俺ではなく桜木だってな」
「!!」
まるで雷の様な衝撃が、皆に走った。ただ一人、奥村を除いては。
杉下は続ける。
「どうやら罠にはまったようだな。桜木と岸本の罠に。勿論俺が一枚噛んでるわけじゃない。俺もまた、みんなと同じ被害者だったにすぎない」
「………」
さっきの沈黙とは明らかに濃度が違った。静寂。それは杉下に対する敵意から俺に対するものに変わっていた。
そんな中アケルナルの能天気な声が響いた。
「それでは、親の岸本。アルファベットを声明してくれ」
「C」
僅か一単語。それだけを口にする。
このゲームは各ピリオドごとに送られてくるアルファベットとその位置が異なる。先ほどの第一ピリオドで俺に送られてきたアルファベットと位置は、上から四番めのE。そしてこの第二ピリオドに受信した情報は、上から七番目のC。勿論卓上のカードに連動している。そしてこのカード情報は一回限りの使い捨て。そのピリオドが終わればただの無意味な情報に過ぎないのだ。
それ故に有効活用すれば、恐るべき効力を発揮するだろう。もしこのまま俺の出番が回ってくれば、間違いなく一ポイントを得ることができるからだ。
これも岸本との協力があってこそ成立する。
この必勝法に死角などない。
「岸本の次は奥村か。第二ピリオドは奥村からスタートすることになる。奥村。カードを指定してくれ」
緩慢な動作。奥村はのっそりと立ち上がった。気のせいだと思うが、眼鏡が妖しく黒光りして見えるのはなぜだろう。俺は背筋に寒気を覚えた。ニヤリ。奥村は笑った。
それは勝利に酔いしれる歓喜の笑みだった。
その後奥村は、プレイヤー全員を震撼させるような事態を巻き起こす。
奥村はゆっくりと、テーブルの上のカードに手を伸ばした。それに迷いはない。否。まるで全てを悟ったような、一挙一動だった。
奥村は上から七番目のカードに手を伸ばした。
思わず息を飲む、俺と岸本。全身の毛が総毛立つ。体中が心臓になったように、脈動が大きくなる。
捲った。
それは岸本が声明したCのマークが施されたカードだった。
「!!」
「馬鹿なっ! い、一発で当てやがった……!?」
萩原が信じられないものを見たような声を上げた。動乱。この瞬間プレイヤー全員に冷汗三斗の汗が流れた。そして俺も例外ではない。
「ククク、この瞬間奥村に一ポイントが加算される。おいおい、ちょっと不味いんじゃないかぁ?」
まるで嘲笑するような、アケルナルの声。それはプレイヤーに対する警告。早く何か手を打たなければ、自分が犠牲になる。そう言ったことを暗示していた。
「お前らは俺の罠にはまったんだよ、バーカ」
奥村のまるで世界を見下すような、冷たい声がゲーム会場に響き渡った。
~to be continued~
何か急ですけど、第二章を終わらせたいと思います。
理由は、今ものすごく書きたい小説があって、ものためにやもなく、X―――未知数を一時中断するという形をとりました。しかし、第三章はその小説が終わった後、一応書くつもりです。
身勝手な作者ですみません。ただ小説を長期休載するくらいなら、一旦完結させようと思っただけです。
最後に、読者のみなさん。ありがとうございます。こんな作者の小説をご愛読していただいて、感涙これに極まりです。