第98話 向かう先にいる邪魔者
今日の午後は、魔法を使った実技の授業があるらしい。
魔力は平民でも持っている場合があるが、使わなければ増えないし、威力が強くもならない。だから、実際には魔力が無いのと大差がない。生まれつき魔力量が多過ぎて暴走しそうな子供は、教会が引き取って聖騎士になるための訓練をさせたりすることもあると聞いた。
「魔術の先生って、どんな人なんだろうね」
「真面目に教えてくれる先生なら、どんな先生でも構わないかな」
「お祖父様みたいに厳しい先生って、いるのかなぁ?」
「ふふっ。もしそんな先生がいたら、単位を落として留年する生徒だらけになるだろうね」
「あはは、確かに!」
魔法の授業は午後からのため、昼食を学食で済ませて教室へ向かう途中のこと。
クリスとウィルが並んで、楽しそうにおしゃべりをしながら歩いていた。
すると――二人の目の前に、突然誰かが立ちはだかった。
「邪魔。それに、うるさいんだけど」
制服を着ていないところを見るに、若い教師のようだ。
「あ、ごめんなさい」
クリスが軽く頭を下げて謝る。
「躾もなってないのか?年上に謝るときは“申し訳ありませんでした”だろう。さすがは堂々と裏口入学するだけあるな」
敵意むき出しの若い男に、クリスが少し怯えている――か?
ここは、俺が出るか。
「おい、それは誰のことを言っているんだ?彼も一緒に話していただろう。それに、お前が二人の前に立ちはだかっただけで、廊下の真ん中を歩いていたわけではない。声の大きさだって、昼休みにしてはむしろ控えめだったと思うが?」
「ああ、いえ。邪魔なのも、うるさいのも、このガキだけです」
「えっと……ボクのことですか?」
「お前以外に誰がいるんだ? 見た目だけで平民から養子に出されたんだろう。金のために売った親も、お前のことなんか要らなかったんだよ。ガルシア公爵家を名乗ってるからって、偉そうにできると思うな!」
「え、えっと……」
「言いたいことがあるなら、もっとハッキリ話せ!」
若い教師の手が「ヒュン!」と振り抜かれ、「バシン!」とクリスの頬を打った。
酷いやつだ。子どもを叩く強さじゃない。
それにしても、クリスはやはり避けない。避ければ倍になって返ってくることを理解しているのだろうが、こいつは父親でもないし、殴られていい立場ではない。クリスが殴られたことで窮地に立たされるのは、こいつのほうだがな。
「おい、公爵家の子息に手を上げて――――」
「はっ!問題ないさ。アルバート=ガルシアは僕の叔父上だからね。このガキが先に手を上げたとでも言えば、絶対に僕を信じてくれるはずさ」
なるほど、こいつはアルバートの甥か。あのアルバートとは似ても似つかない。冷静さも、人を見る目もないらしい。
「それはあり得ないと思うがな。俺たちもこの場にいたんだぞ?皇太子殿下までいるのにか?」
「は?皇太子殿下?嘘ばかりつくな! 平民の仲間はやはり頭が悪いから、嘘を吐くのも下手なんだな!」
「レオン、ウィル……」
大事になりそうだと、困ったように上目遣いで俺とウィルに視線を向けるクリス。
通りすがりのクラスメイトの女子たちが「キャー、かわいいー!」と騒ぎながら、訓練場へ歩いて行った。
「クリス、問題ないよ。先生、僕たちは次の授業に向かう必要がありますので、これで失礼します」
にっこりと、キレイな笑顔を見せて立ち去ろうとするウィルは――相当怒っているな。
「レオン、魔力の色は覚えたかい? あとで名前を調べてくれたら嬉しいんだけど」
「もちろんだ。任せておけ」
小声でウィルの指示に頷く。
背中を向けた俺たちに、教師が捨て台詞を吐いた。
「おい、お前! 次は魔術の授業だ。化けの皮を剥がしてやるからな!」
「「「………………」」」
もしかして、あの若い教師が魔術の担当なのか?
また面倒なことに巻き込まれそうだな。仕方ない、授業が始まる前に、爺さんへ念話で報告しておくか。
「ウィル、レオンくん、行こう。ごめんね、ボクのせいで巻き込んじゃって」
「クリスは悪くないだろう。平民でも裏口入学でもないんだから、堂々としていればいい」
「そうだよ、クリス。必ず僕が汚名を晴らしてあげる。雑音なんて気にしないで、安心していて大丈夫だからね」
クリスの瞳を覗き込み、しっかりと見つめるウィルは、彼にとって頼れる男になりつつある。
何だろう……まるでウィルも俺の子どものようだ。この数年で成長した姿を見ると、しみじみと嬉しく感じてしまうな。
「うん。ありがとう。レオンくんもウィルも居てくれて助かるよ。ボク、こういうときどうしたらいいのか、まだ分からないんだ」
苦笑いするクリスに、ウィルは「頼ってくれて嬉しいよ」と満面の笑みを浮かべ、訓練場に向かうのだった。
★★★
「あの若い教師、助手っぽいな」
「そのようだね」
「うん? あの教師がどうかしたのかい?」
ルシアンがすぐに俺たちの違和感に気がついた。さすがだが、どこまで話していいものか……。
「レオン、僕が説明するよ。レオンはクリスと“晩御飯当てクイズ”でもやってて?結果は僕にも教えてね。ふふっ」
「あぁ、分かった」
もちろん、俺はウィルの会話もクリスの会話も聞いている。どう動くか分かっていなければ、面倒だからな。
「あの若い教師が、クリスに暴言を吐いたんだ。元は平民だから躾がなってないとか、裏口入学したとか」
「……ふぅん。仮にも魔術授業の助手だとしたら、クリスの魔力制御が優れ過ぎているから分かりませんでした、とはいかない。クリスの魔力の総量すら理解していないなら……」
「でも、魔法の試験の結果を見ているんじゃないか? それを見ても“嘘だ”と? ズルをしたと言いたいのか?」
眉間に皺を寄せて「あり得ない」と言うウィルに、「そうだなぁ」と別の可能性を考えながら答えるルシアンは、少し楽しそうだった。
「もしくは、誰かに思い込まされたとか?盲信的に信じている人間に吹き込まれたのかもしれない。まだ若そうだったしね」
「だとすれば――あのクビになった教師か」
「ふふっ。私も殿下と同じ考えです。違うことを祈りますが」
「そうだな。逆に違わなければ、面倒になる。クビになった教師と関係のある人間を、全員洗う羽目になるぞ」
「先手を打っておきましょうか」
「いや、まだだ。魔術の教師が誰か確認してからが良いだろう。ルシアンとラウルには、近いうちに動いてもらうかもしれない。そうなった時は頼む」
「かしこまりました」
悪い笑みを浮かべる二人は、どこか楽しそうだ。
最近、女子たちの言う“ザマァ”という言葉を、あいつで理解してからは、俺も少し楽しくなってきてはいるが。今回もきっと、気持ちのいい“ザマァ”が見れるのだろう。
「レオンくん?ボクはやっぱり、白身魚のソテーだと思うよ!」
「ん? ああ、そうか。俺は猪肉を煮込んだシチューが食いたいな」
「あはは! レオンくん、それは“食べたい物”であって、“今日の夕食”ではないよ?」
「僕はデザートにババロアが食べたいな」
「私はお腹が空いたので、ガッツリ食べれるお肉が良いなぁー」
「もう!ウィルもラウル兄様もなの?食べたい物じゃなくて、今日の“夕食の献立”を当てるゲームだよ!」
口を尖らせて説明するクリスが可愛くて、楽しそうに笑う皆の声に、クリスも自然と笑みを浮かべていた。
その笑顔を見て、俺はようやく安心するのだった。
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