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第94話 『聖女』+『神の御遣い』×『闇のエルフ』=破天荒

「姉様の今後?アリー姉様が『聖女』になると困るの?」


 ルシアンに向かって質問したクリスだったが、それを説明してくれたのは皇帝だった。これからクリスにも関わってくる内容だと皇帝も理解しているからこそ、しっかり説明しようと思ったのだろう。


「そうだね、クリス。『聖女』は『教会』の管轄なのだよ。ほとんどの帝国民が、三歳の時に行われる洗礼式でステータスを調べるのは知っているね?その時に『聖魔法の使い手』は全員、教会で暮らすことになるんだよ」


「姉様は洗礼式では『聖魔法』を使えなかったから、『教会』は()()関与していない?」


「そうだ。そなたたちもそうだろう?双子もクリスも『聖魔法』を使えるのに、教会と関わりがない」


「…………急に四人も『聖魔法』を使えるから困ってるの?」


「そうだな、本来ならそれで困るのだが……教会が三歳の子供たちを連れて行くのは、『聖魔法を使える者が教会にしかいないから』という建前で引き取るのだよ。そなたたちは『聖魔法』を使いこなせているね?」


「はい。私たち双子は『聖魔法』を使えるクリスとレオンに教わって、自由自在に使えます。威力はあまり強くありませんが、ひと通りは使えるようになりました」


「アリシア嬢との違いは、『加護』があるか無いかだけです」


 ラウルとルシアンがしっかりと答えると、皇帝は微笑みながら頷いた。俺を含めるならば、4人も聖魔法を使えることになる。俺は魔法よりも聖魔法の方が得意だと言える。


「であれば、そなたたちが『聖魔法の使い方』を基礎から教えることも可能であろう?」


 何度か頷いたルシアンが、アリシア嬢と目を合わせ、少し考えてから手を上げた。


「皇帝陛下、よろしいですか?」


「ルシアンか。不敬でも構わん。気になることを何でも言ってごらん」


「ありがとうございます。陛下がおっしゃりたいことは理解しました。アリシア嬢に聞きたいことがいくつかあるのですが、ここで質問してもよろしいでしょうか?」


 皇帝は「好きにしなさい」と頷き、アリシア嬢に視線を移す。彼女もしっかりと頷いた。


「はい。何でもお聞きください」


「ありがとう。ではまず、アリーは教会に行きたいかい?行けば、『聖女』として崇められることは間違いないだろうね」


「嫌です。行きたくありません」


「それなら簡単ですね。皇帝陛下、教会には『聖女が教会に行くぐらいなら国を出ると言っている』とお伝え下さい」


「くくく、そうだな。そう伝えよう。それで?」


 ルシアンはコクリと頷く。お? 教会との在り方だけじゃなかったのだな。


「アリー、すぐに『聖女』であると名乗り出たい?それとも何かが起こるまでは秘密にして、普通に生活したい?」


「わたくしは普通の学園生活が送りたいです。せっかくクリスたちと一緒に過ごせる時間を、ふいにしたくはありません」


「アリシア嬢、答えてくれてありがとう。陛下、彼女は『聖女』であることを理解しています。帝国がパニックに陥ることがあれば、国のために立ち上がってくれるでしょう。それまでは、今しかできないこと……学園生活などを楽しむ権利があると思うのです」


「くくく、そうだな、ルシアンの言う通りだ。だが、すぐに「分かった」と返事はできない。それは分かるな?」


「はい、もちろんです。御一考いただけるだけでも、ありがたく存じます」


 ルシアンが皇帝にしっかりと頭を下げ、振り向いてアリシア嬢を安心させるように見つめている。


「はいっ!」


 元気に手を上げたのはクリスだ。


「クリス、どうしたんだい?」


「陛下がすぐに答えを出せないのは、『教会』と話し合いが必要だからですか?」


「ああ、そうだよ。よく分かったね」


「ボクはこの話を早く終わらせた方が良いと思います。なので、ボクが動いてもいいですか?」


「ほお。クリスは早く終わらせるべきだと……? ふむ。良いだろう、クリスの思うようにやってごらん」


「ありがとうございます!」


 クリスは考えるポーズのまま、『ラビィ!』と念話を発した。


「はーい!主様、お呼びですかー?」


 当然、現れたのは『闇のエルフ』の姿をしたラビィだ。クリスは俺や精霊たちにも聞こえるように念話を発したから驚かなかったが、他の人間は皆、目を丸くして驚いている。くくくっ。面白くなりそうだ。


「ねえ、ラビィ。教会とすぐに話し合えたりする?」


主様(あるじさま)の御希望とあらば、儂が……わたくしが()()()()()()()()()()叶えて差し上げます!」


 恭しく頭を下げ、クリスの言葉を待っているラビィは、今は教会で働いていると言っていたな。常識なども学んでいるらしい。なのに動作は男の――執事のソレなのだがな?


「じゃあね、ボクの大好きな姉様が『聖女』の可能性があるんだけど、一緒に学園で勉強したいから、教会には行かせたく無いの。どうにかできそう?」


「そうですね………。うん、少々お待ち下さいっ!」


 ポンッ!と消え、再度現れたラビィの右腕には、老人が抱えられていた。白と金の祭服を身に着けている。この色で考えられるのは教会の最高責任者である――――


「き、教皇聖下!?」


 苦笑いをしながらも、ラビィの腕を振り払ったりせずに、皇帝と我々に頭を下げた。皇帝と並ぶか、同等の権力を持ってるのが教皇聖下のはずだが……腰の低い男だな。


「皇帝陛下、そして皆様、突然失礼致します……。お騒がせして申し訳ありません。おっしゃる通り、私は教皇を務めております、リシャールと申します」


「いえいえ教皇聖下、お気になさらないで大丈夫ですよ。発端は、うちのクリスでしょうからね」


「ああ、そうでした。クリス様はどちらに?」


「はい!ボクです」


「…………………………」


 クリスを見た教皇は固まってしまったぞ。ラビィが教皇をおろし、足が地面についたタイミングだったから、へっぴり腰で固まっていたが、すぐに姿勢を整え、クリスの前でスッと跪いた。深々と頭を下げる教皇は、クリスが何なのか理解しているようだ。


「お、お初にお目にかかります、クリス様。私は教皇を務めさせて頂いておりますリシャールと申します。……お目にかかれて光栄です。ここまで神聖力が美しい御方は初めてお見掛けしました……」


「ボクはクリス=ガルシアです。今日は教会の人にお願いがあって、ラビィに頼んで来てもらいました」


「お願い、ですか?クリス様のお願いでしたら、何でも叶えて差し上げたい所ですが、私にも立場が御座いますので、まずはお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 ほぉ。〝神の御遣い〟を目前にしても、仕事……立場を優先するか。


「はい。ボクの大好きな姉様が、『聖女』なのですが――――」


「ええっ?!」


「一緒に学園で勉強をしたいので、教会に連れて行かないで欲しいんです」


「な、なるほど、なるほど。クリス様は学園に通われているのですね?それで、そちらの御令嬢と一緒に勉強なさりたい、と」


「はい、そうです」


 しっかりと頷くクリスに、皇帝が笑いを堪えきれないようだ。腹を押さえながら、教皇に説明を付け足す。


「くくく。とても端的に話すなら、そうなります。クリスはウィリアムと共に帝国学園に飛び級で合格し、今日から7年生として通っているのです」


「な、7年生ですか!?確か7年生は18歳か、それくらいの年齢では?」


「ええ、そうです。そちらの『聖女』の御令嬢が、7年生ですよ」


 皇帝に促されてアリシア嬢を一目見て、クリスに視線を戻した教皇は、手を祈りの形で組み、コクコクと頷いている。


「さ、さすがです、クリス様。本当に素晴らしい……」


「えっと、リシャール様?ボクは姉様と一緒に勉強しても良いですか?」


「あ、はい。もちろん大丈夫ですよ。『聖女様』、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 気を取り直した教皇は、落ち着いた優しい声でアリシア嬢に話しかける。


「はい。わたくしはウォーカー侯爵家のアリシアと申します」


「アリシア様とお呼びした方がよろしいでしょうか」


「はい、それでお願いします」


「かしこまりました。アリシア様、いくつか説明と質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい。問題ありません」


「侯爵家の御令嬢であらせられるのであれば、私が説明するまでもないでしょうが、『加護』をお持ちで『聖魔法』が使える女性を『聖女』と呼び、教会の中では何かが起こる兆しと捉え、起こった際にはお手伝い頂くことになります」


「はい。それがわたくしの使命であれば、(まっと)うしたいと思います」


「ありがとうございます。アリシア様の御心をお教えいただいたので、教会側からは『何か起こらない限り』は『聖女』であることも内密に進めてまいります。どうぞ安心して学園生活をお過ごしくださいね。週に何度か、聖魔法の使い方をお教えしたいと思いますが……。神に一番近いと思われるクリス様にお願いしたほうが、アリシア様も安心でしょうか。クリス様は魔法制御も素晴らしいですし、私よりも上手に教えてくださると思います」


「はい、わたくしはクリスに教えて欲しいです。恐らくこの力は、クリスのために必要になると思いますので、クリス()()と意思の疎通ができるようになるべきかと存じます」


 ほお。アリシア嬢は、自分の使命を()()()()理解しているようだな?賢いのもあるだろうが、やはり『聖女』だからだろうか。


「素晴らしいですね。それで、アリシア様が『聖女』であると分かったのは本日ですか?ご実家のウォーカー侯爵家には連絡なさったのでしょうか?」


「まだ、これからです」


「そうでしたか。それでは、皇帝陛下とウォーカー侯爵様がお話になる時、私も御一緒してもよろしいでしょうか?本日、すぐにお話なさる予定であれば、ですが」


「ええ、問題ありません。すぐに先触れを出しますので……」


「俺が連れて来てやろうか?」


「あ、それなら私、ラビィが行きます!お嬢さん、ウォーカー侯爵家に行くよ!」


 ポンッ!と消えたアリシア嬢とラビィに、目をパチクリする我々と……。あ、しまった。教皇が、俺の正体を気にし始めたぞ。ラビィはエルフだと知っているから、大人しくここに連れて来られたんだもんな。俺も転移できるのはバレたよな?ふむ。ここは逃げるが勝ちだな。


「皇帝陛下、後は任せても大丈夫だろうか?ルシアンは置いて行くから、クリスとラウルは連れて帰るぞ。今日は学園生活も初日だからな。きっと疲れているだろう」


「ええ、そうですね。かしこまりました。ウィルはどうするんだい?」


「今日は僕も公爵家に泊まっていいですか?」


 ジョセフのほうを振り向いて、ウィルがお伺いを立てた。


「構わないですよ。婆さんには連絡を入れておきますからね」


 クリスとウィルはピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいるな。子供たちの可愛らしい姿に、教皇も微笑んでいる。ふむ、今のうちか?


「それでは失礼する」


 そう言って、クリスの腕を取る。クリスとウィル、ラウルと共に、公爵家のクリスの部屋に転移した。クリスは夕飯を食ったら寝てしまいそうだな。俺も今日はとても疲れたから、しっかり肉を食って、ゆっくり休もうと思うぞ。

いつもお読みくださり、ありがとうございます!

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