第93話 休む間もなく
朝から始まった実技試験が、やっと終わってほっとする。何だかんだあって、夕方になってしまったな。試験の結果は、順位が確定したら、学園のホールに張り出されるらしい。全学年の全クラスが張り出されるらしく、学園中がざわついていた。
「飛び級の御三人と、転入した彼。君たちは、このバッジについて説明されているだろうか?」
Sクラスに戻ると、担任が我々を待っていてくれた。クラスメイトたちが胸につけていたバッジのことで説明があるのだろう。
「我々は存じ上げません」
「私はラウルに教えてもらいました。バッジも手元にあります」
「そうでしたか。飛び級の御三人には、こちらのバッジをお渡ししておきますね」
担任の教師から渡されたのは、ピンで留めるタイプのバッジだった。土台は透明なのだが、全体的にキラキラとしている。真ん中に大きめの魔石が埋まっているから、これは魔道具なのだろう。
「学園に入学した生徒は全員、このバッジを胸辺りに着けることが義務付けられています。バッジには、個人情報が詰まっていますが、盗難防止のため、持ち主から一キロ以上離れると、自分で持ち主のもとへ戻る仕組みになっています」
ウィルとクリスは受け取ったバッジをマジマジと眺めている。クリスは、どんな回路を組んであるのか気になるのだろうな。
「発動条件が、持ち主の『血』を魔石に覚えさせる必要がありますので、バッジの針で指先を突いて『血』を魔石に付けることで使えるようになります」
2人ともワクワクしながら針で指を刺し、魔石に血を付けている。俺もやったほうが良いのだろうが、正体がバレたりしないよな?双子にこっそり視線を向けると、ルシアンが小さく頷いてくれた。どうやら俺がやっても大丈夫みたいだな。
「試験の結果は、バッジにも送信されます。バッジの周りの色は座学の結果を。魔石の色は魔力の評価が表れます。1番上がA評価で、上から赤、橙、緑、青、黄となりますが、その上にSとSSのみに与えられる『金』があります。色は見せておくことも可能ですが、隠したい時は『黒』にすることもできます。『黒』は、目隠し色と言われており、大半の生徒が黒にして評価を隠しています」
なるほどな。これを作ったのはジョセフの爺さんだろう。どうやら追跡魔法もかかっているようだ。貴族が失踪したら大事だろうからな。帝国で最高の技術を惜しみなく子供たちに使うとは。さすが皇帝の右腕なのだろう。
「このバッジは、他人に自分のステータスを見せることもできます。成績や魔力評価を改ざんすることは不可能ですので、学園では実力を偽っても無駄なのですよ。毎年、ケンカを売っては暴れたがる者がおりますから、十分に気をつけてください。そんな時に、このバッジのステータスを見せれば納得すると思いますので活用してくださいね」
ケンカを売られた時に使えとは、面白いことを言う教師だな。まぁ、実際に起こっているのだろうから、教師からすれば各々で解決してもらったほうが助かるのだろう。生徒数が各クラス30人程度だとして、AからDまで2クラスずつあるらしいから8クラス。Sクラスを入れて9クラスだから1学年270人か。それが8学年だから、2160人の生徒が在籍していることになる。教師の数より生徒の数が多いのだから、毎回ケンカの仲裁をするわけにもいかないのだろうな。
「説明は以上です。試験も全て終わっておりますから、自分の結果だけ分かれば良いというのであれば、お渡ししたバッジの通知で分かりますし、明日も丸一日、結果は張り出したままにしてありますので、今日は帰宅しても大丈夫ですよ」
「「ありがとうございました!」」
クリスとウィルがしっかりと御礼を言って軽く頭を下げた。ウィルもクリスも爵位が高いから、しっかりと頭を下げることができない。それを理解している教師は、笑顔で頷いた。
「気を付けてお帰りくださいね」
そのまま去るのかと思いきや、ラウルの横を通り過ぎる際に、ラウルに向かって小さく一言「彼は退職するそうです」と言って去って行った。アボットは解雇されたようだな。
「ふふふ、これで安心して学園生活を送れるね」
ルシアンが楽しそうに話している。恐らく、クリスと殿下に殺気を放ったことを根に持っていたのだろう。
「悪いが、そなたたち全員、陛下に謁見してもらうことになりそうじゃ。今から空いとるかのぉ?」
「「「!?」」」
「じーちゃん、終わるのを待っててくれてありがとう。今から行くの?レオン、皆で行ける?」
「ああ、構わんぞ。爺さん、謁見の間か?執務室か?」
ジョエルの爺さんに視線を向けると、軽く頭を振った。
「いえ、一応、正式に謁見という形を取りたいので、謁見の間の扉の前……廊下であればとても助かりますぞ」
「分かった」
双子の方に顔を向けたら、ルシアンがアリシア嬢の手を取っていたから安心して転移した。爺さんは何事も無かったかのように、謁見の間の扉をノックする。……?扉の前に護衛が1人もいないぞ?珍しいな。
「入りたまえ」
威厳のある皇帝の声に緊張しているのは、アリシア嬢だけのようだ。
「アリー、緊張しなくても大丈夫だよ。今日から、アリーも皇族に匹敵する力を得たのだからね」
ルシアンの言い方は、少しわざとらしいな。アリシア嬢の口から、何か言わせたい言葉があるのだろうか。
「ルシアン様。わたくし、そちらの力は必要としていませんわ。武術や剣術など、努力して得た力こそがわたくしの糧となるのです。それに、わたくしは侯爵家の人間でもありますので……」
権利など要らないと小声で答えながら、困ったように眉をハの字にして、ルシアンのエスコートで皇帝の前まで進むアリシア嬢。そんな彼女を、謁見の間に控えていたアルバートやジョセフたちが観察しているのだが……いつもよりニコニコしていて気持ち悪いな?
「ふむ。確かにそちらの令嬢は条件を満たしているな。簡単にはレオン殿から報告があったが、まさか本当に『加護持ち』が現れるとはな。それも私の代に、ふたりも……」
クリスは『加護持ち』ではなくて、〝神の御遣い〟なのだがな。人間にとっては同じなのだろうか。確かに、表向きにやれることは同じではあるか。
「父上、発言よろしいですか?」
お?双子ではなくてウィルから話しをするのか?2年の間に随分頼りがいのある男になったからな。任せても問題はないだろうが。
「ああ、かまわん」
「アリシア嬢が『加護持ち』であることは、レオンとクリスが証明しているので間違いないと思います。そして、『加護持ち』のアリシア嬢は『光魔法』も使えるようになりました」
「な、なにっ?!本当か?」
「アリー姉様、『ライト』を」
「え、ええ。『ライト』」
アリシア嬢の手の平には、光魔法の生活魔法である『ライト』がほんわかとした光を放っていた。
「ふむ。この時代に『聖女』が現れたか。問題は山積みということだろうか……」
「父上、この場にいる公爵家の子供は全員光魔法が使えることは御存知ですか?」
「ん?ああ、そうだな。双子とクリスは使えると聞いていた」
「どうやら、クリスの近くにいる人間で、何かしらの条件を満たすと、光魔法……『聖魔法』が使えるようになる可能性があるのではないでしょうか?」
「なるほど、クリスを中心に何かが動いていると?」
皇帝は顎を撫でながら、ウィルを注意深く観察していた。
「はい。僕には変化などありませんが、クリスのお陰で毒を口にせずに済みました。第一王子が失脚したことで、狙われることも随分と減りました」
「確かにな?」
「それは私たち双子もそうです。崖の下に落ちた馬車に乗っていて助かった理由は、あらかじめティアが『馬車が事故に遭い、母様たちが血だらけになる』と予言してくれていたからです。事故に備えて準備が出来たからこそ、義母上を守りつつ、自分たちも命を落とさずに済んだのです」
「そう言われると、確かにその通りだな」
今後、クリスの『先読み』の力が必要になるのだろう。神は『退屈だったから』〝神の御遣い〟であるティアを、この世に堕としたと言っていたのにな?もしかして、あの時は俺に断らせないために内緒にしたのか?
「ウィリアム、よく気がついたな。それは追々調べて行くことにしよう。今は、アリシア嬢の今後についてだろう」
そうだな。どちらにしろ神の考えを、我には分かるはずもないしな。俺は俺のやるべきことをやるだけだ。そう結論づけてクリスに視線を向けると、首を傾げて何か考えているようだった。また何か思いついたようだが、その仕草が可愛くて微笑む双子とウィルたちに、緊張感が無いのは今更だなと、俺は苦笑いした。
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