第9話 神聖力と治癒
ティアの父親が侍女を連れて来てから3日経った。あの侍女は当初の宣言通り、本当に何もしなかった。1日に1度、ティアが生きているかを覗き見るだけだ。地下に行く隠し扉や、地下牢の扉を開けるのも面倒なのか、家の外……小動物達が出入りをしている壊れた小窓からパンを1日1回投げ入れていた。たまに来ない日もあるため、ティアはいつも腹を空かせていたのだった。
これは思ったより酷いな。暴力を振るわれないだけマシだと思うべきなのか?我が猪などの獲物を狩って来ても良いのだが、人間は生肉を滅多に食べないと聞いた。我の手では火を使う料理も出来ない。動物達が持って来てくれる少量の果物と木の実がティアの命を繋いでいた。
そんな日の昼下がり。相変わらず無慈悲な男は扉を開けてすぐにティアを横から蹴り倒した。構えてなかったティアは、変なふうに体を捻って倒れ、「ボキッ」と鈍い音がした。我は驚いて、姿を消したままティアの下へ駆けつけた。ピクリともしないし、目を瞑っていて良く分からないが、どうやら痛みで気を失ったようだな。恐らく左腕が折れたのだろう。
「チッ!弱っちいヤツめ。私が悪いんじゃ無い。お前が弱いから折れたのだ」
気を失っているティアに、悪びれる様子もなく、気を失って横になっているティアの腹に蹴りを入れ、汚い言葉で罵っている。
「はぁ、また今日は無理か。明日の朝に来るしか無いか?面倒だな……骨折の手当てはあの女にやらせよう。怪我をしていると、人は死にやすいと言うしな。前回は弟を犠牲にして助かったから、少しは褒めてやろうと思ったのだが」
男は立ち去ろうとしたが、変な姿勢で倒れているティアを見て何を思ったのか、体を蹴って真っ直ぐにし、近くに落ちていた棒を2本添え木にし、胸ポケットからハンカチーフを出して巻き付けた。最低限の手当てだが、やらないよりはマシだろう。我もホッと息を吐いた。
「あいつはちゃんと世話をしているのか?元から細かったと記憶しているが、ここまでだったか?」
一応、父親ではあるらしい。娘が瘦せ細った理由をあの侍女だと考えたようだから、あの侍女を叱って、ちゃんとした食事を持って来てくれたら良いのだが……そのせいで、ティアが暴力を振るわれるのであれば、食べない方がまだ良いのか?成長期の、それも貴族の子供がここまで食事に困るなんてな。改善されないようであれば我がここから出て、何かしら食べ物を集めて来るしかあるまい。
「まぁ、仕方ない。骨折したぐらいで死にはしないだろうが、泣いて話にならなくても困るならな。しかし、医者となると……トムはバーバラと繋がってるし、仕方ないから金はかかるがポーションを持って来させるか」
ブツブツと言いながら、男は地下牢から出て行った。それから暫くして、ティアが目を覚ました頃、今度はあの女がやって来た。ティアの怪我を治療してくれるのかと思いきや、いつも通りの小窓から、パンを2つ投げ入れて地下を覗き込んでいる。
「はぁ……痩せ過ぎだって怒られたじゃない!確かに量は食わせて無いけれど、死にはしないくらい与えてるのに。大体、お前の父親はどれぐらいのペースで会いに来てるんだい?」
「3日に1回ぐらい……」
「何だって?そんなに来るのかい。もっと早くに聞いていれば、飯だってもう少し持って来てやったものを!あぁ、そう言えば。お前、腕を骨折したんだって?治すようにポーションを渡されたんだけど、これは貰っておくからね。売ればメイドの3ヶ月分の給料になるのさ。ふふん、その分、お前には少しだけマシな食べ物を持って来てやらないとね」
何て女だ!小さな子供が骨折してるんだぞ?それを治療せずに放置なんて……ティアは諦めているのか、地面に落ちたパンを、器用に片手でパタパタと叩いて齧りついていた。骨が折れてるんだぞ?とても痛いだろうに文句も言わずに我慢して、固いパンを黙々と食べるティアが、少し恐ろしく感じた。
女は文句を言うと、すぐに居なくなった。こちらとしても、何もしないのであれば邪魔なのでありがたいが、折れている腕をどうにかしないとな……
『ティア、その腕を治さないと何も出来ないだろう?我が魔法で治してやろうな』
「レオン、わたしも聖魔法が使えるんでしょ?痛いのはガマンできるから、練習してみたいな。けがした時ぐらいしか、練習できないもんね?」
確かにそうではあるが、練習なら怪我をして訪れる小動物達でも良いだろうに。それに、まだ神聖力を理解していない所からやるのだから、実際に使える様になるまで1週間は掛かるんじゃないだろうか?
『か、構わんが……己の神聖力を感じる所からだぞ?基本の基本だな。だから下手すれば、数日掛かるかも知れないんだぞ?』
「だいじょうぶだよ、レオン。にいさまが、基本が大事だって言ってたもん。基本ができなきゃ、えっと、おうよう?ができないんでしょ?」
分かってるのか?分かってないのか……?まぁ、ティアがそうしたいと言うならやらせてみようか。限界が来たら、我が治してやれば良いんだしな。
『良いだろう。ではまず……そうだな、我が鼻の先に神聖力を集めるから、それに触れてみるんだ。それと同じものが、ティアの中にもあるから探してごらん?』
「うん、わかった!」
我が鼻先に集めた神聖力に触れたティアは、「あれ?」と小さな声で呟いて、両手の平を上に向けて見つめている。
「レオン、これであってる?」
ティアは自分の体を巡る神聖力を感知しただけでは無く、実際に神聖力を手の平の上に集めてみせたのだ。
『は………………?』
「わぁ、ティアは凄いねー!これが神聖力で合ってるよ!」
驚いて固まってしまった我を放置して、アトラがティアを褒めまくっている。コトラも「ウニャン!」と声を上げ、褒めているようだ。
「これが神聖力なんだね?レオン、これをどうしたら治るの?」
『あ、あぁ。そうだな、細かく想像して治す者も居れば、『元通りになれー!』で治せる者もいるんだよな……我は前者だぞ』
「ふぅん?細かく……骨がじょうずにつながるようにってことかなぁ?うーん、よくわかんないから……『もとどおりになぁれ――!』」
神聖力を怪我した腕に充てながら叫んだティアの腕が、ペカーっと光ってすぐに収まった。ティアが天才型なら治ってるだろうし、違えば痛みが消えてるぐらいのはずだ。さて、どうだろうか?
「わぁ――!キレイに治ってるね、ティア!ボクが触っても痛くない?うん、大丈夫そうだね――!」
『天才型だったか……まぁ、治って良かったな、ティア』
「うん、レオンありがとう。アトラもありがとうね」
こうして、ティアの初めての治療は、自分の折れた腕を元通りに治すという、少し特殊な経験となったな。これから先、この地下牢にいる限り、あの男に暴力を振るわれる事は避けられないだろう。それでも、致命傷を負った時に助かる可能性が上がる事は、ティアに取っては良い事だからな。
それに、治癒できた事から、神聖力を扱える事がはっきりしたのだ。我の得意な分野でもあるし、しっかり使いこなせる様に教えられたらと思っている。慣れて来たら『防御』もできる様になるし、今の様に生傷が絶えない状態からは解放されるだろう。
我は少しだが、ホッと安心できた気がした。まだ完全に安心するには早い事も理解しているが、痛みや傷から出る熱で苦しむティアを見ずに済む事は、我にとっても精神的にありがたいと思うのだった。




