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第86話 学園へ入学の日

このお話から第二部です。

 朝、いつもの時間に目が覚めた我は、いつもの様に大きく背伸びをして、ゆっくりと体を起こした。昨年辺りから、人型の我とクリスがひとつの部屋で戯れる事を禁止されたから、今の我はフェンリルの姿だ。人型に戻る時は、我に与えられた別の部屋を使う事になっている。


 いつもであれば、クリスはまだ寝ている時間だ。だが、我の腹の上には姿が無かった。珍しい事もあるもんだと周りを見渡すと、()()クリスが制服に身を包んでいた。あぁ、今日から学園に行くんだったか。


 クリスの父親が断罪されたあの日から、2年と少しの月日が経っていた。あの頃はまだ不安定だったクリスに、献身的に寄り添ってくれていたのは皇太子であるウィリアムだった。2年経った今では、2人とも友人と言うよりは家族という距離感で過ごしている。冬生まれのクリスは6歳、夏生まれのウィルは11歳になっていた。


『クリス、まだ早くないか?飯の時間まで1時間半はあるぞ?制服は自分で着たのか?』


「おはよう、レオン!えへへ、楽しみで仕方ないんだ。制服は、自分で着たよ。実技では服を着替えるんだって。だから自分で全部出来る様に、こっそり練習したんだ」


 あぁ、辺境伯の婆さんの所にちょくちょく行っていたのは、そのためだったのか。楽しそうにしていたから気にせずにいたのだがな。通学の為、昨日からは公爵家で過ごしているから、婆さん達には休みの日にしか会えなくなるんだと言っていた。


『我も着替えるか。まだ早いと思うが、クリスは――――』


「レオンも着替えよう!ボク、手伝えるよ!」


『いや、大丈夫だ。我は自分の事は自分でやりたい派なのだ』


「そっか。じゃあ、庭でも散歩してるね?」


 クリスが立ち上がろうとした瞬間だった。


『ピピピッ!』


 ピッピが、皇家の馬車が玄関に到着した事を知らせてくれた。ウィルは良く分かってるな。テンションの高いクリスを任せられるとしたら、ウィルぐらいだから助かるぞ。 


『さすがだな……クリス、ウィルが――――』


「迎えに行って来るね!」


『走ると危ないぞ……って、聞いてないな』


 我は……()()人型になり、着替えを終え、食堂へ向かった。テーブルに着いているのは、当たり前だがクリスとウィルだけだな。


「おはよう、レオン」


「あぁ、おはよう、ウィル。早く来てくれて助かったぞ」


「ふふっ、どちらかだと思ったんだよね。楽しみで眠れなくて起きていないか、早くに起きてしまって寝れないか。後者だったみたいだね」


 楽しそうにニコニコしているクリスの隣で、それを微笑んで見ているウィル。恐らく、こんなに早くからウィルに会えたのも嬉しいのだろうが、俺からは教えてやるつもりは無いからな。くくっ。


「さすがだな。俺は今日から学園だと言う事を忘れていたぞ」


「ええ?昨日のクリスのテンションは凄かっただろう?」


「ウィル、昨日のレオンくんは夕餉を食べ過ぎて早く寝たんだ」


「あぁ、そうだったね。それじゃあ気が付かないか」


 そんなこんなで楽しい朝食を済ませた我々は、早めに学園へ向かう事になった。どうやら、早めに来て欲しいと学園長から言われていたらしいのだ。


 目立ちたくないからと、外見は普通の一般的な馬車に乗り、3人で学園へ向かう。予定より、1時間以上早く到着したからか、学園は人の気配がほとんどしなかった。


 ★★★


 入学式の会場であるホールに到着すると、教師らしき男が挨拶して来た。新入生代表として、首席である我々3人のうち誰かがスピーチをする事になっているらしく、誰がやるか決めて欲しいと。流石に皇太子がやるべきだろうと、スピーチはウィルに任せる事になったのだが…………


「えぇ――――?クリスの方が賢いのに…………」


「ウィル、どう考えてもウィルだよ。6歳のボクが立つのは誰でもおかしいと思うもん」


「クリスが素晴らしいと言う事を、皆が分かるキッカケになる」


 ウィルはクリスの優秀さを自慢したいのか?クリスが侮られない様にしたいだけかも知れないが。


「ウィル、クリスが優秀なのは、まだバレたく無いぞ」


「あぁ、そうか…………じゃあ、僕が適任なんだろうね」


「そうだな。俺は神獣だから、試験はズルしてるのと同じだしな」


「何十回も同じ事を習ったら、流石に覚えるだろうね。ふふっ」


「そうだぞ。だが、教えるのが上手い人間と、下手な人間がいて、観察するのは面白かったな。賢い人間は、自分が分かっている事は省きがちでな。細かく説明してくれる人間は、勉強が苦手だが頑張って克服した者が多いみたいだったぞ」


「なるほどね。自分が疑問に感じて勉強した事は、噛み砕いて分かりやすく説明出来そうだよね」


 楽しく話をしていると、会場に数人の教師らしき人間が現れた。


「あぁ、いらっしゃいましたか。皇太子殿下、スピーチは殿下でよろしかったでしょうか?」


 敬語で話しかけては来たが、言い方が何となく気に障るな?話し合って決めろと言った割には、当然皇太子がやるよな、と言っているみたいだ。


「僕がやった方が良いのかな?」


「それは当然、皇太子殿下が優れている事を公にした方が、皇室に取っても良い事でしょう?」


「ふむ…………」


 お?また会場に人間が入って来るぞ。まだ廊下にいるが、この気配は学園長だな。


「ウィリアム殿下、クリス様、レオン様、ごきげんよう。お久しぶりですね」


「学園長、お久しぶりです」


 俺とクリスは小さく頭を下げるだけにした。それを見た教師の1人がこちらに殺気を向けて来たな。学園長が魔法を感知しづらいからと、堂々と殺気を放つとは。軽視されているんじゃ無いか?


「ウィリアム殿下。本日のスピーチは、殿下にお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ、学園長がおっしゃるなら、構いませんが…………」


「ありがとうございます。我が学園に優秀な方々が入学したと知らしめる為にも、殿下にスピーチをお願いしたかったのです」


 低姿勢で()()()する学園長に、ウィルがワタワタしていた。


「こんなガキ共に、優秀も何も無かろうて」


 先ほど殺気を放った男が、人間に聞こえない程度の小さな声で毒づいたな?気付いたのは、俺とクリスぐらいか。クリスの笑顔が怖いほどキレイな笑みに変わったな。怒るのを我慢しているのだろう。恐らく、ウィルが貶されたと感じたんだろうな。


「分かりました。クリス、レオン、僕がスピーチする事になったんだけど、構わないかな?」


「ああ、構わん」


「勿論だよ」


「ふふっ、ありがとう」


 和やかな雰囲気で話は進んでいた。しかし殺気を放った男が、俺とクリスの席について、文句を言い始めたぞ。


「この者たちは、皇太子殿下の護衛でしょう?皆と同じ席に座るのはおかしくないですか?」


「アボット先生、彼らも試験にトップの成績で合格したのですから、席に座るべきですわ」


「はぁ?こんな子供が、トップ合格だって?おいお前、歳はいくつだ」


 顎でクリスを示した男をウィルが睨んでいる。俺はグッと我慢した。俺が殺気を放てば、この程度の男なら、気を失わせるのは容易いのだがな?


「6歳です」


「はっ!6歳のガキが、我が学園の試験に受かっただけでも驚きなのに、トップ合格だと?」


「おい、お前。年齢は関係無いだろう。人として失礼だとは思わないのか?」


 俺はつい、口を出してしまった。


「はぁ?お前は誰なんだよ。フルネームで言ってみろ」


「俺はサザラシア王国の貴族で、レオン=フォン=オルレアンだ」


「は?オルレアンだって?」


 殺気の男、確かアボットと言ったか?俺が王族の血を引いていると聞いて、怯んだ様だな。だが、違う男が俺に向かって怒鳴る。


「お前、亡き王弟殿下の家名を名乗るなんて、不敬だぞ!」


 ほぉ?サザラシア王国は閉鎖的だと思っていたが、知っている人間がいるとはな?


「不敬なのは貴方ですよ、ヴァリス先生。レオン様はサザラシアとの外交で、サザラシアの国王陛下が直々に紹介くださったと聞いていますよ。亡き王弟殿下の末の息子さんだそうです。王弟殿下が亡くなる1年前に生まれた忘れ形見だと聞いています」


 学園長が説明してくれたな。自分の身分を聞かれたら、そう答えてくれとルシアンには言われていたのだが、彼女が分かりやすく説明してくれて良かったぞ。クリスやウィルも聞いているから、今度からこの設定だと理解してくれるだろう。


「な、なっ!そんな話、聞いた事が無い!」


「それはそうです。レオン様は、まるで生前の王弟殿下の、生き写しの如くお強いそうですよ。10歳の頃には、王国の騎士団に所属する猛者ですら敵わなかったのだとか。彼が王弟派の人間に担がれ、紛争が起こる事を恐れた国王陛下が、早くからお隠しになっていたそうですからね。やっと落ち着いて来た王国を守りたかったと説明なさったそうです」


 うん?ここまでの設定だったか?学園長が全て説明してくれたから良かったが、俺もそこまでとは知らなかったぞ。ルシアンが前以って、学園長と口裏合わせをしておいてくれたのだろうな。


「で、では、本当に…………?体を張って国民を守ってくださった我らの英雄、王弟殿下の御令息様でいらっしゃると?」


 俺を縋るような目で見るヴァリスに、俺は大きく頷いて見せた。


「あぁ、そうだ。陛下には、最近になって王位継承権もやると言われたが、面倒事には関わりたく無いから要らんと断っておいた。市井(しせい)で生活している期間が長いからか、言葉が悪いらしいが気にするな」


 これは、サザラシア王国の国王に会い、本当に言われた事だ。ルシアンに挨拶して欲しいと頼まれ、5分だけならと転移して話をしたのだ。一応『神獣』である事を説明し、フェンリルの姿を見せたら「是非に」と言われたのだがな。


「な、なんと!殿下、私めを殿下のお(そば)に!是非、お願い致します!」


「悪いが俺は皇帝に、クリスとウィルの護衛を頼まれているんでな。お前がちょろちょろしていては邪魔だ。悪いが、諦めてくれ」


「そ、そんな!」


「それに、俺は一生、表に出る予定は無い。国王陛下からの許可も貰っているからな。一応、公爵という爵位ではあるが、それは父の身分で、兄が継ぐ予定だ。当分の間は護衛として生き、その後の事はまたその時に考える予定でいる」


「そんな!王弟殿下は素晴らしい方で――――」


「そうだな。王国では英雄として、物語にまでなっているらしいな?だが、俺は父では無い。俺の人生は、()()()()なんだ。誰にも縛られるつもりは無い」


 固まったな。呆れたか?まぁ、どうでも良い。クリスの言葉以外は、基本的に雑音でしか無い。クリスの周りの人間には多少耳を傾けるが、決断するのは必ず俺だ。まぁ、クリスが駄目だと言ったら考えるか譲歩するがな。


「レオンくん、格好良い…………」


 小さな声で呟き、キラキラした瞳で俺を見るクリスと、「格好良い」と言われた俺を羨ましそうに見るウィル。頼むから、今は笑わせないでくれ。

 

 今回は、ルシアンが俺をサザラシアからの留学生とする為に、サザラシアの国王まで巻き込んで、立場を確立してくれた。クリスを守る為にも、それなりの立場が必要なのは理解していたから助かったぞ。


 ★★★


 凛々しい姿でスピーチをサクッと終わらせたウィルは、新入生の憧れとなった様だな。教師の中には、我々に…………特にクリスに、相変わらず殺気を放っている(アボット)がいる。俺から目を離さない、変な奴(ヴァリス)もいるな。はぁ、面倒な事にならなければ良いのだが、恐らく面倒事には巻き込まれるのだろう。こちらは皇族と帝国の公爵令息、そして隣国の公爵令息だから仕方あるまい。まぁ俺は、クリスが傷付かない様に、そして楽しく過ごせる様に全力を注ぐだけだがな。

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