第61話 裏のボスと皇帝の義務 ★皇帝陛下 SIDE
隣国からの魔物が押し寄せるというので、ジョセフ達が魔物の森へ向かい、帰って来た騒々しい日から二日経っていた。隣国との交渉も穏やかに決着しそうだし、森のエルフとラビィ殿がほんの数分だけだが隣国の者の前に顔を出したことで、今回の出来事を信じてもらえたのも大きい。信頼関係を築きたいのだから、嘘で誤魔化すわけにもいかない。
今回は、隣国からの大量の魔物を『辺境伯の者』が斃したということで、秘密裏に双子に隣国との話し合いを任せることとなった。まだ、モーリス公爵家の件が解決していないから『モーリス公爵家』の名前は出せないが、『辺境伯の血縁で当事者』として、二人に頼んでひっそりと進めるしかなかったのだ。
宰相アルバートはあの後、呪いに魔力を吸われてしまい、魔力が空になったせいで寝込んでしまっていた。病気や怪我なら神聖力で治せなくもないのだが、魔力切れは不味いポーションを何本も飲まねばならず……。ポーションの味が苦手なアルバートは、断固として飲むことを拒否したのだ。
宰相が迷惑をかけたこともあるから、モーリス公爵家の騒動が落ち着き、発表できるようになってから、名前を公表した上で、褒美をしっかり与えたいと思っている。勿論、尽力してくれた辺境伯家の人間と公爵家の双子にだな。クリスは表に出すわけにはいかないから、こっそりと私から褒美をやる予定だ。クリスが今回の影の主役であることは、絶対に隠さなければならない。隣国は王子しかいないからな。嫁にと言われても困るのだ。
それに、我が国の皇太子になる予定のウィリアムが、『我が妃に!』と張り切っているのだからな。まあ、少なくともクリスティアーナが十歳ぐらいまで育ってから、婚約者として発表したいところだ。それまでに彼女の心を捕まえられていたら……になるがな? くくっ。
当然、私とウィリアムだけで決められることではないと分かってはいる。だからこそ、帝国の裏のボスであるジョセフとジョエルに話をするための時間を設けたのだ。サラッと認めてくれたら助かるのだがな。過保護な双子の爺さんが、あっさり認めるとは思えない。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「陛下、参上しましたぞ」
「おお、ジョセフにジョエル。長い話になるから座ってくれるか」
うん? 二人の目が私を疑っているように見えるな? 私の気のせいだと結論づけて、どんどん話を進めてしまおうか。
「今日はな、帝国の未来について話がしたくてな」
「はぁ……嫌な予感しかしませんなぁ?」
「そうだな、ジョセフ。ワシも同感だ」
ジトッとした目を二人から向けられると、私もさすがにたじろぐ。これは正直に話さないと、話が進まないだろうな。私は腹を括ることにした。
「分かった、分かった。ちゃんとイチから説明するから聞いてくれるか。その、立太子予定の私の可愛い息子がな?」
わざとらしく含みを持たせた喋り方をする。何気にこの二人は、ウィリアムの能力を買っているのだ。だからこそ、ウィリアムが絡むとなれば、国のためになるならと耳を傾けるだろうと踏んだのだ。
「第二皇子がどうかなさいましたか?」
「可愛い女の子に一目惚れしたらしいのだ。その娘の名が……」
バッ! と二人が顔を見合わせた。さすが双子だな? タイミングもバッチリ同じだったぞ。
「お待ち下さい! まさか、クリスティアーナだとでも?」
「そうなのだ。そのまさかでな? ウィリアムは、彼女の当時の見た目から、『奴隷の可能性もある』『人として扱われていないと思われる』、『容姿は薄汚れているが可憐な』『ティア』という女の子に一目惚れしたから、自分の妃にしたいと……一年前だったか? それぐらい前に相談されていてな」
「そんな前に……あぁ、第二皇子の遊び相手として、ジョバンニが宛がわれていたのでしたか。では、第二皇子が公爵家で遊んでいた時に、地下牢のある森に入ったことになりますな」
「あぁ、そうらしい。噂の地下牢から聞こえる、彼女の美しい歌声を聴いたと言っていた。そこで一目惚れしたようだ。それでな? 皇帝の座を狙っている犯人をあぶり出すために、自分が囮になると……まだ子どものクロウだけを見える護衛としてつけ、自分を殺めようとする人間を捕まえるから、『ティア』との婚約を許して欲しいと取引を持ち掛けてきたのだ」
「まさか、陛下…………」
「お許しになったわけではあるまいな?」
「ウィリアムが自ら動いてまで欲しているのだ。父親として、息子のやる気や努力に水を差せるわけがないだろう? その頃はちょうど、ウィリアムが次期皇帝に相応しいのでは? と考え始めていた時期でもあったからな。やらせてみるのも悪くないかと思ったのだ」
双子の爺さんは、同時に深いため息を吐いた。
「第二皇子なら、やり遂げると分かっているではありませんか。彼は度胸と胆力がある。皇帝の器であることは認めざるを得ないですが……」
「それは、それ、だろ。ティアとの婚約が条件に出た時点で、先ずは我々に相談すべきだと分かっていただろうが」
「もちろん、分かっておる。悪かった! そう怒らんでくれ。ウィリアムには、彼女を口説いて妃になると納得させれば許すと言ってある。無理強いは駄目だともな。だから、最悪は彼女に断らせれば済む話――――」
「それでは、第二皇子が可哀想ではありませんか!」
「人として、約束を違えるのは許せんから駄目だ」
「では、どうすれば良いだろうか?」
正義感の強い彼らのことだ。間違いなく、ウィリアムを犠牲にするようなことはしないだろうと踏んだ私の考えは正しかったな。正直に言えば、彼女を国外に出すわけにはいかない。その点は、ジョセフもジョエルも理解しているはずなのだ。あと一押しだな。
「私は、ウィリアムが婚約者というのは悪くないと思うのだが。皇太子妃候補として、護衛などの準備も優先して行えるから、クリスティアーナを守るのも容易になる。彼女の能力が公になってしまっても、国を挙げて守ることができるしな? 後ろ楯は私と辺境伯家、公爵家に伯爵家となる。そうなれば、誰も文句は言えんだろう?」
「はぁ? 後ろ楯は、辺境伯家と公爵家だけでも足りると思うが?」
「はぁ、ジョエル。これはどうしようもない。ティアが成長してから、第二皇子を選ぶと言えば、皇子との婚約を許す。ティアが嫌と言えば諦めてもらう。単純に、お互いの気持ち次第。それ以上の解決策はなかろう」
「くっ! 謀ったな……セオドア!」
おっ? 久々に名前を呼ばれたな。普段、皆は私のことを『陛下』と呼ぶのだ。幼馴染たちが、ちょくちょく名前で呼び合うのが羨ましかった。呼び捨てにされたのも嬉しかったりする。今そんなことを言ったら怒られると分かっているから言わないが。
「そんなことはない……とは言い切れないが、私は皇帝として、彼女を守り、保護する義務がある。クリスティアーナは、たまたまそなたたちの孫だったが、違ったとしても……仮に平民だったとしても、保護するために動いたであろう。それは理解してくれるな?」
「うっ。まあ、確かにそうあるべきだな……」
「そして、彼女に惚れたのが、偶々私の息子である皇子ウィリアム。それも、未来の皇帝になる予定なのだぞ? これが偶然だと思うか? 私は、必然……『運命』なのだと――――」
「陛下は劇の見過ぎですな。現実、ティアが公爵家の令嬢だからこそ、すんなりと打診できるのですから。平民では、こんなにすんなりとは行きますまい」
押し切れると思ったが、さすがに無理だったか。まぁ、納得したくはないが、せざるを得ない状況には持って行けただろう。ジョセフとジョエルには悪いが、彼女が『特別』であることは揺るがない事実なのだ。だからこそ、私も皇帝として妥協できない。後は、ウィリアム次第になってしまうが……これから先は、息子を信じるしかないだろうな。
「はぁ。無理矢理婚約させたり、事後報告されるよりはマシだがなぁ……」
「確かにな。仕方ない……今回は、ティアに任せることとしましょう。何年後になるか分かりませんがね。ふぅ、一気に疲れましたな。陛下、そろそろお暇してもよろしいですかな?」
「ああ、今日はゆっくりと休んでくれ」
「ん? 今日は?」
「あぁ。明日も、出来れば夕食時に、そなたたちと……クリスを連れて来てくれないか?」
「我々双子と、クリスですか?」
「そうだ。クリスの恩賞も考えなければならないしな。他にも、そなたたちに相談したいことと……ああ、そうだ。ウィリアムがクリスに直接お礼を言いたいと言うのでな。そなたたちは何か知っているか?」
「第二皇子とクリスは辺境伯で仲良く、森の魔物を狩っていることは知っていましたが……」
「そう言えば、殿下がクリスを気に入ったようだぞ。こちらに向かう馬車の中で、クリスのことを尋ねられたのだが……殿下にしては珍しく、他人をとても褒めていたからな」
「ほぉ。それが理由かもしれんな? まぁ、明日になれば分かるだろう。よろしく頼むぞ」
「「御意……」」
疑い深い目で、仕方なく返事を返された気もするが、気のせいだと、しらばっくれてしまおう。明日になれば分かることだからな。クックッ、これもウィリアムに頼まれたのだから仕方ないだろう? 皇太子を引き受けてくれる条件なのだが、聞くだけ……聞いただけなら問題ないもんな? ククク、明日が楽しみだ。
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