第42話 プライド
第二皇子が辺境伯領へ来て2日目の昼。『ヌシ』狩りは、皇子が辺境伯領へ滞在する間は中止となったので、クリスと魔物の森の手前にある小川に来ていた。ここはクリスのお気に入りで、時間がある時の散歩コースでもあるのだ。たまに森から追われた魔物が来てしまう事もあるが、辺境伯領の中では比較的安全な場所だからな。誰かが一緒にいる時限定ではあるが、爺さん達からの許可もおりている。
そんな小川の周りを散策していると、子供のすすり泣く声が聞こえた。声を出さないように、必死に堪えている声だな。まだ姿は見えていないし、どうするかと悩んでいると、クリスがこっそりと我に話し掛けて来た。
「レオンくん、誰かが泣いてる」
「あぁ、その様だな」
「ボクが行って来るから、レオンくんは待ってて?」
「我は行かない方が良いか?」
「2人に泣いている所を見られるのは嫌かなって」
「クリスは泣いてる子の尊厳を守ってやりたいのだな。うむ、分かったぞ。あちらの木陰でのんびり待ってるからな」
「うん、ありがとう」
辺境伯の人間が、泣いている子供を放って置く訳がないとは思っていたからな。当然の行動だと納得してしまっていた。最近は我も、辺境伯の考え方に染まって来ているのかもな?くっくっ。
「ねぇ、大丈夫?」
クリスはゆっくりと泣いている子供に近づき、顔をのぞき込む様にしながら声をかけている。
「ぐすっ、大丈夫だ。気にしないでくれ」
泣いていた子供は、目尻に滲む涙を乱暴に服の袖で拭って、ぶっきらぼうに言い捨てた。あれは昨日から辺境伯に来ている第二皇子だな。父親が人質に取られているから心配なのだろうか。受け答えなどがしっかりしていても、まだ10歳の子供だからな。
「つらい時は気が済むまで沢山泣くと良いんだよ。ボクは隣に居てあげることしか出来ないけど、愚痴があるなら聞くよ?」
クリスはそう言いながら、皇子の隣に腰を下ろした。
「なっ!だ、大丈夫だ、問題無い!君のような子供に……」
「子供って……君も充分、子供でしょ?まぁ、君には沢山慰めてくれる子たちが居るみたいだけど、話せる子も居たほうが良いかなって思ったんだ」
クリスは周りを見渡して、手の平を上に向けて彼の目の前に差し出した。すると、沢山の精霊がクリスの手の平の上に集まって来たな。皇子は目を丸くして驚いている。あぁ、この皇子にも精霊が見えているのか。
「き、君は精霊の言う事が分かるのか?」
うん?見えるのか?では無く、言う事が分かるのか?とな。まぁ、見えている事はクリスに集まって来た精霊たちを見れば分かるからな。何となく引っかかる言い回しだが、子供が言う事だ。あまり気にし過ぎる必要はないか。
「言葉と言うか、感情だけどね。何を言いたいのかは分かるよ。それに、話せる子もいるからね。アトラ、良い?」
クリスの肩に乗って見守っていたアトラが、スルスルとクリスの腕を伝って、精霊たちが集まっている手の平に移動して来た。
「良いよ、クリス様。挨拶したら良いかな?はじめまして、僕はアトラ。クリス様の契約精霊だよ」
アトラはさすがだな。クリスの言いたい事を理解して行動しているな。まぁ、契約すると主の感情や考えがある程度伝わって来るから、理解出来てしまうんだけどな。
「は、始めまして……僕は、ウィル。仲良くしてくれたら嬉しい」
「クリス様は仲良くしたいみたいだから、クリス様も一緒に仲良くしてくれる?」
「あぁ、もちろんだよ。話せる子もいるんだな……彼らはいつも近くに居てくれるのに、話が出来なくて寂しかったんだ。クリスが羨ましいよ」
皇子はクリスに向かって寂しそうに笑った。クリスはコテンと首を倒して、少し困った様に眉を下げた。
「言葉を話せなきゃ駄目なの?コトラたちは喋れないけど、意思の疎通?は取れるよ」
コトラが美しい白豹の姿で、座っているクリスの腕や背中にスルッと首を擦り付けて、いつもの様に「ウニャーン」と鳴いた。
「か、かっこいい!とても美しい白豹だ……この子も精霊なのか?」
「うん。コトラもボクの契約精霊だよ。あと2羽、小鳥の契約精霊が居るんだけど、お家でお留守番して貰ってるよ」
「………………4匹も契約精霊がいるのか?」
「ん?あー、契約しているのは、正しくは5……匹?2匹と2羽と1人かな?」
「1人?人間とも契約しているのか?」
おっと、クリスが話し過ぎてるな?まだ秘密にしておくべき事柄もあるから様子を見て、一度止めに入らなければだな。
「あー、ちょっと違うかも?」
クリスはそこまで説明しようとしているか?さすがに我が神獣である事はまだ秘密にしておきたいのだがな。
「俺だよ、ウィル。前に自己紹介しただろう?」
ひょっこりと急に現れた我に、ウィルは驚いて固まってしまったな。しかし、クリスがこれ以上話し続けたら全てを話してしまいそうだからな。我が話をズラさなければ。色々と話してはいけない事まで話されたら、後々困るのはクリスだからな。
「レオン殿……!それでは、この子が『巫女様』ですか!?」
「みこさま?ボクはクリスだよ」
あぁ、そう言えばクリスも東の国のあの本を読める様になっていたな。時間潰しに我が教えたのだった。これ以上、クリスが余計な事を言う前に、釘を差しておくか……
「クリス、色々と教え過ぎだぞ。爺さん達に、あまり人には言わない様に言われているだろう?」
クリスはあからさまに、しまった!って顔をした。聡いクリスは我が出て来た理由も分かってくれた様だな?
「あ、忘れてた。アトラたちと、お友達になりたいかなって思ったんだ。精霊たちに、すっごく好かれているみたいだし?」
「まぁ、確かにな……ここまで好かれているから、アトラを紹介しても問題無いと思ったのだろう?」
「うん。悪い人には精霊は見えないんでしょ?ウィルはいい人だと話していても思ったし、寂しそうだったから……」
「昔の自分と重ねてしまったんだな。まぁ、仕方ないか。ウィル、今日クリスに聞いた事は、皇帝にも内緒にしていてくれるか?」
「昔の……?あ、あぁ、分かった。誰にも言わないよ。後で、レオン殿と2人で話がしたい」
クリスについて聞きたいのか?あまり話してやる気は無いが、クリスがウィルを気に入ってるみたいだしな。少しなら付き合ってやろうか。
「俺に話す事は無いが……まぁ、良いだろう。それより、ウィルは剣を振れるか?」
「あぁ、剣術の稽古はしている」
「そうか。クリス、森で少し狩りをするか?」
「うん、そうだね。ウィルも少し体を動かした方がスッキリすると思うしね!コトラ、3人は乗れないかなぁ?」
「ウニャーン!ウニャニャッ!」
コトラはいつもより少し大きめになってくれた。いつもがふた周りなら、み周りってところだな。
「え?ええ?凄い、大きくなれるんだ……」
「レオンくんは1番後ろで平気?」
驚いているウィルを放置して、クリスはどんどん話を進めて行くから、ウィルが取り残されてしまっているな。
「あぁ、大丈夫だぞ。ほら、ウィルも乗って……俺が、乗せてやろうか?」
わざと揶揄うように言うと、ウィルは顔を赤くして、自力でコトラに乗ろうとした。
「だ、大丈夫だ!自分で乗れる!」
慌ててコトラに乗るウィルは、やはりプライドが高い様だな。しっかり勉強して来たのだろう。皇族としてのプライドは大事だからな。だが、クリスの雑な物言いにも怒らないし、そういった柔軟な所も好ましいな。
「行くよ――――――!」
我が乗ったのを確認したクリスが、元気に出発の合図をした。コトラは3人分の重さをものともせずに、最初からそれなりのスピードで走り始めた。皇子は目を輝かせて楽しんでいる様だ。それを見たコトラは、いつもの猛スピードで魔物の森まで駆け抜けるのだった。
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