第39話 魔物の森で訓練を
先日人型を取れる様になった我は、毎日クリスと一緒に剣を振り回していた。双子が折角だから一緒に訓練したらどうかと誘ってくれたのだ。人型に慣れるためにも、爪が丸い人型の我が攻撃する手段としても、断る理由は無いからな。まぁ、本音としては、クリスの姿で走り回るティアと一緒に、習い事というか同じ事をしてみたかっただけなのだがな。
今回は我も少し頑張ったぞ。今では人型とフェンリルの姿、どちらの姿であってもスムーズに変われる様になったからな。最初の頃は、人型になるとすぐには歩き出せず、フェンリルの姿に戻ると足にかける力の加減が上手く行かず、バランスが取れずに4足歩行なのに倒れたりしたのだ。
ずっと人型でいられたらラクなのだが、公爵の森の家に毎日帰らなければならないからな。まだフェンリルの姿でしか神聖力が完璧に扱えない我は、必然的に姿を変えなければならなかったのだ。やはり、繰り返し練習する事は大事だよな。今では人型でも少し魔法を使えるし、動きもスムーズになったぞ。
「レオン、コトラに乗って、森に行こうよ!」
「森の手前で剣の実戦訓練か?」
「あー」
「森の奥に行くのは、双子か爺さんが居る時だけだぞ。我がフェンリルの姿なら、100%大丈夫だと言えるのだがな?」
「えー。レオンくんの姿が良いー!」
「ならば、森の手前で剣の訓練をしような」
「はーい」
口を尖らせて仕方なく返事をするクリスは、我の人型が気に入った様で、人型の時は『レオンくん』と呼ぶ様になった。どうやらラウラに、友達は何と呼ぶのが良いか聞いたらしい。その答えがコレなのだろうな。まぁ、我に友と呼べる者は居なかったから、少し嬉しいし、毎日楽しいがな。
「コトラ、頼めるか?」
「ウニャーン!」
コトラはコクンと頷き、白豹のサイズから少し……ふた周りほど大きくなった。我とクリスが2人で乗れるサイズになってくれるのだ。白豹の姿になってから、コトラにも出来る事が増えた様だった。
「よし。クリス、行こうか」
「うんっ!コトラ、よろしくね!」
「ウニャーン!」
コトラの背に乗せてもらい、クリスを我の腕で包むようにして後ろからハーネスを掴む。絶対に我がクリスを落とさないと分かっているコトラは、かなりのスピードで森に向かって走って行く。とても快適で楽しいんだよな。我は人を背に乗せる事があっても、乗った事は無かったからな。
ただ、コトラは精霊でアトラの様に見える訳でもないので、傍から見ると我らは凄く変な体勢で疾走している様に見えるらしい。なので、出来るだけ人目につかない場所を走る様に爺さんに言われてしまった。確かにそう見えるだろうなと納得したので仕方なく、深い茂みがある方をコトラには走ってもらう事になっている。広い草原のど真ん中を、猛スピードで突っ切るのはとても気持ちが良いのだがな。とても残念だ。
だが、移動の手段としてはありがたい。我がフェンリルの姿であれば、クリスを背に乗せて走れるのだがな。人の足では森まで30分はかかってしまうのだ。ちょっと行って訓練とはいかない。辺境伯に滞在出来る時間はそこまで長くないからな。さて、どうしようかと悩んでる時に、コトラが提案してくれたのだが、まさか大きくなれるとはな。そんな猛スピードで走るコトラのお陰で、あっという間に森の入り口に着いたのだった。
「さて、クリス。防御魔法だけかけてくれるか?」
「はーい。訓練だからバフは無しね!自力で頑張るよー!」
我とクリスは、森の手前で弱い魔法を魔物に当て、森の外に連れ出してから剣で斃す練習をするのだ。1対多数はまだ早いからな。剣を習ってひと月もすれば、少しなら森の中に入るのも良いかと思っているが。
「お…………っ?」
森の中に人間の反応があるな?我の知らない人間だ。クリスが気がついているかは分からないが、面倒な事になる前に、爺さんには念話を飛ばしておくか。
『爺さん、聞こえるか?』
『レオン殿ですか?どうかなさいましたか。ティアと森に出かけた様でしたが……』
『あぁ。ティアは気づいているか分からないが、我が知らない人間の気配が森の中からするのだが、今日は訓練する者が居たか?』
『え!?いいえ、おりません!私もすぐにそちらに伺います!』
『着替える必要が無ければ、こちらに呼ぶが?』
『お願いします!』
我は人型になってから、やっと馴染んで来た神聖力を使って、空間魔法を少しだが使える様になっていた。爺さんの気配を察知出来る場所からであれば、自分の下へ転移させる事が出来るのだ。パッと現れた爺さんに、クリスが走り寄って来る。
「お祖父様!どうしたの?森の中の人と関係があるの?」
「気がついていたのか」
「あ、うん。レオンくんが何も言わなかったから、問題ないのかなって思って放置してたんだけど、お祖父様に連絡してたんだね。ありがとう!」
素直に笑顔でお礼を言うティアは、クリスの格好をしていても、うむ、やはり可愛いな。我は「ああ」と一言発するのが精一杯だ。少しでも気を緩めると、顔まで緩んでニコニコしてしまう。我は今、人間の子供の姿だからな。いつもより少し威厳がないのだから、あまりニコニコしないようにせねばと思って頑張っている。
「爺さんの知り合いで無いのであれば、隣国から流れて来た無法者か?招かざる者の可能性が高いだろうか?」
「そう思って来たのですが……この気配、感じた事がある様な?」
「そうか?んー……ん?子供か?んん?我も知ってる気がするな?」
「レオンくん、公爵の森に来た子だよ。後ろに居た方の子だね」
「おぉ!確かにそうだな。あの時は逆光で容姿は見えなかったが、確かにこの子供も居たな」
「公爵家に入れる者で、子供……ジョバンニの友達の可能性が高いですな。そうだとして、何故、魔物の森に子供が入れたのでしょう……」
爺さんはまた、考え込んでしまいそうになってるぞ。今は、その原因より先に子供の救出だろう?
「どちらにしろ、助けに行かねばなるまい?」
「そうですな。クリス、手伝ってくれるかい?」
「うん、もちろん!もう場所は分かってるから、上から行く?」
「そうだな。子供なら、急がねば不安だろうからな」
「この子、魔法使えると思うから、大丈夫じゃない?」
「え?魔法が使える?練度が高いと言う事かい?」
驚いた爺さんが、クリスに問いかける。さすがに爺さんは距離があり過ぎて、魔力までは感知出来て居ないらしいな。だが、人間であれば、それが普通だからな?
「そうだよ、お祖父様。さっきから、風魔法を使ってるみたい」
「ここから、どれくらいの距離に居るか分かるかい?」
「お祖父様の屋敷裏の、馬車が置いてある場所からここまでの半分より少し遠いぐらい?」
さすがクリス。我にはそこまではっきりとは分からなかったぞ。
「ふむ、少し距離があるな。爺さん、我に乗れるか?」
「神獣のお姿に、でしたら……」
人型の我は8歳ぐらいの子供だからな。さすがにフェンリルの我にしか乗れないだろう。爺さんも天然なのか?面白いな。
「もちろんだ。それじゃあ、クリスに道を頼もうか」
「うん!作りながら進むよね?」
「そうだな。距離があるしな。いくら上空でも、魔物の多い場所は遠回りしても良いからな。安全な場所を通るように頼む」
「分かったよ!作るねー!」
クリスは我が通れる幅で、なだらかに登る坂道を作っていた。人間では先端が見えないだろうな。我はフェンリルなので目も良いから見えるが。我が軽く駆け足で走ると、進んだ分の道が追加されて行く。我とクリスは息がピッタリ合ってる様で、走るスピードを上げても、それに合わせてクリスが道を作って行った。
「お、お……す、凄いですな」
クリスの後ろに乗っていた爺さんは、最初のうちは振り落とされない様に必死だったが、今では周りを見渡す余裕が出来ていた。適応能力が高いのはさすがだな。
「お祖父様、あそこの上!」
随分進んだ所で、クリスが右斜め上を指さしている。やはり子供の様で小さいな。黒い服を着た、執事?セバスが着てる服に似ているな。
『ああ、居るな。アレだ、風魔法で自分を飛ばして、上空に逃げたのだろうな。まだ子供だから、慌てて方向を誤ったか?』
「そうかもね?真下に沢山魔物が居るから、動けなくなっちゃったんじゃ無いかなぁ?」
クリスと現状を把握しながら進んで行く。黒い服の子供を驚かせない様に、こちらも少し減速したぞ。
「よく見えますな……私には、まだ上空の子供すら見えませんが。うーん……あ、ああ、見えて来ました」
随分近づいてから爺さんが見えたと言ったが、ちと悔しそうだな?爺さんは何気に負けず嫌いなんだよな。我にはそれが可愛く思える。爺さんも人の子だからな。ふむ、軽くフォローしておくか。
『まぁ、普通の人間が、神の遣いと同じ様に見えたら化け物だと思うぞ。人間のみで考えれば、他の者たちより早くに見えていただろうから、爺さんも凄いと思うがな?』
「あ、は、はい。ありがとうございます」
お、爺さんが少し照れているな。くくく、やはり人間は良いな。神の指示が無い限り、人と関わる事はないからな。この出会いは神に感謝しなければだ。さて、あちらも我らに気がついた様だから、早速救出しに行こうか。
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