第37話 精霊たちの変化
ティアが森で訓練をするようになってから五か月が経った頃。アトラとコトラに変化が起こった。シマリスのアトラは、一般の人間にも見えるようになり、仔猫のコトラは、姿は見えないが、とても美しい白い豹の姿を取れるようになっていた。
アトラは、ティアの肩や膝の上によく居るのだが、爺さんが最初に精霊であるアトラを見えるようになったことに気づいたのだ。それから数日経った頃には、屋敷の全員がアトラを認識できていたのだった。
コトラは大きくなっただけかと思っていたが、どうやらティアを背中に乗せて走りたいと、ずっと思っていたらしい。ハーネスのような物でティアが落ちないようにしたいと我に願ったので、エルフに頼んで神聖力をハーネスの形にできる魔道具を作ってもらった。
ティアを乗せたコトラは、最初は恐る恐る歩き出したが、ティアが喜んでいると知って、森の近くまで物凄いスピードで走って行った。ティアは「キャッキャッ!」とハーネスを上手く操りながら楽しんでいるようだ。コトラはそれを、大層喜んでいた。
アトラもコトラも、公爵家の地下牢で覚醒していた。既に覚醒した精霊が進化するなど、聞いたこともない。魔物の森と関係があるのだろうかと、皆で話し合うことになった。
「レオン殿、ティア、いらっしゃい。さぁさぁ、ソファへ。まずはお茶とお菓子をどうぞ」
今日は久々にドレス姿の……女の子バージョンのティアだからか、テンションの高い爺さんと、ニコニコしている双子、そして爺さんの妻はおっとりと、ティアの屋敷への訪問を喜んでいるようだ。いつも森で会っているのにな?
「レオン殿、いつも森にいるのに、とか思ってませんか?」
ラウラが我の表情を見て、ピン! と来たらしい。その通りなのだが、フェンリルの表情まで読めるラウラはすごいな?
『よく分かったな』
「やっぱり。森に行けば、一日中狩りや加工をするばかりで、お話なんて昼食の時に少ししかできないでしょう? たまにはゆっくりと、家族団欒の時間がほしいのです」
『なるほどな?』
「それで、アトラ様はなぜ見えるようになったのか? ですが……」
『あぁ、あれからコトラも白豹に進化? したぞ』
「その白豹はコトラ様でしたか。新しい精霊かと思っておりました」
ラウルが驚いた顔をして、確かに猫科だなと呟きながら頷いた。
「僕もそう思ってました。コトラ様、撫でてもいいですか?」
『ウニャーン』
「ありがとうございます」
ラウラがコトラを撫でながら、うっとりしている。それを見ていたラウルも、一緒に撫でさせてもらっていた。
「アトラ、お祖父様とお話、できるのかなぁ? 見えるだけ?」
「「「「はっ!」」」」
「コホン。アトラ殿、私の手の上にいらしてもらえますかな? クッキーを食べながらお話させてください」
「うん、いいよー」
「き、聞こえますな……見た目はシマリスなので、傍から見れば喋るシマリスとなりますな。アトラ殿、どうぞ外ではお話しにならないよう……」
「うん、分かってるよ。このお屋敷にいるときか、どうしても伝えなければならないとき以外は、大人しく黙っているよ」
「アトラ殿は賢くもあられるのですな。生きている間に精霊と会話できるなんて……本当にありがとうございます」
爺さんが手に乗っているアトラに向かって頭を下げている。
「おじーちゃんがボクとお話できたのは、ティアのおかげだから。感謝するならティアにしてね」
「え? それは、契約したからですか?」
「それもあるよ。契約すると、主と感覚や魔力を共有することができるんだ。ティアが最近頑張って、森で魔法を沢山使ったでしょ? ティアの魔力量が倍以上に増えたから、ボクらも進化したんじゃないかな」
『なるほどな。感覚ではあるが、ティアの魔力量は十倍以上に増えていると感じるから、あながち間違ってはいないだろう』
うんうんと頷いている我を、ティアがジーッと見つめている。
「レオンは進化しないの?」
『ん? 我はしんじ……あぁ、精霊と言っていたからか』
ティアは頬に手を当て、コテンと首を傾げた。その仕草に、その場にいた全員が笑顔になる。のほほんとした空気の中、ティアがズバッと言い当てた。
「レオンは精霊じゃないよね? アトラたちとは持ってる力が違うでしょう?」
『気がついていたのか! さすがだな……』
この言い方ならば、随分前から確信していたのだろう。ティアにとってそれはどうでも良いことだったから、今まで何も言わなかっただけで。
「えっと、あのね? ちょっと良い?」
『どうした?』
「試したいことがあるんだけど……」
ティアの瞳が期待にキラキラと輝いている。何を試したいのだろうか? ティアが期待することだろう? まぁ、ティアは我の契約者であり、主だからな。ティアのやりたいようにやらせてみようか。
『うん? 構わんが、何をするのだ?』
「魔力をレオンに渡すだけだよ。それしかないと思うんだ」
『ほぉ? よく分からんが、我は魔力を受け取ればいいのだな?』
「うん。素直に受け取ってくれたらいいんだと思う。コトラのときもそうだったから」
『な、何? コトラのとき? どういうことだ――――――――って、あ、あ? どうなっているんだぁ――――――? う、うっ。お、おぇっ……』
我はティアの魔力を受け取り、顔を上げた瞬間に視界がグニャリと曲がって力が入らなくなった。かなり強いめまいがするから、目をギュッと閉じて、前脚に頭を乗せたポーズを……ん? フサフサなはずの我の毛がないではないか!? 毛が抜けたのか? めまいで目が開けられないから確認ができないぞ! それに、我に何が起こっているのか聞きたくとも、気持ち悪くて声が出せない。ティアは何をしたのだ?
「あらあら、まぁまぁ。ラウラ、こちらを使って?」
「はい、お祖母様。レオン殿、失礼しますね」
我の腰に布を巻いたか? ん? 我の毛は長めで美しいから、隠す必要などなかったのに……婆さんが隠せと布を渡したわけだから、我は今、恥ずかしいことになっているのではないだろうか!? 大丈夫なのか!?
「レオン、大丈夫? 気持ち悪いの、まだ酷い?」
ティアは気持ち悪くなることを知っていた? そう言えば、コトラのときもなんたらかんたらと言っていたな。気持ち悪くて声を出せないから、念話でティアと話すしかないか。
『ティア、どういうことだ? 我は気持ち悪くて吐きそうだぞ……』
「あ、大丈夫? コトラもひっくり返って大変そうだったけど、二十分ぐらいして体が馴染んできたら、平気になるみたいだから頑張ってね!」
他人事だな……まだ五分も経っていないんじゃないか? これをあと十五分も我慢するのか? 神獣である我は、痛い思いなんぞした記憶は何千年も前だからな。腹を壊すことすらなかったから、急な不調に心が折れそうだぞ。うー、駄目だ。ちと横になって、ぐったりしていよう。
「婆さん、おさがりはまだあっただろうか?」
「ええ、双子のがありますよ。セバス、場所は分かるかしら?」
「はい。すぐにお持ちします」
周りがバタバタしているな? まだ目も開けられないから、現状を把握できないが、爺さんたちが動いてくれているなら大丈夫だろうと、少し安心できるな。ん? 待てよ? コトラもそうだった?
「お持ちしました。恐らく、八歳から九歳ぐらいと見受けられましたので、それくらいのをお持ちしましたが、よろしかったでしょうか?」
「ええ、婆もそれくらいだと思ったから大丈夫よ。ありがとうねぇ」
会話から察するに、まさか我は……
「レオン、自分で服って着れる? あ、バランスの取り方が違うから無理かも? 着れたとして、いきなり二足歩行できるのかなぁ?」
本気か? 信じられないぞ。我が人間の姿……人型を取っていると? あまりのショックに薄っすらと目を開けると、確かに我の手は……小さいな? 子どもの手だ。気持ち悪さが消えたら服を着て、鏡で全身を確認しよう。
神獣で人型を取れるのは、神に近しい者だけだ。何千年も生きて来たが、一度も見たことがなかったぐらいレアなんだぞ? いやいや、まだ本当に人型を取れているかも分からない……。まあ、手は人間の子どもの手だったが……。プチパニックになっている我は、めまいが取れるまで、ぐったりと毛足の長い絨毯の上で転がる羽目になったのだった。




