第31話 魔物との対峙 ★ジョセフ SIDE
我々は森の入り口に到着しました。双子はティアに、防御魔法をどちらがかけるかで揉めている様です。それを見たレオン殿が、ニヤリと笑った気がしました。見た目がフェンリルなので、はっきりとは分からなかったのですが。
『ティア、我にも防御魔法と脚力強化魔法をかけてくれないか？』
「うん、良いよー！気配隠蔽魔法もかける？」
『ああ、そうだな。魔物が逃げてしまうからな。それで頼む』
「はーい！」
複数の魔法を一気にかけた様ですな。それも3つ。私は公爵家を出発時にティアの実力を見て知っておりましたから、少し驚いただけで済んだのですが、双子は驚き過ぎて固まっておりますな。
「てぃ、ティア？あー……うん、兄様たちにも同じ魔法をかけてくれるかい？魔力が足りているならで良いからね」
「ん？魔力は多分回復してるから、全然大丈夫だよ。兄様たちにもかけるね！」
お？私にもかけてくれた様で……うん？な、なんだ、これは……
「お、お祖父様……！」
「ああ、ティアが私にもかけてくれたから分かった。これは、早めに対処せねばならんな……」
魔力量の差でも魔法の強さは変わります。ですがこれは、そんなレベルでは無いのです。ティアの魔法は、恐らく我が帝国の魔導師たちなど比較にならないくらい強い。これなら魔物に攻撃されても、森の奥深くまで進まなければ、かすり傷ひとつすら負わずに済むかと思われます。それくらい、この『防御魔法』ひとつ取っても桁外れなのです。
「ねぇ、ティア。ティアはどんな訓練をしたの？」
「訓練？普通だよ？本に書いてある通りに練習したよ！それに、地下だったから、攻撃魔法は使った事がないよ？」
ああ、ラウルが遠い目をしています。考えるのをやめましたね。本を読んだだけで、攻撃魔法を撃った事も無い3歳児に負けたと思えば、現実逃避したい気持ちもよく分かりますが。
「そっか、そっか。じゃあ、今から小さな魔物を兄様が連れて来るから、攻撃魔法を使ってみるかい？」
「うん！えっと、森だから風か氷の魔法かな？弱い魔物なら属性は関係ないんだよね？」
森というのは火事になるのが1番恐ろしい事だと、しっかりと理解している様ですな。これらは基本なのですが、急に魔物に襲われたりと、咄嗟に攻撃する時には忘れてしまいがちなのです。双子にも、基本こそが大事だと教えて来ました。基本が出来なければ危険でもありますし、応用が出来ないからですな。
『そうだな。だが、属性を毎回調べてから攻撃する癖を最初からつけた方が、強い魔物と戦う練習になるぞ？』
「そっか。じゃあ、兄様が連れて来てから決めるね」
ラウルは森の中に入り、少し遠くにいる小さな植物系の魔物に小石をぶつけて、自分にヘイトを向けたようで、こちらに向かって走って戻って来ます。
「ティアは攻撃魔法をすぐに放てるの？」
「うん、多分だけど出来るよ」
『ティアは覚えた魔法は、生活魔法も、防御魔法も1発で成功させていたからな。失敗した事は無いし、恐らく大丈夫だろう』
絶句しているラウラから、目線をラウルに向けたティアは、あっという間に風の魔法を魔物の上に展開した。
「な、なんだ？もしかして、魔法を手元から離した状態で、維持しているのか？！」
ラウルが自分と魔物の真上に魔法が展開されたのに、まだ攻撃して来ない事に驚いておりました。それもそうでしょう。魔法を展開したまま維持できるのは、長年訓練して来た者ですら難しいのです。確かに防御魔法は張り続けますが、魔力を使う量が違います。それに、魔法が手元からこんなにも離れていれば、コントロールは緻密である必要がありますから。
「展開した魔法が暴れずに、ここまで静かに維持できるなんて……ティアは天才なのね。暗殺者だったら、間違いなくSSランクだわ。ラウル、敵じゃ無くて良かったわね」
驚き過ぎたラウラは、声はそのままに、言葉だけが淑女に戻ってしまった様です。まぁ、流石にこれには私も驚きましたが。明日にでも皇都へ報告に行くべきでしょう。ここまで凄いと、隠してひっそりと暮らすには無理があるでしょうからな。
「兄様、攻撃するよ？左右どちらかに、5歩移動したタイミングで攻撃するけど大丈夫？」
呆けていたラウルがハッ！としてティアへ視線を戻す。
「あ、ああ、分かった！行くよ！ふんっ！」
ラウルは分かりやすい様に大股で、そして攻撃が当たらない様に気をつけながら5歩移動した。風の刃は3枚だったのだが、その全てが魔物に当たり、魔物はあっという間に絶命……即死しましたな。
「凄いな……」
「これで初めての攻撃魔法……」
双子の驚く気持ちは分かりますが、2人ともティアと同じ様に、案外何でもすぐに出来る子供でした。昔のことだからか、自分たちのことだからか、忘れてしまっているようですな。
「やはり、ティアには弱過ぎたようですな。ティア、レオン殿の背中から降りない約束で、森の奥へ少しだけ進んで見るかい？」
ティアは魔物の森に興味津々のようですからな。無いとは思うのですが、ひとりで森へ来たりしない様、出来る限りはやりたい事をやらせてあげたいと思うのが、親心ならぬ爺心でしょうからな。ほほほ。
「うん！行きたい！レオン、いい？」
『あぁ、いいぞ。良かったなぁ、お許しが出て』
大きく頷き、「うんっ！」と返事をするティアを、レオン殿が愛でていて、どちらも愛おしいですな。
「ティアは行きたかったの？」
なぜかラウラが驚いていますね。自分よりも大きな魔物ばかり出る森に自ら入りたいと言う子供は居ないと思ったのでしょうか。自分たちも小さい頃から森で、楽しそうに訓練して来たはずなのですけどね？
「うん、ずっと行ってみたいと思ってたの。おじいちゃまも、兄様たちも、お城や国民を守るための、とっても大事なお仕事をしてるんだって、母様が言ってたの。とても誇りに思うって」
「そ、そうなのか……」
改めて娘の想いを聞くのも、褒められている様で恥ずかしいですな。ティアはバーバラの言うことも、ちゃんと聞いて理解していると言っていたのですが、本当だったのですな。当時は1歳になったばかりだった気がするのですが。まさか、こんな赤ん坊がと思っていましたが、きっとその頃から既に理解していたのでしょうな。
「はははっ。お祖父様の照れる姿は初めて見ましたね。私たちが何を言っても顔色一つ変えないのに、やっぱりティアには弱いのですね」
ラウルが珍しく、私を揶揄って来ましたな。まぁ、揶揄われる様な隙を見せないようにするのが仕事だからでしょうか。まぁ、一種の職業病みたいなものなのですが。
「私も、照れる事ぐらいある。さぁ、時間に限りがあるんだから、先へ進もう」
「わーい！」
ティアはレオン殿の背中で楽しそうに森の中を観察してました。レオン殿が居るから問題無いと思うのですが、森の中はとても歩きにくく、ヘビの様な変な動きをする魔物も足元には多くいるのです。ここからは私も気を引き締め、可愛い孫たちの保護者として集中しようと気合を入れるのでした。
