第24話 双子の秘密
ティアと出会う前の、事故に関わる説明をしてくれたラウルは、ふぅ、と息を吐いた。振り返ると経験した事とは言え壮絶だったのだろう、ラウラも爺さんもグッタリしていた。
『そうだったのか。良く生きて帰ってくれたな。そなた達を失っていたら、きっとティアは立ち直れなかっただろう』
ティアを横目で見れば、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。どうやら長い話の間に、ラウラの膝の上で眠ってしまったようだ。双子との再会が嬉しくてたくさん泣いたし、出発が朝早かったのもあるだろうな。
「そうですな……ああ、そうだ。「立ち直れない」で思い出しました。レオン殿、セバスを呼んでもよろしいでしょうか?ティアを迎えに丘へ向かわれた時にセバスと少し話したのですが、どうしても直接お礼を言いたいと聞かんのです」
『ん?双子の執事だったよな?構わんが、我はその男に礼を言われる事をしたか?』
「ふふふ、神獣様はお優しいのですね。今、セバスを呼んで参りますね」
「ラウラ、ティアが膝の上で寝ているから、私が行って来るよ」
優しく微笑んだラウルが廊下に出て間も無く、セバスを連れてラウルが戻って来た。
「な、な、な……お、お、恐れ多くも……」
『落ち着け。我は神獣フェンリル。名をレオンと言う。ティアには神獣である事を内緒にしているから、我の事はレオンと呼んでくれ』
先に名乗っておいた方が良いだろうと、サラッと自己紹介をしてみたが、セバスはまだ緊張している様だ。大きく「すぅ――っ、ふぅ――ぅ」と深呼吸をして、やっと声を出した。
「か、か、かしこまりました、レオン様。私は坊ちゃん達が幼い頃から、お2人の執事を務めております、セバスと申します。元は貴族ですが、家が潰れましたので姓はありません」
『ほぉ、幼い頃から仕えていたのか。だから「坊ちゃん」なのだな』
「あ、はい……」
「セバス、構わないよ。レオン殿はティアの命の恩人なんだから、私達の秘密のひとつやふたつ、知られても問題ないよ。ですよね、お祖父様」
「そうだな。ラウルの言う通り、全く問題ない。それよりセバス。礼を言いたかったのでは無いのか?」
「あ、は、はい!レオン様、本当にありがとうございました。私の主は双子のお2人とはいえ、お嬢様がこんな目に遭うとは思っておらず……お嬢様が行方知れずになったと聞いて、公爵家に戻りたかったのですが、公爵に「もう戻って来なくて良い」と言われてしまいまして、屋敷を探る事すらできなかったのです」
『なるほどな。母親は怪我で動けず、公爵家に動かせる味方が居なかったのか』
「そうですな。一応、味方はそれなりに数もいるのですが、身分が低くて自由に動けないと言いますか……」
「お祖父様のお陰で、何とか権限を持った強い味方として潜り込めたのがセバスなのです」
『なるほどな。それでは、そなた達が兄妹である必要があるのも、あの男のせいなのか?』
我から見ればすぐに分かるのだが、ラウラの中身は男性だ。ドレスを着て、おっとりとした令嬢らしい言葉を話していても、我からすれば違和感しかなかった。人間にはわからない程度の違和感だろうがな。
「ええ、そうですわ。あの男は、わたくしとラウルが生まれる少し前に、子が双子である事を知りました。そして、その時に母上に言ったのです「両方とも男だった場合、弟は殺せ」と……」
『公爵家には迷信でも残っているのか?双子の兄弟は片方が悪魔だとでも?』
「それに近いですな。公爵家の双子は縁起が悪いと。それも男の兄弟であれば、片方は始末すべきだ、と……」
『ふん、馬鹿馬鹿しい。まぁ、それで身重な母親が大変だったのは言わずとも分かるな』
「母上とセバスは、双子が女の子である事を祈りました。もしくは、片方が女の子であって欲しいと。ですが、産まれたのは私とラウラ、2人とも男だったのです」
『それで、弟が女装を?』
「あ、いえ。本来は私が弟です。3歳までは私が女装させられていたのですが……」
「ふふふ、ラウルは女の子で言う、お転婆だったのです。これ以上は難しいと頭を抱えていたお義母様に、わたくしから「代わります」と伝えて、今の形となっているのです」
『何だって?では、本来であれば、長男がラウラ、次男がラウルなのか』
「はい、そうなります。剣技などもラウルの方が得意でしたし、わたくしはどちらかと言えば頭を使う方が得意でしたので、すんなりと役割が決まった感じですね。ですが正直、そろそろ難しいとは思っていたのです」
『ああ、声変わりがあるからな。もう19歳だったか?普通は14歳ぐらいには、ある程度変わっていてもおかしくなかったような?』
「そうなのです。わたくしは魔法が得意なので、喉の閉め方などを変えて頑張っていたのですが、限界が来てしまいまして。お祖父様の魔道具も試したのですが、大人の声か子供の声か……若い娘の声が難しかったそうで」
「今の声も、2時間が限度のようです。我が家は公爵家ですから、主催でお茶会などを開く事も多かったのですが、終わった後に声が出せないほど、傷がつくのです。無理矢理声を変えているわけですから、その分ダメージも大きいのです」
「ですので、もう死んだ事になっておりますし、そろそろ男として生きて行こうと思っていたのですが……」
ラウラがティアをチラリと見て微笑んだ。
「あはは、そうだったね。女装を解いた時に、ラウラである事にティアが気づいてくれなかったら生きて行けないと、このまま女性の姿で生きて行こうかと、つい昨晩まで思い悩んでいたのですよ」
「ちょっとラウル!秘密にしてって言ったでしょう!」
『くくっ。では、ティアの前で女装を解けば、その問題は解決するな』
「はい、レオン様のお陰で、わたくしの憂いも消えましたわ。ふふふ。こんなにも簡単に、全てが解決するとは思いませんでした」
「ラウラ、まだやるべきは残っているよ。私は公爵を許す事は出来ない。お義母様も助けなければならないし、ティアを虐めた者達は全て、屠ってしまいたいな」
ニヤッと歪んだ笑みで怖い事を言い出したラウルの怒りも、我達と同じなのだろう。
「あら、ラウル。お顔が大変な事になってるわよ。まぁ、わたくしにも残しておいてよね?ふふふっ」
『そなたら、ほどほどに、な……?』
「レオン殿。直接手は出せなくても、お手伝いはしていただけるのですよね?」
後退る我に、ラウルの祖父なのだと分かるような、良く似た怖い笑顔の爺さんが圧をかけて来た。確かに我は神獣なのだが、我もあの男は絶対に許せないからな。ただ、彼らがヤるのであれば……我の出番など無いのではないか?
『そなた達だけでも戦力過多だろう?現役の諜報員と、その諜報員に鍛えられた孫2人だぞ?確かにあの男は許せないと思っているが、そなた達が仇を討ってくれると信じているからな?』
「ふふふ。ラウル、お祖父様。実際に復讐する時には、レオン様にはティアを守ってもらいましょう?わたくし達の唯一の弱点は、ティアですものね」
「「確かに」」
どうやら我は、ティアを守る役目になりそうだな。
「ん――――、ん――?」
「おはよう、ティア。ゆっくりお昼寝できたかしら?そろそろランチの時間ね。何が食べたい?」
「サンドイッチ!お野菜のが食べたい!」
『野菜なら大丈夫だろう。肉類も、干し肉は与えていたから、少なければ食べられると思うぞ』
「ありがとうございます、レオン様。セバス、お願いできる?」
「お任せください」
1年ぶりの団欒になるからだろう、皆んなとても嬉しそうだ。こんなささやかな幸せを、日常にしてあげたいと……きっと、ここにいる全員が思っている事だろう。我も可能な限り、ティアが幸せだと思える日々を送れる様にしてやりたいと思っているぞ。




