第103話 隣国からの留学生
皇帝へ呼び出された翌日、俺たちはいつものように教室へ入った。ルカは担任が一緒に連れてきて紹介するということになったので、一旦、担任のもとに預けてきたのだ。
朝礼の時間、担任からはルカの紹介と、帝国で使われている共通語は片言程度しか話せないことを説明された。そして、ルカの世話役に選ばれたのはクリスだと告げる。もちろん、クリスは双子とウィル、そして俺が近くにいる。それに、気配りのできるアリシア嬢もいるから困ることはないだろう。
そう思っていたのだが、朝礼が終わり、担任が教室を出た瞬間、室内が一気に騒がしくなった。
「ラウル先輩やルシアン様が選ばれるなら納得できるんだけどな」
「そうだよな。あの頃はまだ18歳で今の俺たちと同い年だったのに、皇帝陛下の命で隣国へ向かい、同盟を結んでお戻りになったお2人なのだから、素晴らしいことは誰しも知っているだろう?」
「サザラシア語はもちろん、軽く5カ国語はマスターなさってると聞いたぞ?」
「ラウル先輩とルシアン様が選ばれるのであれば、当たり前だと思えたよな」
「ああ、そうだな。それに俺たちはSクラスなんだぞ? レオン様は隣国出身だし、皇太子殿下は同盟国として責任があるから選ばれることは理解できるが、あのちっちゃい護衛がメインで選ばれる理由が分からないな」
「小さいから動きが速いだけだろう?ほかに何か特技でもあるか?」
クラスメイトは、相変わらずクリスを貶す発言をしているな。後で痛い目を見るとは思うから、あえて放っておこうか。そう思った矢先……
「〝クリス様を貶すなんて!〟」
一番怒っているのはルカだったのだ。どうやら、ルカは正義感も強いようだ。そして、クリス信者、だな……
「〝ルカ、怒ってくれてありがとう。でも、ボクにはちゃんと役割があるから、このままで良いんだ〟」
「〝でも…………〟」
「〝ルカくん、わたくしたちは皆クリスの味方よ。わたくしたちがクリスを守るから大丈夫。何かあったら、ルカくんもクリスを守ってくれたら嬉しいわ〟」
優しい笑顔でゆっくりと話しかけるアリシア嬢に、ルカは頷いて「〝貴女がそういうなら〟」と折れてくれたようだ。敵ばかりであれば対応すべきなのだろうが、クリスが優秀であることは、本来であれば試験の結果から分かるのだがな。アボットたちが広めた噂のせいで『裏口入学』であれば『不正をしていてもおかしくない』という考えが生まれ、クリスが正当な評価を受けていない状態だ。
「〝ルカ様、帝国の共通語はどれぐらい話せますか? それ次第で共通語で話しかけますよ〟」
話を逸らそうとしてくれたのだろう、真面目な男ヘンリーは、ルカにサザラシア語で話しかけた。アリシア嬢は辺境伯領に近いから、外国の言葉を覚える理由は分かる。森から異国の人間が侵入したときに言葉が通じないと面倒だからな。だから俺はヘンリーまで話せることに少し驚いた。
「〝あ、ありがとうございます、ヘンリー様。ぼくのことはルカとお呼びください。アリシア嬢もそうしてくださると嬉しいです〟」
ルカはにっこりと、太陽のような笑顔を見せる。フワフワとした明るめの茶髪に、愛らしいクリクリとしたアンバー色の瞳。既にクラスの女子はルカの可愛らしい姿にメロメロだ。他のクラスからもルカを一目見ようと廊下にはたくさんの女子が押しかけていた。
「〝帝国共通語は、学び始めたばかりで……。簡単な挨拶ぐらいしか分からないんです〟」
「〝それなら、身近な単語から覚えますか? それか、お好きな授業を教えていただけたら、私がノートを作ってきましょう〟」
ルカは俺たちと違って、ある程度の数、座学の授業も受けるらしい。いくつか受けて、必要ないと感じたら自主学習することになっていると聞いた。18歳組のヘンリーとアリシア嬢、復学のラウルとルシアンは全ての授業に出るため、ルカの面倒を見てくれることになったのだ。
「〝そ、そんな! そこまでしていただくわけには……〟」
「〝ルカ、気にしないでください。私にとっては今より少し高度な語学の勉強にもなるでしょう。サザラシア語の専門用語を知るきっかけになればと思っています。言い回しなど間違っていたら教えていただけますか?〟」
「〝ええっ! 今でも十分だと……とても上手に話していらっしゃるのに、もっと上を目指されているのですか?〟」
「〝ふふっ。私は将来、何にでもなれるように勉強したいんです。例えば……外交官になれたとしても、通訳を挟んでしまえば、上辺だけのニュアンスしか伝わらないでしょう? それは国のためにはならないと思うのです〟」
「〝へえー。ヘンリーは外交官になりたいの?〟」
「〝あ、いえ、例えばの話ですよ。ルシアン様は御存知でしょう?〟」
苦笑いするヘンリーに、ルシアンは「ふふふ」と笑いながら目を細くして彼を見つめた。
「〝ヘンリーは頑張り屋さんなんだね。確か、帝国共通語と帝国の古語は既に学者レベルだと聞いていたけれど〟」
それは凄いな。言葉のプロフェッショナルか。それなら帝国の中枢で働けるんじゃないのか? ルシアンが褒めるぐらいだからな。きっと俺の予想以上に凄いことなのだろう。
「〝凄い! そんな方に頼むなんて、申し訳ないですっ〟」
「〝いや、そんなに大袈裟なものじゃないですよ。帝国の言葉が古かろうと新しかろうと、辞書なしで分かるってだけで。それよりも私は、ルカの美しい発音のサザラシア語で、専門用語などを教えて欲しいのです。お互いに良い条件だと思いませんか?〟」
「〝は、はい。ありがとうございます。ぼくも精一杯、分かることには答えていきたいと思いますので、よろしくお願いします!〟」
「〝こちらこそ、よろしくお願いします〟」
丁寧なサザラシア語でペコペコしながら話す二人は、この教室ではとても異様に見える。クラスメイトも「何を話しているのだろう?」といった顔で二人を遠巻きに観察していた。
「〝ねえ、ルカ。放課後はラウル兄様の家で体を鍛えたり、魔法の練習をしたりするんだけど……〟」
ルカとヘンリーの話が一段落したのを見計らって、クリスがこっそりと話しかける。
「〝あ、はい。ぼくもやりたいです!〟」
「〝やったぁ! じゃあ、おやつは何がいいかなぁ?〟」
ポカンと口を開けて固まるルカに、皆が笑顔で肩を叩いたりとコミュニケーションを取った。
「〝あはは、クリスに緊張しなくても大丈夫だよ。何て言われると思ったんだろうね?〟」
「〝ふふっ、ルカはまだ慣れてないから仕方ないよ、ラウル〟」
「〝クリスの帰ってからの楽しみの一つが“おやつ”だから仕方ない。ルカの好みを知りたかったんだろう?〟」
「〝あ、うん。アレルギーとかあったら皆と同じ物を食べられなくて可哀想でしょう? ボクなら拗ねちゃうもん〟」
可愛らしい回答に、双子はクリスの頭を撫でくり回している。
「〝あ、お気遣いありがとうございます、クリス様! ぼくはお菓子に好き嫌いはありません。ああ、サザラシアで冬に作られる氷菓子は苦手ですが……〟」
「〝そうなのかい? あれはあれで美味しいと思うけど〟」
ルシアンがサザラシアで食べた氷菓子を思い出すように上を向きながら答えた。
「〝小さい頃は好きで食べていたのですが、勢い良く食べ過ぎて、頭が「キーン!」とするのが苦手なんです。ゆっくり食べても、「キーン!」となるんじゃないかと、びくびくしながら食べるのでは美味しくないでしょう?〟」
「〝あらあら。ルカは案外せっかちさんなのね。ふふっ〟」
「〝あ、はい、そうなんです。えへへ〟」
アリシア嬢に憧れの眼差しを向けるルカに、ルシアンが器用に片眉を上げている。年齢的にはアリシア嬢の一つ下で、婚約するにも特に問題は、ない。少し焦っているか? ルシアンにしては珍しいな。そんなルシアンを見ながら、ついニマニマしてしまう俺なのであった。
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