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八方美人とHSP

作者: ノマズ

 HSP気質の人は、八方美人になりやすいように思う。

 『八方美人』という言葉を調べると、「嫌われたくないから相手に同調する」のが特徴、だとか、「自分の無いYesマンだ」とか、「嘘つきだ」とか、なかなか、散々に書いてある記事が多い。確かにこの言葉自体、現代ではネガティブな表現として使われているから、仕方ないのかもしれない。


 しかし私は、こういった、世にありふれた八方美人の特徴だったり、そういった態度をとる心理的なロジックは、大いに間違っているように思う。偉そうに八方美人の特徴だったり、その心理を解説していたり、最初から八方美人を悪者と決めつけて「治すには」なんてことを言っているライターは、浅はかだ。


 さて、上記にも挙げた八方美人の態度――「相手に同調する」について私なりに解説しようと思う。確かに八方美人は、相手に同調する。自分がAと思っていても、誰かがBだと言えば、「確かにそれもあるよね。Bもいいね」と、そんな態度をとる。だからこれに対して、「自分の無い人間」「日和見主義」などと散々に叩かれるわけだ。その場その場で、「良い人でいたい」がために、相手に合わせていると、そう捉えられている。


 しかしこの心理ロジックは間違っている。なぜ八方美人が、自分の意見を押さえてまで相手に同調するかというと、これには大きな二つの理由がある。


 一つは、八方美人が平和主義者だから。八方美人だって、追い詰められれば戦うが、この平和主義者にとっては大抵のことは、争うほどの事ではない。ここが、他の気質とは違う所だろう。普通は、自分の考えや意見を主張する。それを他人に押し付けて同調を生み出す力が、いうなれば、コミュニケーション能力だ。ところが八方美人の価値観では違う。それは、意見が衝突する危険を冒してまですることではない。だから大抵、八方美人は聞き役に回る。


 理由の二つ目は、物事を多面的に考えているため。例えば、Bという意見が出たとする。それに同意を求められたとき、八方美人の中では、仮にAだと思っていたとしても、なぜこの人はBと考えたのだろう、とか、Bにも確かに納得する部分があるだとか、AよりBの方が確かに良い部分もある、と、そういった思考が巡る。そしてまた同時に八方美人は、相手を傷つけたくないとも思っている。その結果、「うん、私もBだと思う」と、そんな答えに行きつく。


 またもう一つ重要な点は、八方美人の多くが、HSPなのではないか、と思われる点だ。HSPは基本的に争いを好まない。特に「怒り」という感情は、HSPが人付き合いで最も注意している感情だ。相手がそれを、少しでも出そうものなら、HSPはそれを感じ取り、とたんに嫌な気持ちになる。HSPも八方美人も、ここはとてもよく似ている。「なんでそんなことで皆対立するの」と、彼らは正直、思っている。


 八方美人にならないためには、なんて言っている記事には、こんなことがよく書かれている

 ――Noと言え。


 でも私は、本物の八方美人には、これは無理だと思う。猫に泳げと言っているようなものだ。大体、八方美人がNoと言わないから、この世界は上手く回っているのではないだろうか。面倒な事、皆が何となく敬遠すること、そういった立場・役職、それはいつも何となく引き受けてくれるのは、八方美人ではなかったか? 皆の対立しそうな雰囲気を読んで、いち早く場を和やかにしていたのは、八方美人ではなかったか? 多くの人は八方美人を鈍感だとかマイペースと捉えてそう言うが、事実は、八方美人の敏感さを、鈍感なその他大勢が捉えることができていないだけなのだ。


 彼らがなぜNoと言わないのかを教えてやろう。彼らは、貴方たちが不機嫌になるのを嫌っているからだ。対立があるくらいだったら、自分が引き受ける。そうすれば、この嫌な思いは自分の中だけに止めて置ける。――そんな風に考えているのだ。そんな彼らを捕まえて、「八方美人にならないために」なんて言葉が言えるだろうか。だから私は、こういうライターは浅はかだと言うのだ。物事の表層しか見ていない。八方美人を非難するより、彼らという存在を正しくとらえられていない己を批難すべきだ。


 私には、八方美人やHSPに対する周囲の理解の無さが、よくわかる。彼らは、どうして皆はこんなにも鈍感なのだろうと世間に感じている。しかし世間の多くの人は、八方美人やHSPは、押しが弱いから、逆に何も考えていない鈍感な奴と、捉えている。彼らが縁の下の力持ちで、色々な局面でこの社会を支えていることを、そうでない人の多くは、全く見えていない。そして、好き勝手に彼らを劣った者として非難する。「多様性」なんて薄っぺらい言葉を持ち出す前に、身近にいる彼らの存在に、まず目を向けるべきだ。そしてもし運よく彼らを発見したら、「多様性」について聞いてみると良い。彼らほど、そのことについて深く深く日頃から考えている人種はいないのだから。

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