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9ドアはひとつじゃない

オルソン救出の為のひとつのドアが開かれました。強引なテイラー子爵は策略家であり、味方にすれば頼りになる存在です。ブリガンティン船とは船の形の名称です。マストは2本、メインセイルとして縦帆じゅうはん、フォアセイルには横帆おうはんを備えています。縦帆は少ない人数で操船が可能ですが、横帆はそれぞれの帆桁に人が並んで帆を巻き上げたりおろしたりするので人手がいります。

 オルソンが偽の役人たちに連行されてからというものの、決め手のなる情報がなく時間だけが経っていく中で、ああでもないこうでもないと策を考えるマリサ。テイラー子爵の「貴族殺害の嫌疑を初めて知った」という言葉に、そもそも貴族殺害の事実はなく、オルソンを捕らえて利用するためにでっち上げたものだろうと推測した。そうであるなら、奴らが目的を達成するまではオルソンを生かしておくだろう。


(奴らの狙いが毒だとしたら、その先に来るものはなんだ?ジョージ国王陛下を亡きものにするのか?もしそうだとしたらオルソンはとんでもないことに巻き込まれていることになる)


 マリサは日々、その思いが強くなり少しばかりのことでいらだってしまうようになった。あれから義母ハリエットに口論して家を飛び出したことを謝罪したが、以降も落ち着きない日々を送っている。助けようにも情報が少なすぎるのだ。

 そしてテイラー子爵は相変わらず目をぎらつかせながら商船会社の運営にかかわらせろと言ってくる。だが、それはもう一人のオーナーであるオルソンの許可がいるだろう。そして何かを勘ぐるかのように事あるごと理由を見つけてはマリサから何かと聞き出そうとしていた。


「マリサ、私も何度かコーヒーハウスや街道の界隈で聞き耳を立ててみたけど、オルソン伯爵の話題や貴族殺しの話題を耳にすることはなかったわ……。もし悪い人たちに連れ去られたとしたら何が目的なんでしょう。そしてオルソン家はこのことをなぜ陛下に話さないの?話せばきっと力になってくださるわよ」

 ふさぎこむマリサを見かねてハリエットが声をかける。貴族が巻き込まれた事件なら大事(おおごと)にしてわざと広めるのも手段のひとつだろう。

「ごめん……お義母さん、今は何も答えられない。これはジョージ国王陛下もご存じないことだ。オルソンの事件を話したとすると話さなくてもよいことまで話さなきゃいけなくなる。……あたしの推察だけどオルソンは生きている。()()()()()()()()()()という話を聞かないからね」

 どんなに周りに助けを求めたら楽だろうか。オルソンとの思い出が次々に甦る。


(イライザ母さんはフランスという言葉を残した。フランス語を話す人物がヘンリエッタとかかわっていたということだ。国内のジャコバイト派は掃討されつつある。ルイ14世から追放されているジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏もフランスにはいないとすれば、オルソンを利用して何を企ててようとしている?)


 その日も様々な思考が巡りつつもいらだって仕方がなく、アトランティック・スターズ社へ向かう。これまでにもアーネストへ手紙を書き状況を伝えたが書くべきことがらもなくなってしまった。


 

「ハーヴェー、魚は釣れたか?あたしはさっぱりだ」

 オルソンの行方についてハーヴェーは飲み屋やコーヒーハウスなど人が集まる場所へ出向いては聞き耳を立てていた。それでも彼が寄るようなところは市民の集いの場であり、どうしても情報が偏ってしまうことは否めなかった。

「オルソンの話題は皆無だよ、相変らずな。今のコーヒーハウスの話題は女優が駆け落ちしたっていうゴシップだぜ。それもフランス演劇だ。フランスの劇団がある貴族様の招きを受けて上演に来ているのだが、なんと看板女優が駆け落ちしてしまい、上演できなくなったってことだ。……こんな情報、なんも役に立たねえよな……」

 ハーヴェーは有益な情報を得ることがなかったからか、そのままマリサから視線をそらした。

「フランスの劇団?まあ、貴族様相手ならフランス語の教養があってもおかしくなかろう。……で、ハーヴェー、船のほうはどうなっている?」

 マリサがそう聞くと、さっきまで言葉を発するのが億劫そうだったハーヴェーの目が大きく見開き、マリサを見つめる。

「実はな、ちょうどいい塩梅(あんばい)の船が港へ入ったんだよ……。その船はな、海賊に襲われて船長が亡くなり、船乗りも道連れになっている。生き残った船乗りたちは通りかかった海軍の船に助けられ、曳航(えいこう)されながらようやく帰ってきたというわけだが、なんと保険に入っていなかったらしい。なんでも保険料未払いのまま航海へ出てしまったという何とも無謀な行為の結果だ。だから船会社は修理に出すよりも売却か廃船を決めた。何ならその船を見に行ってもいいぜ。ただし、修理に金がかかることは言っておく」

「見に行ってもよさそうだな。オルソンがいない以上、待っていたら機会を逃してしまうだろう。経営に伯父様が加わることとはまた別問題だ。ハーヴェー,案内してくれ」

 マリサはそう言ってハーヴェーを誘うと、哀れな船を見るために港を目指す。



 その船を見つけるのに時間はかからなかった。港の中でひときわ目立って違和感を醸し出していたその船は、襲撃されたその船は斜桁やブームがあったりなかったりでメインマストが残されているだけでも幸運だといえるものの、帆は切り裂かれてボロボロである。海賊が人為的に切り裂いたほか、満身創痍の航海でもまれたようだ。恐らく曳航なしで帰ることは困難だったろう。他にも襲撃の際に破壊されたと思われるところがいくつもあり、これを見たマリサは我が目を疑った。

「ハーヴェー、ついに耄碌(もうろく)してしまったか……これのどこが売り物だっていうんだ?あたしならそのまま焼いてホットパイにしてしまうぜ」

 覚悟はしていたがあまりのひどさに声が大きくなるマリサ。

「船主はこのブリガンティン船に保険をかけていなかったことで投資家から訴えられている。まあ、そりゃ自業自得ってもんだろう。確かに修理代も馬鹿にならねえ。でもよ……このブリガンティン船を買ったほうがいいと思う本当の目的は乗っていた船乗りたちのスカウトなんだ。というのも、この船はフランスと植民地を行き来しており、船主はイギリス人だが船乗りの多くはフランス人だ。で、俺は彼らと接触した。そう、ちゃんとした業務だぜ」

 ハーヴェーはブリガンティン船が修理可能だと判断し、手を回したらしい。

「なるほど……船乗りたちが目的で船は付随しただけか……。このブリガンティン船を買うことは『ドアはひとつじゃない(捨てる神あれば拾う神あり)』ということだ。あんたにしちゃなかなかいい商売しているじゃないか」

 フランス人の船乗りがいると聞いて少しマリサは機嫌をよくした。ぼろ船であろうと船の購入についてひとりで決めるものではないが、状況が状況だ。もう買うしかあるまい。本当にフランスへ渡るなら慣れた船乗りが必要だ。

 しかし、マリサの機嫌はこのあとすこぶる悪くなった。


 

「何なんだあの値段は!こっちの言い値で売ってくれるかと思ったらふっかけやがって!」

 事務所へ帰ったマリサは腹立ちまぎれにハーヴェーの胸ぐらをつかんで責める。

 ブリガンティン船を所有していた会社は海賊行為によって受けた損害を荷主に払わねばならず、船乗りたちの給料はおろか、修理費用も出せない有様だった。そのため廃船を考えていたらしく、法外な金額をマリサに提示したのである。こうなれば新しく船を作った方がまだ救われるというものだ。

「マリサ、俺は闇雲にこのプランを勧めたわけじゃないんだぜ。ちゃんと後ろ盾があるから言ったまでだ。ほら、()()がおいでになったぞ」

 ハーヴェーがマリサの手を離すと誰かが事務所の扉を開けてマリサを見るなり叫んだ。

「おお!マリサもあの船を見たか。あれは優秀な船だ。そして熟練の船乗りがいる。あれを見たとき私はこの上なく興奮した。お前も知っていると思うがブリガンティン船は海賊が好む作戦向きの船だ。我々に相応(ふさわ)しいとは思わないかね」

 高揚した物言いで入ってきたのは他でもない、マリサの伯父であるテイラー子爵だ。

「伯父様が後ろ盾?……なるほど、経営にかかわらせろと強引に計画をした結果だな」

 マリサは口角を上げるとテイラー子爵と抱擁する。

「……強引だろうとなかろうとあの船を使うしかないだろう?アーティガル号は私掠船として海賊を狩っているし他の船は荷を運んでいる。そして私掠免許はアーティガル号に与えられたものだ。しかしお前が当初ウオルター総督からもらった特別艤装許可証は、お前が”青ザメ”の仲間を守るためにお墨付きとして”青ザメ”に与えらえたはずだ。つまり、元”青ザメ”の頭目であるお前が乗船する船を、仲間の救出のために艤装しても差し支えないということだ。費用のことは心配するな、私が経営者に加われば何とでもなる。この事件の話を聞けば聞くほどフランスの影が見え隠れする……お前はまた船に乗らないといけなくなるだろう」

 テイラー子爵は本気でブリガンティン船を買い取り、船乗りを引き抜く考えらしい。

「ブリガンティン船は所有会社が荷主と投資家へ弁済後、我々に売却される。そして私はブリガンティン船の船乗りたちからも情報を仕入れた。いいか、ジャコバイト派の活動は国内に限ったものじゃない。ブリガンティン船の船乗りたちはフランスのとある場所を何度も定期的に往復していた。そして……ここからが重要だからよく聞いておけ」

 テイラー子爵は側にいたハーヴェーへ手招きすると小声でささやいた。

「船乗りたちはある場所へ背の高い貴族らしき人物を運んだとも言っていた。その人物は頭から袋をかぶせられ、何かで眠らされていたようだとも話していた。彼らはそこでその人物と荷を降ろし、再び荷を積んで航海中、海賊に遭遇したということだ。なぜこのようなことを彼らがしゃべったのか気になるだろう?彼らは海賊に襲われたことや、給料も未払いであることだけでなく、亡くなった仲間に対して会社が何の保障もしなかったことにかなりの不満を抱いていたのだ。だから彼らにお金を握らせてみたところ、あれこれ話してくれたというわけだ。さあ、マリサ、私を会社経営に加えて損はなかろう?」

 この計算高い手の回し様は策略家のテイラー子爵ならではだろう。もうマリサに彼を拒む理由はなかった。

「オルソンはブリガンティン船で運ばれた可能性があるということですか。じゃあその場所も彼らが知っているということですね。全く……伯父様の行動力には感服いたします。これ以上の手がかりはありません。では、あたしの判断で伯父様にも経営に加わっていただきます。ブリガンティン船を買い上げる他の費用は会社への投資だと受け取らせていただきます」

 どのような情報であれ、マリサは救われたような気持ちだった。このマリサの安堵した様子にテイラー子爵はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、それを言葉にすることはなかった。マリサが抱えている何かについて突き止めるには、まだ時期尚早かと思ったからである。


 

 こうしてブリガンティン船はテイラー子爵によって買い取られた。船乗りたちは会社に愛想をつかし、マリサたちによって雇用されることを選んだ。慣れた船乗りの需要は高い。少しでも待遇の良い船を選ぶのは当り前である。

 

 船の手配ができ、オルソンの情報も入ったことでマリサはひとまずアーネストへ手紙を書いた。この事件のことを一番心配しているのは他ならぬオルソン家の長子アーネストだ。そしてブリガンティン船の修理中にグリンクロス島との定期便船が帰ってきた。定期便船は商船であり、人員や農産物などを運んでいた。元海賊たちは皆アーティガル号へ乗船しているため、定期便船の乗員たちは海賊とは無縁の真面目な船乗りばかりであり、のんびりとした雰囲気があった。

 

 桟橋を渡るふたりの乗船客。出迎えたマリサの目に懐かしい顔が映る。

「ルーク、シャーロット、お帰りなさい」

 それぞれと抱擁し航海の無事を感謝する。オルソン家の次男ルークはオルソン救出のために働きたいということで滞在していたグリンクロス島から帰ることを決めており、シャーロットはテイラー子爵とジェーン・ブラントとの結婚式に招待されていたのである。


 ふたりに現在の状況を説明し、テイラー子爵を含めて今後の話をする。ルークもまた、マリサたちと行動を共にするときに備え、ひとまず領地の屋敷へ帰って準備をしたいとのことだった。シャーロットはしばらくウオルターの領地へ帰り、留守を預かっている使用人たちを気づかいながらテイラー子爵の結婚式までゆっくりと時間を過ごすらしい。

 マリサたちに触発されたのかハーヴェーまで断酒して体を鍛えるかのように体を動かし始めた。自分が見つけたブリガンティン船だからこそ、引退を返上して再度船に乗る覚悟だった。

「また船に乗るなんて冗談だろ?それにアーティガル号のメンバーとは違うんだから掌帆長のポストはない。考え直してくれ。もしものことがあったら大変だぞ」

 マリサが何度か声をかけたが、ハーヴェーはお構いなしだった。たとえ自分のポストがなくても船に乗りたい、救出をしたいという想いが強かった。長年”青ザメ”ともに戦ってきたオルソンだからこそ救出作戦に参加したいのだろう。マリサの説得に反してハーヴェーは瞬く間に体力と機敏さを取り戻していく。

 ただ、ブリガンティン船の船乗りたちがいるとしても、海賊に襲撃されて船長他多くの乗員たちを失っており、船を動かすには全く人が足りない。この件についてはハーヴェーが何とかかき集めるから頼ってくれ、と素面(しらふ)で言ったので任せることにした。


 

 そんなマリサもじっとしていられず、なんと女優が駆け落ちして上演不能になっていた劇団に顔を出し、代役を務めるからフランス語を教えろと迫り、元々の演技力も相まって見事採用された。

 言語習得能力にたけたマリサは短期間でスペイン語を習得している。交渉力は必要だと考え、フランス語の取得に臨んだのである。こんな時フレッドがいれば少しでも教えてもらうこともできただろうが、どこかの海で任務に就いているはずだ。そしてオルソン救出のために家を空けることになることをハリエットに正直に話した。

「やはりそうなるのね……。あなたとフレッドのふたり分、心配しなくてはならないわね。行くからには必ずオルソン伯爵を助けだして帰ってくるのよ」

 そう言ってハリエットは深いため息をついた。

「母さん、私はもうお勉強をしないの?」

 エリカがマリサにすがるように抱き着いてきた。マリサと離れるのが不安なのだろう。

「大丈夫、勉強を続けられるようにおばあちゃんに頼んであるよ。音楽の勉強も続けられるようにアーネスト様の了解を得ている。これからも馬車が来てくれるから、安心しておばあちゃんと音楽の勉強に行きなさい。そして読み書きはおばあちゃんが教えてくれるし他の勉強はアーネスト様の奥様が教えてくださるよ」

 オルソン家へ無防備のふたりを通わせるのは少々抵抗があったが、アーネストが何も心配いらないからいつも通りでやろう、と返事をくれたので厚意に甘えてみることにした。



 捨てる神あれば拾う神あり。向かおうとしていたドアは閉じられたが、もうひとつのドアが開かれたのである。

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