8老僭王ジェームズとジョンソン艦長の疑問
ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートと今までフルネームで書いていましたが、長すぎるのでジェームズとしています。彼は『老僭王』と呼ばれており、その意味は身分を超えて王を自称することです。ジェームズは国王ではなく王位請求者という立場でした。
スペイン王位の継承者を巡ってヨーロッパ各国が争ったスペイン継承戦争、ほぼ同時期に植民地を巡ってイギリスがフランスとアメリカ大陸で争ったアン女王戦争は終結し、ユトレヒト条約が結ばれている。しかしジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートを国王にと望むジャコバイト派はあきらめることなく水面下で活動をしていた。
名誉革命後、ウィレム3世によって廃位させられたジェームズ2世はフランスへ亡命、王妃メアリー・オブ・モデナとともに避難していたジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートと合流、ルイ14世の庇護下に置かれ、サン・ジェルマン・アン・レー城に亡命宮廷を置いた。
自らもカトリック教徒であり、イタリアから迎えた妻もカトリック教徒、そして生まれた嫡子ジェームス・フランシス・エドワード・スチュアートもカトリック教徒である。カトリックの王はジェームス2世で終わるかと思われたのに嫡子が誕生し、次の代にまでカトリック教徒の国王が続くことが懸念され、議会でも議論が続けられた。それまでにもフランス軍の力を借りてアイルランドを攻めいるが、情勢悪く味方の兵士を置き去りにしてフランスへ逃げかえるという失態を犯してしまった。ジェームズ2世の支持者はアイルランド、スコットランドに点在していたが、ジャコバイト派の貴族の反乱も失敗し、イングランド軍に平定された。
ことごとく反乱を企てるも失敗したジェームズ2世はその後告解者として生き、1701年脳出血で亡くなった。ジェームズ2世が亡くなったことでまだ子供のようなジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートがその責務を負っていく。
スペイン国王継承者問題に端を発し、ヨーロッパ各国を巻き込んだスペイン継承戦争、アメリカ大陸の植民地の覇権をめぐってイギリスとフランスが争ったアン女王戦争の終結後1713年にユトレヒト条約が結ばれるが、その内容の中にはカトリックと対立しているプロテスタントがグレートブリテン王位を継承することをフランスが認めるという取り決めがあった。さらに1701年、アン女王が即位し、カトリックであるジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートの国王即位を阻止するための王位継承法が制定された。これにより、カトリックの国王は亡くなったジェームズ2世限りとなった。
亡命宮廷を追われたジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートは1718年に母メアリー・オブ・モデナを亡くし、心の支えを失ってしまった。父の前妻であるアン・ハイドはふたりの女の子、アンとメアリーを出産し、それぞれプロテスタント(イングランド国教会)として育てられている。メアリーは名誉革命後ウィレム3世と共同統治をし、アンはそののちにアン女王として国を治めている。そのアンの子どもが次々に夭逝してしまったことから継承者問題が起きたのである。
(私もいっそのことイングランド国教会に改宗すれば皆の望み通り、すぐにでも国王となることができただろう。あんな英語を話せないような腹違いの男を迎え入れなくてもここにスチュアート家の長子は存在している。私が生まれたことで名誉革命が起き、王位継承法が制定された。私が生まれてこなければイングランドに宗教の絡む争いは起きなかったはずだ。……神よ、私は国が分裂するようなことを望んでおりません。むしろそれぞれの地方が連携して協力関係にあるべきものと考えております。どうか我らの望みを叶えてください……)
長い巻き毛のかつらをかぶり、ローマ教皇から与えられた屋敷の窓から空をみあげている若い男。彼こそジャコバイト派が国王にと望むジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートである。ユトレヒト条約によってフランスがそれまで支援していた彼を追放したため、やむなく遠く離れたローマへ亡命することとなった。
「神はきっと私たちを導いてくださいます。ええ、正しい方向へ、あるべき方向へ。ですから気持ちをしっかりお持ちください」
ジェームズの背後から声をかける銀髪の女性は妻であるマリア・クレメンティナ・ソビエスカ。ポーランド国王の孫娘で資産家でもある。マリアとの結婚によってカトリックの長子が生まれることを恐れたジョージ1世は結婚を猛反対し、神聖ローマ皇帝カール6世に輿入れする途中のマリアを捕らえさせた。マリアはオーストリアのインスブルックの城に留め置かれたが、警備兵を説得し城から抜け出してイタリア入りを果たした。1719年9月、ジェームズとマリアは聖マルゲリータ大聖堂にて結婚をしている。
ふたりはローマ教皇から『カトリックのイングランド国王夫妻』とされ、そのままローマに住むこととなった。そして屋敷には警備兵がおかれたばかりか高額の年金を受け取ることができた。
「私はイングランド国王だ。そうであるのに、このまま国へ帰ることができずにここへいることになるのだろうか。国を追われた私をローマは敬意をもって受け入れてくれたが、果たしてこのままでいいのだろうか」
ジョージ1世からみればジェームズはただの王位請求者である。国王でもないのに国王を名乗っているジェームズをイングランド国教会の人々は老僭王と呼んだ。僭王とは身分の下の者が王を名乗ることである。しかしカトリック教徒のジャコバイト派はこの名を否定し、イングランド王ジェームズ3世・スコットランド王ジェームズ8世と呼んでいた。
「あなたは正式なスチュアート家の血を引く国王なのです。そしてその血を受け継ぐものがまた生まれるのですよ。何も悩むことはございません」
そう言ってお腹のふくらみを撫でて見せるマリア。
「この子とともに国の地を踏みたいものだな……」
ジェームズはマリアを愛おしく思い、抱きしめた。国を追われたわが身だが、国へ足を踏み入れることができないのは妻も生まれてくる子どもも同じだ。そして、そうした状況を作ってしまったのは自分である。カトリックであるために国王となることができない。しかしカトリックであるからこそローマ教皇の手厚い庇護を受けているのも事実である。
「私たちの支援者(ジャコバイト派)は活動を続けています。その日がくるのを信じましょう」
マリアは微笑むとジェームズがみていた窓から同じ空を見た。この空は遠くイギリスへつながっている。同じ太陽を見、同じ月を見ているのだ。
名誉革命によって父ジェームズ2世は廃位させられてフランスへ亡命をしたのだが、ジャコバイト派の活動は止むことなく、1708年にフォース湾への信仰を企てた。その際、ジェームズは改宗を打診されていた。改宗すればアン女王の亡きあと、王位に就くことができるというものだ。しかしジェームズはそれを断わった。カトリックであるという信念を捨てることをができなかったのである。
「老僭王などという呼ばれ方を生まれ来る我が子には聞かせたくない。父がそうであったように、私も国王として人々から親しまれ、国を治めたい」
ジェームズはカトリック教徒であることを誇りに思っていた。改宗というカトリックへの裏切りをもって王位継承の条件にすることは我慢ならなかった。
この日、同じ空を見つめている者がいた。航海中のゴブリン号に乗船しているフレッドである。
ゴブリン号は目下秘密命令を受けていた。シップ型とはいえ、小ぶりである。”青ザメ”が昔海賊船として使っていたデイヴィージョーンズ号よりも一回り小さい。恐らく大型のフリゲート船などを使えば戦争を仕掛けてきたと思われるからだろうが、正確な理由はわからない。ただ、小型の帆船というだけで相手にいらぬ警戒を持たれずに済むのだ。それだけでなくゴブリン号は大砲などの偽装をしておらず、しかも乗員数や船の規模も小さいので、いかに小さな力で拠点をたたくかが試されているようだった。
「スチーブンソン中尉、艦長がお呼びです。どうか艦長室へお越しください」
そういってきたのはフレッドと同じ時に士官候補生から昇進したクーパーである。当時海賊討伐にあたっていたスパロウ号はジェニングス一味の罠にはまり乗員たちは島へ置き去りにされた。あの困難を乗り越えた中である。その後、彼は鍛えられて少し肉付きがよくなっていた。
「ではクーパー君、甲板上でひどい船酔いを起こしている者がいるから彼の対応を頼む」
フレッドは右舷にもたれて動かない乗員に視線をやり、クーパーに対応を求めた。相当ひどい船酔いだろう。すでに吐くものもなくなっているようだ。
「アイアイサー!彼の救護にあたります」
クーパーは少し躊躇したようだが、思い直すと彼の元へ向かっていった。
それを見届けたフレッドは艦長室へ急ぐ。
任務遂行の為わざとこのような規模の船を与えられているのかもしれないが、それでも疑問が無きにしも非ずだ。それはフレッドだけでなく、他の士官たちも小声で口にすることがあった。ただ、それは公にできるものではない。
ドアをたたくと中から少ししわがれた声が聞こえ、フレッドが艦長室へ入っていく。そこにはすでに士官たちが入っていた。彼らも呼ばれたのだろう。
「諸君に集まってもらったのは他でもない、今回の任務についてだ」
イスに座り考え込むジョンソン艦長。初老であり、今まで海戦に於いて大きな戦果を挙げることなく、どちらかといえば平穏にやってきた男だ。優しいジョンソン艦長などどいう嫌味ともとれるふたつ名までつけられ、周りが戦果を挙げて昇進・名誉の人となるのを見続けてきた。それが焦りとなっていることは否めない。
「我々は選ばれてこの任務に就いている。それはわかるね」
ジョンソン艦長の言葉に顔を見合わせながらも頷き、返答をする。
「フランス領にあるジャコバイト派の拠点をたたく……それにあたって実にシンプルで任務遂行の為の材料もそろっている」
こうジョンソン艦長が話したところでフレッドのそばにいたスミス少尉が思わず口にする。
「口を挟む失礼をお許しください。艦長、私たちは目に見えぬ問題を抱えているのでしょうか」
スミスはまだ若く経験も浅い士官であるが、賢く、試験にはいつも期待通りの答えを出して周りを満足させている。それでもジョンソン艦長の様子から何かを悟ったのだろう。
「いや、問題はない。というより問題のないことが問題なのだ。命令は絶対である、それは誰しも理解しているだろう。私は何度も命令書やそれに纏わる調査資料をみた。フランス領にあるジャコバイトの拠点をたたき、活動の芽を摘むことは重要だ。ただ、君たちも知っていると思うが、その渦中のジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏はどこにいるか知っているかね」
「……ルイ14世はユトレヒト条約によってフランスからジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏を追放しました。フランスを追われた彼は今ローマ教皇の庇護下にあり、フランスにはいないものと思われます」
フレッドは知っていることを話した。
「そのとおりだ、スチーブンソン君。ジャコバイト派は今でも脅威である。ジェームズ国王陛下の治世の邪魔になってはいかんのだ。そのための任務だ……我々は役者として選ばれ、舞台だけでなく考えられた演出も与えられている。ただ、私は腑に落ちないのだ……なぜ我々はフランス領の拠点をたたかねばならないのか。このような疑問を持つことは反逆ととられるかもしれんが、ルイ15世はジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏を擁護していない。ということはそのジャコバイト派の拠点であると言われるこの場所をフランス側でつぶしてもよいはずだ。だが、その任務遂行者は我々だ。……私は何か裏があるように思えてならない。上層部が任務以上のことを考えいるかもしれないが我々は与えられた任務を遂行するだけだ。例えその後に何が来ようとも動じることなくやらねばならない。諸君に集まってもらったのはその覚悟を見せてもらうためだ。どの様な任務であれ、結果を出さねばならない。つい先日、私が話したのと同じ疑問をある者が話しているのを耳にしたのでな……これは誰しも思っている疑問だが、今諸君とともに共通事項として話した。さあ、諸君……我々に与えられた任務を遂行することを躊躇なく言ってくれ」
ジョンソン艦長がそう言って立ち上がるとその場にいたフレッドや士官たちが一斉に声を出す。
「アイアイサー!我らは任務遂行に全力を尽くします」
命令は絶対であり、疑問を持つことはタブーである。しかし個人個人の疑問がいつしか不満となり、規律が乱れてくるとしたら大問題である。これまでに起きた反乱でもそうした小さなきっかけが大きな波となっていた。ジョンソン艦長自身も命令に疑問を持っていたが、それよりも部下たちの疑問からくる反乱を阻止しなければならなかった。これまで特に大きな戦果をあげることなくきており、ここで不名誉な反乱など起こされたらたまったものじゃないのだ。
フレッドが昇降口から甲板に出ると、高波のせいで大きく船が揺れたため船酔い者がさらに増えていた。みると船酔い者の介抱に向かっていたクーパーも同じように並んで吐いていた。
「捕えに行って捕らえられた(ミイラ取りがミイラになる)のか……」
小声でつぶやくとフレッドはクーパーの元へ行く。艦長の言葉を伝えるためである。
雨は降っていないが強風と波で舩は大きく揺れている。規模の大きな帆船だったならまた違っていただろうが、自分たちの乗っているゴブリン号はこれが現実である。フレッドは船酔い者たちを見ているうちに自分も吐きそうになり、途中立ち止まった。吐き気をもよおしながらもクーパーのそばへ行き、言葉を伝えようと努力をしたのだが、どうにも声にならないばかりか風の波の音で声が消されてしまう。青白い顔のクーパーを立ち上がらせるとそのまま船内へ誘い、なんとかそこで話を伝えることができた。
(艦長に覚悟は見せたものの、やはり何か気になる……)
動きが悪くなって柱にもたれかかったクーパーのために船医を呼ぶと、自分も気持ち悪くなってたまらなくなり甲板へ駆け上がった。
疑問を抱えての任務の遂行が正しく導かれるなら問題はない。それを願うしかなかった。
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