68失われし称号と得たもの
事件の概要と犯人が明らかにされます。いいことも悪いことも含めて物事は進みます。
スコットランド沖の戦いを終えたマリサたちの船は船会社のあるロンドン港へ帰港した。海軍の船ならともかく商船が損傷して入港をしてきたのをみて人々は何事が起きたのかと噂となり、その日のうちにコーヒーハウスのネタになった。
ネタにされつつも、船の修理代の捻出でテイラー子爵は日々金融機関を奔走し融資を受けられないかと交渉をしている。会社経営の第一人者であるオルソンも融資の為に動くかと思われたが、別件で多忙でありテイラー子爵に丸投げ状態だった。それでもアトランティック・スターズ社の中で英仏間だけでなく、アーティガル号の代わりにグリンクロス島へも往復していたブリトマート号をはじめ、保有していた数隻の商船が順調に利益を上げていたのが幸いし、金融機関から融資の快諾を得られたのは救いだった。元々、子だくさんのショーン船長をはじめブリトマート号の乗員たちや、会社設立当初に買いとった商船の乗員たちは海賊なんてとんでもないという真面目な商船の船乗りたちばかりで、丁寧な荷の取り扱いと良い労働条件の中で働く彼らの真面目な働きぶりはアトランティック・スターズ社の信用となり得たのである。
オルソン拉致から始まり、平和的な要塞爆破事件、ゴブリン号が鹵獲されたことによる海賊行為、そしてスコットランド海戦へと続いた一連の事件に全てジャコバイト派が絡んでおり、オルソンへの逆恨みから復讐を謀ったヘンリエッタ一味が行動を起こしたものだ。
「アーティガル号の修理は時間がかかります。ノアズアーク号もすぐに仕事をすることはできません。比較的損傷の少ないカトリーヌ号ならブリトマート号がやっていた英仏間の運用ができると思いますが……カトリーヌ号は正式に会社と契約をしたわけでありません。そもそもカトリーヌ号の乗員たちに疑問が生じているのをご存じないのですか。……ネズミ捕りのアルベール……、そう彼らが呼んでいる人物と我々が呼んでいるオルソンと同一人物なのかってね」
テイラー子爵がオルソンに向かって言うとオルソンは思わず苦笑した。
「そうだった……私は彼らに素性をあかしていなかった……。ということは、彼らは私の素性を疑問に思いつつ海戦に参加していたということなのか。それなら挨拶ぐらいはしておこう。そして会社との契約を持ち掛けてみようではないか」
オルソンの言葉にテイラー子爵は大きく頷いた。オルソンの言葉通り、彼らはオルソンの素性について疑問を持っていた。彼らにとってオルソンはネズミ捕りのアルベールなのだが、オルソンのある行動で疑問をもったのである。しかしそれが明らかにされないまま海戦へ加わった彼らは、そうした疑念を忘れるかのように戦った。もし彼らに何か報酬がなければこの航海に見合わないだろう。
早速オルソンとテイラー子爵は連れ立ってカトリーヌ号へ赴く。船を降りているオルソンとテイラー子爵は本来の身分でもある貴族として身なりを整えており、こうした人物が綺麗とも言えないカトリーヌ号へ乗り込んでいくので、港にいた人々は何が起きたのかと情報を求めた。恐らくこの件も夜にはコーヒーハウスのネタとなっているだろう。
「おいおい、なんだよ……何の冗談だよ。またあんたの趣味の仮装か?」
オルソンを見てクレマンが笑う。これまでにもオルソンは気分の問題だとしてカトリーヌ号でも貴族のような身なりをすることがあった。それは身分をあかせないにしてもオルソンである自分を忘れないためだった。クレマンはそれを思い出したのである。
「笑う余裕があるのは良いことだ。今日、ここへ来たのはビジネスの為だよ、クレマン船長」
そう言ってオルソンは書面をクレマンへ差し出す。それは英語だけでなくクレマンの母語であるフランス語の両方の言語で書かれた契約書だった。いくらか読み書きができていたクレマンは何度も書面を読み返し驚きの声を上げる。
「ありがたい……俺たちの仲間全員しかも船も丸ごと契約だなんてありがたい……。これで借金を返すめどがつく」
「あの南海泡沫事件は我々も全く影響がなかったわけでない。倒産した取引先や株の暴落で破産をし、自殺した貴族もいるのだ。実績のない会社を乱立させ、株価を釣り上げた一部の政治家には腹が立つ。そうはいっても株や投資は下がるかもしれないというリスクを伴う。あまりのめり込むようなものじゃないと私は考えているよ」
テイラー子爵が言うまでもなくクレマン自身も被害を被った南海泡沫事件を苦苦しく思っていた。実際、株の売買を持ち掛けた知り合いの貴族も破産して今や行方も分からない。株の暴落は人々の人生を大きく狂わせたのである。
「さて、感動をしたところでクレマン、我々と契約する気はあるかね。わざわざ私は契約の為にこうして身なりを整えたのだが」
オルソンはそう言ってクレマンに署名を求めた。言われるまま署名をするクレマン。半ば強引な契約であるがこうして正式な雇用関係が結ばれる。
「ありがとうよ、契約の為に身なりまで整えてくれて。で、貴族に扮しているアルベール、あんたはネズミ捕りでかなり儲けたのか」
そう尋ねるクレマン船長にオルソンはニヤリとする。
「お前たちのいう通り、私はネズミ捕りのアルベール。しかし国へ帰ればアトランティック・スターズ社の経営者であり出資者だ。ここにいるテイラー子爵やクレマン船長のアレを切り落とそうとしたマリサも出資者だよ。私の名前はアルバート。オルソン伯爵ともいわれている。ということは、これは仮装ではないということだ。納得したか?クレマン」
オルソンの説明にしばらく口を開けたまま言葉が出なかったクレマン船長。
「貴族のお遊びにしちゃ今回の……今回の戦いは派手すぎじゃなかったのかい?俺たちは海戦というものを初めて経験したが、一歩間違えたら今ごろ魚のえさになっていただろうよ。まあ、ともあれ俺たちの仕事を気にしてくれてありがとうよ。ただ、俺たちはサン・マロ人だ。借金を返し終えたらまたフランスの為に働く考えだ。アルベール……いや、オルソン伯爵……それでもいいか」
クレマンは今更オルソン伯爵とは言いづらいようである。
「もちろん、構わない。お前たちの事情あるだろうし、私たちも融資を受けた手前、収益を上げていかねばならんからな」
こうして握手をしたふたり。オルソンが拉致されなければ出会わなかった関係である。これで正式にカトリーヌ号はアトランティック・スターズ社へ籍を置くこととなり、南海泡沫事件のあおりを受けて自身も借金を負ったクレマンがそれを完済するまで英仏間の物資や人の輸送にあたることとなった。
マリサたちがスコットランド沖で戦いを繰り広げている間、グリンクロス島からの荷を積んで帰ったブリトマート号のショーン船長は、ウオルター総督から書簡を預かっており、荷下ろしを任せてアティランティック・スターズ社の社員とともにシャーロットのいる屋敷へ向かった。シャーロットが待ち望んでいる父親からの手紙である。それは正式にオルソンの次男ルークをシャーロットの結婚相手として迎えるというものだった。同じ書簡はオルソンへも届けられ、これを受けて両家は結婚の準備を整えるのである。
このことをオルソンから聞かされたルークは癒えつつある傷に手をやりながら、ようやく着地点を見出だした気持ちだった。
「ルークおじさん、嬉しいことがあったの」
アーネストの息子ジョシュアが不思議そうに尋ねる。
「鳥はどこかで羽を休めないといけないからね。僕はその場所を見つけたんだよ」
ルークの言葉に頸をかしげるジョシュア。その後、エリカが音楽の練習の為屋敷へ来たことを使用人から聞かされると一目散に走ってその場を後にする。
(僕の言ったことがわかるようになればジョシュアも大人だ)
そう思いつつルークは庭へ出て散策をする。そこではジョナサンが庭木の手入れをしていた。
「坊ちゃん、何かいいことがあったんですか」
ルークの表情にジョナサンも笑顔になる。
「……シャーロットと結婚をすることが決まったよ……正直、僕はほっとした。シャーロットの前では殺伐とした顔を見せられないから」
「そうでしたか。ようございましたね……坊っちゃん、おめでとうございいます」
ジョナサンは一輪の花を摘むとルークへ渡す。ジョナサンの気持ちを受け取ったルークは何度も頷いた。
その頃、オルソンとテイラー子爵は平和的な要塞爆破事件で負傷したクーパーとともに海軍本部にいた。クーパーはフレッドたち4人の士官と共にゴブリン号へ乗船をし、平和的な要塞爆破事件に関わった。爆破事件の唯一の生き証人であり、何が起きたのか証言をするのである。長らくテイラー子爵家に匿われて傷の治療に専念していた。
海軍本部ではエヴァンズ艦長他、多くの艦長たちが証言に立ち会った。それだけ謎の多い事件だったのである。クーパーはゴブリン号の様子や要塞爆破事件の真相を語る。あの事件で多くの人員を失っているのだ。
「これが公になっていないということは全てが仕組まれた罠ということだ。下手をすれば我々はフランスと戦争をすることとなっただろう。それを食い止められたのは幸いだ。ただ、あの偽の封緘命令書を誰が出したかは明らかにされていない。これを説明できないと解明とは言えない」
エヴァンズ艦長が言うとオルソンは前へ進み出た。
「まだ話の途中ですので、最後までお聞きください。生き証人はもうひとりいます。オルソン家を罠にはめたヘンリエッタです。ヘンリエッタの正体はジャコバイト派の貴族ウィルソン子爵の娘、マティルダです。そして服毒自殺をしたスミス少尉を名乗る謎の人物、これは兄のライアンです。ヘンリエッタが全て白状しました。少し取り引きをしましたがね……。では、誰がその偽の封緘命令を出したのか……これは海軍本部、つまりここで働いている者です。また、ライアンに毒物を渡した人物もヘンリエッタが明らかにしています。毒の入った食べ物を差し入れたのはウィルソン家に仕えていた乳母、そして封緘命令を出したのは……今扉の向こうで聞耳を立てている者です」
オルソンが言うや否や扉の側にいた人物が扉を開ける。慌てて逃げだす人影。
「逃がすな!捕えろ!」
艦長たちの叫びで海兵隊員たちが駆けつける。あちこちの逃げ場を封じられ、捕らえられた男。それはライアンへの差し入れを許可したあの役人だ。
「こんなところにネズミがいたのか」
思わぬ人物に艦長たちは興奮さめやらない。
「ネズミは何処へでもいます。そのネズミはウィルソン家の使用人でもありました。ジャコバイト派はいろんなところに潜んでおりますからこれからも気を付けた方がよろしい」
オルソンの言葉が静かに響くと、その場にいた人々は顔を見合わせながらも頷く。
オルソンは艦長たちと会う数日前にある場所を訪れていた。一連の事件の真相を知る人物、マティルダことヘンリエッタに面会をするためである。オルソンは自分を窮地に陥れ、家族を巻き込んだヘンリエッタを自らの手で殺すことはしなかった。当初は抹殺する気でいたが、あえてヘンリエッタを捕えて役人へ引き渡しただけだった。
過去の姿を見る影もなく、すっかりやつれたヘンリエッタは牢の中でたたずんでいる。もう泣いても何も得られないだけでなく解決もしない、そんな状況でヘンリエッタはうつろな目をしていた。
「ヘンリエッタ、お前に会わせたい人がいる」
役人とともにオルソンが牢の前へ来ると、ある人物をヘンリエッタに会わせる。
「婆や!」
その人物はヘンリエッタとライアンの乳母だ。あのときライアンに毒物を差し入れた人物でもある。しかし今回は何も差し入れとなるものをもっていない。
「お前は生きるべきだ。……取引をしよう……すでにお前の乳母とも話をつけている。お前は生きなければならない」
オルソンは事件の証言を得ることでヘンリエッタを処刑から救うつもりだった。乳母もすでに証言をしていたことで抵抗を諦め、ヘンリエッタはすぐに取引を受け入れる。
オルソンの働きかけでヘンリエッタは事件の概要を語った。おかげで海軍の中にいたネズミを捕えることができ、一連の事件は全てが明らかになった。
その後ヘンリエッタと乳母は事件の証言をしたことで裁判の後、死刑を免れ国外追放となった。行先はフランスの修道院である。カトリック教徒であるヘンリエッタと乳母が罪を償いながら神に祈りを捧げることができるようにである。しかもオルソンは受け入れ先の修道院へ寄付をしていた。全くの無一文で修道院へ送るのは心苦しいところがあったからだ。イギリスではイングランド国教会が国民の信じる宗教である。カトリック修道院が次々になくなり、フランスへ求めるしかなかった。
カトリーヌ号に乗り込むふたりの表情は穏やかな顔だ。フランスへ到着したら修道院の迎えがある予定だ。
こうしてヘンリエッタの証言により海軍の中のネズミが捕らえられ、関係者はほっと胸をなでおろした。しかしオルソンの事件はまだ終わりでなかった。
ある日、オルソンは国王から呼び出しを受けたのである。非常に驚き、これはあの事件のことを咎められるのではないかと覚悟をして城へ臨んだ。
「今回の一連の事件にジャコバイト派が絡んでおり、あわやフランスと戦争になるところだったと聞く。スコットランド沖の戦いでケント伯爵が起こした反乱の芽は無事に摘むことができたのは本当に幸いだった。さて、オルソン伯爵。一連の事件の発端となったオルソン家の騒動だが、其方に全く責任がないわけでない。オルソン伯爵、其方が過去に毒の守り人として失敗をしなければこのような事件は起きなかった。幼かったマティルダとライアンに目撃されたのにもかかわらず見逃したのは失態であるぞ。私は其方に償いを求める」
ジョージ1世の言は人払いをした室内に響く。玉座のある広間でなくわざわざ私的な部屋へオルソンを通したのは、毒の守り人というオルソンの裏の顔を他の者たちへ知られてはならなかったからだ。
国王の言葉にオルソンは跪くしかなかった。
「いかような処分も覚悟をしております」
「よろしい……。ではオルソン伯爵、今より其方の『毒の守り人』という称号を剝奪する。これからは国王の忠実な貴族として私に使えるのだ。……もう裏の仕事をしなくてもよいぞ。そもそも力や武器で人を抑えたところでそれは民意ではない。これからは話し合いで物事をすすめていく時代となるだろう。其方はその先駆けとなるのだ」
ジョージ1世の言葉に深く頭を下げるオルソン。称号の剥奪によりオルソン家の秘密もなくなるのだ。オルソン家を束縛していた裏仕事の鎖が外れたオルソンは今までにないほどの穏やかな表情で安堵した。
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