67スコットランド沖の砲火⑨
ケント伯爵の反乱の芽は、人と船に多くの犠牲と損傷を出して摘み取られます。
いつもフレッドとすれ違っているマリサの変化に気付いたものがいました。
海賊船団は隊列を崩している。各々が勝利という名誉を得るためだろう。つまり彼らに連携という言葉はないのである。それが烏合の衆(disorderly crowd)という所以だ。ディクソン氏は彼らの戦い方からこのことを掴んでいた。それはスパロウ号のエヴァンズ艦長も同じだった。
マリサたちの視界に海賊船を攻撃しているノアズアーク号とカトリーヌ号が入った。今回の戦いにあたって人員の配置見直しが行われたカトリーヌ号では乗員すべてがフランス人となり、言葉の壁を気にしなくてもよくなっていた。また、船長のクレマンと元海賊のジャンが同じサン・マロ出身ということが判明してからは、士気の持ちようが違ってきた。サン・マロは元海賊の町でもあり、彼らの誇りとする町でもあるのだ。
「おらよ!もう一丁かましてやれ」
ジャンの声でオルソンの置き土産から砲丸が飛んでいく。
ドーン!ドーン!
先ほどまでノアズアーク号を攻撃していた海賊船は不意打ちを食らったかのようにあちこちを被弾した。オルソンの置き土産はしっかりと彼らの役に立っていたのである。混乱している海賊船へ乗り込んでいくノアズアーク号とカトリーヌ号の乗り込み組たち。もはや言葉が通じなくても目的は同じで動きに支障はないようだ。
スパロウ号やバラクーダ号は海賊船4隻を追いこんでいる。海賊船側は自分たちが2隻をおびき寄せるつもりでいた。なぜなら彼らの向かう方向にベルシェバ号が待ち構えていたからである。
「いくらスパロウ号でもこれでは手を上げるしかないだろう」
そう言って海賊たちは笑う。
安心するかのように海賊船団がベルシェバ号へ接近したそのときである。
ババババババッツ!。
激しい銃撃がベルシェバ号の乗員たちからなされ、次々に海賊たちが倒れていく。まさかベルシェバ号が自分たちを攻撃するとは思ってもみなかった。慌てた他の3隻の海賊船がその場から離れようとしたときである。
ズドーン!
この混乱を見逃さずスパロウ号、バラクーダ号が砲撃をして迎え撃った。そしてベルシェバ号も加わり、3隻の海賊船は態勢を立て直す時間もなく彼らの格好の標的となっていく。
そして移乗攻撃が行われた結果、4隻の海賊船の海賊たちが一掃された。
エヴァンズ艦長の目にベルシェバ号のジェニングスが入る。先ほどの礼にならい、エヴァンズ艦長は帽子を取り、礼をした。
「なんだかわからないがジェニングスはケント伯爵と考えが違うようだ。つまり今のところ敵ではないということだ」
ようやくジェニングスの意図を理解した彼は周りを見渡す。残った海賊船はあとわずかだ。それだけでなく、入り江に多くのボートが着岸しているのを見つける。陸側に無数の兵士の流れを確認できた。これは陸海の応援部隊だろう。海戦が繰り広げられている間にケント伯爵を含めて征圧をするためである。海兵たちだけでなく陸の兵士たちも併せての数だ。そして上陸部隊は数か所から上陸をして城を制圧する計画だった。それだけでなく臼砲をもつ爆弾ケッチ、エトナ号も応援部隊として参戦していた。エトナ号は”光の船”との戦いでも活躍した船であり、当時はディクソン氏の指揮下に入っていた。
「おおっ!あれが爆弾ケッチか。フランス生まれの爆弾ケッチをイギリス海軍は我がもののように使いこなしているんだな。さあ、海軍の旦那方、爆弾ケッチの活躍を見せてくれよ」
ジャンの興奮は収まるところを知らない。あくまでもカトリーヌ号の臼砲はオルソンの趣味の範囲であるからだ。
城内ではすでに城に到達した兵士たちがジャコバイト派の兵士たちと戦っている。ケント伯爵側の戦力はここでも烏合の衆であり、統率とれている様でとれておらず、次々と上陸部隊の手にかかっていくだけだった。
ワーッツ、ワーッツ!
叫び声や怒号、わめき声。そんな声が銃の音や剣と剣がぶつかる音とともに城内へ響き渡る。
海上ではまだいくつかの海賊船が抵抗をしていた。恩赦を拒否した彼らは投降しても吊るされるだけである。それなら抵抗した方がましだと考えていた。
アーティガル号、ノアズアーク号、カトリーヌ号など私掠船側はいたるところに損傷があるが戦えないわけでないし、近海であれば航行できる。最後の戦力を使って残りの海賊を一掃する気でいた。
ボーン!
スパロウ号の砲撃と海兵隊の銃撃によって戦意を失いつつある海賊たちは自分たちの身を守ることに必死である。フレッドやフォスター中尉達の指揮のもと、大砲隊員たちの丁寧な砲撃が彼らを苦しめた。
バキバキバキッツ!
次々に破壊されて航行不能となっていく海賊船。甲板上には銃撃された海賊たちが横たわっている。
アーティガル号の前に1隻の海賊船が立ちはだかる。すでにあちこちから攻撃を受けており、もはや攻撃してくる気配はないと感じた。しかし、海賊の残党ははっきりとした意思をもっていたのである。
彼らは船内から火薬をかき集めては甲板へ置いていた。そしてひとりの海賊がニヤリと笑うと火をもっていく。
「奴ら自爆する気だぞ!船首を回せ!回避!」
ディクソン氏の声に大きく舵を取ることとなるアーティガル号。
ドーン、ドドーン!
激しい爆音とともに硝煙があたりに立ち込める。直後には海賊船の破片がパラパラと落ちてきた。
懸命に回避をしたアーティガル号だが、爆風によって舵をとられ、爆発の破片をもろに受けてしまう。この結果、至るとことに損傷を撃受けてしまった。甲板にいた何人かが海へ落ちた他、物にあたってケガをしたり命を失ったりした者もいた。
呆然とするマリサたちに硝煙が漂ってくる。その方向を見ると残りの海賊船がスパロウ号とベルシェバ号、バラクーダ号から攻撃を受けていた。さすがに強者の海賊たちも戦力差は明らかであり、マリサたちの目の前で航行不能になっていく。移乗するまでもなく海兵隊やベルシェバ号の銃撃で倒れていく海賊たち。彼らは船長を含む統率者を失い、逃げるばかりだった。もはや彼らが国に抵抗することは不可能だった。
ボーン!ボーン!
エトナ号の臼砲が逃亡を図ろうとしていた数隻の海賊船を攻撃する。大きく弧を描いて船を破壊する砲弾は海賊達の予想を困難にし、破壊されるばかりだ。
ディクソン氏はその場の連中に沿岸部を見ることを促す。海だけでなく陸側でも戦いが行われているからだ。
彼らの目に映る光景。それは城に揚がった国王陛下の旗である。
「やったぞ!国王陛下の勝利だ!」
旗をみて歓声を上げる乗員たち。しばらくすると上陸部隊と拘束された男がボートに乗り彼らの船へ帰還していく。
「あれはケント伯爵だろう。今回の事件の首謀者だ」
望遠鏡で確認をしたテイラー子爵。戦いに敗れたケント伯爵は事件の首謀者として拘束をされており、この後、然るべき裁判を受けるだろう。
静けさを取り戻していくスコットランド沖。波間に多くの遺体や船の残骸が漂っている。
その静けさを打ち破るかのようにどこからか歓声が聞こえた。スパロウ号、バラクーダ号の方である。
「国王陛下、万歳!」
海軍側で響き渡る歓声。勝利をした彼らは国王を称えて祝っているのだ。
「さあ、君たちも国王陛下から私掠免許を賜ったなら、この勝利を誇ろうではないか」
私掠側でもディクソン氏が声を上げ、安堵した連中はようやく喜ぶ。
「国王陛下、万歳!」
今回の海戦で人的物的に被害を被ったアーティガル号。ノアズアーク号やカトリーヌ号は連携をして戦ったがそれでも無傷ではないし、命を落とした者もいる。海賊として戦ったときを考えたら比べ物にならないほどの被害だ。
操舵を守って亡くなったオオヤマ。
「さっきのお前は我を忘れたかのような戦いぶりだった。オオヤマがお前に乗り移った……そんな気もしないでもなかった。正直私はお前に恐怖を感じたよ」
テイラー子爵がマリサの肩を叩く。
「オオヤマの死を無駄にしたくなかった……。行き過ぎたかもしれない」
そう言って刀をオオヤマの亡骸のもとへもっていくと、鞘に納めた。この刀はマリサがスペイン海賊”光の船”の宝物庫から失敬したものである。他の連中とともに捕虜となり刀を失っていたオオヤマが捕虜収容所から逃げる際、これをマリサから手渡された。刀の価値を知っていたオオヤマはよい刀だと喜んだ刀だ。
そのオオヤマもまた古参の連中のひとりだった。彼が乗っていた船が難破して西洋の船に助けられたが、珍しい刀を所持しその技も見事なことから用心棒的な仕事もしていたらしい。旅するうちにデイヴィージョーンズ号の海賊の仲間入りをしたということだ。オオヤマの国は限られた国だけを相手に国交をしており、そのため帰ることができなかった。マリサがまだ海賊になる前の話である。
「この刀はいつかオオヤマの国へ帰そう。それがオオヤマの願いだ」
マリサは刀をもち、テイラー子爵へ預ける。アトランティック・スターズ社の意思でもあるのだ。
麻袋へ入れられたオオヤマや他の連中の亡骸が海へ流される。それは他の船でも同じだった。
「主よ、貴方の元へ旅立つ魂を迎え給え。永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らしたまえ。彼らが安らかに憩わんことを。……さあ、みんな旅立つ彼らに乾杯だ」
マリサの言葉の後に酒を酌み交わす連中。”青ザメ”時代からの葬送である。ディクソン氏達も気持ちを共にするために彼らと同じく酒を酌み交わした。
海軍側では無事に任務を完了した乗員たちが勝利に酔っていた。
しばらくしてフレッドは先ほどまで見えていた船が見えなくなっていることに気付いた。あたりを見渡すと、ともに戦っていたベルシェバ号がいつの間にか遠く水平線の彼方へと消えつつあった。
「スチーブンソン中尉、ベルシェバ号とジェニングス船長のことは私から報告をしておくよ。彼らは投降をしたものの、我らとともに戦うために海賊を騙し、ここへきて戦った……それでよいだろうか」
「良いと思います。ジェニングス船長は彼なりの考えで行動を起こしたのでしょう」
エヴァンズ艦長の問いにフレッドがそう答えたときにはベルシェバ号の姿が水平線から消えていた。
海賊との戦いがこのように手間取るとは誰しも思わなかった。統率のとれた軍隊とは違い、各々が自分の考えで動くことあった海賊たち。彼らも何か社会に不満を持っておりそのはけ口を求めたのだろう。海賊共和国という自治の形は彼らに希望をもたせていた。それは泡のように短期間で消えた希望でもあるが、民意によって政治が執り行われる姿は彼らの意識の中に残り、年月を経て現実のものとなっていく。
ケント伯爵がいた城にはケント伯爵側と国の双方で犠牲となった者たちの亡骸が横たわっている。そしてフレッドによって爆破されたあの石造りの倉庫は、地上部の建物が大きく破壊されて見る影もない。爆破跡では倉庫を中心として周囲の木々がなぎ倒されたり飛ばされたりしており、爆破に巻き込まれた人々が横たわっている。
そこに、ある亡骸に寄り添って呆然としている女がいた。爆破の前、マリサが負傷させるだけで命を狙わなかった女である。
「スコットランドは私たちの国よ……スチュアート家の……メアリー・スチュアート(スコットランド女王 1542年~1567年)様の血を引くアン女王陛下は私たちの誇りでもあった。スコットランドに異国の王(ジョージ1世)の統治なんて必要ない。私たちの統治者はスチュアート家のもの。私は絶対に認めない……」
そう言って女は泣き崩れた。そこへ爆破を逃れた村人たちがやってくる。彼らもひとつの希望と目的を失っていた。互いに慰めあうように彼らはその場所を離れず、亡くなった者たちに祈りをささげた。
こうしてケント伯爵の野望は策略が露見して計画段階で破れた。海軍側はともかく、私掠側の損害・被害もかつてないほどだ。興奮をもって攻撃をしていたカトリーヌ号も戦いが終わってみれば索具や乗員に被害があったのを確認している。
「俺たちはサン・マロ海賊の血を引く者だ。みんな……十分に戦ったぞ。この戦いは俺たちの誇りでもあるんだ。先人の名を汚すことなく戦うことができて俺は感動をしているぜ……」
ジャンが感極まって涙を流す。それはクレマン船長他乗員たちの涙も誘っていく。
その様子を知ることなく静かに彼らの視界から消えていく1層の船。ベルシェバ号である。
「お前たちはよく戦った。海賊共和国の巨頭のひとりとして私は勇敢なお前たちを誇りに思う。さあ、諸君。ご褒美として休息地へ向かおうではないか。さしづめグリンクロス島はどうだ?」
ジェニングスがそう言うと乗員たちは大笑いをした。彼らにとってもグリンクロス島は因縁の島であるのだ。
スコットランド沖で繰り広げられたケント伯爵の反乱の芽はすべて摘み取られた。しかし人的物的な被害や損害はマリサたちにとってひどいものである。テイラー子爵は船の修理にいくらかかるか、銀行から融資を受けられるかどうかを悩んでおり、一刻も早くオルソンに会わなければならないと考えている。マリサも会社出資者のひとりであるが、どうも金融の話になるとマリサは逃げ出してしまう。連中の誰かが言っていたが、マリサは時々計算を間違えるらしい。
そんなテイラー子爵の心配をよそに、船室のハンモックに身を投げているマリサ。体力と気力が限界に来ていた。
「フレッドに話してあるのか」
側でマリサに声をかけたのは”青ザメ”時代から働いているハミルトン船医だ。彼は航海中、海賊にとらわれてしまい、海賊化を余儀なくされたところへ私掠だったころの”青ザメ”に救われてそのまま仲間となっていた。彼も古参の連中のひとりである。
「……気づいていたのか、ハミルトン先生。……残念ながらフレッドに話す時間がなかった。あたしたちはいつでもすれ違っているから」
マリサはそう言うと深いため息をつく。
「ハーヴェーがマリサの変化に気付いたらしい。ハーヴェーから聞いたギルバートの話では、武器弾薬庫での戦いで仕留められる女をしとめずに生かしたらしいな。前回( 本編53話 失望と収監 そして )は気づかなかった私だが、今回はちゃんと気づいたよ。これでわからなかったら、またあのイブという酒場の女に叱られるだろうからな。もうお前はひとりじゃないんだから、しばらくは船を降りることだ」
ハミルトン船医が言うとマリサは柔らかな表情を見せた。マリサは第2子を懐妊していたのである。もっとお腹の子どもを気遣うべきだったが、それができないほどの日々だった。ジャコバイト派との戦いが終わり、ようやく自分の体を気遣うことができると感じたとき、今までの疲れが一度にやってきたのだ。
(自分はジェーン号の元船長だからボートを降りるのも最後だといって縄梯子の順番をあたしに譲ったハーヴェー……。まったくそんなところでいい恰好ぶるんじゃないよ……。死んだらおしまいだろう?……)
在りし日のハーヴェーの姿が脳裏を巡る。古参の連中はマリサの成長を見てきた者たちだ。彼らに対する思いはマリサにとって強いものである。
「ちょっと眠ってもいいか?」
疲れから睡魔がやってきたマリサはハミルトン船医の見守りの中で寝入っていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。




